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降雷の魔術師  作者: 刹那END
I. 魔術部入部篇
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α―VII. 降雷の魔術師

 女子の脚力が男子に勝ると言うのは陸上部でも無い限り、あるはずもなく、校舎の隣にある体育館のその隣の道でやっと追いかける男子生徒は女子生徒に追いついた。

 一定の距離を保った二人は立ち止まって、雪乃は背後にいる敬治の方へと振り向く。

「左眼……怪我したんじゃなかったんだね……」

「そーゆーこと。今時、そんなドジな子いないよ。でも、わたしにとってこの眼は傷と同じなのかもしれないね……」

 敬治から眼を逸らし、自らの左手で左眼に触れてみせる。

「どういう意味……?」

「斉藤くんに話したところでしょうがないでしょ?」

 そう言って彼女はまた、自らの目線を敬治の方へと向ける。

「斉藤くんは電撃の魔術が使えるんだって? すごいね。わたしには魔術の才能さえ乏しいのに……うらやましい」

 苦笑いをしてみせる彼女の表情を見ていた敬治はその視線を彼女の右手にある、金色のキューブへと移した。

「……そのキューブ。部長は『あいつらの手に渡ったら、人類が終わるかもしれない』って言ってた……一体、お前が持ってるキューブって何なんだ……?」

 説明するのが面倒くさいのか、溜息を吐いてみせ、その後、助けを求めるように敬治の後ろへと視線を向けた。

 誰か後ろにいるのかと思った敬治が後ろを振り返ってみると、腹の部分から制服に血を(にじ)ませた部長の姿がそこにはあった。

「部長!? 早く、保健室に――」

「大丈夫だよ、敬治君……それより、俺が代わりに説明しよう……魔術と魔法は違う。科学力でも可能な事を魔術と呼び、科学力では行えない空想的な事を魔法と呼ぶ……

 俺たちが使ってる結界ってのはちょっと異質で、例を挙げると、真っ白く何も無い部屋に入ろうとする時、その雰囲気から部屋に何となく入りたくない気持ちが出てきたりする。それが結界の根源だ。物の位置や部屋の構造などで視覚的に脳を混乱させる。

 だから、五円陣結界(ごえんじんけっかい)までは魔術的攻撃を防ぐ事はできない。けど、七円陣結界からは魔術的攻撃も防げる。

 つまりは、七円陣結界からは魔法の部類に入るんだ」

 敬治が魔術の基本をちゃんと理解しているのかが気になった部長はそんな基本的な説明をしてみせ、彼の表情を一瞬だけ窺った。しかし、心配の必要は無かったようで話を続ける。

「少し、無駄話をしちゃったね。これからが本題。彼女の持ってるキューブにはそれ自体に一生をかけても使い切れないくらいの大量の魔力が封印されていて、それを持っただけで、魔法が使えるようになってしまう。そして、“広島・長崎に落とされた原子爆弾ほどの威力”を持つ魔法も使えてしまう……」

「――ッ!? なんで、そんなものを部長が持ってるんですか!?」

「魔術委員会の会長に託されたんだ…………理由は分からない。けど、こいつらみたいな奴をおびき寄せる為に、このキューブと俺が使われている事は確かだ」

 その目を大きく見開かせ、恐怖さえ感じる敬治は唾をごくりと飲み込みながら彼女の持つキューブを見る。

「敬治君。驚くにはまだ早いよ。彼女の左眼も多分……彼女の持ってるキューブと同じような力がある……つまり、彼女の左眼はキューブと同じようなものだ」

 敬治は雪乃の右手に握られたキューブから彼女の左眼へとその視線を移す。すると、雪乃は「にやり」とその口元を歪めてみせた。

「伊達に『部長』って言う肩書きを背負ってはいないのかな? 日本刀を具現化させただけで、この眼がこれと同じようなものだって分かるなんてね」

「それだけじゃない。お前が言った“具現”って言葉が一番のヒントになった」

(ちょっと待てよ……具現……? 聞いた事がある……)

 その単語に何か引っかかるものがあった彼は黙って、思考に走る。しかし、それは部長に肩を叩かれた事によって止めざるを得なくなる。

「敬治君。二人で力を合わせて、何としてでもキューブを取り返すよ」 

 そう耳元で囁いた時、目に映るのは部長の制服に滲む血液。

 それによって自らの首を横に振った。

「いいえ。一人でやらしてください。すぐに終わらせますから」

 そう言って彼女の顔を見たときに思い出す。

(俺と部長の会話を待つだけの余裕っぷりに加えて具現……やっぱり、こいつはこの頃、噂を聞くようになった――具現の魔術師なのか……)

 一歩、彼女に向けて足を踏み出すと、警戒心を抱いたのか、長いArai(アライ)を唱えてみせる。

Sundob(サンドゥブ) of(オブ) a() cserad(クセレッド) lapec(ラペック)

