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降雷の魔術師  作者: 刹那END
III.桐島篇
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α―XXXV. 手紙

 黒い炎で攻撃しても、回復する目の前の悪魔。

 彼を止める為に残された方法はあと一つしかない。

 左手に持っているキューブを物理的に彼の手から離すこと。

 手段は勿論問わない。つまり、彼の左腕を根こそぎ人体から切り離しても構わない。

 何故なら、二人の目の前にいる存在は抑止力でしかないのだから。

 しかし、その抑止力は彼らの元へと辿り着く前にその足を止めた。

 その行動は悪魔の意思なのか、敬治自身の意思なのかは分からない。

 油断できないので、ずっと身構えたままでいる谷崎と桐島尚紀。

 先に動くが勝ちか負けか。数秒間、その場の時が止まったかのように錯覚した後、その左手からするりと金色のキューブが零れ落ちた。

 目を瞑っていたせいで、未だに彼の眼が赤いのかどうかは確認できない。

 だが、そんな事など谷崎にとってはどうでも良かった。何故なら、今の状況は敬治を殺し、キューブを奪う千載一遇のチャンス。

 そう思った瞬間には彼は電撃の四つの性質の内の一つである光速を使っていた。

 今の敬治の元に辿り着くには一秒も掛からず、その首に電撃を纏った手刀が振るわれる。

 それが敬治の首を貫こうとした時、敬治はいつの間にか谷崎のすぐ横に存在していた。

(反応……!?)

 心中でそう驚いた時には電撃を纏った谷崎の手は既に敬治の右手によって握られていた。

 そして、敬治はゆっくりと眼を開ける。その眼は赤くはない。だが、いつもよりも深い黒色をしていた。


 ◇


 魔術委員会本部 地下二階


 地面に倒れた囚人たちの上に重傷を負った男が落ちた。

(俺の人生も……ここで終わりやな……)

 そう思いながら、ゆっくりと眼を閉じる関西弁の男。

 自分の人生を振り返ってみると、底辺だったような気がしてならない。

(なんや……何も変わらへん……)

 今日会った底辺の人々を思い出し、自分と比較する。

 そんな彼の顔に黒い影が掛かり、黒い影はその口を開く。

「こんなところで寝そべって何をなさっているんですか? 二階堂からの伝言を聞かなかったのですか?」

 ゆっくりと関西弁の男、邑久清次が眼を開けると、そこには清楚な雰囲気を醸し出している女性とその付き添いのスーツを着た男がいた。

「なんや……ここの一階も地下二階も……変わらへんやろ?」

「そうだとしても、そんなに酷い怪我を負って待っていてくださいなんて頼んでませんわ」

 溜息混じりにそう告げる女性、小野原聖花は二階堂に邑久への伝言を頼んでいた。

 それは脱獄が成功したなら、魔術委員会本部の一階に来る事。

 彼女の隣にいたスーツ姿の男は邑久に肩を貸しながら立ち上がらせ、彼女の方を向かせる。

「まだ、やる事があるから……此処に来たんやろ? ホンマ……人使い荒いで。これが最後になるかもしれへんのに……」

「一階で仕事した後にこれから言う場所に移ってくだされば確実に助かります。

 そう言えば、挨拶が遅れましたね。お久しぶりです。最後に会ったのは二ヶ月前くらいでしょうか?」

 ニコリと笑う彼女を直視する事はない邑久は舌打ちをする。

「自分が此処に入れ……ゆーたんちゃうかったか……? ホンマ勘弁して欲しいで……」

「皮肉を漏らすだけの元気がおありなら、問題ありませんわね。では、行きましょうか?」


 ◇


 魔術委員会本部前


 自分の目的は何なのか、考えさせられた。

 憤怒の感情は本当の自分の感情じゃない。ただ流れ込んでくる感情なだけ。いや、憤怒は自分の内側からも込み上げてくる。

 なら、それを向けている相手は誰なのか。紛れもなく、谷崎一也だ。

 その目的は何なのかを考えさせられた。

 怒りを抱いているのは何故か。

『お願い……わたしを助けて……』

 その言葉だった。


 するりとキューブが手から離れ、代わりに少しだけキューブの魔力が体内に残る。

 ゆっくりと眼を開くと、谷崎の手を握っていた。

 この手を引きちぎれば、谷崎に致命傷を与えられる。

 そう思った時には谷崎は敬治の手を払って、後方へと下がっていた。

 代わりに迫ってきたのは桐島尚紀の黒い炎。ドームで五千人を消し去った炎。

 それを見ても何も動じない。

 余裕があるのかどうかは分からないが、彼の心は異様に落ち着いていた。

 電撃の四つの性質の一つである反応があるから。否。


 このくらいの炎なら“返す事ができる”と思ったから。


 迫る黒い炎に右手を翳し、Arai(アライ)を唱えるのかと思いきや、何もしようとしない。

 そして、敬治の身に黒い炎は襲い掛かった。

 最初に異変に気がついたのは谷崎の方。

(……!? 黒い炎が……)

