第二十話
一方、龍司を二度も逃がしてしまった耶江は、この上なく不機嫌であった。その場には、どんよりとした何とも言えない気まずい雰囲気だけが流れていた。
「おい。」
ウィルが先陣を切る。
「何?」
「なんで、そこまであいつにこだわる?」
「・・・・・・。」
「さっき龍司が逃げ出した時の事だ。お前なら、射ろう思えば簡単に出来ただろうが。さっきだけじゃない。そんなチャンスなんて幾度とあったろう。それが、お前の優しさ・・・悪く言えば、甘さから来る行為なら、余計なお世話かも知れんが、そんな生温い感情なんて今すぐ此処で捨て去ってから行くんだな。その甘さが、最後には己の首を絞める事になるくらい解るだろう。まー、お前のそういうところに助けられた俺が、偉そうな事いえる立場じゃないが。」
「ふん、そんなんじゃ無いわよ。ただ・・・・・・」
「?」
「ううん、やっぱ、あんたの言う通りかも。人間長く生きてれば色々とあんのよ。それを誰かに話す事でどうこうなる訳でも無いからね。」
「長く生きてれば、て・・・お前がそんな台詞を使うには十年早いと思うけどな。」
(十年早い――――か。)
一瞬、耶江の表情が曇った。
「お前なぁー。隠し事ばっかしてると、ろくな事ねぇぞ!?こっちまで苛々してきたっつの。」
「ま、あんたはともかく、信用出来ないお二人さんが居る限りは話せないわね。」
「おいおい、耶江ちゃん。信用ない出来ないお二人さんとは、ひょっとしてひょっとしなくとも、僕らの事かな?」
「解ってんなら、いちいち聞くな。」
「つれないなぁ。でも全く構わないさ☆それが君の僕に対する愛情の裏返しだとは、常々心得ているつもりだからネ。」
「勝手に言っとけ!」
「それじゃ耶江ちゃん、僕もそろそろ行くよ。・・・少し気になる事もあるしね。」
そう言って、キーファはその美しい顔の上に、精巧に作り上げたような満面の笑みを浮かべて言った。
(・・・・・・気になる事・・・)
「大丈夫☆君がピンチの時は直ぐに駆けつけるから♪あ、耶江ちゃん。ご褒美のキッスは又今度会った時までのお預けって事で!たとえ君が忘れても、僕はしっかりばっちり憶えているからね☆」
「はい、はい」
キーファは大きく手を振りながら(注:耶江だけに)、気配と共に周囲の景色にすっと溶け込み消えていった。
「ふーー、やっとうるさいのが行った。それはそうと、この子どうしようか?」
耶江が、変異生物の粘糸で未だに身動き出来ないでいるダイアンを見下ろしながら言う。
「このまま置いてっても問題ないだろ。」
「ちょっ、冗談はよしてよね!ホント、このまま助けてくれないと私、変異生物に食べられちゃうよォ〜!わぁ〜〜ん!!」
ダイアンがその場で手足をジタバタさせて泣き叫ぶ。
「こんな時だけ都合よく子供に戻ったって無駄だぞ。」
「そうね。早く龍司の後を追わないと、今度こそ追いつけなくなりそうだし。行きましょうか。丁度、ライバルが一人減って都合がいいわ。」
「ひどい!ひどすぎるよ!鬼婆ァ!!」
「安心しなさい。その粘糸の親元である変異生物が死滅した以上、その粘糸が消えるのも時間の問題だから。さっきより動きやすくなってきたとは思わない?」
「!?あ、ホントだ・・・糸がだんだん細くなってきてる。」
「悪いけど、あたしはその糸が切れるまであんたを待ってる程、気の長い女じゃないんでね。先を急がしてもらうわ。元々あんたみたいな雑魚、眼中に無かったんだよ。動けるようになるまでに変異生物に襲われたのなら、その時は自分の運命を恨むことね。」
(やっぱり鬼だ・・・・・・)
ダイアンは口唇を噛み締めた。しかし、もう諦めたらしく、それ以上騒ぐことは無かった。
「よし。ウィルのアーティファクトも無事元に戻ったことだし、さっさと龍司の奴を殺しに行くよ!!」
耶江はそう言うと、勢いよく走り出した。もう山の麓は直ぐそこだ。
「そんなつもりなんて無い癖に。」
ウィルが後に続く。
「何か言いました?」
「べっっつに〜。」
既に朝日が、山全体を厚く覆った雲の隙間のあちこちから差し込み始めていた。三日目の朝である。残り少なくなった参加者は、それぞれの思惑を胸に動き始めた。