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降雷の魔術師  作者: 刹那END
I. 魔術部入部篇
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α―IX. 大量殺人犯

 巻き込まれた。そう。大型の台風のようなものに巻き込まれてしまったのだ。

 自分の置かれている状況を再度、自分の心中で例えてみれば、少しは気持ちがすっきりするかと思ったのだが、それは逆効果だった。

 保健室で頬の傷にガーゼをしてもらった敬治は帰路に着く。それから家に帰り着くと、どっと押し寄せてきた疲れに逆らうことなく、ベッドの枕に顔を(うず)める。

 時刻は午後五時半。ノートを取りに帰っただけで、こんな時間帯に帰ってきた理由(わけ)は体育館の窓ガラスと部長の怪我の事の関係者として、先生に色々と質問されたからであった。

 そして、この事件によって入学して早々、職員室には斉藤敬治と言う名を知らない先生はいなくなった。

 一日で有名人に成り上がった。勿論、悪い意味での。

(最悪……明日から学校行きたくねー……)

 ため息を吐いてみせる敬治はベッドの枕から顔を上げて、持って帰ってきた現代文のノートを見つめる。そして、信用を取り戻す為にその行動に走った。

「予習しないと……」

 ひとりでにそう呟くと、制服から普段着に着替えて明日の課外にある現代文の予習を黙々とこなす。

 それは魔術部の先輩に当たる棚木淳との一件を忘れるためだったが、その一件が頭から消える事はなく、ぐるぐると頭の中で回り続けていた。

 集中できないまま時だけが過ぎていき、夕飯を食べる為にリビングに行くと、ちょうどテレビでは天気予報をやっているところだった。

 それを見て敬治は頭を抱えながら大きなため息を吐く。

(明後日……雨じゃん……)


 ◇


 翌日


『おいおい! 次の雨の日に魔術部で決闘だってよ!』

『何でも、ガラの悪い棚木と新入生の二人が()り合うらしいぜ?』

『雨の日いつー?』

『明日雨だろ?』

『てか、どこでやんのよ?』

『賭けようぜ、どっちが勝つか』

『そんなん賭けになんねえよ。誰が新入生に賭けるんだよ』

 雨の日の決闘を含め、昨日の事はもう殆ど学校中に広まってしまったと言っても過言ではない状況。

 そんな中、敬治は周りの目を気にしながら学校に登校する。

(視線が痛いー……)

 入学してきた当初よりも体を縮こまらせながら歩く彼には、自転車置き場から教室までの道のりが異様に長く感じられる。

 やっとの思いで教室に着いたが、ここまでの道のりと同様の空気が教室を包み込んでいる。

 生徒たちからの視線が集中し、学校には自分の居場所がなくなってしまったことを実感するとともに入り口から三列目の一番後ろの席に着いた。その後、鞄の中から現代文の教材を取り出して鞄を机の横に置く。

 敬治は朝課外と言う眠気と戦う事になる授業が始まる時刻までの間、机に両腕をつけてその両手の中に顔を(うず)め、少しでも授業中に睡魔と戦わないように試みる。

 だがその間、クラスメイトによる彼の噂は絶えず、仮眠を取ることはできなかった。

 授業の開始チャイムが鳴り響き、教室に先生が入ってくるのと同時に顔を上げた彼の目に映ったのは顔を埋める前までは疎らだった席の全てがクラスメイトによって埋め尽くされていた光景だった。

(うっ……!)

 いつもどおりの光景のはずなのに気圧されそうになると、彼は自分の心を落ち着かせるように言い聞かせる。

(大丈夫……これからの授業に集中しろ!)

「起立!」

 学級委員の掛け声と共に敬治は席から立ち上がった。


 ◇


 昼休み


 朝からの周りからの視線は少し落ち着きつつはあるが、未だに継続中である。その為、敬治は鞄の中から弁当を取り出して机の上に置いても、その中身が喉を通らないような気がして蓋を開く事は躊躇う。

 そんな彼の席に近寄って立ち止まる一人の女子生徒がいた。

 ゆっくりと自らの顔を上げて、こんな自分に話しかけようとしているろくでもない人物の顔を確認すると、安堵の息を吐いた。

 彼の前に立っていた女子生徒は左目に白い眼帯を付けて髪を二つ結びして肩口に垂らした、昨日のいろいろな出来事の元凶である人物――桐島雪乃だった。

「斉藤くん……前の席、大丈夫かな?」

 そう言いながら手に持った弁当箱を見せつける彼女に対して、小さく頷いた。

 その応えに彼女は微笑んで、前の席の椅子を彼の机の方に向けて、既に一つ弁当が置いてある机に自らの弁当を置く。

 今の女子と二人で弁当を食べようとしている状況を見ながら、頭を掻く。

(この状況……傍から見たら……)

