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求める先に  作者: 星葡萄
25/55

第二十四話

あっちはパラパラ。こっちはザーザー。

空は晴天、ときどき狐雨。

太陽の光を浴びて、キラキラ煌々サラサラ爛々と七色に光る。

雨は乾いたアスファルトを湿らせ彩り、跳ねて踊って歌って笑う。パラパラザーザーパラザーザー。

楽しげなリズムを刻み。

儚く散り逝く妖精たち。

あっちはパラパラ。

こっちはザーザー。

そっちはポタポタ。

どこもかしこも歌の洪水、リズムを刻む。乾いたアスファルトを癒す波音。

さざ波の様に心地よい。

願わくば、この旋律(リズム)が皆に響きますように――。




 

††††††††




 

コツン、コツン、コツン……。

「湿っぽいなぁ」

「しょうがないな。諦めろよ」

耶江は、傍らを歩くウィルに愚痴りながらも先に進む。しっかりと舗装されたその道は、今は閉鎖されているが、どうやら昔は物を運ぶための線路だったみたいだ。現に、道にはトロッコの為の線路(レール)が敷かれている。

「この島が人工的に管理された島だ、とタカくくってみりゃドンピシャ、か。山のふもとにまさかこんな場所があるなんてな」

「国連黙認説なり迷彩処理説なり、どちらにしろ管理する為の施設は必要でしょ。だったらその機材を運ぶ為の設備がある。探偵のくせにそんな事も分からないの?」

「うっ……。あのなぁ、探偵の仕事なんて殆どが浮気調査かペット探しで、どこぞの小学生探偵(メガネ仕様)みたいな事件、どこにもないんだぞ?ってか有り得ない。勘も鈍るってもんさ」

「言い訳?」

グッ、とウィルは押し黙る。自分でも言い訳がましいというのは理解できていたのか、言い返したりはしなかった。

ウィルがだんまりした事で会話が終了したと解釈したのか、耶江は言葉を紡ぐ。

「それに。私はここが人工的な島だって思ったのは、別に勘じゃないわよ」

「は?あぁ、TDCの連中が手を加えたってか?そのくらいなら俺にも――」

「ばぁか。逆よ逆。TDCの連中は異界の扉を開ける事が目的じゃないわ。この島自体はただの実験場、つまりただの舞台(ステージ)。この島に価値を求めているとは考えにくい」

「……へ?」

「……ここまで言って、まぁだ分からないの?探偵は廃業した方がいいわよアンタ」

耶江はため息を一つ吐き、立ち止まる事なく、振り返る事なく告げる。




「この島を“加工”して、変異生体という“標的(フラグ)”を作ったのは、恐らく、別の誰か」




「……は?」

「もっとも、これは飽くまで推測の領域。決定打がない以上はTDCはやってないという可能性は否定できないけど、それでも確率としては低いと思うわよ」

どうという事もなく語る耶江だが、ウィルは衝撃を受けた。

「ちょっ……待てよ。オイ、耶江ッ!待てっつってんだろうが!」

「立ち止まってる暇は――ッキャ!」

ウィルは後ろから耶江の肩に掴みかかり、そのまま力任せに壁に叩きつける。耶江の小柄な身体が震える。どうでもいい話だが、耶江の女らしい悲鳴は恐らくこれが初めてだろう。

「な、何すんのよ!ねぇ、肩痛いってば!」

「どういう事だよ、それ!あいつらが関係ないとでも言うつもりか!?」

「そん、な、事は言ってないでしょ!?とりあえず落ち着きなさいよ!」

「これが落ち着けるか!いつもいつも周りを差し置いて自分だけで理解して。一から十まで説明しろ!」

「くぁ。痛、い……っつってんだろうがアンタ!」

ガシ、と耶江の小さな手がウィルの手首を包み込む様に掴み、

グルン、とウィルの身体が回転し、地面に背中から落ちた。激しい音を立てて落ちたせいか、ウィルが噎せ返る。

「こンのッ……次ぃ、私にそんなナメた事してみなさい?全身の骨をバッキバキにへし折ってやる」

腕をとり、倒れたウィルの首と腹部に足をねじ込み、ギリギリと逆腕ひしぎ。今にも折らんばかりの耶江の両手に、力が込められる。

「が、ぎが……クソッ……」

「落ち着いた?」

先程とは打って変わって、穏やかで優しい声。耶江はウィルが落ち着いたのを確認して、逆腕ひしぎを解く。肩を押さえながら立ち上がるウィルを見つめ、耶江は口を開いた。

「そんなに、TDCの連中が『悪』であって欲しい?」

「……当たり前だろ。だってあいつらは、俺の妹を……サマンサを、」

「誘拐した、って?」

コクン。無言でウィルは頷く。

「別に私は、TDCを庇ってる訳じゃない。アイツらはアイツらで『悪』である事に間違いはない。けど、ね」

ため息を一つ吐き、耶江はウィルを見据える。まるで、心を見透かす様に澄んだ真っ直ぐの双眸。

耶江は、言葉を、紡ぐ。




「けど、それは本当に、TDCの仕業?」




息を呑む音が、通路の壁面に反射して響く。言うまでもなく、息を呑んだのはウィルだ。

「アンタの話を聞いた限りじゃ相手がTDCという可能性が消えた訳じゃないけど、でもアンタ、『TDCが絡んでいる』としか言ってないわよね?さらったのは別の組織という考えは浮かばなかった?そもそもそれは確かな情報?」

