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降雷の魔術師  作者: 刹那END
IV.森羅万象の王篇
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L. 森羅万象の王

「奴は森羅万象の王になった。何もかも谷崎の思い通りじゃ」

 淡々と結果を告げる老人には不審な点がある。

 それを知っていて、何故、止めなかったのかということ。

 簡単にキューブを奪われないようにする方法などいくつでもあった筈。

「会長さんよぉ。あんた、他にもまだなんか知ってるだろ?」

「何も知らんよ。ただ、考えれば誰でもわかる事じゃ。大量の魔力が納められたキューブを七つも自分の身に入れたら、数分も持つわけが無い、と。神は世界を七日かけて創り上げたと言われておる。つまりはじゃ。その数分で変えられるほど、世界は単純じゃない」

「そうかよ……まあ、俺にとっちゃあどうでもいいことなんだけどなぁ!?」

 一つの円を刻んだ眼が老人を睨みつけるのと同時に、桐島尚紀の体は空気によって押しつぶされた。

「だから言うたはずじゃ。後悔しろ、と――――」

 地面に伏した自分を見下ろす老人に対して、桐島尚紀は笑って見せた。


 ◇


 目の前で起こった事に目を疑いながらも、敬治はそれを受け入れる。

 何故なら、既にその事は悪魔から聞かされていたから。

「俺を止められなかったな、敬治」

「ですね……あなたを止める事はできなかった。けど、少しは抵抗できたつもりだ」

 訝しげな表情で谷崎が敬治を見るのと、谷崎は自らの膝を着いた。

「――――ッ!? どういうことだ……?」

「あんたの奪った二つのキューブのうちの一つ。その一個には四分の一の魔力しか入ってない。残りの四分の三は俺の中だ!」

 その瞬間、敬治の周りに大量に電撃が放たれる。

 それは誰もが見たことのないような激しい雷の塊だった。

「流石……降雷の魔術師だ……」

「来いよ……来ないならこっちからやってやる」

 強気の姿勢を見せる目の前の雷の体現者。

 だが、敬治は今の状況で谷崎より優位に立ったわけではなかった。

 ゆっくりと地に足を着けて立ち上がる谷崎は、嘲笑うような笑顔を見せる。

「もう遅いよ。変革はもう始まってる……俺が――世界を変える」

 瞬間、目の前にいたはずの敬治は姿を消し、いなくなったと思ったらすぐにその姿を現す。

 攻撃しようと、谷崎に光速で近づいた敬治だったが、谷崎の周りに展開された十円陣結界――生命の樹に阻まれる。

「お前の電撃でもこの結界は壊せないだろ?」

 見えない壁との間で電撃を吐き散らす。

 このままやってもただ魔力を消耗するだけだと理解した敬治は一回、谷崎と距離を置く。

(考えろ……この結界を壊す方法……考えろ……)

 そんな時に頭に浮かんだのは破壊魔眼という目を持った男。

 そして、その男は谷崎に人質として捕らえられ、今日ここにもちゃんと連れて来られていた。

 すぐにその人物の所に向かうと、男はただ拘束されているのみで、その横には三人の人質もいた。

「敬治……」

 彼の名前を呟いたのは人質の中にいた警察の男。

 対して彼は無視を決め込む事にしたらしく、警察の二人は無視して、男と女子高生の方だけを向く。

「ちょっと……無視はないだろう? “親”に向かって……まだ、あの時の事を根に持ってるのか?」

「うるさい! あんたとの話は後回しだ!」

 そう言い切る彼の様子を終始見ていた破壊魔眼を持った男、二階堂壱は口を開く。

「君もそのような態度で親に接するとは親不孝者のようだ。私も親不孝者ではないかと言われれば、そうとも言えなくはない。学生の頃には親に――」

「あーあー! もう話はいいから! 破壊魔眼であの結界壊せる?」

 敬治の質問に二階堂は即答する。

「できない。何故なら、今の私は魔力を封じられている。つまりは魔眼が使えずに、結界を壊す事も不可能と言うわけだ」

(……なら、もう壊す手段は……)

 諦めかけたその時、谷崎の人質である警察の男が口を開いた。

「あいつなら壊せるかもしれないな……」

「あいつ……?」

 自らの父親の方を見るのと同時に、父親はその名前を呟いた。


 ◇


 集結していた四人の魔術師たちはそれぞれが谷崎の仲間と思われる人物と相対し、魔術での戦闘を繰り広げる中、邑久清次は谷崎の仲間を見ることなく、一人の男を凝視し、近づいていた。

(自分は俺の敵や……)

