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降雷の魔術師  作者: 刹那END
IV.森羅万象の王篇
49/57

α―XXXVII. 生命の樹

 憎い。

 あいつは人を魔術で傷つけたんだ。

 憎い。

 裁かれるべき人間だ――――


 ――――けど、俺に裁く権利なんてあるのか?


 闇は答えることなく、眼球はただじっと敬治を見るのみだった。

 魔力によって全ての傷を治した邑久は悪魔(ルシファー)に呑み込まれる事なく、自分を保ったまま目の前の怪物を見る。

「なんや。何も驚かへんのかいな。つまらんなァ」

 さっきまでは虫の息だったが、すっかりいつもどおりの口調に戻っている。そして、二人で会話する時間など必要ないとばかりに目の前にいた敬治が消え去り、右側に現れた。

 振るわれる電撃を纏った右手には先ほど千切られた邑久の左腕が握られている。

 それを邑久の顔に向かって投げると、その左腕が目隠しの役目を果たし、敬治の右手が邑久の腹を貫く。はずだった。

 邑久は自らの魔眼で左腕を次元の穴へと引きずり込もうとする。だがしかし、その左腕に纏わりついた電撃がその次元の穴を破壊した。

 このまま大人しく敬治の攻撃を受けるわけにはいかない邑久はキューブの魔力を使って、自らの魔眼の力の底上げをする。

 そのおかげで、敬治の右手を遮るように次元の穴を作り出すのと同時に、自らの後方の柱の方にも次元の穴を開けて、自分の身をその中に投じた。

 敬治が右手の前の次元の穴を破壊し、その勢いのまま柱をも破壊するが、そこには邑久も次元の穴も存在していなかった。

 いつどこから邑久が現れて攻撃してきてもおかしくない状況。

 電撃を纏った敬治の身は攻撃されても安全なはずだが、それは魔術的な攻撃での話。

 つまり、邑久が出した結論は――

 敬治の纏った電撃が届かないギリギリのラインから、小さな次元の穴を開けて、そこからマシンガンの銃口と狙いを定める為の視界を確保できるだけ、次元の穴を広げる。

 ――光速で回避されても一発くらいは当てる事のできそうな近距離からの物理的攻撃だった。

 光速で避けられそうな敬治の後頭部に狙いを定めるのではなく、あえてその胴体に標準を置く。

 引き金を引いた瞬間、無数の弾丸が敬治に向かって飛び出した。

 しかし、敬治にとって電撃に触れた弾丸の数は無数ではなく完全に把握できており、同時に光速を発動したとしても、何発かの銃弾を受けるのをその赤い眼は瞬時に見抜く。

 光速で避けても怪我を負うというのなら、相手を道連れにしてやる。その獣の考えは敬治の体を左右に動かすのではなく、弾丸の飛んでくる方向の背後へと突き動かした。

 背後へと光速移動し、避けるよりも沢山の弾丸を受ける事になろうとも、邑久の首を獲ろうとするその意思は邑久の判断を鈍らせるには十分過ぎ、その時間は光速にとって長過ぎた。

 次元の穴を破壊しないように纏った電撃を小さくし、サブマシンガンの銃口を右手で握るのと同時に邑久を次元空間の中から引きずり出した。

 そして、宙に投げ出された邑久のその身にサブマシンガンを持っていた右手を離して、拳を作り、光速で邑久の腹を殴りつけた。

 遠ざかりそうな意識を保ち、壁か柱にぶつかる前に次元の穴を使って逃げようと図る。だがしかし、その思惑も読まれていたようで、光速移動で邑久について来ていた敬治がその次元の穴を破壊し、足を振り上げて、光速で振り下げる事によって邑久の身を地面に叩きつけた。

