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降雷の魔術師  作者: 刹那END
IV.森羅万象の王篇
52/57

LII. 溶岩の魔術師

「谷崎の体がもつ……?」

 何かを知っている。何かを隠している。

 目の前の不気味な男は敵か味方か。

「あれれー? 知っていると思っていたんだけどネェ。

 七つのキューブには大量の魔力が入ってる。それを全部自分の体内に入れちゃったってことはそもそも体が耐え切れるはずがないんだヨォ。一秒でさえ無理なんじゃない? それでも耐えられたってことはー彼の体が異常だということなんだヨォ」

 男は不気味な笑みを浮かべながら、愉しそうに呟く。

「さて、この戦況を僕が荒らしてあげようかぁ……?」


 ◇


「なんで、こう谷崎の元には魔眼が沢山いるんだ!?」

 銀縁の眼鏡を掛けた制服姿の男がそう叫ぶのと同時に、目の前の黒いマントにフードを被った人物がその目を叫ぶ男に向けた。

「さあて。なんででしょーか!」

 睨みつけるその眼に浮かぶのは複数の円。

「部長!」

 その声と同時に眼鏡の男の体は横に吹き飛び、その男のいた地面は水が沸騰するようにぶくぶくと泡を吹き始め、最終的には溶け出した。

「げっ!? 部長! 僕が助けなかったらこんな風に溶け出してたんっすよ! もうちょっと感謝してほしい!」

「感謝するのはこの子を倒した後でもいいのかな……石川……?」

 風の魔術によって吹き飛ばされた東坂高校魔術部部長、藤井亮は余裕のなさそうな表情で自らの態勢を整えながら、銀縁眼鏡を指で上げる。そして、スキンヘッドの後輩ではなく、黒いマントとフードをした人物に目を向ける。

(人を見ただけで魔術が発動するこの眼……やっぱり厄介……)

 溶け出した芝の地面とそれの元凶を交互に見る。

()られる前に殺るしかない……!)

 そう決意した瞬間に、顔の良く見えない人物は口を開いた。

「あんたたちがあたしを倒す? そんなの一生かかってもできないわ!」

 その人物は女性の声だった。

「なんでって聞きたそうな顔してるわね。そんなの決まってるじゃないの。あたしの魔眼の能力が強いからよ!」

 女は偉そうに胸を張りながら、そう言い切ったが、それを聞いた藤井は笑い出す。

「いや。君の言ってることはズレてる。どんなに最強の能力でも時と場合のよっては最弱の能力に負けることだってあり得る。戦いってのは最初から勝ち負けが決定してるわけじゃないんだよ。勝ちって言うのは自分で掴み取るものだ!」

「……ナニ説教垂れちゃってるの? ちょっと臭過ぎるんだけど……まあ、そんな口もすぐに利けなくしたげる!」

 自らの魔眼で藤井を見ようとした彼女だった。しかし、彼女の目が彼を捉える前に、彼女の体は目に見えない空からの重圧に押し潰されそうになった。

「な、なによコレ!?」

 地面に倒れそうになるのを必死にこらえる彼女。

「君に圧し掛かってるのはただの空気。君はただの空気に押しつぶされそうになってるってことだ」

「……会長と同じ能力!? そんな奴がいるなんて一言も聞かされてない!」

 その瞬間、彼女に襲い掛かる重圧は一層強いものへと変わり、彼女は地面に突っ伏した状態になった。

「虫けらみたいに潰されて終わる人生……そんな最悪な人生で残念だったね……」

 自らの眼鏡に哀れに映る黒い存在を殺そうと重圧を最大限にする。

 だが、その瞬間、藤井は右側から自らの顔に迫る拳に気づいた。

 彼女に対して使おうとした魔術をそのまま、拳を振るおうとする者に行使しようとした時、それよりも先に誰のかもわからない拳は彼の顔面に直撃した。

 眼鏡が宙を舞う。そのまま地面に倒れるかに思われた藤井はその一歩手前で静止した。

 唇が切れて、その血を白い制服に垂らす。

(眼鏡……どこいった……?)