 とそんな事を考えていた敬治だったが、彼女は釘を刺すように告げる。

「天気予報だと、明日が約束の雨の日だね。斉藤くんとわたしが捕まらない為にはあの先輩に勝つしかない……だから、作戦会議しようと思って!」

「あ、ああ……そうだね……」

 彼女の提案に頷く敬治は、心中では捕まるわけがないと思っていた。何故なら、元凶は彼女であり、自分は何もしていないのだから。

 そのような甘い考えの時点で作戦会議以前の問題であり、負けは決していた。

「まず、あの決闘を申込んできた委員会の人……あの人の顔、『どこかで見た事あるなぁ』って思って昨日調べてみたら、やっぱりそうだった……あの人――――白雨(はくう)の“称号”を持った白雨の魔術師なんだよ」

「――ッ!?」

 そう。魔術部二年の棚木淳は白雨の魔術師であった。


 “称号”とは魔術委員会によって与えられる魔術師を区別するものの事で、敬治は“降雷”、雪乃は“具現”と言う称号を与えられている。

 称号は全ての魔術師に与えられるものではなく、その称号のような強さを伴った魔術師にしか与えられない。

 称号を与えられた者の称号とその本名は魔術委員会が管理している名簿か、噂で確かめるしか方法はなく、その為、噂によって降雷の魔術師は敬治ではなく、谷崎として広まっていたのだった。


(白雨ってことは水の魔術を使うってこと……? じゃあ、雨の日って……全ての場所が相手の領域(テリトリー)ってことじゃないか……!?)

 予想以上に真剣な表情で考えている敬治に、雪乃は笑顔で安心させようとする。

「大丈夫だよっ! 力を合わせれば、倒せない事なんてない。だから、今から作戦会議するんだよっ!」

「ちょっと、待ってくれ……そんな簡単な話じゃないんだ……」

「……?」

 弁当の蓋も開けずに苦笑いする目の前の男の発言に、笑顔が固まる。

「……俺の電撃の魔術って、雨の日は――――弱いのしか使えないんだ……」

「えっ?」

 その瞬間、笑顔は消えて、彼女の表情はひきつった。

「なんで……?」

「雨の日に電撃の魔術を使えば、自分の体にも魔術の強さの分だけ電流が流れて……」

 雨の日の自分の無力さにため息を吐いてみせる彼に対して、彼女は微笑みながら告げる。

「……お願い、斉藤くん。我慢して?」

「えっ……!? いや、無理無理! 絶対無理! 俺、雨の日に強い魔術使った時、死にそうになったことあるんだよ!?」

 必死に説得しようとする彼の発言も聞く耳を持ってもらえず、

「それでもやるしかないよっ! わたしが言うのもなんだけど……勝たないと、捕まっちゃうんだから!」

 しぶしぶと首を縦に振る破目になる。

 弁当の蓋を開けて、入っていたタコの形のウインナーを箸で刺して口に運びながら尋ねる。

「で、どんな作戦であいつとやりあうの?」

「うん! 全く、考えてないの! だから、作戦の後に“会議”って言葉を付けてるんだよっ!」

「そうですか……」

 期待薄の雪野の言葉を受け流しつつ、弁当のおかずをゆっくりと口に持っていきながら考える。

(相手は水。こっちは電撃と具現……てか、具現ってそもそも、どんな魔術なんだろ……自分が思った物を具現化できる能力なのかな……?)

 その疑問に至った時、敬治はある事に気がついて唐突に笑い出した。

 弁当を食べていた彼女はその様子を不審に思う。

「……どーしたの?」

「いや……お互いの能力も全然知らないままに共闘なんて、まず無理な話なんだ。けど、お互いの能力を言い合おうにも昨日の件もあるし、俺はお前に自分の能力を話すなんてまっぴらごめんだよ。お前だってそう思うだろ?」

 箸の動きを止めて黙りこくる彼女の姿を見て、言い放つ。

「俺はお前のことを信用しきれてない。こうやって接することができるのも俺が本気を出せば、お前を止めることなんて簡単にできるからだと思う。信用を……信頼を取り戻すのは一日じゃできない。だから、明日は個人でやりたいようにやろう」

 小さく頷く女子高生の姿を見ながら、少し自分の中に罪悪感を覚えながらも、自分の発言を反省する。

(そうだ。俺はまだ桐島を信用できない。なのに、雨の日には弱い魔術しか使えないなんて言って……自分の弱点を吐露するなんて、最悪だ……)

 向き合って弁当を食べているにもかかわらず、その後の会話は続かずに黙々と箸を動かしている状況に耐えかねたのか、彼女は口を開く。

「わたし……まだ、入部届出してないんだけど、今日も部室に行っちゃダメかな……?」

「俺はやめといた方がいいと思う。また、キューブを盗られちゃかなわないだろうから」

 顔を俯けながら頷く彼女を見ながら、敬治は昨日自らが言った言葉を思いだす。

『君はキューブを渡してくれた。だから、もう俺たちの敵じゃない。ただの部活の仲間だ』

(そんな事言っときながら、俺ってホント酷い奴……)

 敬治は希望に出会えたような表情した彼女を拒む自分に腹が立った。

 それでも彼女を慰められなかったのは彼女との間に信用が欠如していたから。

(クソ……!)