 地面は破壊され、邑久の体がめり込む。

 邑久の体はボロボロだが、敬治も同様に大量に地面に血を垂らしていた。

 サブマシンガンによる怪我。それを治す為に大量の魔力を消費するのと同時に憤怒の感情も薄れ、敬治の眼はやっと闇ではなく目の前の現実を見た。

 自分は血だらけで、邑久は目下で潰れている。

 それを自分がやったと言う事は闇をずっと見ていたのに解った。

 また、感情に呑まれてしまった。

 その事実はキューブを手放すには十分な理由。だが、体中の銃の傷が癒せなくなる。

 地面で潰れている邑久から離れて、柱に寄りかかるように座る敬治はキューブを手放すのは諦める。

 代わりにキューブから流れ出てくる感情を抑えようと思った。

『可能か? 中途半端なお前に』

 聞こえてきた声は悪魔のような声。いや、それは本当に悪魔なのだろう。

『不可能だ』

 そう言い切られるのと同時に、敬治は自らの体の傷が全く治癒していない事に気づく。

 キューブの魔力も自分の中に流れ込んでこない。キューブの魔力を使おうとしても上手くいかない。

 そして、自分の周りには大量の血が流れ出ていっている事にも気づいた。

 死ぬまでにそう時間はかからない。

 邑久は潰れていた体をキューブの魔力を使って完全に治癒させたようで、立ち上がって此方の方に向かってくる。

「つらそうやなァ。俺が楽にしたろか?」

 断る事もできず、今の苦しい状況から解放してくれるというのなら、その方が良いと思う。

 何故なら、目の前の男と戦っている理由すら分からない。

 中途半端。その通りだった。

 かつての先輩がなそうとしている事も知らずにそれを止めようとしている。

『理由無き戦いなど意味が無い、か?』

 キューブから聞こえる声。

『キューブを集めたらどうなるか。知りたいか――――?』

 その尋ねかけに心の中で頷くと、悪魔は淡々と話した。

 それは突拍子もない事であり、あまりにも現実性を帯びていなかった。だが、否定する事はできなかった。

(お前は……この世界をどこに転ばせたいんだ……)

 悪魔はそれにすぐに答えた。

『神への怒りを神を殺す事で晴らすのみ』

 その言葉を敬治は鼻で笑う。

(“神殺し”……神なんてこの世にいない。いるのは人間の心の中に潜む悪魔と偶像崇拝の神だけだ)