「……」

ウィルは口を開かない。言い返せないまま、耶江の言葉に聞き入っている。

「確率論だけで言えば、アンタのその考えは間違ってる。思いつく限りの可能性を浮上させて、それから消去法で削除していくという考えこそが、真理に近付く方法として最も有力。世界はね、箱の中の猫めいているものよ」

開けてみなければ、中の猫が生きているのか死んでいるのかが分からない。量子力学の世界では有名な逸話だ。

「恨み辛み悲しみ憎しみは人の生きる活力の源。否定はしないけど、逆恨みはただ見苦しく醜いだけ。確固たる真理に近付いてから、そこで初めて怨みなさい」

フン、と鼻を鳴らし、耶江はウィルに背を向けて競歩張りの速度で歩きだした。ウィルは黙したままその後に続く。

どのくらいそうしただろうか。不意にウィルが口を開いた。

「……なぁ。一つ聞いていいか?」

「何?」

「……アンタは一体、何者だ?」

言葉を受けた耶江は、ピタリと立ち止まり、ウィルに振り返りながら告げた。

「三国 耶江。特技は弓道、趣味は運動。でも最近のマイブームはシュレディンガーの研究誌を原典で読む事。血液型は、意外だってよく言われるけどAB型。四年前にワシントン大学を飛び級で卒業。現在、花も恥じらうハタチ成人」

――それは、かなりの爆弾発言だったりした。




 

††††††††




 

「ゼロ。調子はどうだ?」

「あぁ、君か。ボクに構ってる暇があるんなら、お友達にでも会ってきたらどう?」

やけに不機嫌気味に簡潔にゼロは答えた。

コツン、コツン、コツン。無機質な足音を響かせ、少年は大きな椅子に座ったままのゼロに歩み寄る。

「調子というのは、一九体の『創作道化(プラモデル・キーファ)』を統制するBCS(思考管制システム)機能の事?それともリュウジの進行状況?『純粋培養(オリジナル)』コワルスキーの動向?」

「そのどれもに興味はない。知りたいのは、ただ、君の身体の事だ」

「……右腕の細胞が崩壊を始めたから取り外した。別のボクの個体から右腕を切りはずしてくっつけたから、大丈夫。ただ問題は、神経接合の固着に時間がかかる事かな。一時的にホルモンバランスを崩して再生を促してみたけど、気休め程度にしか再生速度はあがらなかった。やっぱES細胞からのクローン素体は性能はいいけど、寿命的には劣化製品(レプリカ)に過ぎないね。DNAマップを元に元素を組み立てた方が、まだ長命な個体が創れるよ」

何気なく、振り返る事なく語るゼロ。ケラケラと笑っているが、その話の内容はどこかが壊れている。

「寿命を取るか、性能を取るか。こんな選択肢なら電化製品と変わらないのにね。どうしてかな?ボクはクローンなのに、死ぬのが怖いんだ」

「それはおかしな事かい?」

「おかしいよ。だって、クローンなんて素材と道具さえあれば、たった一五〇〇ドル程度のお金で『製造』出来るんだよ?なのに、ボクは死にたくないんだ。新しい個体を作って、『このボク』という固有の意識を刷り込み(インストール)すれば、新たな『このボク』が生まれるというのに……ボクは、死ぬのが怖い」

「だったらいいじゃないか。それは君が生きている証なんだから」

腕にバンダナを巻いた少年は、椅子を覗く。そこには、両膝を抱え、小動物の様に震えるゼロの姿。

銀髪の一部を赤に染めた少年――優牙は、目を優しげに細め、ゼロの震える肩を抱き締めた。

「君はそれでいいんだよ。代わりなんていない、君は君自身だ。生きている証を自ら捨てる様な真似はしないでくれよ」

「ゆ、優牙ぁ……」

泣きそうな顔で、ゼロは優牙の背中に手を回した。泣き顔を優牙の胸に埋め、すすり泣く様からは、いつもの気丈さは欠片ほども見えない。

ゼロは、コワルスキーとの比較を嫌う。それはクローン素体では染色体の弱体のせいでどうしても性能的に純粋培養(オリジナル)に勝てないからであり、それはゼロ自身も例外ではない。

だが、

(少し彼女の世界に入ってみれば、それだけが世界の全てだと認識する。ただそれが、コワルスキーの場合はジョシュア。ゼロの場合は僕、ってだけか。こういう盲目的なところは、流石は血、ってか?)

物思いに耽っていると、ゼロが顔を上げて目を閉じた。求められている事に気付いた優牙は、反射的に唇を重ねた。

「優牙ぁ……」

「はいはい、分かってるよ」

ゼロの頭を撫でながら、優牙はもう一度、今度は長めに唇を重ねる。

目を閉じたゼロに気付かれない様に、

優牙は嗤った。




 

††††††††




 

パラパラ。サラサラ。ポツポツ。ザーザー。

雨が降る。晴れ、時々、にわか雨。

リズムに合わせて身体が動く。空の鳴き声が心地よい。

雨が上がれば綺麗な虹。空に架かった、丸い丸い光の吊り橋。

理屈を知ればどうって事ない。それでも綺麗だなって感じる不思議。

雨が降る。

……雨が降る。

…………雨が降る。

狐雨は、いつの間にか本降りになってて。

いつまでも、雨はやまない。

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