第十五話
「わーっ! な、なんだ〜、あれは?!!!」
画面を見つめていたTDCの会長が、突然叫んだ。スクリーン上では、考えられない光景が繰り広げられていたのだ。173個の肉片が、もう一人に襲い掛かかり、まるで吸盤のように吸い付いて来たのだ。
「あんなアーティファクトを持たせた覚えはないぞ!」
「は、はい、それが、そのう……」
尾内はしどろもどろだ。
「実は、そのう……」
「はっきり言えぃ! お前はまどろっこしくていかん!」
「実はあのキーファという奴は、人間じゃないんです」
「ひえええ? 人間じゃない?! ということは、あっ!」
会長は椅子から飛び上がった。
「つまり、プログラムが失敗したと言うんだな! 私とTDCの科学者達が開発した変異生物が、そのもの自体が意識を持った、と」
「つまり、そうです。申し訳ございませんっ!」
今度こそ、尾内は会長の前に這いつくばった。
「そうか……さっき殺られたあの『ニンゲン』とつぶやいていた変異生物を見たときから、おかしいとは思っていたが、やはりそうだったか……」
「所詮、我々が新たな“生命”を作り出そうとしていた事が、間違っていたのでは? 我々は神をも畏れぬ研究をしてきたのですから」
尾内はブルブル震えながら、そう答えた。実はその言葉を言うのを、尾内はずっと待ち望んでいたのだ。この狂気の会長の目を覚ますには、もってこいだ。けれども、会長が本気になって怒ると、どうなるかそれを想像するだけで身の毛がよだつ。
「新たなる命の源を求めて、世界各国津々浦々から大勢の人々がやって来ました。けれどもその実験は失敗に終わりそうです。見て下さい! あのキーファと言う名の変異生物は、自ら人間以上のものと化し、あの銀髪のコワルスキー博士を襲っています! コワルスキー博士を呼んだのは私達です。それをキーファとその分子、つまり変異生物達が死闘を繰り広げようとしている。これ以上の惨劇は見たくない! 私はこの計画から下ります!」
「だめだ」と会長は不気味な声で命令した。
「私は永遠の命を得る為なら、なんだってする。この計画を知っているお前はどこにも逃げられない。ふっふっふっふっ」
「永遠の命など、それは無理です。現に、あのキーファは博士を殺そうとしている!」
スクリーン上では、キーファの肉片が、まるで越前クラゲのように銀髪男装のコワルスキー博士の全身に吸い付き、そこから溶液を吸い取ろうとしていた。博士はもがきながらも、どうする事もできない。
「けれども博士を殺す事は出来ないな。第二のプログラム実行だ!」
「あの馬鹿な連中の中で、最もまだ汚れていない魂の持ち主こそが、あの博士を救う事が出来るというプログラムですね。あー、良かった。ですが、あの欲の張った連中の中で、最もましな者など居るのでしょうか?」
「お前は『蜘蛛の糸』という話を知っているか?」
「は?」
「よく勉強しろ! 少しでも魂のある者には、最後のチャンスが与えられるというあれだ。だが、そのチャンスを我が手に出来るかどうかは……つまりそいつの脳みそに掛かっているが、さてどうだかな?」
会長は最初のショックから立ち直ると、椅子の側にあった機会の中のボタンを押した。
†††
突如キーファの肉片が、まるでフィルムを逆戻りしたように、元の位置にすっ飛んで来た。そしてあっという間に、ただのキーファへと戻って行く。
「そ、そんな、馬鹿な!」
「馬鹿はお前だ。 ! !」
銀髪男装の博士の哄笑だけが、辺りに響き渡った。そして、何語かも分からない言葉で、機関銃のように罵った。多分、「この馬鹿やろう! あたしのことをよくも殺そうとしたわね! 今度はあたしの番よ!」とでも叫んでいるのだろう……。
こちらでは、龍司を縛っていた蜘蛛の糸が、突然溶けて消えた。
「え! 嘘でしょ!」
耶江が驚いて叫ぶ間もなく、龍司のお返しの蹴りが耶江に飛び、華々しく鼻血を流した耶江の身体が吹っ飛んだ。
「へへへ。せっかくの可愛いお顔を台無しにしてごめんな。けど、こうでもしないと、俺のフラストレーション、おさまらねえんだよ!」
龍司は自分でも見当のつかない力を感じて、仁王立ちした。あとの連中は、恐れて後退りしている。
「へ?! もしかして、あの少年が、その善良な魂を幾らかでも残していると言う奴ですか?」
間抜け面した尾内がそうつぶやくと、「どうやら、そのようだな。しかしあの少年だとはね〜、はー、見掛けじゃ分からんものだ」と会長も首を傾げた。