 敬治に当たった黒い炎は彼に吸収されていくように段々と消えていく。

 そして、完全に消え去った。

「……は?」

 訝しげな表情でそんな声を上げてみせる彼に対して魔術を使った本人。

 その直後に顔色に表れるのは怒りだった。だが、それもすぐに変わる。

 黒い炎は消えた。確かに消えた。

 桐島尚紀は眼を見開き、辛うじて立っている少年を見る。

 そう。敬治は辛うじて立っている状態にあった。

 さっきまではなかったはずの火傷が全身にあり、地面に液体が垂れ落ちる。

 暗くてその色ははっきりとは分からないが、多分紅い色をしている。

 少年は口元を歪める。

 その瞬間、谷崎は自らの横に存在する桐島尚紀の変化に気がつく。

「……その怪我……いつの間に……?」

「ぁあ?」

 谷崎へと苛立ちげに返し、自分の姿を見る桐島尚紀は地面に膝を着いた。

「……なんだ……これ……? いつ……――」

 そのまま、アスファルトの上に倒れこんだ隣の男を見た後、すぐさま敬治の方へと視線を向ける谷崎。

 そこに存在しているのは何らかの方法で桐島尚紀に怪我を負わせて、倒れさせた怪物。

 未だにキューブの魔力が残っている為に起こったのか、それとも――。

 もう一つの考えへと至るその前に谷崎の思考は違う方向に向かう。

 敬治の足元にあるキューブを奪う事。

 それが手に入れば、後のキューブを手に入れることは容易い。

 電撃の二つ目の性質――光速でそのキューブへと手を伸ばそうとした瞬間、彼の手がキューブに触れる前にそれは消え去った。

 敬治と距離をとって、訝しげな表情で敬治を見るが、探している答えはそこにはない。

 その時、彼の眼に映ったのは男性に肩を貸して貰いながらこの場に来た魔眼を持った男と清楚な雰囲気の女性。

「邑久……キューブをどこにやった……?」

 そう言って睨みつける谷崎を鼻で笑うと、キューブと同じように三人は姿を消し、同時に目の前にいた敬治も消えた。

 残されたのは数台のパトカーの残骸と気絶している桐島尚紀と谷崎一也。

「逃げたところで……すぐに会わないといけなくなるだろうに」

 溜息を吐きながらある事を思い出し、再度溜息を吐く。

「捕虜にでもしとくか……」


 ◇


 三日後


 七月の初め。来週で梅雨は明けるとの予報があり、本格的な夏が始まろうとしていた。

 「カチカチ」と言う音が一定に鳴る部屋で眼を開ける。

 彼の眼に映ったのは天井に光り輝くシャンデリアだった。それはあの時彼の握っていた金色のキューブに負けないくらい綺麗で眩しい。

 彼の頭の中でもシャンデリアとキューブが繋がったのか、ベッドに寝ていた自分の身を起き上がらせた。

 だが、そこで一つ疑問が浮上する。

(……? なんで、傷が……?)

 憤怒に呑まれ受けた傷と桐島尚紀に受けた火傷が綺麗さっぱりなくなっている。

 そして、周りを見渡すと一度見たことのある部屋の風景だった。

 ベッドから降りてドアの方へと向かい、ドアを開けて廊下を見ると、そこには大理石でできた長い廊下が存在していた。

「副会長の家……」

 東坂高校生徒会副会長の豪邸。彼のいる場所はそこだった。

 冷たい大理石に足を踏み出し左右を見ると、右には人がいる。それは良く知っている人物。

 その人物に今の頭の中の疑問符を投げかけるよりも、小野原に聞いたほうが良いと思った彼は彼女の居場所を聞く。

「小野原……さんはどこ?」

「もうすぐ来ますよ、先輩」

 にこりと笑ってみせる敬治と戦った事のある男子中学生は敬治を部屋の中へと戻し、自分も部屋に入って、豪華なソファに腰を下ろす。敬治も不満そうな顔をしながらも、ベッドの上に腰を下ろした。

