第十話
為すがままに横たえられた龍司の意識は、いつも以上にはっきりとしていた。
(そう簡単に信用できるかよ)
表情一つ変えずに心の中だけで毒づく。
(第一、信用できるように見えない奴等の真横で寝られる程、俺は図太くねぇしな)
何よりも、悟は怪しすぎる。
忍者というのならば他者を欺く事も得意なはずだ。だとすれば、もっとも信用してはいけない人物なのではないか。
それに、ダイアンもどこか怪しい。
最初に悟が現れた時、ダイアンは自分に近い悟ではなく龍司にブーメランを投げていた。悟と違い、様子を探ろうと動かずにいた龍司の気配よりも、ダイアンの前に現れた悟の方が気配が強いはずなのだ。物音を立てて近付いてきたはずの悟ではなく龍司に攻撃をしたという事が何より不自然だ。
日本語が解らないというのも、恐らくは嘘だ。言葉が通じない人間をそう簡単に信用するとは思えない。悟による『関門』とやらの説明の後、何を喋っていたのか問わずについて来るというのも不自然だ。
また、関門とやらの元凶が存在している付近で休息を取ろうと言うのも妙な話だ。休むのなら、先に不安要素の元凶を潰しておくのが普通である。
その不自然さに気付かないようなら、龍司の積んだ訓練も程度が知れる。
生半可な覚悟と意志で参加しているわけではないのだ。
(さて、どうしたもんかな……)
目を閉じたままでは、周囲の状況を正確に掴む事はできない。
気配を探って感じられるのは、ダイアンと悟がグルであり、何かしら催眠をかけて荷物を奪おうとしているところだ。
(ちょっとカマかけてみるか……)
ダイアンが何やら呟いているのを耳にして、龍司は内心でほくそ笑んだ。
「うぅん……」
龍司は寝返りを打った。
「あ、動かないでよ……!」
慌ててダイアンが龍司を仰向けに戻そうと両腕を龍司の身体に回す。
「――せやぁっ!」
その瞬間、龍司は目を見開き、気合いと共にダイアンの襟首と腰を掴み、投げ飛ばした。
「――っ!?」
二人が驚愕に目を剥いた時には、龍司は悟の脇腹目掛けて回し蹴りを繰り出していた。
立ち上がると同時にダイアンを投げ飛ばし、そのままの回転力を利用して悟へと蹴りを放つ。一連の動作は素早く、龍司が眠っているものと考えて油断していた二人には回避しきる事はできない。
回し蹴りを食らいつつも、その間に腕を挟んでダメージを抑えた悟に、龍司は感心した。
「へぇ、自称忍者ってのもあながちハッタリじゃなさそうだな」
「まさか、起きてたの!?」
「そりゃあ、お前等信用できねぇもん。怪しすぎるし、何より不自然過ぎるぜ」
悟の言葉に龍司は軽い口調で吐き捨てる。
「元々、俺は誰一人信用しちゃいねぇからな」
龍司は口元に笑みを浮かべて告げる。
見ず知らずの敵かもしれない人間と行動を共にする時、まず最初に相手を疑ってかかる事は基本中の基本だ。
「つまり、私達を欺いていたと?」
「やっぱり日本語喋れんじゃねぇか」
背後からダイアンの声がきこえ、龍司は悟に注意を払いながら後方を探った。
「間抜けに見られるのは癪だけど、ここまで敵を欺けるならそう悪いもんでもねぇな」
「確かに、見縊ってたわね」
龍司の言葉に悟が呟く。
「ダイアンと組むより、あなたと組む方が良いかも……」
「な……! 裏切るのか!?」
悟の一言にダイアンが声を荒げる。
「どう? あたしと組まない?」
「んー……」
龍司は考える素振り見せ、悟とダイアンを見やる。警戒を怠らない鋭い視線を向けたまま。
「そ、そいつは色々企んでるんだ! そいつから先に殺った方がいい!」
ダイアンの言葉は、要するに龍司の勧誘だ。悟と同じ事を言っているのである。
「そうだなぁ……オカマに興味ねぇしな、俺」
「で、でしょ!?」
「あら、つれないわねぇ」
龍司の一言にダイアンは表情を明るくし、悟は苦笑いを浮かべた。
「ただ、そのオカマとつるんでた十三歳ってのも信用できねぇな」
「そうなのよー、その子、結構頭良いのよ?」
「う……!」
続けて告げた龍司の言葉に、悟は笑いながら言い、ダイアンが言葉に詰まる。
「結論から言えば、俺は――!」
言おうとして、龍司はその場から飛び退いた。
空中から何かが落下してきた。重量感のある音を響かせて、それが地面に激突する。龍司のいた場所に、激突していた。
「ちっ……嗅ぎ付けられたか」
呟き、龍司は服の中のアーティファクトを右手で掴んだ。
巻き上がった砂埃は直ぐに消え、落下してきた存在、変異生物が姿を現す。