 心中でそう呟きながら、自らの眼を光らせる邑久だったが、その行動はもう一人の目を光らせた人物によって止められる。

「なんや? なんで自分が止め入んねん、時枝。また飛ばしたろか?」

「……お前は彼と会って何をするつもりだ?」

 時枝の質問に邑久は面倒くさそうに口を開く。

「自分はようわかっとるはずやで? そこにおる男の価値」

 彼の指差した方向にはスーツ姿の会社員が一人いた。

 そして、その言葉を聞いた瞬間、無表情だった時枝の顔が目の前の男に怒りを向ける表情へと変わる。

 そんな男を目の前にしている邑久はため息を吐きながら、呆れるように口を開いた。

「自分、止める相手間違えとるで。自分が止めなあかんのは――――いや、やっぱ言うんはやめとこか?」

 笑みを浮かべる邑久は時枝に背を向けて、手を振りながらその場を去っていこうとする。

「まあ、せいぜい頑張りやー。俺はその男の目ェ覚めるまでそこらへんで見物しとくわ」

 時枝は小さくなっていくその背中を止める事はなく、後ろにいる人物に目を向ける。

 その男は何がどうなっているのか分からないような困惑した様子で突っ立っていた。


 ◇


 谷崎が現れる数十分前。

 スーツ姿の場違いな感じの格好でドームに姿を現した今年三十歳になったばかりの男、柏原(かしわばら)哲郎(たくろう)

 先日、愛沙を殺そうとした人物、自らの欠如した記憶を取り戻させようとした人物に会った哲郎だったが、彼はその男の目を見る事無く、記憶を取り戻すにも至らなかった。

 まず、男の言う事がおかしかったのだ。記憶を失くしているなんて信用ができない。

 指定された席に着いて試合が始まるのを待つ哲郎は隣に座っていた男を見て、思わず立ち上がる。

「なんでまた……!?」

「偶然ですヨォ。さあ、座って座って。他のお客様に迷惑ですヨォ?」

 そこには記憶を呼び覚ましたり、封じたりできる魔眼を持った信用のできない男がいた。

 男の言葉に従って、自らの席に着く。

「……記憶を取り戻す話は断ったはずだ」

「いやぁ。断られたからといって、はいそうですかって諦める。そういうわけにもいかないんだよネェ……」

 男がそう言いながら笑みを浮かべるのと同時に、ドームに谷崎が現れた。

 すぐに人々が避難し始めようとして、哲郎も同じように避難しようとしたのだが、隣の男によって、出口とは逆に観客席の階段の一番下まで追いやられる。

「ダメだヨォ。君が逃げたら、多分、役者が一人いなくなっちゃうことになるんだからぁ。君は必要なはずだヨォ」

 すると、哲郎はそのまま緑の芝の上に落とされ、地面と激突した腰をさすりながら観客席の方を見上げるが、男の姿はもうなかった。

(なんなんだ……あの男は……)

 ため息を吐きながらゆっくりと立ち上がる哲郎。

 しかし、哲郎と同様に芝の上に降りてきた人々は哲郎のように悠長ではない。

 自分だけ状況も理解できずに足を突っ込んでしまったようだった。

 そして、谷崎によって展開される十円陣結界に圧倒されながら、ぽかんとその場所に突っ立っていた。

 頭を掻きながら帰ろうかとも思い始めた時、目の前にいつの間にか制服を着た女子高生がいた。

「愛沙!」

「タクロー! 確か結界壊せるよね?」

「え……君の言ってることが正しかったら、そうなんだろうけど……急になんで?」

 哲郎のその言葉を聞くと、山田愛沙はすぐに彼の手をとって、谷崎の方へと走る。

「ちょ! なに!?」

「タクローのその能力が必要! 会社でも全然役に立ってないんだから、こんな時ぐらい役に立たないと!」

 反論しようとする哲郎だったが、彼女が急に足を止めた事でそのタイミングを見失ってしまう。

 彼女が立ち止まった訳、それは目の前に立ちふさがる男が原因だった。

 不気味に光る男の眼はいくつかの円が刻まれており、彼女の様子は明らかにおかしかった。

「……愛沙?」

「ここから先へは行かせない――――といったところで聞こえてはいないか」

(……どういうこと……?)

