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降雷の魔術師  作者: 刹那END
IV.森羅万象の王篇
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LV. 輪廻

 言葉が出ない。

 状況が全くと言って良いほど理解できない。

 目の前にいるのは彼の知っている、同居している相手のはずであるのに、そんな彼女は今、刃物を落とした真っ赤な手を彼に見せるだけだ。

 呆然と立ち尽くした彼を見る彼女の表情は助けを求めるものから一転し、その眼に涙を浮かべてその場から走り去る。

「待ッ……!?」

 彼女を止めようとするその声は彼の意思によってそれ以上繋がる事はなく、追いかける事もない。

 止めてどうなる。何を話せばいい。

 それが頭に過ぎり彼の行動を静止させた。

 交際相手、ましてや結婚も考えているのであるならば、そんな事も関係なしに本当は追いかけるべきだったのだ。

 そんな彼の耳に静寂な夜を壊す拍手と足音が背後から聞こえた。

「いやぁー実に感動的なドラマじゃあないかぁ? いや、これは単なるコメディかぁ?」

 振り返ると、狂気じみた笑いを浮かべる男が立っていた。

 その眼は猫のように光を発し、瞳にはいくつもの円が刻まれている。

 そう。それは魔術委員会副会長のように。

「愉しい……ホント愉快だぁ。そう思うだろ? かしあばらあ?」

 彼の名前を言いながら両手を空向けて広げる。

「愛ってヤツをボロボロに壊すのがこんなに愉しいなんて想像しちゃあいなかったよ!」

 目の前にいる男の正体が大体、分かってきた。猟奇的殺人を犯していたのは間違いなくこの男。

 それだと先ほどの光景が間違っていたという事となる。

 そう。間違いだ。間違いにできる代物がそこにはある。

「どうやって彼女に……殺しをさせた……?」

 男の表情が固まった。だが、すぐにその笑みを濃いものとする。

「……もう気づいちゃったのかぁ」

「僕への復讐だろう? 彼女は関係ないはずだ」

 男を睨み始めた瞬間にその場の空気が一層、冷たく凍り始める。

「ちょっと待てよ。今ここでやるつもりわあないよ! それよりも君は彼女の心配をした方がいいと思うね。君のせいで警察がここらへんうろついてるから。

 ――――まあ、どうせ()ろうにも殺れないか」

 彼が目の前の相手に対して魔術を行使しようとするが、彼の体は動かない。動かせるのは口だけだった。

「これが君の魔眼の能力……」

「そう。後悔するがいいさぁ。君が創り出してしまった最悪に、君の人生が壊されていくのを。君は黙って見てる事しかあできないよ」

 背を向けて立ち去る男。

 その男の姿が闇に紛れて少し経ってから漸く、体が動くようになる。

 男を追いかけようとも思ったが、今は男の言っていた通り、彼女を探すほうが先決だ。

 動き回っている警察には見つからないように彼女を見つけるために走る。

 そして、彼女が逃げていきそうな場所はここらへんには一つしかないと、また逃げてきた道を辿る。

 警察がいないことを確認しながら入ったのは彼女に会う前にいた、もう一人の友人と会っていた場所。

 廃ビルの中にすばやく入って、見慣れた姿を探す。

 だが、彼の眼が捉えるのは建物の壁ばかりで、誰もそこにはいない。

 期待外れ。否。ここに彼女がいると期待する方がおかしい。

 見知らぬ相手に殺しをさせられ、その現場を婚約相手に見られた彼女の動揺は計り知れない筈だ。

 つまり、今の彼女にはこの廃ビルを見て、思い出の場所などと気づく事もないだろう。

 何も言葉が出せずにただ呆然と突っ立ってしまう。

 するとその時、彼の背中を誰かが押した。

「おじさん。こんなとこで何してるの?」

 まだ声変わりしていないがそんなに幼さは感じられない声が聞こえて振り返ると、彼よりも一回り小さい小学校高学年くらいの年齢の少年がいた。

「……君こそ……なんでこんな時間に……?」

「家出中。ここで寝てたんだけど、さっきなんかいろんな人来てさあ……」

 少年はじっと男の顔を見る。対して、彼は目を逸らした。

「おじさんなんか悪いことしたの? さっき警察に追っかけられてるの見たよ」

「何も悪い事なんてしてないよ……」

 自分は嘘をついている。五千人もの人が消えたのはどう考えても自分に非がある。

 警察に詳しく言うべきか。友人を信用するべきなのか。

 考えたところで結論は出ないのだからと、考えるのをやめて少年の方に目を向ける。

 すると、彼は昨日のことがふと頭を過ぎった。

 上司、魔術委員会副会長の言葉。