 瞬間、敬治の銃による傷が癒えるのと同時に、敬治を次元の穴を使って飛ばそうとしていた邑久の体が吹き飛ばされる。

 その時、邑久は確かにその光景を眼にしていた。

 その光景とは、自らの次元の穴を敬治は破壊したのではなく、弾き返したというものだった。

 どうやってそうしたのかは不明。

 そして、赤い眼をしていない怪物は一歩一歩近づいてきていた。

「なんや、ようわからへんけど、生気を取り戻しとるなァ。まあ、力の差は変わらへんねや」

 地面に倒れた体を起こし、自分に言い聞かせるようにそう呟く。何故なら、目の前の怪物に底知れぬ恐怖を覚えたから。

 足が竦んでいる。それほど、相手は強大で圧倒的に見えた。

「次元に引きずりこんだるわ」

 宣言どおり、自らの魔眼で怪物を見る。

 電撃によって次元の穴は破壊されるかに思われたが、しかし、敬治の右手はその次元の穴に呑み込まれて消失した。

 その光景にさっきまで抱いていた恐怖は少しだけ和らぐが、逆に疑念も姿を現す。

 何故、電撃で破壊しなかったのか。その理由はすぐに分かった。

 邑久は自らの両手が敬治と同様に消えている事に気づく。キューブは地面に落ちていた。

 しかも、敬治が一本なのに対して自分は二本。

 そう。これが電撃の四つの性質の内の最後――反射。

 どういう原理なのかは分からないが、その能力は自分の次元魔眼をはるかに凌駕しているとそう思った。

 地面に落ちたキューブの魔力を使って、二人とも自分の腕を元に戻す。

 今度は首から上を消すつもりで、敬治を見るが、頬が傷ついたくらいで、頭を消す事はできない。代わりに、自分の頭が消されると思いきや、消えたのは腹の一部だった。

 床に倒れ、大量の血を撒き散らす前に回復させる邑久は、敬治の反射について仮説を立てる。

 それはただ単に反射しているのではなく、自分も攻撃を受けて、自分が受けたよりも大きなもので相手のどこでも好きな場所に攻撃を与えられるということ。

 つまりは、目の前の怪物に攻撃を与えなければいいのではないか、という考えにも達したが、それでは、奴を倒せないし、電撃による攻撃を受けて死ぬ。

 そういう考えを巡らせている暇など与えないとばかりに敬治は邑久の視界から消える。

 同時に、地下室に一人の人物が現れた。

 時間魔眼の持ち主、時枝元宏(もとひろ)。キューブに魅せられ、敬治の持つキューブを狙おうとした者。

 だが、今は正気を取り戻し、自分の目的もきちんと覚えている。

 彼の目的は息子を蘇らせることなどではなく、親友を助けること。

 そして、彼は目にする事となる。過去にその親友と共に出会った少年を。

 光速によって、その姿を捉えられない邑久はその眼で次元の穴を作って、自分も身を隠そうとする。

 その瞬間、邑久の背後に姿を現す敬治は右手に電撃を纏って、彼の首に向けて振るおうとした。

 邑久もそう簡単に殺されてはたまらないとばかりに自らの首筋に次元の穴を作り出す。

 それを眼にした時、敬治は右手に纏っていた電撃を強めるのではなく、逆に消し去った。

 敬治の右手は次元の穴に呑み込まれ、それが閉じられるのと同時に敬治の右手は完全に次元の穴に持っていかれる。

 そして、次の瞬間、邑久のキューブを持っていた左手が肩口から消え去り、キューブは自由落下する。

 それが床に着く前に敬治はそれを蹴り上げて、真上に上げた。

 邑久がそのキューブを魔眼で見るべく、顔を上げるよりも敬治が右手を治して、光速移動する方が少しだけ早かった。

 左肩口から大量の血を流しながら、自らの目の前に戻ってきた敬治を睨む。

 キューブを次元魔眼を使って飛ばそうと試みるが、電撃の反射がそれを邪魔する。

 敬治の手を少し傷つけて、邑久の右足の足首から下を消し去った。

 バランスを崩して倒れる。

 圧倒的な差。

「俺の負けや……はよう殺せ」

 こんな事を口走る自分はまさに底辺だった。

 一部始終を見ていた時枝はいつものような無表情ではなく、驚いている様子だった。

 反射の能力。

 それは決して最強ではない。相手の力を利用して、自分もダメージを負いながら、相手に攻撃をするというもの。

 引き分けるのが目的。つまりは勝てない。だが、絶対に負けない。

 それは正しく――


『最強を演じ続けろ』


 ――親友がある少年に対して発した言葉のような人物だった。

「最強を……演じ続ける……」

 だが、今の敬治は最強そのものだった。何故なら、キューブで自分の傷を回復させる事が可能なのだから。

 ゆっくりと地面に伏した邑久の方に近づいていくキューブを二個持った男。

「やだ。あんただって、もう分かったはずだ。自分も底辺なんだって」

 無言で答えたのか、それとも傷が深すぎて言葉で答えられなかったのか。

 キューブは守られ、谷崎はキューブを一つ手に入れ、残りは敬治の持っている二つのみとなった。


 ◇


 数日後。 「魔術たちの決戦マジシャンズ・トーナメント」全国大会当日。

 東京のドームには決勝に残った六校と先の魔術委員会本部の事件で注目が集まった為に来た観客。勿論、その中には亡霊(ファンタズマ)の面子が揃っていた。そして、棚木の抜けた四人の魔術師たちもそこにいた。

 だが、谷崎らの姿はどこにも無く、魔術委員会は未だに警戒状態にあった。

 その魔術委員会の最高責任者である魔術委員会会長は、昨日の夜からドームに来ており、朝になるまでずっと結界を張り続けていた。

 全国大会の開会式を始めるとともに、緊張した空気が会場を包み込む。

「谷崎が現れても、勝手な行動は十分に慎んでくださいね? 前科もあるのですから」

 にっこりと笑う小野原にそう釘を刺された邑久は大人しく、観客席に背をもたれて座っていたが、緑の芝にその姿を見た瞬間に身を乗り出す。

「なんや。えらい強そうな奴集めとるやないか」

 獣の血が騒ぐ。だが、欲は働かない。

(谷崎や桐島は他の奴にくれたるわ。俺は――)