 その瞬間、彼女を中心として一つの大きな円とその中に小さな七つの円が展開され、結界が張られる。そんな自分の行動を見ても、何もしようとはしない目の前の男子生徒の姿を見て、彼女は笑った。

「これで、斉藤くんが戦闘の初心者だって分かっちゃった。普通ね? 戦闘が始まるのと同時に結界を展開するものなんだよ?」

「そうだよ敬治君! だから、一人で戦っちゃ駄目だ!」

 敬治の肩を掴んで止めようとする部長だったが、あっけなく振り払われる。

「部長は怪我してるんですよ! そんな状態で彼女と戦ったら危ないですし! 最悪、死ぬ事だってありえます!」

 敬治の言っている事はおおむね正しい。

 具現の魔術はこちらが瞬きをした瞬間、その一瞬の内に銃を具現化して握っていてもおかしくは無いのだ。

 “具現”。それは想像したものを具現させる魔術。いや、もはやそれは魔法と言っても良いものだった。

 そして、彼の暗示したとおり、雪乃の左手にはいつの間にか、日本刀が握られており、切っ先を彼らの方へと向けていた。

 そんな彼女の姿を睨みつける。

魔眼(この眼)の能力はこれだけじゃないよ――――Lamef(ラメフ)

 そう言って、Arai(アライ)を唱えた瞬間に左手に握られた刀の刀身は炎を纏った。そして、右手に持っていたキューブを制服の右ポケットの中に入れ、炎を纏った刀を両手で握る。

「部長……お願いですから、下がっていてください」

「……危ないと思ったら、すぐに加勢するからね」

 そう言うと、新入部員の言葉に従って、雪乃に背を向けることなく、下がっていく部長。その瞬間、雪乃は一気に敬治との間合いを詰めにかかった。

 そして、炎を纏った刀をまだ切っ先が届かない距離であるにもかかわらず、敬治に向けて振るう。

 意味の無い行為に思われたが、しかし、纏わりついていた炎が刀身を離れ、襲い掛かった。

 一瞬で炎に包まれる新入部員。

「敬治君!!」

 敬治の身を心配して声を上げるが、反応は無い。

 助けに走りだろうとした時、目の前の女子生徒が口を開く。

「呼びかけても助けようとしても無駄だよ、部長さん。斉藤くんを包んでる炎は外から魔術で攻撃しようと消せないようになってるの。だから、斉藤くんの魔術で中から炎を振り払うか、焼け死ぬか、の二択しか選択肢はないんだよー?」

(だけど……叫び声を上げたりしないって事は、まだ焼け死んではいないって事なのかな……?)

 言葉の続きを心の中で呟いた雪乃は炎の刀を構えたまま動かない。しかし次の瞬間、

「――Ricelect(リセレクト) chosk(チョスク)

 目の前の炎の中からArai(アライ)が聞こえ、連続した「ビリビリ」と言う放電の音とともに炎が吹き飛んだ。

 その姿はまるで電気うなぎみたいだと思いながら、彼女は炎の中から現れた人物を睨む。

 すると、彼は口を開いた。

「お前は『普通は戦闘が始まるのと同時に結界を展開する』って言ってたけど……俺は最初(ハナっ)から、結界を展開させる必要なんてないんだ。だって、俺の電撃の魔術は――全ての魔術を破壊できるんだから」

 その言葉を聞いて、驚いたのは部長だった。

(全ての魔術を破壊できる……!? だから、去年のあの時、“あいつ”に魔術が通じなかったのか!? ……それにしても、敬治君の雰囲気が明らかに変わった……?)

 敬治の雰囲気が変わったのを察知した部長は自らの足をじりじりと彼から退(しりぞ)けていく。その行動は、部長の今の気持ちの表れだった。

(やっぱり……俺は電撃が怖いのか……?)

 自らの右脇腹を左手で抑える部長は首を横に振って、疑念を振り払おうとした。しかし、じりじりと敬治から遠ざかろうとするその足は止まらない。

 怖いと言う感情を消す事はできない。

「桐島、お前は選択をミスったんだ。お前は俺たちに応戦せず、キューブを持ったまま逃げるべきだった」

 そして、敬治はただ、自らの右手を雪乃へと(かざ)した状態で、Arai(アライ)を唱えた。


 ◇


「おいおい、お前ら! 見とれてないでちゃんと練習に集中しろよ! コーチが見てるぞ!」

 人工芝グラウンドでいつもどおり、練習をしていたサッカー部であったが、練習中なのにも拘らず、その何人かは体育館の近くで起こっている出来事に釘付けとなっていた。

 そんな練習をサボっている後輩の頭を叩きながら、サッカー部部長も満更でもないようで、少しだけ、敬治と雪乃の方を覗いてみる。

「先輩。なんか、魔術部ってサーカスみたいですね……火が出たり、電気が出たり……」

「はぁ? 何言ってんの? 魔術部って、理科の実験とかオカルト的な地味な部活じゃないの? それにあいつら、無駄に頭良いし……」

 と突拍子もない事を魔術部の様子を窺っていたサッカー部の先輩が口にした瞬間、敬治の右手から電撃が雪乃目掛けて放電され、蛇行していく姿を見て、注意をした自分もその光景に釘付けとなった。