 副会長の言う見知らぬ少年というのは目の前の少年であろう。だが何故、「最強になれ」とその少年に言わなければならないのか。

「君、名前は?」

「……斉藤敬治だけど……なんで?」

 “斉藤”。その名字に引っ掛かりを覚える。

 そう。彼は最近、その名字を聞いたのだった。

 魔術委員会会長が彼に対して直接、話してきた話題に斉藤の名前が挙がっていた。

 ただ単に同じ名字で何の関係もないのかもしれないが、副会長が言ったこと。それに何も意味がないとは考えにくい。

 会長が話していた話題は警察の組織に作られる魔術対策の課のこと。

 それは先日の事件に関係なく、前から設置する予定だった。

 その課に所属する予定の男が“斉藤”という人物。

 斉藤という男は電撃の魔術が使えるらしく、また、その能力によって犯人を殺めたこともあったらしい。

 その男が少年の父親だとしたら、少年も電撃の魔術を使える可能性は高い。

 だから、「最強になれ」と言えばいいのか。

「いや、違うな」

 彼は独りでにそう呟いていた。

 電撃の四つ目の性質は最強じゃない。

 彼が確信的にそう言えるのは魔術についての研究、調査を誰よりも重ねてきたから。

「最強を演じ続けろ、少年」

 その言葉を聞いていたのは彼の方を向く少年ともう一人。

 彼はそのもう一人の存在には気づくことなく、自らの身を屋上から投げ出したいほどの自己嫌悪に襲われる。

 自分が今、考えるべきことは魔術の事ではなく、彼女の事なのだ。

 彼はいつだって魔術優先で、だから、彼女の親には結婚に反対される。

 こんな自分は本当におかしいのだろうと思ったその時、少年は言葉を発する。

「何意味わかんないこと言ってんだよ、おじさん」

 その言葉で現実に引き戻されたような感覚に陥った彼は少年とはそれ以上言葉を交わすことはなく、彼女を探そうと廃ビルを離れた。

 そして夜が明け、彼女を見つけるには至らなかった彼は家に帰ってからその知らせを聞く。

 彼女が今朝、遺体で見つかった、と。

 自殺だった。

 頭の中が真っ白になる。

 その後に襲い掛かった喪失感は計り知れない。

 彼は顔をくしゃくしゃにしながら、崩れ落ちた。

 一連の事件に関与していた彼女だったが、魔眼の操作によるものなのか、警察の手が及ぶ事はなく、通夜と告別式が普通どおり、執り行われた。

 通夜には彼の親友であり、彼女の親友でもあった時枝の姿もあり、勿論、彼女の両親の姿もあった。

「あんたのせいだ! あんたのせいで舞は死んだんだ! この人殺し! 人殺し!!」

 彼女の父親は罵声とともに彼の胸倉を掴みかかった。

「なんか言え! この人殺しが!」

 周りが彼女の父親の手を彼から引き離そうとするが、なかなか外れない。

 目の前の鬼の形相で目には涙を浮かべた男を彼はただ、生気のない眼差しで見つめる。

 彼女の父親の手が離れると同時に彼は自らの膝を地面に着き、両手を、さらには頭を着けた。

「誠に……申し訳ございませんでした」

 彼のその姿は火に油を注いでいるだけだった。

 彼女の父親の目にはただ単に彼が自分のせいで娘が死んだと認めているようにしか見えなかった。

「謝れば済むのか!? ふざけるな! 出て行け! 二度と俺の前に現れるな!!」

「……分かりました」

 立ち上がって、その場を去ろうとする彼を追いかける人物はただ一人。

「大丈夫か?」

 そう声を掛けてきた親友に彼は一瞬だけ顔を向けて、すぐに前を向く。

「ああ。君が思っているよりも僕は冷静だよ。僕のせいで彼女は死んでしまった。だから……――――」

 時枝からは彼がどんな表情を浮かべているのか見えなかった。

 そして、これが親友として彼と交わした最期の会話だった。


 ◇


 数日後。

 彼の創り出した魔眼の能力者は彼女が死んでも尚、他の人を操って猟奇的殺人を繰り返し行い、魔術委員会に圧力をかけている。

 彼自身は彼女の死以来、魔術委員会に顔を見せる事もなく行方を眩ましていた。

「いやはやあ……逃げられるとでも思ってる? かしあばらあ?」

 笑みを浮かべる男は彼の背後に無防備な状態で立っていた。

 いや、男は無防備に見えて、そうではない。

 その眼は深夜の点々と道を照らした街灯と引けをとらないくらいの明るさで光っていた。

「君が撒いちゃった種。君がちゃあんと処理しようよ。ね?」

 彼はその挑発に何も答えない。

 その対応に痺れを切らしたのか、男はその鋭い眼光で彼の背中を睨みつける。

「さあ! こっちを向くんだ、かしあばらあ」

 その言葉通り、彼はゆっくりと男の方を向いた。同時に元の笑みを浮かべる。

