第三十一話
「ねぇ、教えて欲しいんだけどさ」
とキーファが前を行くコワルスキー博士に、馴れ馴れしく言い掛けた。
「なんだよ」
コワルスキーは振り返りもせず、ぞんざいに尋ねる。
「なんであんた、ゼロを殺すつもりなんだい?」
「だって、ゼロはわたしだからじゃないか」
当たり前のような口調で、コワルスキー博士は答えた。
「自分自身を殺す? 確かにな〜、あいつはあんたの第二のあんた、つまりクローンだけどさ。でも自分のクローンを殺すって事は、自分自身を殺すかもしれないってことじゃない?」
「当たりさ」とコワルスキーは不気味に言った。
「あんた、大当たりだね。つまりこういうこと。ゼロは第二のわたしであるということは、変わりないのさ。遺伝子的に、思考能力、体力、知力、そして考えること全てが同じもの。弱点も、強い箇所も同じもの。ゼロはやがて、“第二の私”になってしまうってこと。それは分かるね?」
「一応、俺だってIQは148あるし〜〜」
キーファはむくれてみせる。
「でもゼロはクローンだけど、わたし自身じゃない。将来のわたしだけど、未来のわたしじゃない。だって、未来なんか分からないんだものね」
「つまり?」
「だから、ゼロを殺す。今のわたしのようにさせたくないためさ」
「ん?」
「いい? わたしは科学の為に大勢の子供たちを殺してきた。いわばわたしの研究していた“永遠の命”は、罪のない子供たちの死骸の上に成り立っているということ。ゼロとわたしが根本的に違うのは、ただ一点。わたしは罪を犯した。けれどもそれを悔やんでいる。だけど、ゼロは決して悔やまないし、後悔しない。あんな危険な存在はないのさ。わたしとゼロはやっぱり違うんだ。物理的には同じでも、でも精神的には全くの別人。だから、意識が一緒にならなないんだ。だけど、わたしには、ゼロが何を考えているか判る。だって、わたしが作り出した、最高傑作だもの!」
ほんの一瞬、コワルスキー博士の顔には、忘れ去った女性的な輝かしい微笑みが浮かんだ。けれどもそれも儚い幻のようだった。次の瞬間、博士の顔にはこの上ない苦悩が表れていた。
「あんたみたいな、低級な存在には分からないんだよ、天才の苦悩なんてのは」
「ああ、そうですよ。どーせ、どーせ、俺なんかは低級動物ですって」
キーファは、この博士が苦手だが、けれどもどこかで賛同しているところがあった。
「だから、ゼロを殺す! だけどわたしは知っている。ゼロをプログラムしたとき、ゼロが死ねばわたしも死ぬって……」
「へ!?」
さすがにキーファは驚きの声をあげた。
「自分が死ぬと分かっていても、あんたは、ゼロのところに行くわけ?」
「そう。だから、あんたに道案内してもらっているんだ!」
馬鹿にしたようなコワルスキー博士の声がした。
けれども、風が起こり、妙な空間の歪みの中に、何やら怪しげな陰が見え隠れしていたと思ったら、その陰がはっきりとしてきた。
「!!」
コワルスキー博士は突然立ち止まった。
「シャオ! 我が恩師よ。どうして? あなたはわたしが殺したはずじゃ……」
「まだまだ修行が足らんのう、コワルスキーや」
キーファはただ腰を抜かしたまま、ガタガタ震えていた。
「邪魔すんな! 異界の扉に行かなくちゃならない!」
けれどもシャオ老人は、スーッとキーファの方に移動した。そしてシャオ老人は、老いたりといえども澄んだ瞳で、二人を見下ろしていた。そういえば、老人の足元は宙に浮いているのだ。
「あそこには、前を行く者どもがもうすぐ到達するであろう。扉の前には、ウィルの妹サマンサが息も絶え絶えで横たわっておるぞ! わしは邪魔をしに来たのではない。導くために来たのじゃ。愚かな者どもよ!」
「ちょ、ちょっと! こ、こいつ、一体誰?」
と震え声でキーファがコワルスキーに尋ねると、博士は淡々と言った。
「彼が異界の扉の、真の番人……」
「ば、番人?」
「つまり、真実の旗手ってやつさ」