LIV. 猟奇的殺人
彼の見た夢はいつにもなく鮮明で、それ故彼に恐怖心を抱かせる結果となる。
家に帰り着いたのが午前五時くらいで、目覚めたのは午後三時。
魔術委員会の方には今日休みを取らせてくれとは電話していた。
だからこんなにもゆっくりとぐっすりと眠る事ができた。
だが、目覚めは最悪。額には汗さえ掻いている。
パジャマから私服に着替えて、お腹が空いたと思い始めた時、机の上に朝彼女が書いていったであろう紙が置かれていた。
鍋の中にカレーが入っているので暖めて食べてくださいとのことだ。
彼女のその字を見ると、何故かほっとする。
紙に書いてあるとおり、カレーを暖めながら、電子レンジでご飯を暖める。
携帯電話を鞄の中から取り出すと、何件か電話が入っていた。それは全て同一人物からのもの。
昔からの友人である幼馴染、時枝からだった。
同時にメールも届いており、その内容は実にシンプルだった。
子供の頃によく訪れていた場所に来てくれとのこと。
しかも今日ではなく、明日。
本当は今日用があったのだろうが、もう午後三時なので明日にでもしたのだろう。
そんな時に明日は日曜だという事に気が付いて、曜日感覚すらなくなっている自分が本当に仕事漬けの日々である事を再認識する。
カレーライスを食べ終えて、テレビを見ようとリモコンを手に取ると同時に、携帯電話のバイブ音がなり始める。ゆっくりとテレビを見て休む時間さえ与えないかのように。
「もしもし」
『おっ! 出た出た』
それは魔術委員会の副会長である福津からだった。
「あの……休みをもらったはずなんですが……?」
『ああ。ごめんね。ちょっと昨日の件で緊急会議があって、君にも出席してほしいんだ。今から本部まで来れるかい?』
電話越しの人物には聞こえない程度のため息を付いた後、彼はそれを了承した。
テレビのリモコンを置いて、スーツに着替えて鞄を持って家を出る。
三十分電車に揺られ、駅から本部へと向かう。着いたのは午後五時ちょうどだった。
すぐ会議室に呼ばれて、彼が席に着くのと同時に話が始まる。
会議に出席している面々は彼よりも遥かに偉い人たちばかりで、彼は自分でも気づいていたが、場違いだった。
「それじゃあ、緊急会議を始めようかのう……」
会長のその言葉と同時に、副会長である福津が話し始める。
「皆知っているかと思いますが、昨日本部横の路地で殺人事件が起きました。犯人は『キリシマナオキヲカイホウシロ』という言葉を残して、逃走中。先の猟奇的殺人との関連性は否めません。今回の被害者も犯人の芸術を押し付けるような形にされていましたから。
問題はどうして、犯人は桐島尚紀を解放したいのか、ですね」
「亡霊の連中っていうのは考えられないのですか?」
一人の男がそう発言したが、会長はその首を横に振る。
「小野原にももう年頃の娘がいるからのう。危ない橋を渡ろうとはせんじゃろう。まあ、奴の指示なしに亡霊の誰かが動いていたのなら話は別じゃが……」
「私は犯人の要求に『桐島尚紀を解放しろ』とだけしか書かれていなかったのが気になります。解放しなければ、この殺人を続けていくのか、それとも他に何かあるのか」
女性の発言に皆それぞれ考え始める。
普通に考えてそれだけしか書かれていなかったら、でなければ殺人を続けるのだろうと思うのだが、魔術委員会にはやましい事が多すぎた。
その復讐であるとも考えられるのだ。
そして、その懸念は現実となって現れる。
一人の男が会議室に血相を変えて入ってきた。
男は息を整える為に数秒を経て、口を開く。
「……犯人からのメッセージが死体と共に見つかりました!」
写真を会議室の机に置いてそれはすぐに会長の元へと持って行かれる。
「今度は白昼堂々とやってくれおったのう……」
人通りの多い交差点で、ビルの屋上から落とされた死体。
落とされたから死んだわけではなく、殺してから屋上から投げた。
そして、その死体に張られた紙にはまたもや血で文字が書かれていた。
『シナケレバイインカイノウラヲモラス』
この写真によって委員会への復讐という事が決定的となった。
「これで警察も本格的に動き出すじゃろう。委員会の裏を暴こうと、じゃ……念を押して言っておくが、警察には何も話すな」
誰もがその発言に頷く中、彼だけはその首を動かす事はなかった。
