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降雷の魔術師  作者: 刹那END
III.桐島篇
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α―XXVI. 四つの性質

 時計の針が「カチカチ」という一定の音を奏でていく。

 部屋にあるその時計は黄金の装飾が施されているが、それは部屋の中で浮いているわけでもなく、溶け込んでいた。何故なら、部屋の物全てがそんな高価な装飾を施していたから。

 だが、そこには一つだけ浮いているものがあった。いや、ここは一人と言った方がいいのかもしれない。

 これまた豪華な装飾が施されたソファの上にジャージを着た男子高校生が座り込んでいた。

 彼はこの家のお風呂と呼ぶには大きすぎる温泉のような浴場を使わせてもらったばかりで、その首には白いタオルが巻かれ、髪はまだ濡れている。

『それは、わたくしたちの存在が――――亡霊(ファンタズマ)だからですの。この組織についてはまだ、詳しい事は言えません。ですが、わたくしたちはあなたを悪いようには致しませんわ』

 昨日。安心させるように笑みを浮かべたその人は椅子を立ち上がって、部屋を後にしようとしたのだが、何かを言い忘れていたようで、立ち止まった。

『言うのを忘れていましたが、電撃の魔術には四つの性質があるのをご存知ですか? 破壊・光速・反応・反射。そして、谷崎もこの反射の性質を使う事はできません』

 そのまま、部屋を後にしたその人の言葉を彼はずっと考えている。

(反射の性質を使って谷崎先輩を倒せ、って言ってるのか……? 俺はただ、理由が知りたいだけなのに……)

 谷崎と戦う事は望んではいない。しかし、自分が段々と其方の方向へと引きずり込まれていっているように思えて仕方がない。

 考えるのが嫌になって、ソファへと横になろうとした瞬間に胸の辺りに激痛が走り、首に巻いたタオルで目を覆い隠した。

(違う……俺があの男には勝てないって思ったからあんな事を言ったんだ)

 紅炎の魔術師と二階堂壱との戦いが、苦い記憶として思い出される。

「俺は……弱い……」

「そうでしょうか? 僕はそうは思いません」

 唐突のその声は部屋の中にいたジャージを着た男子に気づかれる事なく、いつの間にやら部屋に入ってきていた一人の少年のものだった。

 すぐさま、タオルをどけて声の主の方向へ視線を向けて、その姿を確認する。

「なんで、お前がここに……?」

 不法侵入という言葉が彼の頭の中を過ぎるがすぐに首を振って消す。

「僕がここにいる理由を問われてるんですか? それともどうやってここに入ったのかと? まあ、両方説明しましょう。

 ここにいる理由は勿論、先輩を鍛えるため。そして、ここに入れたのは僕が組織に属しているからです」

「組織って……まさか――!?」

「ご察しのとおり。亡霊(ファンタズマ)ですよ」

 部屋にいる二人の人物。降雷の魔術師と王水の魔術師。

 その王水の魔術師の発言に対して、降雷の魔術師は大きく目を見開かせるが、同時に少しだけ納得した。

 何故なら、少年が様々な情報を知りえていたから。

「その組織って、一体何なんだよ……?」

「詳しい事はまだ言えませんが、先輩を悪いようにはしません」

 まるで打ち合わせされていたかのような同じ回答だった。いや、事前に打ち合わせされていたのだ。

 気分が悪くなり、ムスッとした表情でタオルで顔を覆う。

 そんな彼の態度に呆れながらも、今の彼の気持ちを一変させるような魔法の言葉を吐き出す。

「二階堂壱。彼に勝たないと、桐島雪乃はどうなるんですか?」

 魔法の言葉の効き目はかなり大きく、即座にソファから身を起こした。のだが、胸の痛みによって、背中をソファに預ける結果となる。

(あいつに勝たないと、雪乃はあいつらの思い通り……駒……勝つためには――)

 先日の生徒会副会長の言葉を思い出しながら、少年の方へと目を向けた。


 ◇


 三日後


「良かったですね。肋骨は綺麗に折られていたので、くっつくのが早いそうですよ。もう痛みは無いんじゃないですか、先輩?」

「うん。あんま無い」

 大理石で作られた廊下を場違いな格好の二人は歩く。

 ここに塩酸でも落としたら、偉い事になりそうだと考えながら歩く斉藤敬治とその表情を窺う西井譲。

 彼らが歩く先にいたのは白のワンピースを身に纏った小野原聖花の姿だった。

 彼女の手には何かが握られており、敬治は訝しげな表情でそれを見た。

「えっと……それは?」

「これですか? これはあなたを刺す為の道具ですの」

 微笑みながらそう言って、手に持った物を彼女が構えている目の前で、表情を固まらせる。

「……冗談ですよ? 固まらないでください!」

 その発言で彼女の言っている事が冗談だと分かったが、それでも表情は引きつっている。

(冗談に聞こえない……)