「部長! お、お前ェ! いつの間に僕たちの傍に来た!?」

 石川が叫ぶのと同時にバリバリと何かが壊れる音がする。

 それは藤井を殴った、彼女と同様の黒いマントとフードをした大男が地面に落ちた眼鏡を踏み潰した音だった。

「俺は単に加速して現れただけ。そんなに驚く事でもない」

「お……遅い……来るの遅すぎ!」

 力尽きたように地面に倒れている彼女がそんな声を出すのと同時に、彼女の体は男によって持ち上げられる。

「早く立て。ただでさえ人数が少ない。これではあの人の邪魔する奴を迅速に排除できない」

「わ、分かってるわよ!」

 ジタバタと動いて大男に足を地面に着かせる。

「お前はハゲ頭をやれ。この男は俺がやる」

「偉そうに指図なんてしないで! あたしはあたしのやりたいように……――」

 彼女はその続きを紡ぐ事ができなかった。大男の目が彼女を睨みつけていたからだ。

「お前はハゲをやれ」

「……わ、分かったわ」

 しぶしぶ頷いた彼女が石川と対峙すると、石川は彼女ではなく、彼女の背後にいる大男の方を睨みつけていた。

「おい。あいつ俺のことハゲっつったか……」

「……ナニよ。どう見てもハゲじゃない?」

「チッ……分かってねえな。これはスキンヘッドって言うんだよ……! Notrado(ノットレイド)

 Arai(アライ)を唱えるのと同時に石川の両手から形成される竜巻は彼女の方へと伸びていく。

 だがしかし、その竜巻は彼女には当たらず、彼女を通り過ぎて、背後にいる男の方にまで伸びていった。

「まずはお前からだ!」

 石川がそう叫ぶと大男の姿が彼の視界から消える。

 竜巻が当たって吹き飛ばされたかに思われたが、石川の中に何か違和感が残る。

 その瞬間、石川の頭は背後から誰かに掴まれるのと同時に、炎上した。

「魔術だけに頼ると、こうなる」

「石川!?」

 倒れる石川の影だけが確認できた藤井が叫ぶ。

 その声を聞いた大男はすぐさま、藤井の元へと戻って石川を炎上させた手のひらでその顔を掴み取る。そして、そのまま藤井の体を持ち上げた。

 頭がかち割れそうな痛みを覚えて必死に男の腕を掴んで抵抗するが放してはくれない。

「痛いか。怖いか。だがその感触も感情も無くなる。俺も味わった事がある。それが死だ」

 偉そうに語りだす男を睨む気力すら奪われていく。

(ああ……知ってる……これが死だってことぐらい……前に味わったから……)

