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降雷の魔術師  作者: 刹那END
III.桐島篇
35/57

α―XXVII. Calling

 一週間前


「僕の魔術の根源はその名の通り、王水。だから、なめてかからない方がいい」

 その言葉を聞いてごくりと唾を呑みこむ敬治。

 そんな彼を()めていた西井は一つの制限(ルール)について話し始める。

「ああ、それとですね。僕と戦っている間はずっと電撃の魔術を使い続けてください。一度も解いては駄目ですよ?」

 その言葉に首を傾げて応える眼前の人物に、「いいから、守ってください!」と言って、自らの左手を地面につける。

 その行動から、何かをするであろう事が分かったのか、言われたとおりに電撃を身体に纏い、その状態を保ちながら、先ほど手渡されたナイフにはまだ慣れず、地面に置いた。

「そう。そのままずっと、纏い続けてくださいね――――Bossetomlt(ボスエトムルト) wasmp(ワズムト)

 その瞬間、左手の触れていた地面からドロドロに融け始める。

 彼の周りの地面は沼と化し、光速移動で近づけなくなった敬治は先手を打たれたと言ってよい。だがしかし、目の前の少年を攻撃する方法がなくなったと言うわけではない。

 自らの右手を少年に向けて翳し、纏った電撃をそこに集中する。

Ricelect(リセレクト) chosk(チョスク)

 Arai(アライ)を唱えた瞬間に右手の電撃は蛇行しながら少年に迫る。

 少年は前にもあったこの光景に溜息を吐き、地面に触れていた左手を前に突き出して、Araiを唱える。

「Lisioudonstリショウドゥンスト

 電撃は少年の左手に触れた瞬間、その形を水のように変え、溶け出す。

「成長してないんですか? 先輩」

 その言葉と今の光景で前にも同じ結果となった事を思い出す。

 ご尤もな言葉を吐かれたと反省しながら、打開策を考えるがこの前と同じ方法しか浮かんでは来ない。

 光速移動をしたとしても、周りの解け出した床が邪魔をする。電撃を放ったとしても、溶かされて終わる。

 打開策は解け出した床に電撃を加える事。そうすれば、前と同じように粉になる筈だ。

 だがしかし、敬治は先ほど西井の言っていた言葉が気になって、踏み出せずにいた。

(一つ足りない何か……根源は王水……)

 塵にして空気中の水分と混ぜるだけでは一つ足りないという西井の言葉は今の敬治を惑わせるのに十分だった。

「どうしたんですか? ただでさえ一週間しかないんですから、早くしてもらわないと困ります」

 頬を膨らませるその態度は余裕そうである。

 それに対して、敬治は段々と息遣いが荒くなり、額に汗を滲ませる。

(ただ、溶かす事もできるって言いたいのか……? 試してみるか)

 その考えに至ると、即座に実行へと移る。

 光速移動で、少年の背後にまで沼と化した地面に触れる事無く行き着き、そして、沼に手を勢い良く突っ込んだ。

 Araiを唱える事無く、手の周りに強力な電撃を纏うと、痛そうな表情で沼を観察する。

 だがしかし、彼の懸念していたとおり、前と同じように粉状になることはなかった。

 そのまま重力には逆らえず、両足を地面に着くと、段々と地面に飲み込まれていく。

 背後へと振り返る西井は段々と地面に埋もれていく人を見ながら、

「大丈夫ですか? 相当、痛そうですけど?」

 少し心配していた。

 しかし、敬治は沼のせいで体に電撃が流れるためだけに苦しい表情をしているわけではない。

(なんでだろ……きつい……)

 さっきよりも息が荒く、目の前の地面でさえ見えづらくなっていた。

 そして、自らの体に纏っていた電撃が消え失せる。

「……十分もいかないってところですか」

 残念そうにそう呟く西井は地面に手を置いて、人の沈んでいるところ以外の沼状態の地面を元に戻す。

 それから、地面に突っ込んでいない敬治の左手を引っ張って沼状態の地面から脱出させようとしたのだが、彼の周りの地面も元通りに固まっていた。

 疑問に思いながら、もう一度その地面を溶かし、脱出させる。

「電撃の魔術は魔力の消費が激しいと言われてます。そんな電撃の魔術をずっと使い続ければ、すぐにガス欠してしまうんですよ、先輩」

 地面に大量の汗を垂らしながら、四つん這いの状態の敬治は話している中学生の足元しか見えない。

「だからと言って、電撃の魔術を使い続けなければいいというわけでは無いんです。電撃の魔術を纏い続けなければ、反応は使用不可。ずっと持続する方法をちゃんと考えてくださいね」

