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降雷の魔術師  作者: 刹那END
III.桐島篇
33/57

β―VIII. 選択の刻

(今の僕ってもしかして……窮地に立たされてる!?)

 今の自分の状況がうまく飲み込めない今年で三十路の会社員、柏原(かしわばら)哲郎(たくろう)は自らの手元にあったコーヒーカップを口に近づけ、コーヒーを口に含んで飲み込んだ。

 今の状況をまじまじと見てそう思うが、対策のしようが分からない。

 まず、彼のいるこの場所は喫茶店で今日は休日。目の前には見た目二十代の綺麗な女性が座っており、一緒にコーヒーを飲んでいる。

 そして、二人の隣にある窓の外には一人の女子高生がいた。

 こんな状況になった理由を知るには昨日の夜まで遡らなければならない。


 ↑


 昨日


 溜息混じりに駅から徒歩で自宅へと向かう哲郎の横に愛沙の姿は無い。

 彼の見張り役としてずっと一緒にいろと命令された筈なのだが、彼女の方から、

『ずっと、一緒にいるのはイヤ。気持ち悪い』

 と言って、学校も行かずに東京の街を徘徊する始末。

(大丈夫なのかなぁ……)

 と心配しながら再度、溜息を吐いた。

 地面ばかりを見て歩いていた彼だったが、若者たちの声によってその目は左の方へと向けられる。

 それはちょっとした良心か、はたまた出来心であったのか、彼は自らの足を止めた。

 五人の若者たちが一人の女性の周りを取り囲んでいる。

 そして、若者たちの中の一人が立ち止まって自分たちの方を見ている帰宅途中の会社員に気付き、睨みつけながら近づいていく。

(おやじ狩りされる……!?)

 内心ドキドキしながらこの場から逃げ出そうと心に決めて足を動かそうとするのだが、足は地面に根を下ろしているかのように動かない。

「おい、おっさん。なんか文句あるんか?」

 一メートルほどの距離にまで近づいてきた一人の若者の言葉に反応しない。いや、反応できない。

 すると、根を張っていた足がじりじりと後ろへと下げられていく。

(よし! このまま、逃げ――――うぉ!!)

 瞬間、哲郎の視界は空へと向けられる事となった。

 足元にあった何かに足をとられて、尻餅を着く結果となってしまったらしいのだが、哲郎は一瞬自分の身に何が起きたのか把握できなかった。

 つまり、自分の目の前にいた若者の今の状況も把握できていないのである。

 体を起こしながら空から地面へと自らの視線を向けると、若者は自分の局部を抑えながら悶え苦しんでいる。

(え――――?)

 地面に尻餅を着く際に遠心力によって力を増した自らの足が男の局部を直撃していた事に哲郎は気付いていなかった。

 ゲラゲラと笑う若者たちに対して、局部を蹴られた若者は敵意剥き出しの眼差しで目の前の尻餅を着いている会社員を睨みつける。

「ふざっけんなよ……おめえらも笑ってんじゃねえよ!!」

「ははっ! わあってるよ」「タマ蹴られて偉そうに命令すんなぁ!」「おっさん。俺たちに喧嘩売るとかバカじゃね?」

 女性を取り囲んでいた若者たちが一斉に哲郎の周りに集まり始め、さっきの女性同様に取り囲まれる。

 顔を歪めて冷や汗を流す哲郎は地面から起き上がれないまま、若者たちを見上げるばかりだ。

(これって物凄くやばい! やばいやばいやばいやばいやばいやばい!!)

 逃げようにも取り囲まれていて不可能。倒そうにも格闘技も何もした事無しに喧嘩も全くした事が無いため不可能。

 つまり残された選択は――

(――ボコボコにされるしかない……)

 諦めかけたその時だった。

「ちょっと君たち、一緒に来てくれるかな?」

 一秒も経たない一瞬の出来事。若者たちの後ろに一人の三十代後半から四十代前半くらいのスーツを着た男性が現れた。

 と哲郎が認識した時には若者たちとその男性は目の前から姿を消していた。

(ど、どこに……!?)

