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求める先に  作者: 星葡萄
23/55

第二十二話

子供の頃は、どこまでも飛べると思っていた。大きな青空を見上げ、一体化する事で全てが覗ける気がしていた。

いつからだろう。自分の背中に羽根がない事に気付いたのは。

いつからだろう。自分の居場所が檻の中だと気付いたのは。

いつからだろう。自分を喰らう為にと睨む獣に気付いたのは。

逃げ場のない檻。四方八方をフェンスに囲まれた世界には、黒い空から差し込む一滴の月明かり。死の恐怖が全身を駆け巡る。獣は狙いを定め、牙と爪を研ぐ。赤い血にまみれた口元はまさに悪魔を彷彿とさせる。

金色の双眸。厭に煌めく唾液と、『それ』を塗られテカテカと輝く牙。透明感のある『それ』は両生類の粘液じみている。鋭い爪は別の獲物の肉片が詰まっていて、獣は舌を使って『それ』を舐めとる。

だったら、戦う力のない小動物は、どうすればいい?




 

††††††††




 

「ダイアン。この島についてどう思う?」

「……訊ねる前に、助けるって選択肢はアンタにはないの?」

「ないね。耶江ちゃん以外の女性に優しくするつもりはないんだ」

「……あぁさいですか」

粘糸に縛られて動けないまま寝転がっているダイアンは、見下すキーファに非難的な視線を向けた。二メートル近い身長のキーファを地面と同じ目線から見上げると、某天空城を守る機械兵の様だ。

「つーか私に気安く話しかけないで。アンタうざい」

「そう言うなよ。『同じ存在』のよしみじゃないか」

「……アンタは純粋培養(オリジナル)でしょ。劣化製品(クローン)の私とはまるで違う存在じゃない」

「いやぁ?この『僕』は劣化製品(クローン)だよ。『キーファ』個体の塩基配列(ロジック)を基にタンパク質や脂質、その他諸々の分子で組み立てただけの純既製品(プラモデル)に過ぎない」

「アンタが純既製品(プラモデル)?ハッ、嗤わせてくれるわね。だったら私は純廃棄物(ジャンク)ってとこかしらね」

虚無的に嗤うダイアンを見下ろしながら、キーファはやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。

ビジィッ。布を裂く様な音をかき鳴らし、ダイアンを縛りつけていた粘糸が縦一直線に破れた。時間の経過で弱くなった糸を裂く事はたやすい事だ。

「……アンタ、最初に何か言ってたわね。あれは何?」

「この島についてどう思う?そのままの意味さ」

その意味が分からないからダイアンは訊ね返した訳だが、キーファはとぼけて返した。とことん人をおちょくる奴だ、とダイアンは苦い顔をした。

「――この島はね。悪意に満ちている」

唐突に、キーファが語りだした。今まさに口を開こうとしたダイアンは声を出すタイミングを失い、パクパクと金魚の物真似よろしく口を開閉し、結局噤んだ。

「変異生体。あれはまさしく異常だ。狂っている」

「……だから、突然変異なんでしょ。言っちゃ悪いけど、ダウン症みたいなもんでしょう。突然変異した遺伝子による染色体の増加。何がおかしいの?」

「……君は、本当に理由がそれだけだと思っているのかい?」

「違うの?」

パンパンと服についている埃を払い、ダイアンは隣に立つキーファを見上げる。

「とりあえず歩こうか」急に歩きだしたキーファに追いつく様に小走り気味に歩くダイアン。彼女の身長は一三〇センチ弱、対するキーファは一九〇センチ強はある。歩幅が二倍近く違うのだ。

「突然変異、って言うのは生物学的にどんなものだと君は思っている?」

「……そうね。一つは環境の変化による耐性の上昇。一つは環境不順による順応性。一つは環境を変える程の食物連鎖の変質」

「いい答えだ。じゃあ一つずつ答えを出していこう。

まず、環境の変化に耐性をつける突然変異。これは実に一般的だ。猿が森から平原で過ごす様になった結果、紆余曲折はあるものの現在のホモ・サピエンスになった。分かりやすい答えだ。

次に、環境不順による順応性。

馴染みが薄いお話だが、理にかなっている。

森が炎上して動物の住む場所がなくなった場合などによく起こる事だね。環境の環が上手く廻らない、結果がその環に新たな法則(ルール)を生む。こういう事が起こるからこそ、生物は様々な種類に変質して新たな環を創る。環境変化は移動を伴うが、これは滞留する。つまりは逆説的(パラドックス)なんだね。

最後に食物連鎖の崩壊。世界各国に存在する絶滅危惧種の半分がこれだね。虫は草木を食べる。小動物は木の実や虫を食べる。肉食動物は小動物を食べる。微生物が死んだ肉食動物を分解して草木を育てる。だが小動物の生存数が多くなった場合、バランスが崩れて崩壊する。

さてここで問題だ。この場合、一体どんな変化が訪れる?」

「……小動物が小動物を食う」

「正解」

例えば、ルワンダに生息するゴリラは内紛により絶滅寸前だ。食べる木の実が存在せず、飢餓状態に陥っているし、流れ弾で死ぬ事もある。そこでゴリラは、死んだ小動物を餌に繁栄しようとしているのだ。日本では熊がいい例だが、熊も動物の死骸を食す事がある。