 心中でそう思いながら、彼女によって自らの手に握られたものをまじまじと見つめる。

 それはナイフよりも大きな短刀のようなものだった。

 刀身には包帯のようなものが巻かれているが、形の判断はできる。

 普通のナイフや短刀とは違って、その刃は鋸のようにギザギザだった。

「これは……?」

「そのナイフはあなたの電撃を纏ったとしても、刃毀れ一つしない一級品ですの。どんな魔術だって斬れるナイフの出来上がりです」

 その話を聞いた敬治は少し、眉をひそめて目の前の彼女に押し戻そうと、手に持ったそれを突き出した。

「これは……人を傷つける物です」

「ですが、傷つける人によって、人を助ける事ができる物ですよ」

 同じ言葉だった。中学一年の時に聞いたものと。

 彼は刃物を持った手を引っ込め、微笑む彼女から目を逸らした。

 小野原はスカートの裾を翻して歩き出し、後からついてくる二人に言葉を続ける。

「光速移動とそのナイフを使ったら、先日よりも多少、二階堂に対抗できるとは思いますが、勝つ事はできないと思います。勝つためには電撃の性質の三つ目、“反応”が不可欠と言っても良いのです」

 唐突に足を止めて、壁を模索し始めるワンピースの少女は何かを見つけたようで、壁の一部分を思いっきり押した。

 すると、その瞬間に彼女の目の前の床が「ボフッ」という音と共に持ち上がり、そのまま長方形の大理石の床が壁のように目の前に立ち塞がった。

 その代わりに床には地下へと続く階段のようなものが現れた。

「だからと言って、それを使えるようになる為にダラダラと時間を浪費するのには意味がありません。なので、制限時間を設けるのです」

 二人の方へと振り返り、敬治に人差し指を立てた右手を見せつける。

「一週間。二階堂にはそう伝えておきます。一週間後にもし三つ目の性質が使えなかったとしても、あなたには二階堂と戦ってもらいますわ」

 そう言って、階段を下り始める小野原。

 それについていくと、最終的にだだっ広い空間に辿り着く事となった。

「防音も強度も十分ですし、お風呂からトイレまで、生活に必要なものも揃ってます。ここで一週間、頑張ってくださいね」

 笑顔を振りまく彼女は関係ないとばかりに踵を返して階段を上っていった。

(一週間……ずっとここで!?)

「頑張りましょうか、先輩! まずは僕を倒す事が目標です。先輩なら、三日以内に僕に勝てると思いますけど」

 準備運動なのか、屈伸をし始める西井を敬治は訝しげな表情で見る。

「称号のトーナメントの時、一回勝ったよね?」

「そうですね」

 その答えを聞いて、自らの中に「楽」という言葉が浮上するが、それは誤りであった。

 安堵の息を吐く目の前の人物を見て、西井は溜息を吐く。

「先輩。僕の魔術について言っておきます。先輩が言った僕の魔術の解析は正しいです。塵にして空気中の水分と混ぜる。ですが、一つ足りないんです

 僕の魔術の根源はその名の通り、王水。だから、なめてかからない方がいい」


 ◇


 一週間後


 雨を降らせそうな黒い雲が夜空の星と月を隠す。

 光源は街灯のみで、音源はない。

 夜風が吹く音は鳴り響いているが、人のいる音はしない。

 そこは人工芝グラウンドを備えた学校だった。

 今の時刻は二十三時。人がいないのも当たり前で、逆に人がいたとしたら、不審に思われる。


 だが、思われない理由、人のいる音がしない理由は存在していた。


 四月に体育館の窓ガラスが割れるという事件が起こった高校――東坂高校の正門ではなく、自転車通学生が通る門にナイフを持った一人の少年がいた。

 少年の目に映るのは誰もいないのに無用心にも開かれた門だけで、人は存在しない。

 それを確認すると、少年の持っていたナイフは「バチチッ」という音を立てて、小さな稲妻を纏い始める。

 少年はナイフで目の前の空を斬った。

 瞬間、何かが砕け散るような音が鳴り響き、少年の目に一人の男が映る。

 その光景に少年はデジャヴと感じて、声を出さずに笑った。

「余裕の笑みとは、よほどの自信があってここにいると思ってもいいのかね? それとも、今のは自嘲的な笑みかね?

