第十一話
巨大都市、アジア地区の副首都トーキョーの一画に、超巨大なビルディングがそびえ立っている。その最上階にはTDCのマークが、青色発光ダイオードの光を放っていた。トーキョーのどこからでも見上げる事が出来る、世界最大の製薬会社『TOMY DRUG COMPANY』の広々とした一室に、年齢不詳、多分50代頃と思われる男が、深々と椅子に腰掛け、壁一面の巨大な液晶スクリーンに見入っている。その横には、貧弱な身体だが、研ぎ澄まされたような瞳を持つ、小男が控えていた。
液晶スクリーンには、小さな子供のような、けれども不気味極まりない変異生物と、こちら側に龍司とダイアンが映っている。
「こいつら、みんな馬鹿揃いですかね、会長」
と小男が囁くと、その50がらみの男は、変異生物よりももっと不気味な笑いを漏らした。
「ふっふっふ……。みんな、欲に目がくらんだ者どもよ」
「『異界への扉』の招待状を渡した者達は、夫々の欲望を内に秘めた者ばかりなのですが、その共通点をみんな知ってはいないようです」
「国籍も多岐に渡っているし、年齢も巾がある。とは言え、今まで生き残っているのは、所詮“日本語”の出来る奴ばかり、ということには気づいていないらしい」
「あなたの狙いは、ただお一人だけ、と言うのに」
小男は掌を口元に持っていくと、ヒヒヒッと言う忍び笑いを漏らした。
「ウィルだけは誤算だったな。あいつがもぐりこんでいようとは!」
「申し訳ございません、会長!」
突然小男が、床に着くほど身体を倒すと、会長と呼ばれた男に這いつくばった。
「あの妹が我々のことを嗅ぎ付けそうになった為に、始末したのですが……兄であるウィルがこの探索に付いて来ていたとは、全く知りませんで」
「もうよい!」
腹立たしげな会長の声がした。
「そもそも変異生物の実験を、あのウィルの妹に嗅ぎつかれそうになったのが、発端だ。それにしても、よくぞあのような馬鹿な連中を見つけてくれたことに礼を言うぞ、尾内」
「ははははーっ!」
と尾内は恭しく礼を深々とすると、じっとスクリーンを見つめだした。
「面白くなりそうだな」
会長がつぶやいた。
「みんな、夫々殺し合い、一人一人消していけばいいのじゃ」
「最後に残るのは……ただ一人のみ!」
「そう! そいつが重大な秘密を握っているのじゃ〜! ハッハッハッハ!」
会長の高らかとした笑いが、この無機的な部屋に響き渡った。
けれども、島の中に居る者は誰一人として、自分達が逐一監視されているということにも、葉っぱの陰に偽装されている、何万という隠しカメラにも気付いていなかった。
「何だって? シブトイ? こいつ、喋れるのか?」
「僕だって―――ニンゲンだ・った・ん・だ」
「ふへぇぇぇ〜! ニンゲンだったぁ?!」
龍司が思わず叫ぶと、ダイアンも息をゴクリと飲み込んだ。
「嘘でしょ?! こんな化け物、人間であるはずが無いわ!」
「それじゃ、今までのあの変異生物も? ええっと、そりゃないわよねぇ」
悟も、伊賀の忍者の構えを崩さず、そう言った。
「僕―――ニンゲン。このように―――された」
「え! て、ことは……」
龍司とダイアンと悟は一瞬目を見交わしたが、すぐに猛烈な速さで走り出した。その「もと人間だ」と言い張る変異生物は、曲がった唇にニタッとした笑みを浮かべると、両手に抱えてある壺の中から何かを取り出し、片手でさぁーっと投げた。
小柄なのに、それはまるで槍投げの選手のような構え方だったが、宙を飛んだのは蜘蛛の糸のような網だった。その網は、三人の頭上に落ちかかり、バタバタもがく三人を忽ちの内に絡めとってしまったのだ! 糸はベタベタくっついて、もがけばもがくほど離れないどころか、益々体の自由を奪っていく。
「もうすぐ、黒い霧がやって来るぅ」と悟は悲鳴を上げた。
「へ! どうせ、俺をそこへやりたかったんだろ? ざまーみろ! 貴様も一緒だ、このオカマ野郎」
「あら、あたしオカマじゃないわよっ」
「どうでもいいけど、何とかならない?」
ダイアンは苛々して叫んだ。
ニンゲンだと言ったその変異生物は、首を傾げながら三人の醜態を見ていたが、やがて再び森の中に消えた。
「僕は―――ニンゲン―――ニンゲン……」
「余計な事を言って! 変異生物化した奴らの知性を、全て奪ったんじゃなかったのか?!」
会長はがなった。
「プログラムがよく働いていなかったようです。まことに申し訳なく存じますです」
「まあ、いい。もう直ぐあいつらもお陀仏だよ。やがて、目的の人物がやって来るぞ!」
会長と尾内が目をこらしてスクリーンを見つめていると、カメラが瞬時に切り替わり、やがてガサゴソという音とともに、誰かがやって来た。