第十六話
「っ・・・・・・!あ、頭がぁ、割れる様に痛い!!」
コワルスキー博士が突如悲鳴にも似た声で叫び出し、頭を抱え込みながらその場に倒れた。
一方のキーファは、元の姿に戻ったかと思えば、そのまま何処かへ消えていった。
「会長!何故、そのボタンを押して博士まで苦しんでいるのですか!?その影響を受けるのはチップを埋め込んである島中の変異生物のみのはずでは!?」
「ああ、そうだ。」
「よ、要するに、博士にも・・・・・・」
「コワルスキーに始めて会った時、不思議と運命的な何かを感じたよ。他人を決して信じようとしない目。子供とは思えない、全てを見透かした様なあの表情。ふふ・・・私の思った通りだったよ。今では、この分野に関してのあいつの技術はおそらく世界一。必要な人材は何をしてでも手に入れる。それが筋というものであろう?だから、少々奴の脳に細工をさせてもらった。それだけの事だ。」
「・・・・・・(会長と博士には既に昔から面識があったのいうのか・・・)。」
「このボタンを押すことによって、チップに一時的に特殊な電流を流すことが出来る。ただし、これは大量のエネルギーを必要とするため、三回までしか使用することが出来ない。だからこそ、計画通りに段階別に進めていかねばならんのだ。計画通りにな・・・・・・」
ストリート・チルドレン――――そういえば、あいつらがそんな風に呼んでいた気がする。
真夜中。悲しいくらいに美しく輝く星空と何処までも広がる真っ白な雪。そのマイナス二十度の静寂の中へ、ボクは裸足のまま家から飛び出した。
「もう・・・うんざりだよ・・・・・・あんな家。」
当時、あまりよくは解らなかったが、両親は常日頃から「物価が高い」と嘆いていたのを覚えている。ただ、その高い“物価”が生活に大きく影響しているという事は、理解できた。もちろん学校にはほとんど通わせてもらえなかった上、まともな食事を食べた記憶も無い。ボクが本当は勉強が好きで、学校へ行きたいと心から望んでいた事など、彼らは知りもしなかっただろうな。
そのうち父は生活苦を酒で紛らわす様になり、母に暴力を振るうようになった。医者には重度のアルコール中毒症と診断された。母は母で他に男が出来たらしく、日に日に母の荷物は減っていき、遂には逃げる様に家から姿を消していった。
無責任な大人。自分勝手な大人。
こうして家には父とボクだけが残され、父の暴力の標的は自然にボクへと移っていった。
――この世界はきっとボク一人を取り残して回っているの。
きっと、ボクが居なくなった事なんてしばらく誰も気付きもしないんだ。
――どこか遠くへ。他の誰かが居る場所へ。
もう、両足とも自分の足ではない様だった。途中で足が腐り落ちても気付かない程に。
朝。ボクは、いつの間にか生暖かく埃っぽいマンホールの地下で、壁に背を預けて眠っていた。
「おはよう。」
誰かがボクに呼びかける。生まれて初めてその言葉を聞いた気がした。
「君も僕と一緒?一応、ここ、僕の家なんだ。・・・本当の家は別にあるんだけどね。」
「ご、ごめんね。ボク知らなくて・・・」
「いいよ。僕ずっと一人だったからね、朝、君が隣に居た時は、すごく嬉しかったんだ。かなり驚いたけど・・・あ、ちなみに僕の名前はジョシュア。君は?」
「コワルスキー。」
「・・・あのさ、さっきから気になってたんだけど、なんで君、自分の事をボクっていうのさ。女の子でしょ!?」」
ジョシュアが胸の辺りまで伸びたコワルスキーの銀色の髪を見ながら言う。
「ん・・・気付いた時にはそう言ってたかな・・・。そういえば、何でだろう?今まで考えた事も無かったから。・・・・・・男の子みたいな名前だからかな。」
「ぷっ、君ってなんか面白いな!」ジョシュアが思わず噴き出し、顔をくしゃくしゃにさせて笑う。
「へへっ」
ボクはそれ以上に笑っていた。ジョシュアに笑われたのが、何故か嬉しくて嬉しくて仕方がなかったのだ。
こうして、ジョシュアとの共同生活が始まった。
――ずっと一人ぼっちだった筈のボクの世界にジョシュアが来てくれた。今まで味わったことの無かった家族のような温かさをくれたんだ・・・・・・
けど。
二人だけの楽しい世界はそう長くは続かなかった。
ある朝、ボクが路上で信号待ちをしている車、なるべくは高級車を狙い、霜焼けで真っ赤に腫れた手で、窓ガラスを拭いてはお金をねだっていた。そして――あの車が、ボクの前に止まった。
「君は・・・ずっと路上生活をしながら暮らしているのかな。」
「うん。」
「この近くに、その、世間で言うストリート・チルドレンの保護施設があるんだけど、一度見学に来てみないかね。そうそう、さっきジョシュアという男の子もそちらへ向かったよ。」
「ジョシュアが!?」
「ああ。おじさんも今からそこに行くから、良かったら君も乗りたまえ。」
「・・・ありがと・・・・・・。」
何かが壊れようとしている――何となく、そう思った。
施設に着いた時、最初に目にしたのは、ジョシュアが他の子供達と楽しそうに雪遊びをしている姿だった。かなり動揺しているボクを他所に、男は施設内のとある小部屋へとボクを案内した。
「今日から此処を君の家だと思って好きな様に使っていい。」
「えっ、そんな、ボク聞いてな・・・」
「ジョシュア君も今日からこの施設で暮らすそうだ。」
「・・・それ、本当なの。」
「そうだよ。」
「・・・・・・。」
ボクはジョシュアとは違う部屋だった。ジョシュアが他の子供と相部屋だったのに対し、ボクだけが違う棟、一人部屋だった。怖い。何かが変だった。いつから?あの男は何か隠している。ボクに何かしようとしている。何故だ?
毎日、毎日、一人だった。ただ、ひたすら、膨大な量の勉強だけをさせられた。
――気が狂いそうだよ、ジョシュア
(今頃、何しているんだろうか?)
ボクは薄着のまま、ふいにカーテンを開けた。普段は開けようともしなかったのに。
夕暮れの紅く眩しい日差しの向こうにジョシュアは居た。大勢の子供に囲まれ、とても楽しそうなジョシュアが。そう、あの朝ボクに見せた笑顔と同じだった。
――ナンデイツモボクダケヒトリ?
いやだ。いやだ。いやだ。いやだよ。ボクら二人だけで十分だったのに。だめ。だめ。もう、やめてよ――たった一人の―――――大切な―――――――!!!!
それからの記憶はない。気が付いた時は、既に日が落ち、辺りにはいつもと変わらない星空が広がっていた。ただ―――‥‥
真っ白なハズの雪は、血に真っ赤に染められて、数々の子供の屍体が添えられていた。
ジョシュア―――
あなたのたいせつなものはなに?
次に気が付いた時、
ボクハ アイツノ 操人形二ナッテイタ―――――――――――――――