 そのまま彼女と話すこともなく、昼休みが終わり、放課後となる。

 敬治は学校にとりに行く事がないように、鞄の中に明日の授業を確認しながら教材を入れていき、最後に引き出しの中のものを確認してから教室を出た。

 少し重い足取りで階段を上っていき、二階にある魔術部の部室の前まで来ると、そのドアの前で二回ほど深呼吸をしてドアをノックする。

 開かれるドアから顔を出したのは魔術部の副部長である江藤清二だった。

「敬治君! 昨日はその、大変でしたね……でも、今日は特にやる事ないんです。帰って、ゆっくり休んで、明日に備えて下さい」

「……分かりました」

 と帰ろうとする彼を引き止めた副部長はその耳元で(ささや)いた。

「明日は『やばい』って思ったら、すぐに降参した方がいいです。棚木は人一倍、正義感が強い人ですから、悪は徹底的に根絶やします……」

 その言葉を“本当の意味”で理解していないまま、敬治は頷いた。


 ◇


 東京都 魔術委員会本部


 東京都に設置されている魔術委員会の本部。その建物は十六階建てで委員たちによる会議も行われる。そして、その建物には地下施設も備わっており、その全てが魔術犯罪者の留置場となっている。

 その留置場は日の光を浴びる事ができないことから、Abyss――深淵――とも呼ばれていた。

 何故、魔術犯罪者の留置場が此処に設置されているのかと言うと、それは魔術を用いての脱走をさせない為。

 地下施設には常時、魔術委員会の長である会長の手によって特殊な結界が張られており、その円の数は限りなく十五に近いものになっているが、十五にはなっていない。

 そんな地下施設の最下層。そこには終身刑と言う判決を下された一人の男が収容されていた。

 男は手足を何重もの拘束具と魔術で拘束されており、監獄の周りにも何重もの結界が張られている。そこまで、厳重にしなければならないほどの危険な男の年齢はまだ、二十歳と若く、此処に収容されて五年もの時が経とうとしていた。

 五年もの間、切られていない髪は伸びきっており、その伸びた前髪から覗かせている眼光は目の前にいる存在を睨みつけている。

「俺の死刑が決まったってゆー知らせか? それとも、ここであんたが殺してくれんのか? “会長さん”よぉ?」

「死刑になるって話は、わしが死ぬまでは無いじゃろうな。今日は一つ、お前さんに聞きたい事があってのう。こうやってはせ参じた次第じゃ」

 自らの伸びた白い顎鬚(あごひげ)を触りながら、睨み返すこともせず、ただ友人とでも話すかのように対応する老人は頭には黒いハットを被っており、それに似合うように黒いスーツを着ている。以外にその姿が似合っている老人は魔術委員会の会長であった。

 その為、会長の横には二人の護衛がついており、その二人を順に眺めていく男。

「おいおい。この前のであんたも分かってんだろ? なんで、また二人も引き連れて来やがったんだ」

「わしはいらんと言うておるのじゃがのう。勝手について来たんじゃ。わしを守って死ぬんが正しい事だと思うておる」

「そりゃあ、(たの)しい奴らじゃねえかよぉ――」

 長い髪から覗かせている口をにやりと大きく歪めてみせる。その瞬間、会長の横にいた二人の男の身体から黒い炎が発せられ、二人の男は叫ぶ間もなく、灰になった。

「“魔力”を封じておるというのに、どんな馬鹿げた量を持っておるんじゃ……」

「多分、此処に入ってきて平気なのはあんただけだろうぜ、会長さんよぉ? そんなあんたが張った結界だから、俺は此処から五年も出られてねえ。胸張って良いと思うぜ?」

「ロクな自慢にならんじゃろうがな。さて、本題といこうかの」

 顎鬚を触るのをやめて、改良は自らの目つきを鋭いものに変えて、尋ねかける。

「お前さんは何故――――大量の人を(あや)めたのじゃ?」

「はっ!? そんな愚問はあんただけでなく、何人から何度も尋ねられた。それに、あんただって分かってんだろ? 俺が狂ってるってよぉ!?」

「違う。わしが聞きたいのは真実じゃよ」

 何か考え込むように黙りこくる男をじっと見つめる会長は自らの顎鬚をまた触り始める。一向に口を開かない男に会長は自らの口をもう一度、開いた。

「なら、違う質問をしよう。お前さんには確か、“妹”が居ったな? その所在がやっと掴めた」

 自分の眉毛をピクリと動かした男はその表情を少し、安堵させた。

「で、あいつは今、どこで何してんだぁ?」

「お前さんと同様の“S級犯罪者”の下で駒として扱われておる。まあ、明日には逮捕するがのう」

「……フハハッ……ハッハッハッハッハッ!! 面白れぇ……面白れぇぞ! 会長さんよぉ!!」

 笑いながら、大声で言葉を発する男は急に笑うのをやめて、真剣な表情で言葉の続きを紡ぐ。

「知ってるかぁ、会長さんよぉ? あいつを創り出したのは――――この俺なんだぜ?」

 そう言い終えた瞬間にまた、笑い出す男の姿はまさに狂っていた。

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