 十数秒間、時計の音だけが部屋に鳴り響いていたが、小野原が来る前に西井に聞けることがあったら聞いておこうと尋ねかけようとしたその時にドアは開かれる。

 入ってきたのは勿論、小野原聖花。

「……ここで、話すのもなんですから、久しぶりに外にでも出てみますか?」

 彼女の言葉に一つ引っかかる事がある。何故なら、敬治の中ではこの前、外に出たばかりだからだ。

「……何日くらい寝てたんですか?」

「三日間です」

 あの日から三日も経っている。一番気になるのは彼女のこと。

「――雪乃は……?」

 その質問に答えようとする小野原は敬治の目の前に立って、残念そうな表情をする。

「彼女と二階堂は谷崎の捕虜となってしまいました。そして、本部にいらした二人の警察官も一緒に」

 それを聞いた敬治は溜息を吐きながら膝に両肘を置いて、頭を抱える。

 彼女の言葉に応える事ができなかった自分が不甲斐ない。

 鳴り響く時計の「カチカチ」という音のみが時の経過を表しており、他は全て静止していた。

 そして、口を開くのはしなやかな長い髪をした少女。

「後悔しても意味はありません。今考えるべきなのはこれからどうするかです」

 彼女の言葉で顔を上げる敬治は息を吐き、小野原に目を向ける。すると、彼女はにこりと微笑んでみせる。

「では、外にでも出ましょうか?」

「……いや、ここでいい……です……」

 そう断ると、敬治は自分の傷の事よりも気になることを尋ねてみる事にする。それはキューブに関する事。

「なんで、キューブを二階堂に持たせてたんです?」

 自分の事を少し睨みながら、投げかけられる質問に彼女の笑顔は真顔に変わる。

「わたくしが彼にキューブを渡した事に何か理由があるとお思いですか?」

 質問を質問で返された敬治は動じる事無く頷く。

「あれは谷崎には渡しちゃいけない。それを持たせたという事は……」

 その先の言葉は言わずとも彼女には分かっており、その場にいた西井も分かっていた。

 男の名を呼ぶときに付けていた敬意も無くなっている。

 本当の事を話さなければ、殺される可能性だってある。

 彼の魔術は電撃。殺すのに一秒も掛からない。

「わたくしは……キューブに宿る七つの大罪の感情がある事は知っていました。東坂高校にあったキューブに憤怒の感情がある事も調べて、知っていました。その上で、わたくしは彼にキューブを持っていかせたんです。彼の魔眼の能力は破壊。キューブの中の魔力をあわせることで、谷崎の光速を超える速さで谷崎を破壊する事ができるんですの」

「だけど、あいつはそれを谷崎に渡そうとしてた!」

 敬治は小野原を睨みつけながら声を大きくする。

「あいつにキューブを渡す事が本当の目的だったんじゃないんですか!?」

「違います。そんなにわたくし達が信用できないのであれば、キューブの管理をあなたに任せることに致しましょう。これで、あなたがキューブを守れば、済むということになりますが、どうでしょうか?」

 敬治を落ち着かせる為の交渉は成功と言える。

 それ以上、敬治は彼女を追及できなくなり、且つ信用も保つ事ができる。

 敬治が頷くのと同時に彼女は笑顔を取り戻し、敬治の座っているベッドの隣に彼女も腰を下ろす。

 今度は彼女の方から質問を投げかけた。

「谷崎に捕虜として捕まった警察官が二人いると言いました。その内の一人が興味深い人物なのですが……」

 そう言って、ポケットの中から取り出したのはスマートフォン。

 彼女はウェブサイトのニュースを開いて、ある記事の写真をタップした。

「この男性のこと。あなたはよくご存知ですよね?」

 三十代後半から四十代くらいの男性の写真を見せられた敬治は自らの眼を大きく見開いた。

「……――――」


 ◇


 七月中旬


 本格的な夏が始まった。セミの声が鼓膜を刺激し、太陽は人の肌から汗を噴き出させ、人々の思考を遅らせる。

 学生たちの帰る時間帯の今。まだ太陽は沈んでおらず、暑さも健在。

 そんな中、銀縁の眼鏡を掛けた学校帰りの男子高校生が一人の人物のお墓の前にいる。

 その人物は先月亡くなったばかりで、遺書の中には男子学生への手紙も入っていた。

 彼はその手紙を片手に持って、お墓に向かって話し掛ける。

「もうすぐ魔術部の大会だよ……全国にまで行けば、あの人も来るんだろう。君の仇はとってあげるから、心配しなくてもいいよ。淳くん」

 寂しそうに言いながら、「棚木」の文字を見つめて、片手に持った手紙を開いてそれに目を移す。

「意味の分からない事を僕に残すなんて、本当に君らしいを思うよ……誰なんだい――









 ――『柏原哲郎』って人は……?」

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