 その場に残されたのは若者たちに襲われそうになっていた二人。

 驚いたまま尚も地面に座り込んでいる彼に女性は近づき、手を差し伸べた。

「どうも……」

 その手をとって哲郎が立ち上がると、彼女はすぐに頭を下げた。

「あ、ありがとうございました!」

「いえ、そんなお礼を言われるような事は……」

「立ち止まってくれただけでも嬉しいんです! 私を見ても、通り過ぎていく人ばかりでしたから……」

 悲しそうに顔を俯ける彼女の姿を見ながら、(二十代くらいかな……?)と予想する哲郎。

 そんな彼の両手が彼女によって握られ、ビクッと体を反応させる。

「言葉だけでは足りません! お礼をさせてください!」

「え! そんな……」

 女性の上目遣いが哲郎の脳を麻痺させていき、思考を妨害する。

「連絡先交換しましょ! 明日のお昼空いてますか?」

 女性の言うとおりに携帯電話の連絡先を交換する。

「柏原哲郎さんですね! 私は榎本(えのもと)月菜(つきな)と言います!」

 その後のメールのやり取りで明日の昼に会う事となったのだった。


 ◆


「おい! どうなってんだこりゃ!?」「ここどこだ?」「おい、おっさん何しやがった!」「瞬間移動!?」

 自分たちに何かをした男性の胸倉に掴みかかる五人の若者の内の一人。しかし、男性は動じる事無く、自らのポケットの中からあるものを取り出す。

 それと同時に五人の若者たちは一様に言葉を失った。

 ぽかんと開けられた目の前の若者の口にそれは入れられる。

「やべえ! このおっさん正気の沙汰じゃねえ!」「警察呼ぶぞ、こら!」「倉っちを放せや!」

 若者たちが必死に男性と若者を引き剥がそうとするのも無理は無い。何故なら、若者の口の中に入れられているものは、引き金を引けば容易くあの世に送る事のできる代物であるからだ。

「警察? 何言ってるの、君たち?」

 男性はにやりと口元を歪め、銃を口に押し込まれ、泣きそうな若者に目を向ける。

「――――警察は俺だ」

 瞬間、銃声が鳴り響いた。

 男性の目の前にいた若者は地面に倒れ、それを目視していた若者たちは叫び声を上げながらその場から逃げ出す。

 そんな若者たちを追いかけることはせずに胸ポケットから煙草を取り出し、それに火を点けて一服する。

「あーんーたーはー……いっつもいッッッつもナニしとんじゃあ、ボケェエエ!!」

 男性は誰かによってとび蹴り食らい、地面に顔を激突させる。

 そのまま、若者と同様に起き上がらない。

「銃弾が入ってないなんて言い訳になるか! アホ! 銃持った時点で銃刀法違反じゃ!! しかも、おのれは警察じゃろうがぁああああ!!」

 うつ伏せに倒れた男性はとび蹴りをしてきた人物によって何度も何度も踏み潰される。

「す、すまん……だから、もう許して」

「おうおうおう。今回ので何度目じゃ? 言うてみい」

 頭の中で数える男性は右手を上げて、掌を見せ付ける。

「……五」

「二乗しても足りんわ! ボケェエ!!」

 自分を踏み潰している人物から思いっきり腹を蹴られて、地面をのた打ち回る男性の横で、若者は泡を吹いている。

 男性の握っていた銃は銃弾が入っておらず、さっきのは空砲。つまりは若者は気絶しているだけであった。

「金城くん……ちょっと聞いてもいいかな?」

「あぁん?」

「俺は君の上司だよね……?」

 二人の間に一瞬の沈黙が訪れ、それを打ち砕いたのは男性を踏み潰す足の音だった。

「痛い! ホントに痛いから踏むのやめて! わかった! 謝ります! 謝りますからその足を退けて――――」

 これは彼らの日常であった。そして、踏み潰されている男性の息子のせいで彼らがとんでもない事に巻き込まれるのは少し先の話。


 ↓


 彼女とのメールで喫茶店に行く事となり、今の状況に至る。

 窓の外では女子高生が物凄い形相で窓ガラスに頬を付けて、中指を立てた手を向けている。

 何故、制服も着ていないのに女子高生なのか分かるのかと言うと、哲郎がその人物を知っているからであり、女子高生の知り合いは一人しかいない。

(なんで、君がここにいるんだ……!)

