第三十話
結局、ナイアは龍司達と共に進む事になった。パウザの態度は疑問に思ったが、個人的な事なのだろう。
ナイアが変異生物を一通り片付けてしまったらしく、そこから先は敵らしいものとは遭遇する事がなかった。
「日本人じゃないのに、変な口癖だよな、お前」
隣を歩くナイアに、龍司は溜め息混じりに言った。
「いいじゃないっスか。学んだ環境とか、個人的な趣味とかっスよ」
相変わらず飴を口に銜えたまま、ナイアが答える。
「そんなに飴ばっかり食ってると虫歯になるぞ」
「大丈夫っスよ。キシリトール配合だから」
「嘘だろ、それ」
「うん、冗談っス」
笑いながらナイアが言う。
調子が狂う。
戦闘になれば関係はないのだろうが、人付き合いし難い感が否めない。もっとも、それは龍司の性格にもよるのだが。
ふと、前方に扉が見えてきた。異界の扉ではなく、ただの扉のようだ。
「この先、誰かいるな……五人、か?」
「……この気配――」
パウザが呟いた。
鋭く目を細め、龍司が小さく言葉を漏らした。
「気配? 何も感じないっスよ?」
ナイアの言葉を無視して、龍司は躊躇う事なく扉を開ける。
「――!」
ナイアが目を丸くする。
同時に、パウザも息を呑んだ。ドアを開けた事で部屋の中の音の動きが明確に感じ取れるようになったためだろう。内部の様子が明確に感じられたに違いない。
部屋の中では戦闘が繰り広げられていた。
ダイアン、悟、ウィル、耶江の四人が一人の男と戦っていた。
だが、龍司が捉えたのはその五人ではなく、もう一人の人間だった。
「じいさん……」
ただ一人、存在感を断ち、五人の戦いの中、最小限の動きで自身の無事を確保している老人へと、龍司は視線を向けていた。
「何であんたが私達まで狙うのよ!?」
悟が叫ぶ。
「俺はここを通る者を殺せと言われただけだ。知った事か」
四人を同時に相手にしている小柄な男が言う。
男は双剣を持ち、悟の蹴りを受け止め、ダイアンのブーメランを弾き、耶江の矢とウィルの弾丸をかわす。
「それよりも、何でお前らがいるんだ!?」
「私達だって参加者なんだから、当然でしょ!?」
ウィルの問いに、ダイアンが叫び返した。
「何で当たらないのよ……!?」
耶江が放つ矢を、男は尽くかわしていく。
「さて、どうする?」
パウザが小声で龍司とナイアに耳打ちしてくる。
「ん〜、様子見てからっスかねぇ。みんな強そうだし……」
ナイアが呟く。
龍司は黙り込んだまま、老人から耶江に視線を向けた。ウィルの射撃と違い、耶江の矢の狙いが甘いのが判った。男が行う回避の動きが、ウィルの時と比べて耶江の時は小さい。つまり、耶江の攻撃が避け易いという事だ。
(……)
龍司は目を細める。
男は強豪とも言える四人を同時に相手にできるだけの強さを持っているのだ。恐らく、男も気付いている。
あの中で最も倒し易い人間が、耶江である事に。
だが、耶江は気付いていない。相手が人間である事で、致命傷となる場所を狙えていない事を。それは、自分自身の力を最大限に発揮できないでいる原因だ。
「相変わらず、隠れるのが上手いな、じいさん」
「え?」
龍司の呟きに、ナイアが首を傾げた。どうやら、ナイアやパウザは老人を捉えられていないらしい。
男がゆっくりと耶江に近付き始めているのが判った。
悟とダイアンの背後に回り込むように、二人と耶江の間に割り込んでいく。同時に、悟とダイアンを自身と耶江の間に割り込ませるように誘導し、少しずつ距離を詰めている。
「俺は行く。気付かれたくないなら、隠れてろ」
「何……?」
龍司の言葉に、パウザが反応した。
(このままだと全滅する)
直感的に、龍司はそう判断していた。
見た目こそ人間だが、男の身体能力は人間のものではない。感情も存在しないかのように、男はひたすらに剣を振るっている。
老人、シャオはどうだか判らないが、他の者に勝ち目はない。
結果的に全員を助ける事になるのが気に食わないが、仕方が無い。
(俺も、まだまだ甘いな)
自嘲の交じった笑みを浮かべ、龍司は駆け出した。
(――集中っ!)