明日、警察側である時枝は自分に何の話があるというのか。
「それでどうするんですか、会長? 桐島尚紀を解放しなければ、私たちが口を閉ざしても意味がありませんよ?」
「じゃが、解放すればそこまでして委員会は何を隠しているんじゃと非難されるじゃろう。つまり、わしらも犯人を追うしかない。休日返上で明日からわしらも捜査を始めるぞ」
その発言で会議は終了。
明日の時枝との約束をどうしようかと思っていた時、彼は会長に一人残るように言われる。すると、副会長も残って会議室には三人だけとなった。
「まだ完成せんのか?」
「はい。思っていたより時間が掛かりそうです……」
「できるだけ早くな。犯人を捕まえられないようなら、桐島尚紀を解放する事態になるかもしれんからのう……」
首を縦に振る会長はにこりと微笑みながら、肩に手を置いて自らの口元を彼の耳の方に持っていく。
「明日、お前さんにしかできない仕事をしてもらう。断る事は許さぬ」
彼が唾をごくりと飲み込むのと同時に、老人は彼の方に置いていた手を離し、そのまま会議室を去っていった。
残された二人の人物。
彼の目の前の席に座る福津の表情は笑っていた。
「何もそんなに緊張する事はないよ。どうせ君は断ったりしないだろう?」
彼はその発言に何も反応しない。
そんな彼に対して、副会長は言葉を続けた。
「明日。君は誰かと会う約束をしているね。しかもそれは君の幼馴染であり、警察の人間でもある。今回の仕事は君の友人から警察の情報を引き出すというものだ。勿論、あっちも君から情報を引き出そうとしてくるだろうけ――――」
「あいつはそんな事しません!」
福津の言葉を遮って、耐え切れなくなった彼は声を荒げた。
「あいつは……そんなこと絶対にしない性格なんです……いつもまじめで、人に嘘を吐くなんてできない……それに副会長は何故、僕と彼が会う事を知ってるんですか!」
「……君の中に描いている友人と現実の彼は全く違う。人は変わるんだ。今の君のようにね」
副会長の言うとおり、彼は変わってしまった。そして、そんな彼と同じように彼の友人も変わり得るということ。
彼がその事実に唇を噛むと、副会長は彼の質問に答える。
「ああ。それと、僕が何故、君と幼馴染が明日会うと知っていたのか聞きたいんだったね。教えてあげるよ。答えはこれだ」
そう言って副会長の指が指し示したのは自分自身の眼だった。
その眼には円が十二個刻みこまれており、彼はそれを見た瞬間に目を大きく見開く。
「……何故、その眼を……!?」
「別に驚く事でもないよ。君が開発した技術を使わせてもらっただけだ。この魔眼の能力は未来視。とは言っても、この眼で見たとおりになるとは限らないみたいけどね。この眼はただの僕の情報力を基にして誤った選択肢を消して、正解を導き出しているようなものだから」
そうだとしても、副会長は彼と親友が会う事をその眼で当てて見せたのだから、占い師よりもその眼で正しい未来を言い当てる確立は高い。
だが、そんな確立でさえ今の彼にはどうだって良い事だった。
「僕の許可も無しに……勝手に……?」
「許可をもらおうとしても、君はくれないだろう? 君の開発した魔力を人の体から引き剥がしたり、入れたりする技術は君が思っているよりも重要なんだ。これからの魔術のありかたをひっくり返すような発明だよ」
「それを作り出した結果……五千人もの人々を殺した……僕がそれを開発したからだ……そして、これからその技術のせいで犠牲者が出るたびに僕は……!?」
その瞬間、副会長は二人の間に挟まれた机を叩いた。
「開発した技術はその全てが平和的に使われるわけじゃない。それくらい了承の上で君も開発したんだろ? だったら、君には何もできない。君には何の力もないからね。権力も魔術も」
「――魔術なら使えますよ」
彼の周りから冷気が漂い始めるが、副会長は冷静にも彼の事を微笑みながら見るだけだった。
「そんな勇気もないし、得もない。君は大人しく、幼馴染から情報を引き出せばいい。ただの魔術委員会の――駒として」
席を立ち上がる副会長を見る事もできずにただ無力に顔を俯ける事しかできない。
「魔術委員会に疑問を持っているなら、行動に移すにはまだ早すぎる。時期を待つといいよ」
会議室から出る途中、副会長はそっと彼の耳元で呟いた。
