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降雷の魔術師  作者: 刹那END
IV.森羅万象の王篇
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LVI. 操作

 目を閉じる前の最後にお願いをした。

 あれは誰にお願いしたのだったか。

 思い出す。そう。新入生にお願いしたのだ。

 彼女はゆっくりと瞼を開く。

 すると、その光景は目を閉じる前と全く違うものになっていた。

 目に映るのは白い天井に彼女は白いシーツのベッドの上で寝ている。青い空に緑色の地面にいたはずだ。

 横を向くと自分の腕に繋がった点滴に加え、腹部の違和感。

 彼女は病院にいた。

「山田愛沙さん。意識はハッキリしていますか?」

 病室に入ってきた看護師の質問に彼女は頷く。

 彼女の頭に過ぎるのは病院に来る前の光景。柏原哲郎が自分を殺そうとしたという事実。未だに信じられない。

 しかし、彼女が受け入れようが受け入れまいがその事実に変わりはなく、そして、今の彼女に何もする事はできない。

 ただこのまま傷の回復を待って、退院する頃には全てが終わった後。

 そんな事態は絶対避けたかった。

 出て行った看護師と共に医師が病室に入ってきた時にはもう既にベッドの上に寝ていたはずの彼女はおらず、すぐさま医師は声を荒げた。

 彼女は何の当てもなく、ただひたすらに病院を後にする。

 自分の怪我が歩けば歩くほど悪化していくのに気づいていながらも彼女は歩みを止めなかった。

「タクロー……」


 ◇


『スタジアムから姿を消したのは谷崎一也・桐島尚紀・桐島雪乃・柏原哲郎・詳細不明の少女の計五名。他の敵は溶岩により殲滅された模様』

 上空のヘリコプターから今の状況を伝えているのは操縦している者の隣にいた。

 勿論、上空から特定の人物の状況を伝える事は普通の人間にはできない。

 その魔眼は空間、人間の把握に長けていた。

 そして、人物まで詳細に把握できたのは全員が大量の魔力を体内に持っていたから。

 谷崎以外は全員が魔眼を持っており、谷崎も七つのキューブを体内に取り込んだ。

『桐島尚紀以外の四人はスタジアムの西の方角。桐島尚紀は北の方角へ移動中』

 その報告は五人の魔術師たちの雷鳴の魔術師以外の三人と魔術委員会の上層部に伝えられている。

 上層部というのは会長の下にあたる人物たちのことではあるが、その権力は実質、会長よりも上である。

 何故なら魔術委員会は上層部の資金提供が運営の半分ほどを占めているからだ。

 魔術委員会の裏と呼ばれているのはこの上層部の事も指している。

 また、この上層部が委員会の方針について決められることは言うまでもない。

『もうこれ以上問題を大きくしてくれるな。一刻も早く谷崎を殺せ。魔術師たちにそう伝えろ』

『了解』

 上層部の言葉に頷くと、その言葉をそのまま三人の魔術師に伝える。

 するとその瞬間、スタジアムから噴出した溶岩の勢いが増した。

 その状況はもう誰も手のつけようのないほど、スタジアムの外へと広がろうとしていた。

 辛うじて結界によって押し留められてはいるが、その結界が壊れれば、大勢の一般市民が巻き込まれる。

 しかし、その心配はすぐさま消え失せた。

 噴出した溶岩が地面の中に吸い込まれるように退いていき、最終的に何事もなかったかのように茶色い土のグラウンドになった。

 溶岩の魔術師は完全に自分の思い通りに溶岩を操作できていた。

 その光景をヘリコプターから見ていた魔眼の男は自分の身について不安を覚える。

 魔術を使って世界を壊す事さえ可能と分かってしまえば、その力を利用しようとする者、弾圧する者が出てくる。

 五千人の消えたあの事件による魔術の弾圧は序の口に過ぎない。

 そう考えた瞬間、魔眼の男はその口を開く。

『桐島尚紀以外の四人は西から南に進路を変更した模様』

 その嘘は三人の魔術師に伝わった。

 男の予想通り、魔術に対するこれまでにないほどの弾圧は避けられない。

