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求める先に  作者: 星葡萄
10/55

第九話

ザ―――。ノイズ。

僕はこの世界が大好きです。

好きな方はいますか?

ザ―――。ノイズ。

生きてる人はいますか?ただ呼吸をして、生理的欲求を満たし、毎日を淡々と過ごす訳じゃなく、純粋に生きてる人、いますか?

好きな事、趣味。

好きな人、恋人。

好きな物、世界。

何か一つでも愛していますか?僕は世界を愛しています。貴方にそれは在りますか?

ザ―――。ノイズ。

混沌としていてもいい。世界が美しさを失おうとしていてもいい。それでも僕は大好きです。愛しています。

生きてる人はいますか?

何かを愛していますか?

ザ―――。ノイズ。

今を精一杯、一所懸命に生きてる人、いますか?

そんな人に贈りたい言葉があります。

ザ―――。ノイズ。

ザ―――。ノイズ。

ザ―――。ノイズ。ノイズ。ノイズ。

ノイズ。



††††††††



「さて、と」

耶江はおもむろに顔を上げ、鼻を鳴らした。

「あんたの妹さんについてだけと、心当たりに当たってみるわ。……ちょっと癪だけど」

「は?心当たり?」

怪訝そうな表情のウィルを余所に、耶江は辺りを見渡しながら、手を腰に添えた。若干の抵抗があるのか、ハァと大きなため息を吐いてからボソリと呟く。

「キーファ……どうせどっかから見てるんでしょ?」

「耶江ちゃん久しぶり〜」

ウィルがもっと怪訝な表情を浮かべる間もなく、声が聞こえた。聞きなれない声が、すぐ背後の密林から。

耶江の方向へ慌ててステップを踏み、振り返る。

「三年ぶりかな。実に嬉しいよ」

密林の奥から姿を現したのは、欧州系の男。歳は二〇をちょっと越えた程度だろうか。一九〇強の身長に不似合いなにこやかな童顔。サラサラとした銀髪は肩胛骨辺りまで伸びていて、首から上だけを見ればまさに美しい女性の様だ。