象のような太く大きな脚を持ちながら、上半身は細い。見るからにバランスが悪い生命体だが、油断はできない。
不意に、ダイアンの背後と、悟の脇の草むらからも変異生物が飛び出してきた。
「それぞれ一対一、か……」
小さく呟き、龍司は取り出したアーティファクトを掴んだまま、右手を一閃させる。その瞬間、アーティファクトが内側から砕け散り、槍が現れた。
龍司は槍の柄に左手を添え、身構えた。
もう一方のアーティファクトは奥の手だ。どうしようもない状況下に置かれた時のみに使うつもりでいる。それまでは隠しておいた方がいい。悟やダイアンを欺くためでなく、他の参加者達と遭遇する事を考えても、だ。
変異生物が地を蹴った。
見るからに発達し過ぎた脚力が凄まじい瞬発力を生み、一瞬で龍司との距離が詰まる。
「――!」
変異生物が動く直前に身を横に投げ出していた龍司は、その突進を回避していた。
回避と同時に槍を振るっていたことで、その刃は変異生物に命中していた。とはいえ、致命傷ではない。腕を一本切り落としただけだ。変異生物が速過ぎて命中箇所がズレたのである。
変異生物が奇妙な悲鳴を上げる。その毒々しい色の体液を撒き散らしながら、龍司へと再度突撃してきた。
龍司は槍を前方に突き出し、変異生物の突撃を真正面から受けた。
槍は変異生物の身体に深々と突き刺さる。龍司は後方に倒れるようしにて、衝撃を受け流すと共に勢いを利用して変異生物を後方へと放り投げる。
「突進してくるんなら、これで十分だったんだよな……」
溜め息交じりに呟いて、龍司はアーティファクトを元の結晶に戻してジャケットのポケットに突っ込んだ。
見れば、ダイアンはブーメランで変異生物の首を刎ねている。
次に視線を向けた悟は既に戦闘を終えている。アーティファクトを確認できなかった事に龍司は内心で舌打ちした。
ただ、驚いた事に、三人とも変異生物一体を倒すのにかかった時間がほとんど同じで極端に短い。並の人間ならばこうはいなかないだろう。
「ふぅん、てこずるのかと思ったら、そうでもないのね」
「お前らもな」
驚いた様子の悟に言い放ち、龍司は周囲を見回した。
他の変異生物の気配は感じられないが、タイミング良く三体が現れるのも不自然に感じる。
「……いるのか?」
龍司が小さく呟いた直後、どこからか霧が漂い始めた。
「あ、まずいわね」
悟が呟き、駆け出す。
同時に、龍司とダイアンも駆け出していた。
霧から逃れるように走り出した三人の向かった方角は同じだった。
「何でついてくるの!?」
「俺の台詞だ!」
ダイアンの抗議に言い返し、龍司は背後を窺った。
霧が追ってくるのが判る。
(……近くにいるはず……それも、移動しているはずだ)
龍司は瞬時に考えを廻らせる。
黒い霧が何らかの力を持っている事は間違いない。島の外周へ転送されてしまうと悟は言っていたが、それを鵜呑みにはできない。どのみち、霧の中にいる事が好ましくないという事だ。
霧は拡散性が高い。力を持っていても、霧という形を取るからには、霧に近い性質を持っているはずだ。だとすれば、ある程度近い位置でなければ黒い霧の影響を及ぼす事はできないだろう。
問題はそれだけではない。
ダイアンと悟は既に味方ではなく、敵に近い。信用できない今の状態では、『関門』とやらを攻略する最中に攻撃してくる可能性も低くはないだろう。三つ巴に近い状態で、『関門』も相手にしなければならない。
厄介ではあるが、悟やダイアンを仲間だと安心して『関門』に挑むよりは良い状況と言えなくもない。
(動いてる気配は……)
右側を走るダイアンと左側を走る悟の気配は直ぐに判る。それ以外に気配があるとすれば、霧の存在だが、その中に何か変異生物のような異物があるようには思えない。
他の気配を探った時、前方に新たな気配が生じた。
「――!」
三人が足を止めた直後、目の前に子供が立っていた。
いや、子供に見えたのは一瞬で、直ぐにそれが変異生物だと判った。
人間のものとは思えない紫がかった肌に、顔の半分を占める巨大な目。それでもその頭には灰色の、お世辞にも綺麗とは言いがたい色合いの髪がある。両腕で壺を抱えた変異生物が立っていた。
「こいつか――!」
龍司とダイアンが身構える。
だが、その直後――
「――シブトイナ……」
「!?」
片言で掠れた聞き取りにくい声ではあったが、目の前の変異生物は確かに喋っていた。今まで、知性などなかったはずの変異生物だというのに。