 まあ、それは一先ず置いておくとしよう。私の目に君は前と変わりないように見えるのだが、この前のようなつまらない事にはならないかね?」

 少年――斉藤敬治はそれに答える事無く、彼が答えないのを分かっていた男――二階堂壱も自らの左側に位置する人工芝グラウンドの方へと歩き出す。

 二階堂の服装はこの前と変わらず制服なのだが、長袖ではなく、半袖のカッターシャツになっていた。

 そんな年齢に似合わない服装の男の後を、Tシャツにジーパンとラフな格好の敬治はついていく。

 グラウンドの中心に来た二人は足を止め、二階堂が振り返り、対峙する形となる。

「さて、私は君に伝えなければならない事があるのだが、さっきの私の質問に答えなかった君の態度を見る限りは私の話など聞く気はなさそうだ。それでも、私は話したいのだが、大丈夫かね?」

 敬治は答えず、ナイフに電撃を流しながら構える。

 その行動は二階堂の質問に「否」と回答したも同然であった。

「そうか。君の答えはそれか。なるほど、私は勘違いをしていたようだ。君にとって、戦いとは人を傷つけるものであり、避けたいと願うものであると思っていたが、そうでは無いらしい。その目を見る限り君は――血の気の多い(けだもの)のようだ」

 二人の間に静寂が走る。

 そして次の瞬間、二階堂の眼に五つの円が現れた。

 敬治に迫る破壊。

 彼はただ、ナイフを構えたまま突っ立っていた。

 彼の目の前にまで破壊が訪れた瞬間、握っていたナイフで宙を真っ二つに斬り裂いた。

 それは宙を斬り裂いたのではなく、向かってくる破壊を斬り裂いたのだ。

(西井の言うとおり……――斬れる!)

 その刹那、彼は二階堂の目の前から姿を消した。

 二階堂が背後へと自らの視線を向けて、魔術を発動した時には既に電撃を纏ったナイフは目の前にまで迫っていた。

 すぐに距離をとる二人。

 その二人のうち一人の頬から紅い液体が垂れ落ちる。


 ↑


 二日前


「二階堂の破壊魔眼は直線的に飛んでくると思ってください」

 対戦の合間の休憩時間。西井は敬治に話し始めた。

「なので、それが目の前に来た瞬間に電撃のナイフを使って、破壊を以って破壊すればいいんです」

「でも、目の前に来たのかなんて……分かるの?」

 タオルで汗を拭き取って、水分補給する敬治の質問に淡々と答える。

「それを分かるようにするための“反応”です。もう、コツは掴めてきてるんですから先輩なら、それくらいの事はできるようになりますよ」

 話し終わると、自らもペットボトルで水分を補給する。

 彼は、敬治が三つ目の性質をあと二日でマスターする確率は五分五分といったところであると予想していた。

 だが、それは電撃の魔術を使えない自分の意見であって、本当のところ反応というものがどんな理屈で成り立っている事は分からない。

 敬治はその理屈を掴もうとしている。

(信じるしか無いんですかね……)


 ↓


 二階堂の頬には一筋の切傷が付けられ、そこから血が垂れ落ちる。

「失敬失敬。訂正させてもらうとしよう。君はこの短い期間で成長したようだ。だが、それだけの成長では私を倒す事など不可能に近いといっても過言ではない。

 ところで、そのナイフは包丁としても使えるのかね?」

 関係の無い話をし始めそうな二階堂を完全に無視しながら、敬治は質問する。

「雪乃はどこだ?」

「そう。私はそれを君に伝えようとしていたのだよ。けど、君のせいで私の中の怒りは少しずつ上昇し始めている。だから、君には彼女の事など教えない。そして、無駄口も遊びもここまでとさせてもらうとしよう……――生死などどうでもいい。私は君を破壊する」

 敬治に傷つけられた事が屈辱だったのか、二階堂は初めて、自らの感情を露にした。しかし、その口調や表情は変わる事無く、ただ、言葉のみが変わっただけなのだが。

 自らの眼で目の前の電撃少年を()めようとしたその刹那だった。

 自分に何が起こったのか二階堂には分からない。だが、何故か自分の身体が硬直し、動かなくなり、魔眼も強制的に解かれる事となる。

 そして、何かが起こる直前、彼の耳はある音を捉えていた。それは――


 ――雷が落ちた時のような轟音だった。

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