その意味が分かるのにそんなに時間は掛からなかった。
「ああ。それと……明日、会う知らない少年には『最強になれ』とでも言っておいてくれるかな?」
◇
翌日。
午後六時くらいに約束を取り付けて、子供の頃に三人でよく遊んでいた廃ビルに出向く予定だ。
取り壊されていないかという心配もあったが、ある事を思い出して、すぐに消え去った。
あの廃ビルには結界が張られている。
その事実は彼の幼馴染のような魔術を扱えない者が、廃ビルの中には入れない事実を表しており、彼は早めにその場所に向かう事にする。
都市の開発とともに廃れていった街並みに相応な廃ビルは相も変わらずその場所に辛うじて建っていた。
幼馴染はその存在にすら気づけないはずである。
自らの手が廃ビルの周りの空気に触れた瞬間にガラスのようなものが砕け散る音が鳴る。
これで待ち合わせをしている警察官にも見えるようになった。
そして、タイミングよくその男は姿を現した。
もう日が沈んで、オレンジ色と暗い青が混じった空を眺めながら、近づいてくるスーツ姿の親友。
「この前の事件の事を聞こうというわけじゃないから、そう身構えるな」
そう言われて初めて自分が身構えていた事を自覚する。
そこまでして無意識のうちに友人を警戒したのかと思うと、そんな自分が嫌になる。
「それにしても、変わらないよな……この廃ビルは……」
廃ビルの周りは何か新しくなったのかというとそうではなく、だが、あの頃の原型を留めて変わらないのはこのビルだけのように思える。
日が沈んできて、一層寒さがその本領を発揮し始めており、直立しているだけだと凍ってしまいそうだ。
「寒ッ……昼だと何か都合でも悪かったの?」
彼がそう尋ねると、少し間が空いてから頷いた。
警察の人間が他人の私有地に自分の友人を入れてもいいのかとも思いながら、そこまでつっこむ事はせずにビルの中へと入っていく。
こんな場所で話を聞くのだから、絶対に誰かに聞かれてはならない事を質問するつもりなのだろう。
そして、夜という時間帯を選んだのにも先ほどの間の空け方からして何かしらの理由があるらしい。
少し広い空間に出た所で立ち止まり、親友は口を開く。
「今日ここにお前を呼んだのはお前の言う、“退く事ができなくなる事実”を聞きたいからだ」
「事件の事じゃないなら何でも聞いていいってわけ……? そんなはずない。そこまで口は軽くないよ。それにもう見当はついてるんだろ?」
「俺が上から聞いたのはお前に銃を突きつけなければならないほどのことだった……だから、俺はお前のその口から事実を聞くまで、お前を信用したいだけだ」
その瞬間、自らの内ポケットの中から銃を取り出して、それを彼に向ける。
「お前ら魔術委員会は人体実験をしていたのか……?」
彼は答えることなく、親友を見つめる。
「その人体実験の結果が……今回の事件にも関連していると言っても答えないのか……?」
ただ、黙ったまま。
「あの五千人を消した引き金になっていたとしてもか……?」
ただ、親友を睨みつける。
だが一瞬、彼はその眼を右に動かした。
それにつられて親友がその方向を向いた時、彼は一気に間合いを詰めて、その手に握られた銃を自らの魔術で凍らせる。
「君が僕をこんなにも信用してないなんて……思わなかった」
彼が親友の横を走り去る直前、親友はそんな発言が聞こえたような気がした。
「追え!」
親友の声ではない警察官の声が鳴り響くのと同時に次々と警察官が暗い物陰から姿を現し、彼の事を追いかける。
そして、ビルを出て子供の頃によく通っていたすぐ近くの狭い路地に逃げこんだ彼は目の前に思いもよらぬ光景が映る。
グチャリと人の腹の中から臓物を引き出そうとする一人の女性。
それは近頃起きている連続猟奇殺人事件の犯人に違いは無いだろう。
だが、問題はその犯人の姿にあった。
そう。彼はその姿を何度も目にしたことがある。
いや、これからもずっと一緒にいるはずであった彼女。
彼の存在に気づいた彼女が彼の方向を見ると、その顔を微笑ませる。
「……見つかっちゃった」
その発言の瞬間、ガクンと彼女の体が上下に揺れ、その手に握られた臓物と、刃物と紅い血を眺め、刃物と臓物を地面に落とした。
「たっくん……私……また人……殺しちゃった……どうしよう……?」