声と体格から考えて男と分かるのだが、不覚にもウィルは「ほう……」と見とれてしまった。

しかしそれとは対照的に、耶江はあからさまに厭そうに顔をしかめた。まるで、確かめはしたものの本当は出てほしくなかった、と言わんばかりに。

「アンタ……本当にどこにでも現れるわね……」

「僕はずっと君を見ている。孤高に佇む一輪の花の様に、繊細で、ナイフの様な棘を持って、そして何より美しく強い君をずっと見つめる事こそが僕の趣味だからね」

「……ヤな趣味もあったもんね」

キーファ、と呼ばれた欧州人は、クスクスと笑いながらカッターシャツの胸ポケットからフレームレスの眼鏡を取り出してかけた。

相変わらずゾクリとする目つきだな、と耶江は思う。隣のウィルを見てみると、頬を伝って冷や汗が顎から滴り落ちている。

「それで?ストーカーの僕に何か用かい?」

ニコリと。キーファはわざとらしい笑みを浮かべながら囁く。

「自覚はあるのか……まぁ、いいや。アンタに聞きたい事は4つある」

初めて満員電車を体感したサラリーマンの様な顔をした耶江は、四本の指を立てて答える。

「まず一つ目。ウィルの妹について。知ってる事は全て洗いざらい答えなさい」

ピクリと眉を動かすウィル。目の色が、警戒から歓喜へと完全に変貌した。

「そうだね……、結論から言わせてもらうと、あまり知らない」

「また十八番の(フェイク)?」

「こればかりは本当だよ。ごめんねぇ?」

にへらと気味の悪い笑みを浮かべ、キーファが嗤う。途端に、全身の毛穴が開く様な悪寒を感じ、隣を見てみる。感じた殺気は、ウィルからだ。

「テメェ、適当な事言ってんじゃねぇだろうな!?」

激情。龍司や耶江と初めて会った時とは比べ物にならない程の殺気を帯びた双眸は、爛々と輝いている。

「本当だよ、ウィリアム・J・マキハラさん」

耶江に語りかける時とは違い、冷たく吐き捨てる。再び背筋を凍らせる悪寒に、耐える様に歯を食いしばる耶江。

「お前……どうして俺の名を?」

「言っただろ。僕はずっと耶江ちゃんを見ている。その時に自己紹介した事をそのまま口にしただけさ」

どうという事でもない、と言わんばかりにキーファは肩をすくめてみせた。しかし見られている耶江としては、あまり気分のいいものではない。

「そう。……ごめんね、ウィル。ぬか喜びさせたみたいで」

「……気にする事じゃねぇよ」

肩を落としたまま、ウィルが答えた。

謝った事は本気だが、頭の切り替えが早いのか、耶江はキーファに向き直る。

「それじゃ二つ目の質問。今回の要注意人物について。強力なアーティファクト所持者ないしクセのある人格者を教えなさい」

「コイツらだよ」

キーファがどこからともなく取り出したのは、ポラロイドカメラの写真。それが左右の手に五枚ずつ、計一〇枚握られていた。

「寄越しなさい」

「お断りします」

「寄越せ」

「ヤだね」

間髪入れずに答えるキーファ。ピキビキと耶江のこめかみに青筋が浮かぶ。

「耶江ちゃんのそういうところは愛しているけど、残念ながら頼み方がなってないなぁ。世の中はギブアンドテイクだよ」

クスクス。せせら笑うキーファは、笑っていない目を耶江に向けた。まるで全身を舐め回す様に、じっくりと。

耶江は耶江で、何か言いたげな表情のまま頬をひきつらせていたが、やがて何かを諦めたのか、両手を組んで口の前にやり、顎を引いてキーファを潤んだ上目遣いに見上げる。元から身長差が四〇はある二人なのだが、耶江は敢えて可愛らしいポーズを取り、

「貴方が必要なの。その写真、欲しいなぁ……。お願い……、ちょうだい?」

頼んだ。一世代昔風に。

「はいどうぞ♪」

呑んだ。あっさりと駆け引きも躊躇いも何もなく。

写真を全て手渡された耶江は「あ〜、ありがと」と女らしさの欠片も窺えない様相で吐き捨てた。

「ハッ、しまった!あまりに可愛すぎるからついうっかり!」

「お前……バカだろ?」

妹について何の進展もなく、ガッカリしていたウィルがようやく口を開いた。子供にじゃれつかれてグッタリしたハムスターの様な雰囲気を醸し出しながら。

「これ……って、あの、自称忍者のオカマ?」

一枚の写真を抜き出した耶江は、キーファにかざす。笑った。この笑いは肯定の意と解釈し、ますます耶江は渋面を濃くした。苦虫を噛み潰したら、想像以上に苦かった、と言わんばかりに。

「詳しい説明は裏に書いている。後でじっくりと読むといいよ」

「よくポラカメなんて持ち込み許されたわね……」

「裏技はどこの世界にでもあるものさ」

「……まぁ、いいわ。アンタの裏技なんかに興味はないし。三つ目の質問。アンタ、アーティファクトはいくつ所持してるの?」

神妙な面持ちで耶江が訊ねると、初めて、キーファが押し黙った。口元には相変わらず笑みが浮かんでいるが、どこか苦々しい。

耶江とウィルの視線がキーファに注がれる。耶江に見つめられたせいかキーファが身悶えた。殴った。頬にクリーンヒット。大柄な身体がわざとらしく吹き飛んだ。

「アンタは人とまともに会話する気はないのカシラ?」

「ごめんなさい」

尻餅をついたまま、キーファはあっさりと謝罪した。

「で。いくつ持ってるの?」

「ヒミツ。今の僕は座ってるから、上目遣いは通じないよ?さ、レッツ・ギブアンドテイク♪」

にっこり。そんな擬音が聞こえそうな程に、わざとらしい笑みを浮かべるキーファ。頬がピクピクと痙攣する様に、耶江は頬をひきつらせた。が、不意に何か名案でも浮かんだのか、ニタリと映画の黒幕の様に邪悪な笑みを浮かべた。