 ただし、男のこの行動が吉と出るか凶と出るかは誰も知りえない。

 だが、その行動は降雷の魔術師に対しては意味がなかった。


 ◇


「君から逃げるのは今の僕には無理だね。僕の操作魔眼の代償ってヤツさ。自分の体を動かすのがつらくなってくる。でも、君だけしかついて来てなくて安心したよ」

 柏原哲郎の周りには彼に操られてついてきたであろう三人の姿とその四人に対峙する斉藤敬治。

「君だけなら僕でも殺せる」

 その言葉は冗談ではなく、本気で言っていた。

 それを本能的に理解してしまった敬治は哲郎の気を逸らす意味も込めながら、また別の理由としては哲郎と対話する為に質問を投げかける。

「なんで雪乃を連れて行く必要がある?」

「人の欲をなくす為に……必要なんだよ……敬治」

 質問に答えたのは哲郎ではなく、谷崎一也。

 体中から溢れ出す汗とその表情からキューブによる体への負担が分かる。

 だが、谷崎の周りには先ほどのスタジアムでは展開されていた十円陣結界が存在しなかった。

 これが何を意味するのか、敬治は気に留めることなく、目の前の男との会話に集中したかった。

「あんたに聞いてんだよ。柏原哲郎」

「……年上を呼び捨てにするなんて、どんな教育を受けてきたの? そう言えば、君たちの世代はゆとりだったね。だから、僕らの世代の常識が通じないのかな?」

 敬治は皮肉に対しても反応しない。

「目的は本当に欲を消し去る事か?」

 その発言は哲郎と谷崎の目を大きく見開かせ、谷崎はすぐに横にいる哲郎に目を向ける。

「あんたの五年前の話を聞いた……」

「五年前って……桐島尚紀……?」

 谷崎の必死に搾り出した声に答える者はいない。

 そんな彼の目に映るのは自分に視線を合わせようとしない哲郎の姿。それは紛れもなく、何かを隠しているようだった。

「しょうがないな……本当はこんなに早くするつもりじゃなかったんだけど――――」

 その瞬間、敬治の目の前にいた哲郎が倒れた。その姿はまるで頭のてっぺんの糸を切られた操り人形のようで、その表現は決して間違いではなかった。

「この体ももう限界だろうね。全然言うこと聞かないよ」

 敬治の耳に入ってくるその声は間違いなく、谷崎のもので口を動かしているのも谷崎本人。だが、急に苦しくなくなったのか整然と立って、異なる口調で話す彼はまったくの別人に見えた。

「谷崎の口から言葉を聞けるのは多分、これで最後だ。そんな彼の体を使って言わせてもらうよ。谷崎一也は――――優しい人間だった」

「どういう――――」

 敬治がその意味を尋ねようとした瞬間、谷崎一也の周りに十円陣結界が展開された。

 その結界の中には倒れた哲郎と、谷崎、雪乃、敬治の知らない少女の四人がいた。敬治はその結界の外で、結界の中に入る事もできずにただ、これから起こる事を指をくわえて見ているしかない。

 哲郎に操られているであろう谷崎は雪乃の方を向き、その顎を左手で持って自分の方に彼女の顔を向かせた。そして、その左目に当てられた眼帯を外す。

 捨てられた眼帯が地面に着くのと同時に、谷崎の右手は彼女の左眼にのびて、生々しい音とともにその目玉が抉り取られた。

 ピクリとも反応を見せない雪乃を横目に今度はその隣にいる敬治の知らない少女の方へと歩く。

「何してんだよ!!」

 電撃が敬治の体から迸るが結界を壊す事など勿論できない。

 少女の下へと辿り着くと、さっきと同様ではあるが今度は右眼につけた眼帯を外し、左眼を抉り取った。そして、先ほど雪乃から取った左眼をはめ込んだ。

「具現魔眼に限らないけど、魔眼は両方あって本来の力を発揮する。あとはその力を底上げするだけ」

 その瞬間、敬治だけでなく世界中の人々に悪寒が走った。柏原哲郎という一人の人間が人の道を外した瞬間だった。

「やっと……やっと会える……」

 その場が光に包まれ、眩しくて目も開けられない状態になる。そして、敬治が次に目を開けた瞬間には柏原哲郎ともう一人、別の女性だけが目の前に立っていた。つまり、彼は誰かを蘇らせたのだ。

