第十九話
『2014年ネット新聞配信
昨日、コワルスキー博士が、絶海の孤島の監獄から脱走しました。どうやら日本のTDCが関与している模様と捜査当局は見ているようです。
コワルスキー博士はご存知かどうか分かりませんが、100年に一度という天才科学者でありながら、少年の両目をえぐり、又、他の無垢の子供達を殺戮したのではないか、と言う“不穏な噂”があります。
もちろん(!)、博士はその事を否定しています。けれども、中には探偵まで雇って、コワルスキー博士の“忌わしい過去”を暴こうと言う連中も居るのは事実です。
けれどもコワルスキー博士は、真の『ES細胞』を発見した偉大な科学者でもあるのです。彼女が(注*誰ですか、博士の事を男だと信じているのは! 彼女は男装していますし、どう見てもがっしりとした男性のように見えますが、実はれっきとした“女性”なのであります)発見したES細胞こそ、人間の長い間の夢、“不老不死”を実現するものだ、と喧伝されてはいますが、実際にそれこそ“そのもの”であるのかどうかは、誰も分かりません。
博士は大いなる謎に包まれています。彼女がなぜか日本語を喋る為、日本人の血が入っているのでは、というのがTDC会長早瀬氏の見解です。だからといって、会長はコワルスキー博士の失踪については、「全く、知らない」と公式に通知しております。
果たして博士は今どこに居るのでしょうか? 博士は失踪する前、こうも言っていました。
「真のES細胞は、死闘に勝ち進んだ者のみ、有している。なぜなら、そのような血筋の者でしか、復活を遂げるES細胞は含まれては居ない。そしてその率が一番高いのは、“大和民族”である、と! これを聞いた日本人達は、一度は失われた尊厳を世界に誇示する為に、奔走し始めたのです!
わたしはこう想定しています。恐らく、コワルスキー博士は、再びあの絶海の孤島の監獄島に戻るだろうと。なぜなら、そこには想像を絶する“何か”が存在し、故に彼女は、真のES細胞を発見したのだと。いや、もしかするとそうではなく、その細胞は彼女自身が作り出したものなのかもしれません。
人類が“不老不死”を求める先には、一体何が待ち受けているのでしょうか? それは皆が待ち望んでいた幸福でしょうか? それともそれを得んとして狂奔する余り、滅亡に走る哀れな人類の末路なのでしょうか?
いずれにせよ、わたしはこのレポートを死をかけて、配信するものとします。
配信者 匿名』
「こ、このネット新聞はすぐに削除したはずだぞ! 一体どうなっているんだ! 今頃、巷に出回るとは!」
青くなった早瀬会長のキンキン声がこだまする。尾内は、もみ消したはずのネット新聞が、今日本全国津々浦々のネットに流れているのを知って、腰が抜けそうになった。
自分達が必死になって護ろうとし、コワルスキー博士の忌わしい“殺人鬼”としての過去を消し去り、そして“あの”島からも脱出させたと言うのに、コワルスキー博士は何かを企み、再びあの島に戻って行った。
不老不死の細胞を持つ、ただ一人の人間が誰か、決死のレースを提案をしたのもコワルスキー博士だった。彼女は実際ニンゲンなのか、モンスターなのか区別がつかないほどだったが、ただ一つ彼女が今でも後悔している事……それは“ジョシュア”という少年の目を潰してしまった事なのだ。
ジョシュア……妙な符号の一致だ。ジョシュアとはイエスのヘブライ語読みなのだ。真実のES細胞を有しているのは、あの龍司なのだろうか? それとも、ジョシュアか……。
白い雪の中に転々と散る 花のような もの
それは 血 そして 不老不死の 血 なのよ……
銀髪の少女は 不気味な高笑いを 雪の中で いつまでもいつまでも していた……