 去年、谷崎によってつけられた腹の傷。それは彼を死の瀬戸際まで追いやった。

「終わりだ。名も知らぬ魔術師」

 自分も石川と同様に燃やされるのかと思っていた藤井だったが、大男はその寸前で足元を見てすぐさま、他の場所に飛び移った。

 男の手から放り投げだされる藤井は芝の地面に叩きつけられ、そのまま気を失った。

「お前か。これをやったのは?」

 さっきまで大男のいた地面はぐつぐつと炎を上げて溶け出していた。

 大男が黒いマントを着た彼女の方に目を向けるが、彼女は大きく首を左右に振った。

「なら誰が――」

 そう言って大男が目にしたのはゆっくりと近づいてくる中学生くらいの低い身長の少年。

 その顔はどこか誰かと似ているように見える。

「お前か」

「強そーだな。体もでかいし。じいちゃんとはまた違う感じの強さの奴と戦ってみたかったんだよなー」

 制服姿の少年は何の恐れもなく、近づいていく。

「さっきの黒マントの奴はそこまで強くなかったし、お前にもあんまり期待はしてないんだけど……」

「……一人倒したというわけか。お前何者だ」

 大男は目の前の少年に尋ねている様子もなく、ただひとりでに呟いているように見えた。そして、少年も同様に男と会話しようとはしていない。

 そう。二人とも語る必要などない。ただ、相手より自分が強いかどうかを確かめられればそれでいい。 静止する二人をただ見つめる黒いマントとフードを被った魔眼の少女。

 二人の内のどちらかが動いた時点で戦いは始まる。

 その瞬間、地震にも似た地響きがその場にいた全員だけでなく、世界中を襲う。

 それを皮切りに二人の人物は動きを見せた。

Gammaガンマ

 Araiが唱えられたその瞬間、彼らの目の前の地面が溶け出し、その穴から溶岩が飛び出してくる。

 それによって遮られた二人の人物。大男の方はすぐに左に走り出す。

「マグマで決まりか……なるほど。お前の正体が見えてきた」

 溶岩で見えなかった少年の姿をやっと捉えた大男は自らの脚力と魔術を使って加速する。

 だが、大男も少年に迂闊に近づく事はせずに、大回りして少年の背後に向かう。

 速さは光速ほどもない。目で十分に追う事ができる。

 大男の通った後から噴出していく溶岩は遂に彼に追いついた。

 そのまま彼はマグマに呑み込まれると思いきや、急に方向を転換し、少年に向けて突っ込んだ。

「終わりだ」

「どっちが?」

 大男が目の前に迫る前に少年と大男の間にまたもや溶岩の壁を作り出す。

 これで大男は目の前からは近づけなくなったと少年も高をくくって溶岩の壁の周囲のみに警戒を向けていた。

 だが、脅威は彼の目の届いていない所から現れる。

 少年に落ちる大きな影。

(上から――!?)

 すぐさま、上を向こうとした彼の顔面に大男の拳が直撃し、十メートルほど先にまで彼の体を吹っ飛ばした。

 その拳は明らかに普通の人が振るう拳よりも速く、加速されていた。

 紅炎の魔術師とは異なる炎の魔術の使い方。

 炎で直に敵を傷つけるのではなく、あくまでも炎を補助にして自らの拳で敵を倒す。

 少年の祖父、魔術委員会会長とは全く違った戦い方。

 つまり、彼自身戦った事のない相手。だから、彼は戦いを挑んだ。

 いつも比べられるのは祖父。

 魔術委員会会長の孫なのだから当たり前だ、と言われ続けてきた。

 強くて当たり前。

 だが、いつも祖父は微笑んだ。

『次郎、お前さんは強くなくてもいい。じいちゃんが次郎のヒーロー。だから、大丈夫じゃ』

 彼は今、額と口から血を垂れ流し、緑の地面に突っ伏していた。

「魔術委員会の会長の孫……溶岩の魔術師。この程度か。委員会もこんな奴が五人の魔術師のうちの一人とは落ちぶれた」

 起き上がろうと手に力を入れる少年だったが、大男は自らの足で彼の背中を押さえつける。

「不出来な孫であの老人もさぞ悲しんでいる事だろう」

 少年は拳を握り締め、自らの目に涙を溢れさせる。

 彼は悔しかった。言い返せない自分が。

(じいちゃん……)