 頭を抱えそうになる哲郎だが、目の前の彼女にそんな姿は見せられないと、平静を装う。

「あの……知り合いですか?」

「いえ……隣の席の人の知り合いか何かじゃないですかね?」

 と隣に目を向けるとそこには壁が存在している。

「隣に席はありませんけど……」

「そう……ですか……」

 冷や汗がダラダラと垂れてくるのが分かる哲郎はこれ以上の弁解のしようが無いと思ったそのとき、窓の外にいた女子高生は消え去っていた。

 安堵の息を吐くと、目の前の榎本はムスッとした表情だったが、呆れたのか、すぐに緩めた。

「昨日は本当にありがとうございました」

「そんな何もして無いですし……今日は僕が勘定持ちます」

「いえ! 私に持たせてください!

 ところで柏原さんはどこに勤められているんですか?」

「僕は――――」

 二人の会話は弾んでいき、二時間ぐらい続けられる事となった。


 ◆


 山田愛沙は覗き行為というものに勤しんでいた。

(エロいことを妄想してるに違いない……クソエロおやじ)

 と思いながら彼女はガラスに自らの頬を付け、右手の中指だけを立ててガラス越しにいる男に見せ付ける。

(今すぐ爆発しろ)

 強く念じながら、電撃の魔術を使ってガラスを壊そうか悩んでいたその時、彼女は自らの後ろに人の気配を感じた。そして、彼女が振り返る一瞬の間に、背後にいる人物は口を開く。

「コンニチワ、お嬢さん」

 瞬間、身の危険を感じ取った愛沙は周りの目など気にする余裕もなく光速移動を使って、背後にいた人物と距離をとった。

 微笑んでいるその顔を窺いながら、敵か味方かを判断する。

 そんな彼女の品定めのような眼差しに外国人のような高身長の男は口を開く。

「疑わなくてもいいですヨォ。ワタシはこれです」

 男は自らの懐から手帳を取り出して、彼女に見せつける。

 その手帳には魔術委員会の象徴である十個の円から構成される生命の樹が描かれていた。

 それを見て安心し、少しだけ気が抜ける。そこに漬け込まれた。


Estrarint(イストラリント)


 光の帯は彼女に光速移動までの時間を与える事無く、彼女の体に巻きつく。

(しまった!? 谷崎は私たちの中にまで――――)

 彼女の視界は光の帯によって闇に変えられる事となった。


 ◇


 闇をLED電球が照らす。

 哲郎がマンションの自室に着いた時、部屋は真っ暗だった。

(愛沙はまだ、怒ってるのかな……?)

 そう思いながら手を洗う彼がリビングへと戻った時、携帯電話のバイブ音が鳴り響いていた。

(愛沙? それとも、榎本さん?)

 すぐさま、携帯電話を手にとって画面を見るが、そこには非通知という文字。

 哲郎の中でこの前の記憶が呼び覚まされる。だが、その時とは決定的に違った。


 山田愛沙が哲郎の元にいない。


 通話開始ボタンを押すと、耳に当てて常套句。

「もしもし」

『コンニチワ。柏原哲郎さん』

「……どちら様でしょうか?」

 そう尋ねかける彼の言葉に電話の相手はクスクスと笑う。

『失礼。君はもう気づいているんじゃないカイ? これがただの勧誘とかの電話ではないことにィ』

「どういう事ですか……?」

 粗方の予想はついていたが、あえて尋ねた。

 その事を電話の相手も察しがついていたようで、すぐに単語を紡ぐ。

『彼女を誘拐しましたヨォ? イヤ、“彼女ら”と言うべきでしょうかネェ?』

(彼女ら……?)

 山田愛沙と他にもいる。

 思考の結果、考えが及んだ人物は、

「まさか――」

『そう。君が今日、昼に会っていた榎本月菜だヨォ?

 さて、此処で選択の(とき)だ。山田愛沙を助けるのか、榎本月菜を助けるのか。どっちかしか助けられないとしたら、君はどっちを助ける? 警察に言うのは無しだヨォ? それに他の助けもだ。君の行動は全て、把握してるからネェ。コレくらい言えば、察しがつくでショウ?』

 ごくりと唾を呑み込む哲郎。

(どっちを……どっちかなんて……)

『デハ、彼女らの位置情報はメールを通じて送って差し上げますヨォ。制限時間は一時間です。君が正しい選択をする事を願っていマス』

 一方的に切られる電話。

 危うく、携帯電話を落としてしまうのではないかと思うほどに彼の手はぶらんぶらんと宙を漂った。

(そんな……残酷すぎる……)

「クソォォオオ!!」

 目の前の机を殴りつける。だが、それでは何も始まらない。

(愛沙……君なら、自分で何とか……!)