 邑久の目は観客席の方へと向けられる。そこにいたのは敬治でも、他の亡霊のメンバーでも、魔術委員会の人でもなく――。

 人質を携えて、ドームの芝に現れた谷崎と桐島尚紀を含み、人質を抜かした十人の面子。その十人の中には元魔術委員会副会長である福津の姿もある。

 一瞬でその面子が強者ぞろいだと理解した魔術委員会会長はその面子と対峙する。

「堂々と入ってこんでもらえんかのう。お前さんらは招かれざる客なんじゃよ」

「世間話をしに来たんじゃない。さっさとキューブを渡せ」

 人質の四人を前に出してアピールすると共に、目の前の爺さんなど敵じゃない様子。

 自分は完全に舐められていると分かった時、会長の中の怒りが露になる。

「餓鬼が……後悔しろ。あの時、わしを殺しておれば良かった、と――」

 瞬間、人質を抜いた十人の面子は上からの圧迫に押しつぶされそうになる。

 やはり、魔力が使える状態のこの老人は会長の名に相応しい男だった。

「やるなァ。会長さんよぉ!」

 称賛の声を上げる桐島尚紀は自らの眼に一つの円を浮かべる。

 同時に会長は自らの魔術を使って、すばやく後方に退き、黒い炎を回避する。

 上方からの圧迫が無くなった十人はそれぞれ、散らばるように動き始め、桐島尚紀は最強の老人を追った。

「俺が相手だぜぇ!?」

 桐島尚紀の目的の一つは谷崎から会長を離す事。そして、もう一つは一対一(サシ)()る事。

 谷崎の仲間たちが散らばるのと同時に、観客席にいた亡霊も動き出し、亡霊と数名の人がいなくなった観客席には結界が張られ、一般人は速やかに退場を余儀なくされる。

 人数では魔術委員会と亡霊が有利。だが、戦力的にはあまり変わりないように見えた。

 キューブは誰が持っているのか。

 それを探す為に周りを見回し始めた谷崎に何人かの委員会の人間が立ち向かうが、電撃の魔術破壊によってあっけなく倒される。

 だが、次に自分の首を狙った人物はそう簡単に倒せる相手ではなかった。

 光速移動によって背後に回り、谷崎の首筋に電撃の纏った手刀を浴びせようとしたそのその人物。

 ポケットに二個のキューブを携えた亡霊側の人間。斉藤敬治だった。

 敬治の攻撃は谷崎の纏った電撃によって跳ね返され、谷崎は後ろを振り向く。

「敬治か……お前、キューブを持ってるな?」

 どんな方法かは分からないが、谷崎は一瞬にして敬治がキューブを持っている事が分かった。

 そして、敬治が瞬きをした瞬間には敬治のポケットの中に入っていた二つのキューブは谷崎の手の中に存在していた。

「俺を止めるんじゃなかったのか?」

 嘲笑するようにそう告げる。同時に手に持っていた金色の四角いキューブが溶け出して、液体のようになった。

 その時、敬治は谷崎のしようとしている事を理解し、光速移動を使おうとしたが、時既に遅し。

 谷崎はその液体を飲み込んだ。


 刹那――谷崎を中心として、結界が構築される。


 その結界を展開した人物は過去に(さかのぼ)っても一人しか存在しないと言われている結界。十円陣結界。

 一人の人物と言うのは魔術を創り出し、この世を創り出したと言われている。創造神。

 その場にいた全員が谷崎の方を振り向き、白い顎鬚を生やした老人は告げる。

「“樹を現出せし者、世界の王となるべし”」

「何言ってんだぁ? 樹なんてどこにもねえよ」

 桐島尚紀の言うとおり、周りに樹など存在しなかった。

「あの十円陣結界じゃ。十個の円で形成された結界。生命の樹に描かれる円も十個。つまり、あの結界は――生命の樹じゃよ」

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