「キーファ。アンタ、日本語かなり上手くなったわねぇ。前回はあんなに片言だったのに」

「そうでしょ。君と自然に話がしたいが為に、この三年間、猛特訓したんだよ〜。愛のなせる技ですよ」

「上手上手。頭なでたげるわよ」

耶江は尻餅をついたままのキーファの、サラサラとした綺麗な銀髪に手を置き、優しく撫で始めた。

「あ〜幸せだ〜☆」

「で、アーティファクトはいくつ?」

「四つ」

さらりとキーファは答えたが、この返答に二人は驚愕した。有り得ない物を見る様な目つきで睨み付けている。

「ハッ、迂闊アゲイン!またうっかり語ってしまった!」

「……やっぱコイツはアホだ」

途端にジト目になるウィル。

ゴホン、とキーファは咳払いを一つ、語りだした。

「別に驚く事じゃないよ。……初日、港が爆破されたでしょ?あれに巻き込まれた参加者は全部で十四人。そこから拝借した。僕の他にも拾ってる奴はいたよ」

クスクス。キーファは嗤う。その時の光景を思い出したのか、人の死を楽しむ様に、悦ぶ様に、嘲る様に。まるで子供の様に純真無垢に嗤う。

耶江とウィルは、その笑顔が恥も外聞もなく、怖い、と思えてならない。ただ純粋に。ホラー映画を観賞する時の様な視覚的な恐怖と違い、生理的に、怖い。

「質問はあと一つ、残っているよ?聞かないなら僕は消えるけど、どうする?」

その言葉につき動かされ、耶江は我に返った。

(違う。恐怖するのは後!まずはコイツから情報を引き出すのが先決!怯えるな、怖がるな、恐れるな!後にどう出るかは分からないけど、今のところ、コイツは私の味方をしている!)

右手で左胸を押さえ、心音を計る。呼吸を整え、全身の力を抜いてリラックス。吸って、吐いて、吸って、吐いて……、

(よし、落ち着いた)

人と真正面から対話する場合、相手の目を見てはいけない。それは動物学的に威嚇を意味し、いわゆる『ガンを飛ばす』という行為に繋がる。飛ばしている方も緊張し、脳の働きが自動的に陥って仕舞うので、警戒心が弱まる。よく目上の者は相手の目を見て話せというが、それは弱者に対する威圧の為であり自分を心理的に優位にしたいが為に過ぎないのだ。

そういった理由により、耶江は人の目を見る事を極力避けてきた。だからそういった心理的効果を逆手に取り、耶江はキーファの眉間に視線を集中した。

これは「自分を見ている筈なのに、視線が絡み合わない」という矛盾性が生じる行為で、話を自分のペースに持っていくのに必要不可欠な動作だ。相手は必然的に視線を絡ませようと目を見つめてくるので、それによる緊張感を強制的に植え付け、しかし「見ているのに見ていない」という矛盾により不安感を覚え、視線を逸らす。ディベート等に於いて必要なのは如何に相手の注意を逸らし、自分の話しやすい環境に上手く持っていくかが肝心であり、この行為はまさにその適当な手段と言えよう。

「四つ目。龍司は今、どこにいる?」

話し合いでは高圧的な態度で臨む。耶江は常にそうしてきていた。

更に視線の位置もその要因の一つであり、耶江は立ったまま見下ろし、キーファは先ほど吹き飛ばされたまま尻餅をついて見上げている。上位者は下位者に対して優勢を誇る。これもまた、人間の心理学に乗っ取った常套手段である。