 そう願って、彼はメールによって送られてきた位置情報の榎本月菜の方を見た。


 ◇


 新しくできた事から廃墟となった筑何十年という病院。

 立ち入り禁止という紙には目もくれずに哲郎はフェンスを越えて廃病院の中に入っていく。

 普段の彼ならば、怖くては入れなかったであろう。しかし、今の状況ではそんな事など考える余裕もなかった。

「榎本さん! どこにいるんですか! 榎本さん!」

 病院の廊下を駆け回りながら叫ぶと、「ガタンッ」という物が倒れるような音が鳴り響き、すぐさま、その音の方向へと走る。

「榎本さん!」

 四畳半くらいの狭い部屋にガムテープで口を塞がれ、手足もガムテープで拘束された彼女が寝そべっていた。

 彼女の傍に駆け寄って、ガムテープを外していく哲郎は彼女が無傷である事を確認した瞬間にホッと安堵の息を吐いた。

「良かった……ホントに無事で良かった……」

 その刹那、彼女は彼の事を嘲笑った。


「あなたは選択を誤った」


 その言葉を聞いた瞬間、彼の頭の中は真っ白になる。

「……どういう……こと……?」

「まだ、分からないの? あなたは選択を間違ったの。今頃、山田愛沙はどうなっているんでしょうね?」

 女は口を大きく歪めた。そして、顔全体を歪めて嗤った。

 彼女の笑い声だけが病院に鳴り響く。そんな声も今の哲郎には聞こえていなかった。

(間違った……? 彼女は違った? じゃあ、愛沙は――)

 彼女の事を考えた瞬間、哲郎の体は無意識に動き出した。

「もう遅い! 行っても無駄よ!」

 彼女の言動など聞こえず、ただ、ひたすらに病院の廊下を駆けた。

 外は雨が降り出しており、彼の足を滑らせる。それでも、彼は立ち止まる事無く、走り続けた。

(愛沙…………愛沙……愛沙愛沙愛沙愛沙!!)


 ◇


 ずぶ濡れで肩で息をしながら、柏原哲郎は一度、来た事のある廃ビルへと入っていく。

 階段を一段とばしで上っていき、金色に輝くキューブのあったフロアへと辿り着いた彼が見たのは――血だらけで寝そべる山田愛沙の姿だった。

 糸で吊られていた人形が糸を切られて地面に倒れるように、彼は膝を着いて項垂れる。

 すると、彼の聴覚は「パチパチ」という耳障りな音を捉えた。

「お見事お見事。予想通り、君は選択を誤ってくれたヨォ。ありがとう。あと、一つ言っておくけどぉ、彼女はまだ死んでないヨォ?」

 俯けていた顔を上げ、その足を動かそうとした時、耳障りな音を立てた男が持っているものに目がいき、動きを止めた。

「そう。動かない方が懸命だぁ」

 言葉を発する男の手にはしっかりと銃が握られていた。

「さて、そこから動かないでヨォ?」

 そう言いながら男は銃口を愛沙から哲郎の方へと向けていく。そして、銃の引き金を引いた。

 銃声が鳴り響く。

 痛みのあまり、声を出す事さえできない。

 彼は自らの腹を男によって撃たれた。

「思い出すまで、撃ち続けるヨォ? 早く思い出さないと死んじゃうネェ」

 二発目の銃弾が彼の右手を貫き、床にうつ伏せの状態で叩きつけられる。

(痛い……愛沙……早く……止血しないと……)

 撃たれていない左手を愛沙の方向へと伸ばしていくが、それが愛沙に届く事はなく、三発目の銃弾が左手を貫いた。

(思い出す……? 何を……僕は……少年に……)

『最強を演じ続けろ、少年』

 自分が少年に言った言葉を思い出す。

(最強を……演じ続ける……)

 その瞬間、銃に実装された最後の銃弾が哲郎に向けて放たれた。

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