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降雷の魔術師  作者: 刹那END
I. 魔術部入部篇
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α―VIII. サボり部員(一人目)

「俺が――――降雷(こうらい)の魔術師だ」


 敬治(けいじ)がそう言葉を放った瞬間に部長と雪乃(ゆきの)はその目を大きく見開いてみせた。


 “降雷の魔術師”――その名称はちょうど一年前から魔術を使う者の中で飛び交うようになったもの。それは、その魔術師が他と比にならないほどの強さを誇っていたからである。その名称は自らの体に降り立った雷を纏い、敵を薙ぎ払った事から語られる事となったらしい。

 そして、降雷の魔術師の他にも、紅炎(こうえん)の魔術師と言う名称もよく、(ささや)かれている名称の一つである。


 しかし、二人が驚いている理由は他にあった。

 去年の『夏の魔術甲子園(仮)』にて、魔術委員会の会長を殺そうと謀った人物――部長と江藤と神津の三人の会話の中で“あいつ”と呼ばれ、雪乃に“あの人”と呼ばれた人物。

 二人は電撃の魔術を使うその人物の事を降雷の魔術師だと思い込んでいたのであった。だが、二人は敬治を見て思った。あの人・あいつとは明らかに電撃の質が違う、と。

 電撃を周りに放電させ、「バチバチ」と言う音を発しながら、敬治は雪乃を睨みつける。

「キューブを返せ」

 彼のその言葉に雪乃が応じるはずも無く、彼女はArai(アライ)を唱える。

「……Lamef(ラメフ)

 その瞬間、彼女の刀は炎に包まれ、それを目の前にいる敵に向けて構える。

「引き下がれないの……どうしても……」

 本当は刀を向けたくないのだが、しょうがなく向けているような口ぶりだった。

 引く気はないと分かった時、敬治も自らの周りで「バチバチ」と音を立てている電撃を自らの右手に集中していく。そして、一本の電撃の刃を作り上げた。

「だったら来いよ」

 敬治のその言葉とほぼ同時に、雪乃は敬治との間合いを一気に詰める。

 刀の届く距離に達して、炎の刀を振るう雪乃に対して、敬治は電撃の刃でそれを受け止めた。

 炎と電撃がぶつかり合った事により、衝撃が二人の近くにいた者たちに襲い掛かる。

 刀と電撃の刃がぶつかり合う光景は雪乃を驚かせる。何故なら、彼女が具現化したのは雷を切ったとされる刀なのだから。

(なんで……なんで電撃が斬れないの!?)

 心中で声を荒げる彼女は刀と電撃の刃の接点を見て、気がつく。

 敬治の電撃の刃は、彼女の刀によって斬られたら回復し、また斬られたら回復するというのを繰り返していた。

 瞬間、電撃の魔術破壊によって、刀を包んでいた炎が消え去り、裸になった刀は電撃の刃に弾き返され、真っ二つに折れてしまった。

 彼女は後方へと尻餅を着き、敬治はそんな彼女の首に電撃の刃を突きつける。

「お願いだから……大人しくキューブを渡してくれないか……?」

 雪乃に殺気などの敵意を向ける事無く、敬治は少しだけ微笑みながら電撃の刃を握っていない左手を差し伸べる。

(この人なら……わたしを救ってくれるかも……?)

 雪乃はその表情を見て、少しだけ、そんな希望を抱いたのかもしれない。

 彼女の右手に握られていた具現の刀は砂のようにさらさらと空気に溶け込んでいき、彼女はその刀の無くなった右手でポケットの中のキューブを掴んだ。そして、ゆっくりとポケットの中からキューブを取り出し、敬治へと差し出した。

