第三十三話
ひたすら進み続ける耶江とウィルの元に、全く別方向から二人の参加者が近付いていた。
一方はキーファが連れてきたコワルスキー。そしてもう一方は招かれざる人物、優牙であった。
優牙はとうとう耶江に狙いを定め、潰しにかかる気でいた。その理由としては、やはり、師であるシャオを相手にすれば、自分も無傷では済まないことがあり、そして何より、現在の位置がはっきりと把握できないことがあった。その点、耶江なら、優牙自身の今の力で十分対応できる自信もあり、運よく残りの参加者のうちの一人、ウィリアム・J・マキハラがくっついている為、一石二鳥だということで、先に潰すに適切だと判断したのだ。
一方、コワルスキーは、自分のせいで命を落とそうとしているサマンサを救うべく、キーファの案内の元、ウィルの元へと急いでいるのだった。
しかし、この二人のうち、どちらが早く耶江達に会うかによって、その場の勝算は大きく変わることになる。
もし優牙が先に着けば、間違いなく耶江側には不利となるだろうし、逆にコワルスキーが先に着けば、優牙は四人を一度に相手することとなり、分が悪くなる。
正に時間との闘いとしか言いようがない。
(ゼロのやつ、異界の扉を開く準備は進んでんだろうか・・・・)
まだ、コワルスキーが耶江達の元へ自分と同じように向かっていることに優牙は気付かないまま、確実に気配を消して二人に近付いていた。
優牙よ・・・・・・、
扉を開く儀式の準備は全てできている。
後はお前の働きを待つのみだ・・・・。
一刻も早く、器を・・・ワタシの元へと連れてこい・・・
さすれば、約束通り、お前の願いを叶えてやろう・・・
優雅の耳に取付けてある、小さな黒い回線から電子音にも似た不気味な声がした。
(任せて下さい、博士。僕がすぐに龍司以外の者を消し、
そしてあなたの元へ奴を必ずや連れて行って差し上げます・・・!!)
優牙がぼそりとそう呟くと、回線から電子音は消え去る。
優牙は謎の声に刺激され、更に殺気を放ち始めた。
全てはあの願いを叶える為だけに・・・。
「師匠がなんでお前を見込んでここに連れてきたのか今でも全く理解できない!」
龍司が滝壺の真上の切り立った崖で優牙に強烈な一撃を繰り出しながら、凄まじい滝音に打ち消されないように叫んだ。
優牙はそれを寸手のところで交わし、龍司の腕を引っ掴む。
「それはどういう意味だ!?」
優牙は鋭い目で睨み付ける。
「お前には強くなる素質なんかないってことだよ。
いくら努力しても無駄。所詮お前は俺には勝てない、師匠の血を濃く受け継ぐこの俺にはな。」
「な、なんだと!」
幼い頃から兄弟のように生活を共にし、親友であり、良きライバルだとさえ思っていたその本人の口から、14歳の今日、驚くべき言葉が発せられたのだった。
思わず耳を疑う優牙。しかし、龍司の目は冷たく、全てを見下したような口振り。とても、冗談など言っているような雰囲気ではない。
いつだって、龍司は優牙より勝り、飲み込みも早く、身体面、技術面共に優れていた。
そんな天性の才に恵まれた龍司を、優牙は羨ましくさえ感じていた。
そして、自分にもいつかそんな力が開花する日を夢見て、どんなに辛くとも、龍司を目標に今まで耐えてきたのだ。そう、師が、いつの日だったか『優牙、お前さんには、強くなるすばらしい素質がある』と言ってくれたその言葉を信じて。
「素質が無いのに頑張ったって仕方ないだろ?