 疑問に思いながら彼女を守る為に彼女の目の前に立とうとする哲郎。

 しかし、その行動は彼の見知っている男によって止められる。

「やめておけ。彼女と同じ状態になるだけだ」

 そう言う男は高校生くらいの年齢で、哲郎が入院した際にその怪我を治してくれた人物であった。

「時枝……何故お前が邪魔する?」

「俺はお前のような魔眼封じと呼ばれた者が谷崎側についている方が疑問だが?」

 時枝の言葉を聞いた男は鼻で笑う。

「魔眼封じ? 違うね。お前が思ってるほど俺の能力は単純じゃないんだよ――」

 その瞬間、時枝も愛沙と同様にその場で固まった。

 するとその瞬間、男は固まった二人の方に近づいて、自らのポケットの中からバタフライナイフを取り出す。

「……何する気だよ……!?」

 目を大きく見開く哲郎の予想通りの行動を男は取り始める。

「何って勿論」

 男は手に握ったナイフで持って、愛沙の腹を制服の上から傷つける。

「俺の趣味を始めるだけだ」

「やめろ!」

 哲郎がその声を発するとともに男のナイフの持った腕を掴む。

 その瞬間、哲郎は男の睨みつける眼を見てしまった。

 しかし、哲郎の身に何かが起きることはなかった。

「どういうことだ……?」

 自分の魔眼が効かないことに驚愕している男は隙だらけで、哲郎は男の手からナイフを取り上げる。

 そのナイフには愛沙の血が付着している。

 愛沙は腹を刺されたにもかかわらず、何も反応を見せてはいない。

 それが気がかりでならなかった。

「おい……返せよ俺のナイフ! クソ! なんでお前にだけ効かないんだよ!」

 哲郎からナイフを奪い返そうと手を伸ばす男だったが、哲郎も簡単には返さない。そのまま愛沙と離れるように男を誘導していた。

 しかし、男は自らの口を大きく歪めた。

「なーんちゃって」

 そう言いながら、男は哲郎との間合いを一気に詰め、隠し持っていたナイフで哲郎の腹を刺した。

「ナニ? もう一本持ってないとでも思ってたの? 馬鹿だなぁ。俺の魔眼が効かないのはよく分からないけど、別にそれだけだったら全然怖くないね」

 自らの腹から生えたナイフは目の前の男の手によって握られており、ゆっくりとそれは抜き取られる。

 白いシャツに紅い色が段々と滲んでいく。

 それは銃で撃たれたときの死の感覚に似ていた。

 激痛。

 腹痛どころの騒ぎじゃない。

 腸が腹の中でぐちゃぐちゃにされたような激しい痛み。

 自分と同様に腹部を刺されたはずの愛沙はこんな痛みでも平気そうに突っ立っている。

(どうして……?)

 腹を押さえながら地面に膝を着いて、そのままうつ伏せに倒れこむ哲郎。

「痛い? 残念。俺の魔眼が効いてれば、その痛みも無しで済んだのに」

「どういう……こと……」

 地面に這いつくばった哲郎を男は見下す。

「俺の魔眼は無覚。全ての知覚と感覚を奪う能力」

(だったら、愛沙は……痛みを感じていないだけ……? じゃあ、彼女は……!?)

 目を大きく見開く哲郎の表情から男は彼が事の重大さに気づいたと察する。

「そう。ただ、痛みを奪っただけ。だから、ショック死はないけど、大量出血とかで死ぬ事はありえる。さて、何分経ったか? 彼女が刺されてから」

 哲郎から離れて突っ立ったままの愛沙の方へと向かう男。

「や……めろ……」

「そこで見てるといい。悲鳴も上げずにこの子が絶命する姿を」

 一歩また一歩と愛沙に近づいていく男。

(僕はまた……見ているだけなのか……?)

 地面を這って移動しようとする。が、男には到底追いつけない。

 すると、そこにまたその男は姿を現した。

「コンニチワァ。お困りのようですネェ」

 地面に這いつくばった彼の目の前で記憶を引き出したり、閉じたりする魔眼を持つ男は笑みを浮かべる。

「彼女。助けたいですか? 助けたいでしょうネェ? 時間もないようですし、早く決断したらどうですか? 記憶を取り戻せば、彼女を助けられる力も蘇るでしょうしィー」

(愛沙を……助けられる……?)

「……僕は……愛沙を助けたい……」

「だったら、僕の眼をじっと見てごらん。そしたら、すぐに思い出す……――」

 円が八つ刻まれた眼を見ながら、哲郎は――――。

 その瞬間、愛沙に向けてナイフを振り下ろそうとしていた男の行動がナイフが彼女の制服に刺さる直前で停止する。

 男からは白い煙のようなものが立ち上がる。

 男は冷凍された魚のように凍りついていた。

 彼の心臓が停止した為か、突っ立ったまま動かなかった愛沙と時枝の二人はそれぞれ動き出す。

 愛沙は自らの腹部の痛みで地面に膝を着き、時枝は愛沙の目の前で凍ったように固まった人物を見て大きく目を見開く。

(――まさか!?)

 そう思って時枝が振り向こうとした瞬間、彼の眼の中の水分が凍りついた。

「……これで魔眼は使えない」

 そう呟きながら哲郎は愛沙の元へと向かう。

 腹の傷からはもう出血はしていないようだった。

「タクロー……?」

 目の前にまで来たスーツ姿の男を見上げながら、愛沙がそう呟くのと同時に、男の右手には氷の刃が形成される。

「愛沙……僕は君を――殺さなきゃいけない」


 ◇


「柏原哲郎」

 敬治の父親がその名を呟く。

 敬治はその人物を探そうと父親に背を向けようとしたのだが、彼の父親は付け加えた。

「だけど……気をつけろ、敬治。彼は敵かもしれないし、味方かもしれない。そんな不安定な存在なんだ」

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