「第一の関門、黒霧の森」

しかし。だがしかし、キーファは臆する事なく、耶江を見上げながら答えた。耶江は心中で舌打ちし、キーファを睨み付けたまま考え込んだ。

(今までの情報を整理。

ウィル。妹。不明。参加者。危険人物。計十名。自称忍者・悟。キーファ。アーティファクト。四つ。別参加者共。複数。所持。龍司。第一。関門。黒霧。森。特性。強制還元。進行。困難。味方。ウィル。仮。キーファ。仮。信頼。自身)

断片的な単語が、恐ろしい速度で耶江の脳内に浮かび上がる。それはまるで、パズルのピースの様で、適当な言葉を組み合わせ、やがては幾数の文章になっていく。

(ウィルの妹については不明。参加者の内の危険人物は計十名、中には自称忍者・悟を確認。キーファはアーティファクトを四つ、別参加者共も複数所持している可能性。龍司は現在、第一の関門。黒霧の森。特性は強制還元、進行は困難。今のところの味方はウィル(仮)とキーファ(仮)。信頼出来るのは結局、自身のみ)

パズルのピースがはまっていく。その間、僅か〇・七秒。耶江はため息を漏らし、ウィルに向き直る。

「行くわよ」

「えっ、お、おい!待てよ!」

返事を待たずに歩き出す。ウィルが慌てて小走りする。

「あぁ。追加情報があるよ。その忍者と少女の二人と仲良くやってるみたいだね」

ピクリと、耶江が肩を震わせた。振り返り、訊ねる。

「……あのクソ野郎が、龍司と、一緒に?」

「そう。フラれちゃったねぇ耶江ちゃん」

「……どこまでが(フェイク)?」

「それは自分で考えてね。いいかい?嘘はね、真実と併せて語るから効果がある。そして……」

間を置き、キーファは次の言葉を紡いだ。

「僕は(フェイク)しか言わないよ」

嗤う。バカにした訳でも嘲るでもなく、ただ純粋に嗤う。

「あぁ、でも、マキハラさんの妹さんと、君を愛している気持ちには(フェイク)はない。信じていい」

今度は、秘密を隠し持った少年の様に、含み笑い。

実にレパートリーの広い笑い方を持った奴だな、と耶江は心中で悪態吐き、その場を後にした。ウィルは黙ってついてきた。

「僕も一緒に行っていいのかな?」

キーファもついてきた。耶江は競歩選手の様な、かなりの早足で歩いているのだが、歩幅が違いすぎるせいかあっさり追い付かれた。

「却下。……とは言っても、ついてくるなって言ってもどっかで監視してるんでしょ?」

「監視じゃなくて観賞だよ。耶江ちゃん観賞」

「聞く耳持たない。せめて私の視界に入らない場所にいなさい。目障りだわ」

「……つれないなぁ」

肩を竦めながらキーファは立ち止まった。ウィルはちらりと、追い抜いたキーファに視線をやったものの、すぐに前に向き直る。

「もし僕の力が必要になれば、いつでも呼んでね。僕はどんな状況下でも君の味方だよ」

「迷惑千万」

「センバ……?日本語(ジャパニーズ)は難しくて、よく意味は分からないけど……まぁいいや。君がピンチの時はいつでも駆けつけてあげるよ」

元々希薄だった気配が、その言葉を最後に、不意に消えた。

「……何だったんだ、奴は」

訊ねるウィル。ギリリと耶江は奥歯が砕けんばかりに歯を噛みしめ、答えた。

「情報収集と情報操作が得意な、大嘘つき(ピエロ)よ」

痰でも吐き捨てる様に、苦々しく、重々しく。

耶江は決して、キーファが消えた方向に振り返らなかった。

最後まで。



††††††††



ザ―――。ノイズ。

今を精一杯、一所懸命に生きてる人、いますか?

そんな人に贈りたい言葉があります。

ザ―――。ノイズ。

ザ―――。ノイズ。

ザ―――。ノイズ。


(フェイク)だよ。くたばれ、この世のゴミ共が。


ザ―――。

ノイズ。のいず。noise。雑音。

この世はウザったい雑音だらけだ。

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