「先輩……練習しなくて良いんですか?」


 ◇


 雪乃へと自らの右手を(かざ)す敬治は、さっきと同様のArai(アライ)を唱えてみせた。

Ricelect(リセレクト) chosk(チョスク)

 その瞬間、敬治の右掌から一瞬の内に電撃が射出され、小さく蛇行しながら刀を持った雪乃に迫る。しかし、その電撃は雪乃の構える刀に当たった瞬間に砕け散った。

「――!?」

 そう。刀に吸収されたとかそう言うわけではなく、砕け散ったのだ。

 大きく目を見開いてみせる敬治のその表情を見て、彼女は笑う。

「フフフ……不思議でしょう? 斉藤くんの電撃の魔術が通じないなんてね? 本当に不思議だよねー?」

 わざとらしく、敬治の方から質問させるように誘導する口ぶりな彼女に答えて、敬治は尋ねかける。

「その刀……何でできてる……?」

「そう。この刀が斉藤くんの電撃を粉砕した原因。そして、斉藤くんが電撃の魔術を使うって聞いてたから、態々(わざわざ)、わたしはこの刀を具現化させたの。この刀――“雷切”を、ね?」


 “雷切”――それは雷、雷神を斬ったとされる日本刀の一つである。その話は言い伝えであり、本当かどうかは定かではない。しかし、雷、雷神を斬ったとされるだけあって、雷切のその刃は鋭かった。

 雪乃が手に持っているのは具現化させた“雷切”であって、日本に現存する雷切ではない。その為、敬治の電撃の魔術を粉砕できたのかもしれない。


「これで、斉藤くんは無能。『選択をミスった』とか言ってたにしては期待外れだね。部長さんも怪我してるし……もう、いいかな?」

 雷切を右手に(たずさ)えたまま、後ろへと振り向こうとする雪乃。だが、彼女に簡単に逃げられるわけにはいかない。

「待て!」

「何? まだ、遊んで欲しいの? これ以上続けるつもりなら、命令どおり――消しちゃうよ?」

 鋭い眼差しと共に敬治へと向けられる殺気。いや、殺気と言うよりも殺したくないが故の威嚇。

 それは敬治の口元を綻ばせた。

(違う……こんなの殺気じゃない……本当に殺すつもりなんて無いんだ……)

 彼女の本心が分かったように心中でそう呟いた敬治は、その綻びをもっと、濃いものにしていく。

「やっぱり、桐島は優しいんだよ……」

 明らかに柔らかな口調になった男子生徒のその様子を見て、雪乃はビクッとその身体を反応させた。

(なんで……? 笑ってる……?)

 彼の微笑みの意味が理解できない彼女は声を荒げる。

「……何言ってるの? そんな訳無いでしょ! わたしはこのキューブを使って――」

「――違う。桐島は優しい。『殺せ』って命令が出てるんだろ? なのに俺たちを殺さないで、キューブを持って、早く逃げればいいのに逃げない。それはさ。桐島が、優しいからだろ?」

 雪乃の言葉を遮って、自らの意見を述べ終えた敬治に対して、雪乃はあからさまに敬治から目を逸らした。

「違う……違うの……わたしは優しくなんか……」

 何か後ろめたさがあるような、そんな目を彼女はしていた。

(だから、この魔術を見て、キューブを大人しく渡してくれ……)

 心中でそう願いながら、敬治は雪乃へと翳していた右手を下ろし、突っ立ったままの状態になった。そして、敬治はそのArai(アライ)を唱えた。


「――Denthur(デンサー)


 その瞬間、敬治の体は大量の光と稲妻と轟音に包まれた。敬治のその姿は眩しすぎ、その周りにいた誰もが目を瞑るか、手を前に翳す事で直接その光を見ないように遮る。

 そんな敬治の姿はまるで――――“地に降り立った雷”のようだった。そして、雪乃はそんな敬治の姿を見て、目を大きく見開く。

(激しい光……雷のような轟音……――)

 そう思った雪乃の頭の中には、ある“一つの単語”が浮かび上がった。それは去年から魔術師の間で、噂されるようになった魔術師の名称。

「――地に降り立った雷のような魔術師……――まさか!? 斉藤くんが――――」

 その“一つの単語”を告げようとした雪乃の言葉を遮って、敬治は“一つの単語”を告げた。



「――そう。俺が――――降雷(こうらい)の魔術師だ」

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