事実を教えてやってるまでだ。」
龍司は掴まれていた腕を捻り上げ、逆に素早く優牙を地に薙ぎ倒した。
「・・・っつ・・・・。」
仰向けに首を強く龍司の腕によって圧迫される状態になった優牙は先程と変わらない鋭い目で龍司を睨みつけたまま。その様子を見て、龍司は可笑しそうにぷっと吹き出した。
「ほら見ろ。」
「・・・・今までずっとそう思ってたのか・・・?飯食ってる時も・・・一緒に遊んでるときも・・・。」
「ああ。今までの仲良しこよしの演技はなかなかのもんだっただろ?
お前もまさか、本気じゃなかったよな?」
何の感情も篭っていない淡々とした言葉。
優牙は大きく目を見開いた。
「・・・・ぜったい・・・絶対テメェを超してやる・・・・・!」
しかし、轟音の中で殆ど掻き消された優牙の呟きを、龍司は聞き取ることができなかった。
「は?」
もう一度聞このき返した龍司の隙を狙って、優牙は思い切り両足に勢いをつけて飛び起きた。
それと同時に、龍司はその反動で後ろによろめく。
「二人とも、そこで一体何をしておる!?
そこはまだお前達の修行場所としては早すぎる、すぐに崖の側から離れなさい!!」
シャオが只事ではない切迫した二人の姿を見つけ、すぐさま駆けつけようとしている。
「いいかっ、僕は今こう言った!
龍司、お前とは兄弟でも友人でも何でもない。今からは、最大の敵だ!
そして、どんな手を使ってでも、僕はお前を超えてみせる。
血筋?そんなもん糞食らえだってことをこの手で証明してやる!」
体勢を立て直した龍司に優牙は怒りに満ちた不敵な笑みを浮かべた。
(そう、僕がこの世界の最強になってな・・・・・。)
くるりと滝壺に向き直ると、優牙は両腕を広げ、まるで飛ぶ鳥の如く勢いよく降り立った。
駆けつけたシャオの伸ばす腕をほんの一センチのところですり抜けて・・・・。
「優牙ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」
崖の上から師の懸命に呼ぶ声。そこに龍司の声は無かった。
恐ろしく巨大な滝を落ち、奇跡的に岩に衝突することなく水面に叩きつけられた優牙は、朦朧とする意識の中で、最も信頼する者に裏切られた悔しさと、信じる者を失った苦しさ、そして、師がなぜ自分をここに連れてきたのかを理解した。
・・・・・・・優牙の才を認めたというよりも、最強になるであろう龍司の単なる修行仲間として、奴に修行に励む気持ちを促す為に、ただ利用されていただけだったことを。
いや、実際はそうでは無く、師は本当に自分の力を見込んでくれていたのかもしれない。しかし、この時は、一体誰を信じていいのかわからず、悲観的な考えのみが脳内を駆け巡ったのだ。
そして、その思いはやがて憎悪となり、まるで瓦礫がガラガラと崩れ落ちるように、優牙の中で何かが壊れた。
凄まじい急流に抵抗する気力も力も無く、ただただ流され、優牙は強く決心した。
(必ず・・・、必ず龍司、いつかお前を倒す!
そう、どんな手を使ってでもな・・・・・!!!!!)
そしてこれからの四年間で、
優牙は他人を利用することを覚える。
後々出会う、一人ぼっちで孤独なクローン少女や、
更に、肉体は滅び、今や機械を隔てて、精神でのみしか存在できない男でさえも。
(ふ・・・、自分の精神を死に際にコンピューターに融合するとはな・・・。
まさかコワルスキーも自分の父親がこんな形でまだ生きているとは思っていないだろう。
それに、あいつが龍司の体に精神を移し変えた後は、サマンサの体を媒介に特殊な電波発生装置で協力な電波を発生させ、時空間の歪を作り出す。
それまで終わらせれば、僕は龍司を殺し、その時空間から好きな時代、場所へと行き、世界を思うように操作することができる。僕が最強となり、世界は僕に屈する・・・!!)
計画的な策略を巡らせ、優牙は更に耶江達の元へと足を速める。
「その為に、お前らは邪魔なんだよ。」
優牙は小さくぼそりと呟いた。