 そうして数日経ち、電撃の魔術を持続させる方法を実践の中で考えている敬治が出した答えは目視できないくらいの小さな電撃を体に纏うことであった。

 しかし、約束の一週間まであと一日と迫っているにも拘らず、電撃の反応の性質を使えずにいる。

 焦りの色は昨日から見え始めており、そのせいで集中力を削がれている部分もあった。

(まずいですね……)

 このままでは反応の性質を使えるようにはならないと懸念し始めていた時、敬治は動くのをやめ、西井の目の前で佇んだ。

「――? どうかしました?」

「……反応が分かったかもしれない……」

 聞いた瞬間は驚いたものの、「かもしれない」という事は確信はしていないので、すぐに冷めてしまう。

「そうですか。なら、実践してみてくれませんか?」

 「どうぞ」と掌を上に向けてその腕を前に突き出す西井。

 だが、敬治は一向に自分から動こうとはしない。

 そんな停滞しきった状況に痺れを切らす中学生がAraiを唱えようと口を動かしたその瞬間、身体が言う事を聞かなくなった。

 同時に聞こえたのは雷が落ちた時のような轟音。

 そして、いつの間にか一メートルの範囲内に敬治の姿があった。

 地面に倒れる西井は目の前に佇む人物を見上げようとするが、動かない。

 十数秒後にやっと動かせるようになり、恐怖心と共に見上げてみると、そこには自分を見下ろす絶対的な存在があった。

(これが……反応ですか……)

 何故か、笑いがこみ上げてくる。

 圧倒的な速さ。初動の差。

 相手が攻撃に移す動きを纏った電撃が感知し、光速移動と脊髄を介さず直接筋肉に働きかけるようにする事で、相手が攻撃を行う前に自らの電撃で動きを封じ込める。

 つまりは相手に一切の行動を許さない。


 ↓


 身体は言う事を聞かず、人工芝グラウンドに自らの膝を着く。

(何が……起きた……?)

 自分が置かれている状況を理解できない。

 理解しようにもヒントとなるのは雷が落ちた時のような轟音と、目の前にいる斉藤敬治という降雷の魔術師の存在。

 そして、数十秒後やっと身体が動かせるようになり、反撃を試みようと地面から膝を上げたその刹那、身体は機能を停止した。

 再度、聞こえた轟音は制服を着た男性の聴覚を鈍らせる。

 自分に三度も攻撃を与えた人間。

 その存在に気付いた時、彼の中に恐れや怒りは存在せず、愉しいという感情のみが支配していた。

 快楽と言っても良い感情は全てを破壊したいという衝動を生み出す。

 それが彼の破壊の代償。

 彼は自らの人格を段々と崩壊させて、破壊魔眼を使用していた。

 そんな彼の口元は大きく歪む。

 その視界には敬治が入っていない。

 だが、彼の眼には五つの円が現れ、そして――破壊を発動した。

 彼の視界に入ったもの全てが一瞬にして破壊される。

 破壊されたのは目の前の地面で、近くにいた敬治は後方へと吹き飛ばされる。

 物体が動いた時にも反応の性質は使えるのだが、まだ使うのに慣れていない敬治は短時間では連続で二回が限界のようだった。

 人工芝グラウンドに体を叩きつけられて二階堂の方を見ると、そこには地面から膝を離して立ち上がりつつある二階堂の姿があった。

 嗤う彼のその姿を見て、背筋に悪寒が走り、悪い予感がする。

 電撃を纏った刃を自らの目の前に構えても慰めにもならないことは解っていた。

 だから、目視できるほどの電撃をその身に纏った。

 今の尻餅を着いた体勢では立ち上がって光速移動するのに二秒程度で済む。だが、二秒では遅すぎる。

 相手は見るだけで自分を破壊する。

 ナイフを構えてからゼロコンマ五秒。二階堂の眼が敬治を()めた。

 その刹那、敬治と敬治の周りにあった人工芝グラウンド――――二階堂の視界に入ったもの全てが破壊される。

 いつもの直線的に飛んでくる破壊の一段階上。

 否。

 それは十段階上と言ってもいいかもしれない。何故なら、それは視界に入った時点で、視界に入ったもの全てを破壊するのだから。

 飛んでくるものではないため、敬治の電撃を纏った刃で斬る事は不可能。

 避けられもせずにただ、生身で受け止めるしか方法は無かった。

 電撃を纏っていたために破壊は相殺できたが、衝撃はできない。

 後方にまた吹き飛ばされた敬治は体勢を立て直すべく、地面に膝を着き、そのまま立ち上がる。

(激しい電撃を纏うことは長い時間できない……なら、次の攻撃で決めるしか勝つ方法はない……!)