周囲の動きを全て知覚するかのように、龍司は感覚を研ぎ澄ます。普段、表に出さなかった技術の一部を引き出して、龍司は地を蹴った。
耶江が矢を放ち、男が彼女に視線を向けた瞬間、龍司はその間に飛び込んだ。
矢をかわした男が突き出した剣を、龍司の槍が弾き飛ばす。宙へと打ち上げられた剣を、柄尻を突き出して打ち砕いた。
「――龍司!」
背後で耶江が驚愕に目を見開く。
「そこで見てろ!」
言い放ち、龍司は男に意識を向けた。
周囲の気配を探れば、全員が動きを止めている。
「じいさん、話は後だ」
それだけ言うと、龍司は男へと槍を突き出した。
男がかわし、龍司の懐へと剣を滑り込ませる。そのまま振り払うように剣を薙いだ。
龍司は瞬間的に殺気と気配を抑え、横へと身を投げ出す。着地と同時に男の背後へ回り込むように龍司は地を蹴る。
そうする事で、視界から消えた瞬間、龍司の気配が途絶えたかのような錯覚に陥る。一種の移動術だ。あとは強靭な瞬発力で、一瞬のうちに移動したかのように見える。
男が背後へと振るった刃を、龍司は素手で受け止めた。手を切られる寸前に掌と親指で刃を挟み込み、押さえ込む。そのまま力任せに剣を引き、同時に膝蹴りを男に叩き込んだ。
剣を強引にもぎ取った龍司はそれを空中に放り上げ、槍で叩き折った。
ダメージを受けたような素振りを全く見せず、男が回し蹴りを放つ。それを掌で受け流し、槍を薙ぐ。
男が後退する瞬間に龍司は一歩踏み込んだ。懐に飛び込んだ状態から、強烈な掌底を男の顎に叩き込み、顎を砕く。骨が砕ける感触が手から伝わってくるが、人間のものとは感触が違った。
そのまま空中に打ち上げられた男へ、龍司は真下から槍を振り上げた。水流によって増幅された切断力が、なんの抵抗もなく男の身体を両断する。
二つになった男の身体からは、変異生物と人間の丁度中間のような色をした血液が溢れ出していた。
「……流石だね、龍司」
背後から掛けられた声に、龍司は振り返った。
「優牙……!」
先へと進む扉の前に、優牙が立っていた。今入って来たのだろう、扉が微かに開いている。
「他の人間とは、全く違う……」
言い、優牙は全員を見回した。
「誰もが武器に頼った戦い方をする中で、龍司、お前だけは武器に頼っていない」
「当たり前だ。こんな得体の知れないものに命なんて預けられるか」
優牙の言葉に、龍司は吐き捨てるように告げた。
この島では、敵を倒すためにアーティファクトは必用不可欠な武器だ。アーティファクトでなければ敵を完全に倒す事はできない。無論、龍司も全面的にアーティファクトを使っている。
しかし、牽制などに蹴りなどを使う頻度は高い。
いつ使えなくなるか判らないアーティファクトよりも、自身の体術の方が信頼できる。
「優牙、それに、龍司……」
「久しぶり、師匠」
老人の言葉に、優牙は小さく笑った。師匠、という言葉は嫌味だ。
「まだまだ現役のようだねシャオ」
黙り込んだまま、ただ優牙へと視線を向けているシャオに、優牙は言葉を続ける。
「僕はまだやらないといけない事があるんだ。長話もできなくて悪いね」
それだけ言うと、シャオはパウザとナイアのいる方へ視線を向けた。
「そうそう、この先にコワルスキーがいるよ」
続いて耶江に視線を向ける。
「キーファも一緒にね」
最後にウィルへ視線を向け、優牙は告げた。
「サマンサも、いるよ」
「何だと!?」
駆け出そうとするウィルを、耶江が腕を掴んで抑えた。
「ただし、早く行かないと手遅れになる」
あからさまに他人事のように話し、優牙は背後の扉に手を伸ばした。
「そうそう、君達二人はもう用済みだってさ」
悟とダイアンへ視線を向け、優牙が告げる。
「じゃあ、僕は先に行くよ」
最後にそれだけを龍司に向けて告げると、優牙は扉の奥へと姿を消した。
龍司とシャオを除く全員が唖然としていた。
悟とダイアンはその場に座り込み、パウザとナイアは憎悪に近い雰囲気を放っている。耶江も考え込むように視線を落とし、ウィルは熱意に満ちた表情で扉を見据えていた。
「龍司……」
傍へと歩み寄ってくるシャオに、龍司は視線を向けようとしなかった。
「俺は行くぞ、先へ」
その場にいる全員を見渡し、龍司は告げた。
耶江とウィルが龍司へと視線を向ける。龍司はそれを一瞥して、背を向けて歩き出した。
先へと進むための、扉へ。