第十二話
「ちょっと。押さないでくれる?」
耶江とウィルは、第一関門“黒霧の森”をただひたすら前へ前へと行く手を阻む密林の枝々を掻き分けながら進んでいた。目指すは、今のところウィルのアーティファクトを奪って姿を消した龍司。
「だ、だってよ、こんな薄気味悪い森を、わざわざ道から外れた場所を歩く奴がいるかぁ?虫一匹鳴いちゃいねぇ。」
「ハァ〜・・・あんたって、何処までも間抜けな人ね。」
「なっなんだよ。」
「ただでさえ頂上に近づくにつれて厄介な敵、特に、ここまで勝ち進んできた粒揃いの参加者達との遭遇率もかなり高くなっていくってのに、わざわざ人目につきやすい道を選ぶ事は“どうぞ私たちを見つけて下さい”とアピールしている様なもの。そんな事にも気付かないで今まで歩いてたわけ?」
「悪かったなマ・ヌ・ケで。俺はなぁ、狭くて暗いところと納豆が此の世で一番嫌いなんだよっ。」
「あぁそう。じゃあ、あたしにとってのあんたと同じようなものね。ねばねばしていてうっとおしい。」
「お前なぁ〜、そ・・・・・・。」
「・・・何でしょう。」
耶江はずっと前を向いたまま、澄ました調子で言う。
(いい加減そのねじ曲がった口直さんと、一生もらってくれる奴なんか居ねえからなっ!)
ウィルは心の中で叫ぶ。アーティファクトを持っていない以上、同行させてもらっている身のウィルは、耶江の前では無力なのであった。
「さてと。とりあえず、今日はこの辺で休みましょうか。木の実もたくさん転がってるし、そろそr山の麓も近いわ。ふふ、良かったわね。」
「放とけっつの。」
「・・・妙ね。」耶江が急に真剣な表情になった。
「?」
「此処は既に黒霧の森よ。なのに、あたし達はまだあの変異生物の洗礼を受けていない。」
「先に来た“誰か”が殺ったとか。」
「そうね、考えられなくも無いわ。それに、もう龍司に追いついてもいい頃なのにね。」
「―――!!!」
直ぐ先で何やら物音がする。耶江とウィルは即座に身構えた。気配を殺して一歩一歩慎重にその方向へジリジリと歩み寄っていく。そして、二人が木々の隙間から目にしたものは・・・・・・
「龍司ぃ〜〜〜!?」
紛れもなくそこに居たのは蜘蛛の巣のような粘糸の中でもがいている龍司・・・プラス、おかまの忍者と小柄な少女だった。
「よ、よォ!久しぶりだなっ。」
「なーにが、久しぶりだァ?さっさと俺のアーティファクト返せってんだ!」
「あんた、もちろん覚悟は出来てんでしょうね。ふふふ・・・・・・」
龍司は、額を嫌な汗がつぅーと流れていくのがわかった。
その十分程前のこと――
「ぼく―ニンゲン―で―も―ニンゲン―――コワイ」
知能の残った変異生物は壷からあの黒い霧を漂わせながらふらふらと歩いていた。しかし、ふと変異生物はその足を止める。
「ニン―ゲン――」
そこには、銀髪を短くした髪と緑色の目だけが月明かりを反射してぎらぎらと光っている。
「・・・・・・邪魔。」
もうそこにはバラバラになった変異生物だけが地に伏していた。そして、ジジジジ・・という音を立て映像はそこで途絶えた―――
「こ、こ、こいつですか!会長。」
たった今スクリーン上へ映し出された一部始終を見て、尾内が身震いしながら言った。
「ああ。おそらく将来、我が社にとって大きな支えとなってくれるであろう人物だよ。いや、力ずくでもそうしてもらうよ。ふふふ、ふあっははははははははは!!」
(自分にさえ未だに明かされていない会長の真の野望。それを想像するだけで恐ろしくなりますよ、本当に。あなたは何処までも・・・・・・)
尾内は、傍らで高笑いする会長を見ながら心の底からそう思わずにいられなかった。