「……廻り巡ってまた君と出会う事ができた」

「そんな――」

 哲郎が彼女を抱きしめると、敬治の頭の中に声が聞こえてくる。

『男を殺せ』

 それは悪魔の囁きだった。

『倒れている男だ』

 男というのは間違いなく、谷崎一也だ。

「それより聞きたいことがあんだよ……谷崎先輩を……優しかったあの人を狂わせたのはあんたか?」

 哲郎の言った「優しかった」という言葉。それは紛れもなく、彼が谷崎に対して何か行ったことを明示していた。加えて、記憶魔眼の男の話にも谷崎の名前が出ていた。

「先輩を利用してたってことだろ?」

「そうだよ。彼は魔術を創り出した人物の末裔だ。だから、僕は彼の人生の全てを操作した」

 具現魔眼を両目に入れ込まれた少女もまた、その末裔であり、谷崎の妹でもあった。

「……ふざけんな」

 拳を握り締める敬治のその姿に哲郎は彼女の身を自分の背中に持っていく。

「ふざけんなよ!」

 敬治の怒りが哲郎を攻撃しようとする前に、目の前の光景の変化によって敬治は攻撃を止めた。

 口から血反吐を吐き出す柏原哲郎と彼女の後ろにいつの間にか移動している谷崎。

 哲郎の腹は電撃の刃が貫き、氷で塞いでいた傷もまた氷が壊れて開いていた。

「おめでとう。柏原哲郎。君の願いはやっと叶ったわけだ。だが、肝心の彼女に魂は入っていない。ただの人形だ」

「誰だ……?」

 電撃の刃が抜き取られるのと同時に哲郎と彼女は地面に倒れる。哲郎が魂のない人形のような彼女を触ると粉々になって、風に吹かれて全て無くなった。

「俺は魔術を創り出した。神。森羅万象の王。肩書きなんてどうでもいい。ただ、お前がこいつを操作してくれたおかげで俺はここに存在できる。褒美に止めは刺さないでおこう」

 そんな言葉を残して立ち去ろうとする森羅万象の王。

 その足は二歩目で停止した。凍りついた足を見ると、すぐにその周りは炎に包まれ、完全に氷が解けると鎮火した。

『男を殺せ』

 頭の中に響く声。

「そう言えば、もう一つの感情がないな」

 森羅万象の王はそう呟くと、敬治の方を睨みつけた。

「お前か」

 その瞬間、背筋が凍りつくほどの恐怖に襲われた敬治は一瞬で電撃の魔術の光速の能力で逃げようとする。しかし、既に彼の真横には王の存在があった。

「電撃か。だが遅いな」

 王の拳は敬治の腹に命中し、彼の体を背後に存在するビルまで吹っ飛ばした。

 彼の体はガラスを砕き、ビルの中に入ってやっと止まった。

「これで七つの感情は全て揃った。魔力は一滴も奪えなかったがそれは良しとしよう。さて、俺がいない間に科学力がものをいう世界になったようだが、これからは――」

 王は言葉を止めた。自らの中にある感情が生まれたからだ。

 痛みによる恐怖。

 痛みという感覚を久しぶりに味わった王にとってそれは恐怖以外の何物でもなく、だがすぐにその恐怖も引いて、疑問符が残る。

 痛みは腹と背中に集中していた。

「奴が受けた痛みの箇所と一致している」

 先ほど人を殴って吹き飛ばしたビルを見ると、中から立ち上がって外に出てくる敬治の姿があった。

「電撃の反射か? いや、まさか……確かめるか」

 敬治の方に対して右手を突き出す。そこから放たれた電撃は敬治を直撃し、地面に倒れこんだ。

 王に変化はない。勘違いかとその場を去ろうとした時、王の体に電撃が走った。

「厄介だ。俺と刺し違える気か?」

 ゆっくりと立ち上がる敬治は谷崎の外見をした森羅万象の王を睨みつける。

「谷崎先輩の……身体なんだよ、それ。本人に返せよ」

「こいつを狂わせたのはそこに倒れている男だろう? 俺を攻撃するのはお門違いだ。それに俺はもうこの身体を本人に返すことなんてできない。俺にはやる事があるからな」

 王が応じるのと同時に敬治は拳を握り締める。

「やる事って……?」

「俺を封印した者……科学を扱う者全てに対しての復讐だ。俺は七つの感情に分けられ、自らの魔力で封印されてきた。しかし、今、俺の封印はあそこで倒れている男によって解き放たれた」

