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求める先に  作者: 星葡萄
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第十八話

 龍司にとって一番の問題は荷物をあの場に残して来てしまった事だろう。間接を外したために左腕は使い物にならなかったし、右手には槍を持っていた。加えて、ウィルにはアーティファクトを奪い返されている。

「参ったな……」

 とはいえ、あの場ではああするしか手がなかった。

 悟やダイアン、ウィルはともかくとして、耶江と共に行動をするのは、龍司にとって好ましい事ではない。これからの道の過酷さを考えたならば、特に。

 これから先、争いは苛烈なものになっていくだろう。変異生物との戦闘だけではない、参加者同士の戦いも。

 その時に、耶江の甘さは足手まといにしかならない。山頂を目指すにあたって、人を排除せねば進めない場面は、いつか必ず出てくる。相手を殺さなければならない場面で、人を殺める事に抵抗がある者は、とどめを刺す事を躊躇うだけでなく、止めようと割り込んで来る。

 それでは、山頂に辿り着けない。

(全く、一番被害受けてるのは俺じゃねぇか)

 小さく舌打ちし、直ぐに溜め息をつく。

 自身の行動の責任は自分自身にある。当たり前の事だ。苛立ちや、悲しみ、喜怒哀楽の全てが。他人に責任はなく、行動した己自身にあるはずだ。

 気持ちを落ち着け、手近な木に背を預けて座った龍司は肩の関節を戻した。痛みは暫く残りそうだが、動かせればそれでいい。

(追って来ないところを見ると、とりあえずあいつらからは離れられたか)

 走ってきた方角に視線を投げ、思う。

 悟は龍司とは別方向に逃げ、ダイアンは蜘蛛の巣に捉えられたまま。耶江は龍司に威嚇するために矢を放ち、追跡のタイミングを失った。ウィルが追って来るかとも思っていたが、その様子もなさそうだ。そうなると、残るはキーファ。

(あいつは、厄介そうだな)

 何より真意の掴めない態度に警戒しなければならない。

 完全に耶江の味方をしているように見えるが、それが見た目だけのものなのか、本心から来るものなのかを判断するのは難しい。耶江も警戒している様子だった。

(これからが本番だってのに、何一つ出だしと変わらないな)

 視線を前方へと向ける。

 森は数百メートルで途切れ、その先には岩肌が見えていた。

 龍司が身を隠しているのは道の脇の茂みだ。岩肌は道の部分では途切れ、緩やかな登りの道へと変わっている。

 山に辿り着いた。この頂上に、『異界の扉』と呼ばれる『モノ』がある。

 参加者全員が求め、渇望している、ゴール。

(醜い競争だな)

 思って、苦笑した。

(俺もその一人なんだよな)

 参加者である時点で、龍司も醜い人間の一人だ。それを自覚して、自分自身を笑った。

 ひとしきり身体を休めてから、龍司はゆっくりと立ち上がった。左肩の痛みもだいぶ消えている。一度左肩を回し、龍司は茂みから道の様子を窺った。

 不意に、二つの気配が近付いて来ていた。

(風……?)

 龍司は眉根を寄せた。不自然な風が不定期に流れてくる。

 次第に気配が近付いてくるうちに、龍司は自分の表情が強張っていくのを感じた。心音が聞こえるほどに、大きく脈打っているような気がする。不快感と、緊張感。同時に、それが襲ってくる。

 その気配の一方を、龍司は知っていた。

 木々が大きく揺れ、葉が音を立てる。優しげに気こえる木々のざわめきも、荒れているように聞こえた。

 気配が、視界に入る。

 一方は目に何かを巻き付けた青年だ。進行方向に背を向けるようにして、大きく跳躍してくる。一見すると盲目のようだが、普通の人間以上の身体能力を見せている。的確に攻撃をかわし、青年が腕を薙ぐ。

 その瞬間、衝撃波が一直線に全てのものを吹き飛ばす。先程から感じていた風の正体は、衝撃波によって生じた空気の流れだ。

 青年が着地し、もう一度背面方向へと跳ぶ。その足元に巨大な刃が振り下ろされた。

 剣のように見える刃は、無数の武器が組み合わされた特徴的なものに仕上がっている。大剣の腹の左右には、刃と向きを揃えるように菱形の刃がいくつも並び、剣の背には大きく湾曲した鎌がついている。