「ありがとう」

 それを受け取った敬治は電撃の刃を消し、雪乃にそのまま右手を差し伸べる。彼女はその手を取ろうとしたが、首を横に振ってその手を引っ込める。

 その様子からこのままだと、いつまで経っても彼女は手を取ろうとしないだろう、と察した彼は口を開く。

「君はキューブを渡してくれた。だから、もう俺たちの敵じゃない。ただの部活の仲間だ」

 その言葉を聞いて、雪乃は自らの両目に涙を浮かべる。

『大量殺人犯の妹が近づくなよ!!』

 過去に浴びせられた言葉が雪乃の頭の中に響き渡り、今の状況との差の分だけ彼女の眼に涙が溢れていく。

 雪乃は涙を流しながらも、微笑んで敬治の手を取った。


 ◇


 体育館


 二階にある体育館の窓から、敬治と雪乃の戦闘を最初から最後まで眺めていた人物が一人。

 その男は昨日の魔術部の行動を一日中監視して、誰かに電話をかけていた男子生徒であった。

 そして、男子生徒はまた、携帯電話を自らのポケットから取り出して、電話帳を開き、昨日と同じ人物へと電話をかけた。

『もしもし』

「電撃の魔術を使う部員は“本物”の降雷の魔術師でした。それに、彼女が魔術部に寝返ったように見えますがどうしますか?」

 「どうする」と言う言葉には処分するか否かが含まれており、電話の相手は思案するような間を取って、告げる。

『彼女は裏切らない……いや、裏切れるはずがないんだよ。彼女と俺は“絆”で繋がっているからな』

「……あなたが命じたとおり、今回は自分は手を出しませんでしたが、次はどうしますか?」

『そうだな……次はお前もキューブを彼女と一緒に奪いに行け。それと、お前じゃなく彼女に降雷の魔術師を――殺させろ』

「分かりました」

 そう答えて、携帯電話の画面を指で押した男子生徒は、携帯電話をポケットの中に入れ、体育館を後にしようと後方を振り返る。

 今日はバスケ部、バレー部共に試合の為、体育館には自分一人だけ、と思っていたのだが、振り返った先にはもう一人の人物が立っていた。

「誰だ?」

 そう尋ねかける男子生徒だったが、もう一人の人物はその言葉を聞いて、嘲笑った。

「あぁん? それはこっちの台詞だろうがよぉ。A級犯罪者ぁ」

 男子生徒の目の前には、髪をワックスで立て、学ランを第二ボタンまであけて、そこから覗かせているのは赤いTシャツ。身長は髪の毛を合わせたら、一九○はありそうだが、実質、一八○センチしかない。耳にはピアスをし、その姿はいかにもヤンキーだった。

 上靴の色は赤で、二年生だという事が分かる。

「A級? 何の事だ?」

 ヤンキーの男の単語を繰り返した男子生徒に対して、ヤンキーの男は声を荒げる。


 魔術で犯罪を犯した者や逃亡した者――指名手配犯には、『S・A・B・C・D・E』の級が与えられる。Sが一番危険な級で右に行くほど下がっていく。

 この階級を判断するのは魔術委員会で、魔術法に(のっと)って判断されている。


 そして、ヤンキー男の目の前に存在する、さっきまで電話を掛けていた男は正真正銘、魔術委員会によってA級の指名手配犯に指定されていた。

(とぼ)けてんじゃねえぞ、クソ野郎!! 俺が誰だか分かって言ってんのかぁ?」

 ヤンキー男は自らのポケットから一冊の手帳を取り出し、犯罪者の男へとその表紙を見せ付けた。手帳の色は黄色で、表紙には“生命の樹”の絵が彫られていた。

 その手帳を見た瞬間に犯罪者の男はヤンキー男を殺気を以ってして睨みつける。

「“委員会”の人間か?」

「そう。俺は魔術委員会の委員(けん)、東坂高校二年“魔術部所属”――――棚木(たなぎ)(じゅん)だ。よく覚えとけよ? てめえを捕まえる奴の名だ」

「……もう、忘れた」

 右手を自らの前に出す犯罪者に対して、棚木も自らの右手を前に突き出した。

「いいねぇ……イラつく奴の方が甚振り甲斐があんだよ! それに残念だったなあ。今日は“晴れ”だが、生憎、計算するのがめんどいとは思えねえんだ!」


 ◇


 体育館横


「ちょっと待って! 敬治君! 彼女はキューブを奪おうとしたんだよ! 魔術委員会に引き渡さなきゃいけないんだ!」

「部長ってもう少し、器の大きい人と思ってましたよ……」

「いや、それとはまた、話が別で! てか、敬治君も清二君みたいな話し方にならないでくれよ!」

 必死に声を荒げる部長に敬治は冷たい視線を浴びせた後、その視線を部長の腹に落とした。

「と言うか、早く保健室に!」

「それどころじゃないんだって! 早くここから離れないと! 敬治君まで――――!」

 その先を言おうとしたその瞬間、大きな爆発音が三人の真上から響き渡り、砕けた散ったガラスの破片空から降ってきて、三人に襲い掛かった。

「伏せて!!」

 その声を上げた部長に従って、敬治と雪乃は同時に頭を腕で覆い、地面に伏せた。

 一通り、ガラスが落ちてこなくなったと言う頃合を見計らって、顔を上げる敬治は、自らの頬がガラスによって切られている事に気が付く。

(今の爆発……何だったんだ……?)

 ゆっくりと横の建物の二階にある体育館を見上げると、体育館の建物の影から、一人の人物が姿を現し、頭を掻きながら文句を垂れる。

「くそ……取り逃がしちまった。こりゃあ、いろいろと書類書かなきゃいけなくなんじゃねえか、あのクソ野郎」

 その男は先程、体育館で携帯電話を持った男と対峙していた人物――棚木淳であった。そんな棚木の姿を見て、部長は苦いものを飲まされたような表情を浮かべる。

「淳君……」

「おい、部長。まさか、“そいつら”の肩持つ気じゃねえだろうな?」

 先輩なのにも拘らず、口調を変えずに話す棚木は敬治と雪乃を睨みつける。

「ちょっと、待ってくれ! 『そいつら』って事は敬治君も入るってことだろ!?」

「そーだぜ? そこの生意気な新入生二人。キューブを狙った奴らとして、魔術委員会に引き渡す」

(えっ!? 俺も……?)