 ◇


「このまま俺を動かさない気か、会長さんよぉ!?」

 未だに魔術委員会会長の魔術によって地面に押しつぶされたままの状態の桐島尚紀が尋ねると、老人は首を縦に振る。

「そりゃあ。お前さん強いからのう」

「後悔しろとか言ってたくせになぁ……会長さんよぉ。あんた力を温存でもしてんじゃねえのか?」

「さあ? どうじゃろうな……」

 全く桐島とは戦う気がない様子を見せる老人の姿を見る事もできぬまま、その口を歪める。

「これで抑えられたつもりかぁ? 舐められたもんだよなぁ、ホント」

 桐島尚紀から放たれる黒い電撃。

 それは突っ立ったままの老人めがけて襲い掛かり、だがしかし、老人もそれを避ける。

「眼で捉えなくとも使えるということを示したかったのかのう?」

「ああ。それともう一つ」

 次の瞬間、ビキビキと何かが軋んで崩れていくような音を立てながら、桐島尚紀は空気の重みから立ち上がろうとする。

 そして、その眼が老人の脚を捉えた瞬間、その右脚の膝から下が黒い炎に包まれ灰となる。

 唐突の出来事にバランスを崩して倒れ込みそうになる老人に、自らの背中に圧し掛かっていた重みが和らいだ桐島が迫る。

「その首もらったぁああああ!!」

 だが、老人もそう簡単にはやられない。

 迫る桐島を自らの最大限の魔術を使って、後方に吹っ飛ばした。

 無理やりに重みに抗おうとしたので体中に亀裂が走っていた。その為か桐島は大人しく吹っ飛ばされた。

「餓鬼が……もっと老人の体を労われい……!」

 周りに目を向ける会長。桐島尚紀の姿はない。

 代わりにその目は敵によって殺されそうになっている孫を捉えた。

「……次郎!? あのままじゃ……!」

 孫の名前を呼ぶ、地面に倒れた自分には片脚は無い。魔術で飛べば間に合う。

 迷いは無く、決断も早い。

 空気の魔術で自分の体を浮かし、孫の元へと飛ぶ。

 自らの右手に凝縮した空気を大男に当て、その巨体を桐島同様に吹き飛ばす。

「次郎! 大丈夫か! 次郎!」

「……じいちゃん」

「おお! まだ生きておる! けど、顔がぐしゃぐしゃじゃあ」

 うつ伏せの状態から膝立ちになる。

「大丈夫……じいちゃんは――脚が……」

 目を大きく見開く孫の顔を見ながら、安心させるように微笑む。

「大丈夫じゃよ……じいちゃんは次郎のヒーローなんじゃから……」

「駄目だよ、じいちゃん……それじゃ駄目なんだ……俺は――」

 その先を少年が呟こうとした瞬間、老人の皮膚が爆発し血が溢れ出てきた。

 返り血を浴びた少年の前で倒れる老人。

 その姿をただ呆然と見る事しかできない少年。

(何が……――?)

 老人の倒れたその背後には黒いマントとフードを被った魔眼の女がいた。

「じい……ちゃん……?」

 剥げた皮膚から溢れ出る紅い液体は止まらない。

「次郎……お前さんは優しい……だから……わしより弱い。じゃが……いつかそれが本当の意味での……強さに変わる……その時が今じゃ……」

 血だらけの手を涙の垂れる孫の頬に近づける。

「手帳に……仕掛けてある……結界を発動する……委員会の者たちは守られる……じゃから、溶岩の魔術師……思いっきり……――」

 頬にあった老人の手が地面に落ちそうになるのを少年は掴んで、自らの頬に持って行く。

 溶岩の魔術師と祖父に呼ばれたのはこれが初めてで、祖父に初めて認められた気がする。

「じいちゃん……! 返事してくれ! じいちゃん!」

 閉じられた祖父の目と周りに広がる血の量が死を物語っていた。

「そんな! 俺を助けなきゃ……こんな事には!」

「や、やった! あたしが委員会の会長倒しちゃった! これってすごくない! ひゃっほー!」

 飛び跳ねながら喜ぶ彼女に対して、黙り込む少年。

 掴んでいた祖父の手をそっと祖父の胸に置いて、彼は立ち上がる。

「……何? あんたもやる気? おじいちゃんみたいにされたいの?」

 自分の血と祖父の血の混じった顔を白い制服で拭う。

「されない……だって俺は――――溶岩の魔術師だから!」

 その瞬間、場内の地面からは溶岩が溢れ出した。

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