こうした食物連鎖の崩壊は、一旦バランスが崩れればなかなか立て直せない。無理に獲物を変える必要があるのだ。

「本当は、ウィルス進化説も言ってくれると満点だったんだが……まぁいい。とにかく、突然変異にはこういった様々な変化がある訳だが、共通点がある。何だと思う?」

「環境の変化……違うか。それは前提だし。何だろう?」

「バランスさ。生物学的なボディバランス。どんなに変態が行われたところで、急に四肢が発達する訳じゃないだろ?獅子の足と鷹の翼と虎の体と蛇の尾、なんて融合幻獣(キマイラ)は文字通り幻想に過ぎない。バランスの悪さに、自重で潰れるのがオチさ。

人間の腕を取っ払って獅子の逞しい腕をくっつける。重さのあまり引きちぎれてしまう。どんなに頑丈に縫合しようとね。

だがこの島の変異生体は違う。バランスがおかしい。これは一体、どういう事だ?」

「……」

ダイアンは答えない。ただただ聞き入っている。

「動物の身体は、実に合理的に創られている。バランス、環境耐性、必要最低限の力、性質。ここの生物も同じ事だ。ここには変異生体しかいない訳だが、果たして腕が大きく足が小さくなる必要があるのかな?身体を小さく脚を太くなった状態で全力で走って、背骨は大丈夫なのかな?頭を大きく身体を小さくする事は、果たして合理的かい?

それに、何より、食物連鎖はどうなっているんだろうね?」

ハッ、と。ダイアンは立ち止まり、目を丸くした。

そうだ。おかしい。変異生体も生物である以上はエネルギーとなる食料が必要な筈だ。変異生体が変異生体を喰う事で代用も聞くが、食物連鎖(ヒエラルキー)の最下位の変異生体は何を食べるのだろうか。ここの変異生体は全て等しく肉食である筈なのに。

ダイアンは、声すら出せずに固まっている。少し離れた場所で立ち止まったキーファは、眼鏡を中指で押し上げながら嗤う。

「さ、生態学……環境についてはここまでだ。次の話に移ろうか。

この島は確かに小さいが、地図に載っていないのはどうしてだろう?」

キーファの問いに、少女は答えられない。まるで、喉に何かが詰まった様に、声が出せないでいる。

何か。

パンドラの箱にも似た、

開けてはいけない禁断の扉を、

無造作にノックしている気がする。

「地球周辺には様々な人工衛星がある。もはや地球上に見えない箇所はないと言えるくらいに散りばめられているのに、小さな島とは言え、見えない筈はない。この前提を基に考えられる可能性は、三つある」

沈黙するダイアンには目もくれず、キーファは意気揚々と語り続けた。

「一つは、どこの国もが無視している。一つは光学迷彩を行使して意図的に存在を隠している」

Vサインの様に指を立てながら、キーファは呟く。

「前者はそのままの意味だ。『実験場』と選ばれたこの島の情報を消す事で一般の人間には気付かれない様にする。つまりは黙認だね」

「ちょっ……国連ですら、こんな馬鹿げた殺人劇に目を瞑っているって事!?」

「可能性の話だよ。推測、憶測。まだ断定的な証拠は何もない訳だしね。事態は常に最悪を想定しといた方が真実を知った際の精神的ダメージが少ないからね。

……話を戻そう。次に光学迷彩で意図的に隠蔽する。光の反射率・屈折率をいじるだけとは言え、この規模だ。あまり建設的ではない」

「この島は『島』としては小さいけど、光の屈折率を変える面積としては広い。そういう事?」

「いい答えだ。そう。この島を覆う程に広く光学迷彩を展開したところで、果たしてどれだけの電力が必要になるだろうね。あまりにも現実離れした電力を喰うね、確実に」

「この島がすでに現実離れしてるけどね」

違いない、とキーファは笑う。

しばらくダイアンは思考に没頭していたが、やがて歩きだした。キーファもそれに続く。

(ゼロ……アンタは一体、何を考えているの?)

心中で嘆息を吐いた。

「……ねぇ、キーファ。アンタさっき、この島が地図に載っていない可能性の推測は三つって言ったわよね?」

背後を歩くキーファに向かってダイアンが訊ねる。確かにそう言ったね、とキーファは軽く肯定した。

「三つ目の可能性は、いったい何?」

「こここそが異界である可能性さ」

極めて端的に、キーファは答えた。そして背後の気配が不意に途切れた。




 

††††††††




 

戦う力のない、怯えるだけの小動物。生命の危機に瀕してなお、爪も牙も見当たらない。

だったらどうする?大人しく喰われとくか?そんなのは真っ平ごめんだ。死ぬ訳にはいかない。

だったらどうする?とりあえず逃げとくか?まぁそれも一つの手でしょ?

腹を決めたら後はカンタン。この閉鎖されたくそったれな檻の中を滑稽に無様に這い蹲ってでも駆け巡るさ。

死ねない。死ぬもんか。死んでたまるか。死にたくはない。

爪に挟まっていた肉片を舐めとった獣が、狙いを定めて襲いかかる。

金色の、獣の、双眸は、恐怖以外の何者でもない。

さて。とりあえず逃げとくか。この檻の中をどこまでも。

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