 二階堂が破壊魔眼を発動する前に、光速移動で二階堂の背後一メートルに回り込み、電撃を纏ったナイフの切っ先を背中に向けて振るう。

 しかし、それが触れる前に二階堂の視線は自らの背後へと向けられていた。

 破壊の魔術発動と同時に視界に入っていた敬治、校舎の一部、人工芝グラウンドが破壊の対象となる。

 そして、敬治の持っているナイフも例外ではない。

 ナイフは電撃を纏っていたのにも拘らず、空中に飛散した。

 刃の欠片がゆっくりと落ちていく。

 まるで雪が降っているようなその光景は綺麗で、敬治の心を穏やかにしていく。

(ここで……死ぬのか……)

 同時に生きたいと思った。諦めるにはまだ早いと。

 破壊されたのはナイフのみ。激しい電撃を纏っていた生身は無傷。ナイフを振るおうとした時の勢いも未だに消えてはいない。

 開かれた右手を握り締め、その拳に電撃を纏って――二階堂の顔面を殴りつけた。

 制服を着た男性はそのまま、地面に叩きつけられる。

 荒い息でその男の元へと近づくと、電撃で創り出した刃を首に突きつけた。

「ハァハァ…………雪乃を……返せ……」

「ふむ……私の破壊魔眼を発動するスピードと君が私の首を斬りスピードは、どう考えても君の方が速そうだ。

 桐島雪乃の話だったか。私は君に伝えようとしたのだが、君は聞く耳を持たなかったからね。

 彼女は――――私の元にはいない」

 一瞬、目の前の男が何を言っているのかがわからなくなるくらいにまで、動揺した。


 ◇


 東京都


 東京の星の様に輝く夜景を眺める事のできるホテルの最上階の部屋で高級ワインなどではなく、炭酸のジュースをグラスに入れて、飲んでいる男が一人。

 男は高校を卒業してる年齢だが、お酒を飲んではいけない年齢で、大学生ならば妥協して飲んでしまう人も多い年齢にある。

 つまり、彼はルールを絶対に守るような誠実な性格。

 そんな男性が背後を向くと、膝を着いて頭を垂れた人間が存在していた。

「二階堂壱……亡霊(フォンタズマ)は最初から我々と組む気はなかったようです」

 その男は最初の二階堂と敬治との一戦、その時に二階堂の隣にいた男でそして、敬治がいなくなってから、二階堂に襲われた男である。

 男には左腕が存在せず、顔面の左半分も包帯でぐるぐる巻きにしていた。

 男の発言にグラスを持った男性は溜息を吐き、口を開く。

「予想はしていたよ。奴らは何にも属さず、表にも出てこない亡霊なんだから。雪乃が此方に戻ってきただけで、収穫と言っていい。

 それに奴らが、犯罪者になった敬治を匿ってくれてるんだから感謝しなくちゃいけない。

 もうあれはできたんだ。これで舞踏会ができる」

 男性はグラスを机に置いて、椅子の上にあった鞄から携帯電話を取り出してみる。

 その携帯電話は男性のものではなく、桐島雪乃のものであった。

 電話帳を開いて、その中の斉藤敬治という名前を選択して、耳元に持っていく。

「もしもし」

『……桐島雪乃さん、ではありませんよね?』

 聞こえてきたのは女性の声であり、聞いた事のある声はすぐに記憶の中から該当の人物を見つけ出した。

「お前も斉藤敬治じゃないな……その声は小野原聖花か?」


 ◇


「まあ! あの大犯罪者の谷崎一也さんに名前を憶えていただけているようで、此方も嬉しいですわ」

 所々破壊された人工芝グラウンドを避けて敬治と二階堂の元へと向かうご令嬢は皮肉を漏らす。

『敬治は傍にいるんだろ? 代われ』

「命令口調で怖いですの」

 そう言いながらマイクの部分を左手で押さえて、何故か衝撃を受けている敬治に手渡す。

 電撃の刃を空中に飛散させ、小野原に預けていた自分の携帯電話を手に取りながら、訝しげな表情でそれを耳に当てる。

「もしもし……?」

『やあ、敬治。元気してたかい?』

 一瞬、彼の中の時が止まる。

 捜し求めた答えを知っている、会長を殺そうとした本人。

 そんな敬治の態度など気にする事無く、電話の相手は自分の用件のみを淡々と告げていく。

『まあ、色々と話したい事もあるだろうけど、今日は無理だ。だから、六月の二十八日の午前零時。直接話をするとしよう。

 桐島雪乃も俺の元にいる。彼女を取り戻したいなら来い』

「ちょ、そんな急に――――」

『場所は魔術委員会本部。分かったか? 六月二十八日の魔術委員会本部――





 ――――俺はそこでお前を待つ』

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