 敬治がさらに強く拳を握り締めるのと同時に、王の目の前から敬治は姿を消した。そして、真横に現れ、敬治の手によって振るわれた電撃の刃を王は自らの電撃の刃で防いだ。

「人類の全てが復讐相手ってことじゃねえかよ!」

「そうなるな」

 王は電撃の刃の持っていない方の手で炎をつくりだし、敬治に向けて放った。

「当たるはずもないか」

 そう言う王の真横にいたはずの敬治は二十メートルほど離れた場所に存在していた。

「それにしても人が誰もいないのは不審だな」

 スタジアム地域一体には溶岩が噴出した事によって避難がなされていた。

「まあ、地球のどこかには必ず存在する。問題はないな」

 瞬間、また姿を消して背後に現れた敬治は電撃の刃を振るう。しかし、急に吹き荒れる強い風によって彼の体は吹き飛ばされた。

「反射は俺から攻撃しなければいいだけのこと。それにお前の攻撃は俺に当たる事はない。魔術を創り出したのはこの俺だ。だが――俺の知らない魔術も存在するらしいな」

 その言葉を確かに耳にした敬治はそれが弱点になり得ると思い、その弱点が魔眼であると予想した。

 何故なら、魔眼は柏原哲郎が創り出したものなのだから。

 生憎、今この状況で魔眼を持っているのは具現魔眼の少女だけ。加えてその少女は今倒れていて、いつ目を覚ますかも分からない。

 魔眼の能力者が現れるまで時間を稼ぐのと同時に、魔眼の能力者に対してここにいると気づかせるしかない。

 敬治の中には時間を稼ぐには十分すぎるほどの魔力は有り余っていた。

 再度、王の前から姿を消す敬治に、王も自らの姿を消してみせた。

 光速で動く二人のいたちごっこ。

 その中で敬治は激しい電撃を放つ事によって、周囲にその音を轟かせた。

 そして、その男は姿を現す。

「そんなに雷を落として、君はそんなにも怒っているのかね?」

 いつも回りくどい言い方をして、人を悩ませる男。

「まあ怒っても仕方がない状況だとは思うが、私は怒ったところで冷静さを失って寿命を縮めてしまうだけだと考えているのだが、君もそうは思わないか?」

 破壊魔眼を持つ二階堂壱だった。

「いいからあんたは谷崎先輩を狙って! 破壊魔眼で攻撃しろ!」

 その言葉は冗談でも何でもなく、切羽詰った雰囲気が漂ったそれを二階堂は真摯に受け止めた。

「君諸共破壊してしまう可能性があるが、それでも良いというのなら私の性格が崩壊するまで破壊魔眼で攻撃しよう」

「良い!」

 その会話の最中でも光速移動のいたちごっこは続いており、王もその会話を聞いていた。

「本当に当てられるとでも思っているのか? それに、俺があいつをこのまま放っておくはずもない」

 瞬間、王は光速で二階堂の方へと近づき、光速でもってその拳を振るった。

 その速さに二階堂が追いつけるはずもなく、また、自分がいつ誰にどうやって攻撃されたのかも分からぬまま死ぬ、かに思われた。

 人の肉を裂く音が鳴り響く。

 地面と二階堂の服にも飛び散った血。しかしそれは彼の血ではなかった。

「獲物を狙う時が……一番油断する」

 二階堂の目の前に現れた敬治。

 その腹に突き刺さった王の右腕。

 王が残った左腕を振り上げようとしたその時、大量の血を口から吐き出し、王は地面に伏した。

「くそぉおおおおお……」

 その声と共に王の意識も消え去り、同時に敬治も地面に倒れこむ。

 地面に血が伝っていく景色を最後に彼の目も閉じられた。

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