 キューブを狙った人物として自分も挙げられているのに、反論しないはずは無い。

「ちょっと、待って! なんで俺も!?」

「先輩に向かってタメ口たぁ、生意気極まりねえガキだな。共謀者の意見が聞き入れられると思うなよ?」

 自分も先輩に向かってタメ口を使っているので、そんな事を言う権利はなさそうな棚木は自らのポケットから男子生徒に見せ付けていた手帳を取り出す。

 そして、敬治にその表紙を向け、敬治が今まで聞いたことの無いAraiを棚木は唱えてみせた。

Estrarint(イストラリント)

 その瞬間、敬治と雪乃は光の帯によって両手両脚を拘束され、バランスを崩した二人は地面に倒れこんだ。

「聞いたことねえ魔術って顔してるぜ、てめえ? そうだ。これぁ、俺たち委員会の人間しか持ってねえ手帳による拘束魔術。手足を拘束すると同時に一時、魔術も使えなくするから、てめえらはただのちょっとだけ頭の良い人間てことだ!」

 人を見下す笑みを浮かべる棚木の胸倉に部長は掴みかかった。

「笑い事じゃない! 雪乃ちゃんはしょうがないとしても、敬治君はただ、彼女を許そうとしただけだろ!?」

「犯罪者を許す? おいおい、それだけでも精神異常者か共謀者じゃあねえのか、部長? この世に蔓延(はびこ)る殺人鬼を肯定するなんてなぁこの二つの異常者以外、ありえねえんじゃねえか? そして、俺の独断と偏見を以って、こいつを共謀者と判断した次第だ。抗議するんなら、委員会を通さねえと受け入れられねえぜ?」

(独断と偏見……こんな奴が、委員会の人間……?)

 今の魔術委員会の仕組みに疑念を持ち始める敬治を見下ろしながら、棚木は言葉を続ける。

「てぇことで部長は早く保健室か病院行ってろ。刀傷は簡単には塞がらねえから失血死しちまうぜ?」

 耳に嵌めたピアスを揺らしながら、棚木は地面に倒れた二人の方へと近づき、雪乃の前で立ち止まって、腰を屈めた。そして、雪乃の顔を右手で掴み、その左眼を凝視する。

「ふーん。これが魔眼かぁ……“紋章の円が七つ”って事はてめえが言ってたとおり、具現で確実だな。じゃあ、俺はこいつらを魔術委員会に連れて行くから、部長は体育館の窓の件とかの後処理を頼むぜ?」

「ちょっと待つんだ、淳君。君が自分の権力を振るうって言うんなら、俺も権力を振るわせてもらう。君が二人を連れて行くって言うんだったら、君には――魔術部を退部してもらう!!」

 その言葉が響き渡った瞬間に棚木は足を止めた。

(この人が魔術部に入ってるけど、サボってる人の一人だったのか……そう言えば、さっきから「部長」って言ってたな……)

 敬治は心中で「嫌だなぁ」と付け足した後、棚木に視線を向ける。そして、面倒くさそうに頭を掻いた棚木は口を開く。

「てめえ、魔術部に入ってないと、委員会の人間にはなれないって分かって言ってるだろ……そういうとこがムカつくんだよなぁ……」

 体育館の窓ガラスが割れた音を聞きつけた人間が段々と、四人の周りに集まってくる中、棚木は何かを思いついたようで、言葉を続けた。

「そうだ。こうしようぜ、部長。俺とこの二人が魔術で決闘。俺が勝ったら、こいつらを連れてく。負けたら、罪を見逃すってのはどうだ?」

「……その決闘はいつするんだ……?」

「はぁ? 決まってんだろ? 次に雨が降った日に外で()んだよ! 逃げたら、どこまでも追いかけて、豚箱にぶち込んでやるからな!?」

 にやりと口元を歪めてみせる棚木は敬治へと近づいて、その手からキューブを奪うと、どこかへ行ってしまった。

 そんな彼が見えなくなった瞬間に敬治と雪乃を拘束していた光の帯は消え去り、二人は解放される。

 部長は立ち上がろうとする二人に自らの頭を下げた。

「ごめん……こんな事になってしまって……」

「いえ、謝るのはわたしです、部長さん。わたしが……あの人の命令に従わなかったら、こんな事にはなってません……」

「なら、雪乃ちゃんは無理やりあの人に従ってたってこと?」

 彼女は躊躇うような素振りを見せ、小さく頷いた。

(まだ、彼女の事を信じるのはできそうに無いな……けど、色々と情報を持ってるはずだ。それを聞き出せるのはこっちにとっては大きなメリットだな。

 それよりも、この中に先生でもいたら、ややこしく……)

 心中でそう企みながら、部長は周りにいる集まってきた野次馬を見回すと、その中には先生の姿も見受けられた。

「藤井。この状況の説明は保健室でじっくり話してくれるんだろうな?」

「……はい。一から全て……」

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