 地面に一メートル程の亀裂を刻んだ刃が振り上げられた。

 それを持つのは、もう一人の青年。右側だけノースリーブのシャツに、袖無しのジャケットを着込んだ少年の右の二の腕には赤く、長いバンダナが撒かれている。一部分だけ赤く染められた前髪が特徴的な少年だ。龍司と同い年ぐらいだろう。

 口元に凶悪な笑みを浮かべ、少年が腕を、剣を、振るう。

 その一撃を、盲目の青年が避けた。自らを衝撃波で吹き飛ばすようにして、攻撃範囲から逃れている。

「目が見えない癖に、やるじゃないか」

 余裕の笑みを浮かべる青年にへと、盲目の青年は無言で衝撃波を放つ。

 バンダナを巻いた青年の足元が抉れた。盲目の青年に肉薄し、大きな剣を横薙ぎに振り払う。

 盲目の青年が右腕を突き出した。

 瞬間、衝撃波で空気が歪んだ。二つの方向へ同時に放たれた衝撃波は、その中間で干渉し合い、波を強め合う。それが一つの強大な衝撃波となり、バンダナの青年へと迫る。

 バンダナの青年は上空へと逃れ、大剣を振り上げる。その大剣の背にあった鎌が大きく回転し、正常な鎌の位置へと移動した。大鎌となった剣が振り下ろされ、盲目の青年は横に転がるようにしてそれをかわした。瞬間、剣の周囲に張り付いていた菱形の刃が飛び散り、盲目の青年に追撃をかける。