 男は自分の魔眼の力で彼を操った。そう思い込ませる事が彼の狙いだった。

 強大すぎる力は過信を、油断を生み出す。

「……僕は君の魔眼についてこの世の誰よりも詳しい」

 淡々と語りだそうとする彼を見て、男は笑みを消した。

 自分が絶対的に有利な状況であるにもかかわらず、彼からは何の焦りも感じない。

「魔眼の封じ方も分かってる」

 その瞬間、男は魔眼の能力によって彼の首を彼自身の手で絞めさせようと操作する。だが、何も起こりはしなかった。

「ど、どうなって……!? なんで何も起こらない!?」

 動揺する男の横顔に冷たい風が通り抜ける。

 恐怖心からか自らの足を後ろに退こうとしたが、その足は動かない。

 足元に目を向けると、地面と一緒に凍りついた足が目に入ってきた。

「こ、殺すのか……!?」

 男の質問に彼は首を横に振った。

「殺す訳ないよ……だって、その貴重な眼が駄目になってしまうじゃないか」

 彼は笑みを浮かべた。その笑みはただ、口元を歪めただけの冷酷な雰囲気の笑み。


 ◇


 三年後。

 彼の行方は誰も知らない。

 警察。魔術委員会。

 どんな組織でさえ彼の行方を掴む事はできなかった。

 そんな時に彼の親友である男はある眼を手に入れる。

 警察に属していながらも魔術委員会を出入りできる、魔術対策課に所属した彼の親友は魔術委員会副会長にある取引をもち掛けられた。

 それは彼の居場所を教える代わりに実験台となってもらうこと。

 魔術対策課ができた事によって、魔術委員会内部で行われていた実験について、警察は知っている。だが、それが世間に公表される事はなかった。

 何故なら、実験の成果や過程の一部を除いて全てが何者かによって持ち出されていたからだ。

 そして、その持ち出した人物というのは皆、だいたいの見当が付いている。

 その持ち出されなかった一部が副会長の手によって扱われようとしていた。

 取引に応じた時枝元宏は副会長に教わった彼の居場所を訪ねる。

 そこは都心から離れた山奥にある誰も住んでいない様子のボロ屋だった。

 まず、そこに行き着くまでに道の整えられてない所を上っていかなければならず、相当な時間を費やした。

 中に入ると、本当に人が出入りしていないのかいくつもの蜘蛛の巣が張り巡らされ、蛇でも出るんじゃないかと周りを見回す。

 一瞬、副会長に騙されたと思ったがその疑念はすぐに払拭される。

 普通の人では気づかないほど少しだけ、床の一部分が浮いているのが分かった。

 ゆっくりとその床の一部分を持ち上げてみると、思ったとおり、地下へと続く階段が存在していた。

 音を立てないようにゆっくりとその階段を下りていく。

 二階ぐらいの高さを下りた所で広い空間に着いた。

 いくつもの棚にはぎっしりと綺麗に本が並べられており、奥に進むと机の上に無造作に置かれた書類を見つける。

 誰もいない事を確認しつつ、そっと書類の中の一枚を手に取る。

 書かれていたのはある少年のこと。

『谷崎一也の家系は先祖にあたると確定。また、キューブとの反応も良好』

 そんな箇条書きがずらずらと続き、

『谷崎一也の操作にあたり、両親は消去。また、同少年の記憶に戦場に赴いたと捏造完了を確認』

 時枝は大きく見開いた。

「ど、どういうことだ……!?」

 思わず声を出してしまい、周りを見回したその時、人が目に映り込む。

「ここで何してるんだ、時枝? 人の居場所に……ずかずかと入ってこないでほしいな」

 焦る様子も何もない、淡々としたその態度に時枝は言葉を失う。

「君がここに来ることは分かりきってた。副会長に居場所を教わったってところだね。それと引き換えにその眼をもらった」

 全てが彼によって知られていた。

「時間魔眼は記憶も戻す事も可能だよ。どうする? 僕の記憶を消す?」

「……お、お前は……今、何してる!? 谷崎一也という少年をどうしようって言うんだ!?」

 その質問に彼は少し考えるような素振りを見せた。

「輪廻という言葉がある。それは大きな円のこと。魔術も円によって作られた。十円陣結界。生命の樹。ユグドラシル。いろんな呼び名があるけど、全部同じもの。僕はそれを手に入れる」

「……あいつを蘇らせるとでも言うのか……?」

 彼は口元を歪めてみせた。

「彼女は僕が殺した。だから、僕が――――」

「――ふざけるな! お前を止める! 何としてでも止める!」

「無理だ。僕を止めることは誰にもできない。いたとしてももうこの世にはいない! 僕の生きる道はこれしかない――」

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