 咄嗟に放った衝撃波で刃の軌道を逸らし、致命傷を防いでいたが、それでも腕や脚にいくつか掠り傷を追っていた。

「今までで一番『もった』かな」

 赤いバンダナが靡き、大鎌が振り上げられた。

「貴様ぁぁぁあああ――っ!」

 耐え切れず、龍司は飛び出していた。

 槍を構え、茂みから大きく跳躍する。左手を前方へ伸ばし、右手を後方へ、身体を反らすようにして槍を後ろへと引き、バンダナの青年へと槍を突き立てる。

「――!?」

 横合いからの攻撃に、青年の動きが遅れた。それでも槍と身体の間に大剣を割り込ませ、龍司の渾身の一撃を防いでいる。

 龍司は力任せに腕を振り抜き、青年を弾き飛ばした。

「っと! 危ねぇなぁ」

 吹き飛ばされた青年は茂みに背中から突っ込み、止まった。

「ん、なんだ龍司か?」

優牙ゆうが……!」

 身を起こす青年に、龍司は敵意を剥き出しにして構える。

「お前……」

「なぁ、相手なら後でしてやるから、まずはアイツをやらないか?」

 脇に立つ盲目の青年に、龍司は声をかける。優牙へと身構えたまま。

 日本語が喋れるかどうかなど、その時の龍司の頭にはなかった。通じないのであれば、一人ででも戦うつもりでいた。

「……何故?」

「俺はアイツに怨みがある」

「いいだろう、龍司、だったな。俺はパウザだ」

 龍司の言葉に、パウザは応じた。

「二人がかりねぇ、卑怯だと思わないのか?」

「貴様に言われる筋合いはない!」

 龍司が地を蹴った。その龍司を援護するかのように背後から衝撃波が放たれ、優牙へと向かって行く。

「お前も武器生成型か。まだフェイズワンなのか」

 呟き、優牙が衝撃波をかわす。

 大鎌が横薙ぎに振るわれる。龍司は槍を地面に突き立て、棒高跳びをするようにして鎌を跳び越える。同時に、鎌を槍で押さえ、隙を作り出した。

 放たれた衝撃波が龍司の跳躍の飛距離を上げ、同時に優牙の足元を抉る。優牙の体勢が崩れ、その腹に龍司は跳び蹴りを突き込んだ。

「――うぐ!」

 呻き声を上げ、優牙が吹き飛ぶ。背中を木の幹に叩き付けられながら、優牙は両足で地面に立った。

「流石、龍司。フェイズワンで一撃浴びせるとはね。参加して、初めて直撃だ」

 不敵に笑う優牙を、龍司はただ睨みつけていた。

 言葉の意味は後で考えればいい。今は、ただ優牙を倒す事だけを考える。

「もっとも、どの道その程度じゃ僕は倒せないけどな」

 優牙が懐に左手を入れた。

 龍司が飛び掛るよりも早く、優牙は懐からもう一つ、アーティファクトを取り出していた。右手に握られているのと同じ大剣が、左手にも握られる。

 優牙の両腕から繰り出される斬撃を、龍司は一本の槍で撃ち払う。時折飛来する衝撃波をかわしながら、優牙は絶え間なく大剣を振り回す。

「援護がウザイ」

 一言呟き、優牙が大剣を振るった。

 瞬間、優牙の剣から衝撃波が放たれ、パウザが吹き飛ばされた。呻き声すら聞こえなかった。

「まさか、龍司も参加者だったとはね」

 刃が振り下ろされる。

「それは俺の台詞だ」

 槍が撃ち払う。

「でも、龍司ぐらいじゃないと僕の相手にはならないね」

 大剣が横薙ぎに振るわれる。

「貴様に望みなんか無いだろうが!」

 槍の柄が下方から剣を跳ね上げ、軌道を逸らす。

「無い事も無い」

 剣が突き出される。

「何があるってんだ!」

 槍の柄が剣を撃ち払う。

「多分、お前にとっては最悪の事」

 剣から衝撃波が放たれ、龍司は吹き飛んだ。

 背中から地面に叩き付けられ、身体が跳ねる。龍司は槍を地面に突き立て、強引に吹き飛ぶ身体を引き戻した。膝を着いた体勢から、槍に寄りかかるようにして立ち上がる。

「――この、クズ野郎が……!」

 噛み締めた歯が、音を立てた。槍を引き抜き、構え、握り締める。

 瞬間、槍の紋様に光が流れる。

 優牙が息を呑んだ。

 龍司の槍の形状は、変わっていた。柄尻には小さめの刃が生じ、本来の槍先には球体が現れ、その青い宝玉を囲うように刃が二つとりついている。宝玉の頂点からは刃が一つ伸び、先端が三つに割れた槍へと変化していた。

 それに驚く事も後回しに、龍司が地を蹴った。槍は軽く、強度も増しているように感じられた。

「優牙ぁぁぁぁぁっ!」

 突き出した槍の宝玉が輝き、刃が水流を纏う。

 優牙は大剣を交差させ、槍を受け止めた。凄まじいまでの水流はその大剣の一方を貫き、優牙を吹き飛ばした。二つ目の剣にも、罅が入っていた。

 吹き飛ばされた優牙の足元に、衝撃波が打ち込まれる。パウザだ。

「龍司もフェイズツーになったか、流石に、それじゃちょっと分が悪いかな」

「逃がすと思うか?」

「ま、今回は退かせて貰う。勿論、タダとは言わない。ちゃんと、煙幕は使わせてもらうさ」

 そう言うや否や、優牙は二つの剣をアーティファクトに戻し、それを龍司とパウザの方へと放り投げた。砕けた剣も元のアーティファクトに戻り、投げられたそれをパウザが受け取る。

 龍司がアーティファクトに気を取られた瞬間、優牙が茂みの中に飛び込んだ。

「まだ歳の数だけは持ってるからね、二つぐらいプレゼントするよ」

 声だけを残し、優牙は消えた。気配も残さずに。

「なら、アイツは十八個持ってるって事か……」

 龍司は舌打ちし、呟いた。アーティファクトは懐にしまい込む。

 まさか貴重な武器を目くらましの代わりにするとは思わなかった。一人一つしか持っていないと大抵の人間は考えているだろうが、それを逆手に取った逃げ方だ。

「悪いな、付き合せて」

 パウザに視線を向け、龍司は言った。

「いや、構わない。何だか、お前は俺に近い臭いがする」

 その言葉に、龍司は苦笑した。

「どうする? 俺ともやるか?」

「遠慮する。戦うとしたら、そうだな……さっきの奴をお前が葬った後で、だ」

「……何があったかは、聞かないんだな?」

 パウザに、龍司は自ら問うた。

「お前も、語りたくないんだろ?」

 その言葉に、龍司は小さく笑った。

 恐らく彼も龍司と同じ部分があるのだろう。

「確かに、近いかもな」

 臭いが似ている、的を得た言葉だと、龍司には感じられた。

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