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降雷の魔術師  作者: 刹那END
III.桐島篇
32/57

β―VII. 五年前

 昨日


 彼女は雨の中をひた走る。

 東坂高校の校内で、紅く光る雨が地面に落ちた時、彼女を縛っていた黒い紐のようなものは雨に融けていくように無くなった。

 その瞬間から彼女は地面を蹴りだして、どこへ行くのか自分でも分からずに、ただ、ひたすらに走った。

 逃げていた、という表現の仕方は正しいが、それだけでは足りない。

 彼女は制服を着た男の存在を恐れた。自分と同じ魔眼を持っていたとしても、彼と自分との力量の差は歴然で、その上、彼は敬治との一戦で本当の実力を見せてはいなかった。

 それを敬治がいなくなった後に見せた男は眼下のそれを見て嗤った。

(あれは、あの眼は……あの時の……)

 ズキッ――

 その音が自分の眼帯をした左眼から発せられたような気がした。

 殺人鬼である兄の顔を思い出すと、左眼が疼く。

 そんな兄と同じ眼を男はしていたのだ。

(ダメ! 戦っちゃ、ダメなの! 敬治くん!)

 男と戦ってはならない事を言いたい。だが、敬治は彼女の目の前にはいない。

 敬治の元へと行こうにも居場所が分からない。

 だから、彼女はただ走るだけだった。

 すると、闇に紛れていた人物にぶつかり、雨で濡れた地面に尻餅を着く。

「すみませ…………」

 謝ろうと顔を上げた瞬間にぶつかった人の顔が見え、彼女は言葉を失った。

「やあ、雪乃。久しぶりだね。調子はどうだい?」

 黒い傘を差したその男は、久しぶりに会う友達と気軽に話すように言葉を発する。

 だが、彼女の方は衝撃が大きすぎて、口を開けて何かを話そうとするが、肝心の声が出ない。

「そんなに怯える、普通? そんなに俺のことが嫌いなのか……」

 少し落ち込んだような表情を見せる男だが、それでも彼女の緊張の糸は切れない。

(なんで……この人がここに……?)

 その疑問を頭の中で反復する彼女の様子からそれを察したのか否か、男はここにいる理由を述べる。

「まあ、それは置いといて。俺はお前に話があるから、わざわざ東京からここまで来た。

 雪乃……――――お前の兄貴に会いたくはないか?」

 雪乃は自らの右目を大きく見開き、目の前の男――谷崎一也の顔を見た。


 ↑


 五年前 ドーム


『――ッ!? ……流石は会長さん。俺の魔術を止めるとはなぁ!?』

『何ゆうておるんじゃ? お前さんのはどう見ても――――魔術ではないじゃろ』

 結界を展開した老人、魔術委員会会長は目の前の少年に向けて言葉を吐き出すと、少年は嗤った。だが、次の瞬間にはその表情に一切のゆとりはなく、背後に目を向ける。

 すると、そこには銃を向けるスーツ姿の二十代の男が立っていた。

『チキンのかしわオニギリが何しにきたんだぁ? そんな玩具手にしてよぉ』

 少年に睨まれる男の、銃を持つ手は小刻みに震えていた。その震えも段々と小さくなっていき、完全に静止した時、男は口を開く。

『僕は君を創り出した男だ……僕が創り出したものが不祥事を起こしたというのなら、処理するのは僕の義務だ!』

『はっ! お前なんかじゃねえよ。今の俺は俺自身で創ったものだ!』

 少年の目が鋭いものへと変化した瞬間に男の目の前に黒い炎が現れる。

 一瞬ビクッと驚いたが、すぐさま自らの両手で握る銃の引き金を引いた。

 発射された銃弾は黒い炎に呑みこまれ、そして――黒い炎はその銃弾に吸い込まれていった。その後、それは役目を終えたといわんばかりに粉々になった。

 目の前の出来事に目を見開く少年だったが、ずっとそうしている余裕はなく、背後からは日本で最強であろう魔術師が迫っていた。

 会長は自ら手を少年との距離一メートルのところで翳し、Arai(アライ)を唱えずに魔術を発動した。

 少年と一緒に周りにあったドームの席も宙を舞ったに見えたが、少年はわざと宙に跳んだのだった。

 だがしかし、宙には逃げ場が無いと気付いた頃にはもう遅かった。

Ria(リア) smocrepsionスモークリプション

 会長が宙に向けて翳した手をギュッと握り締めるのと同時に少年はあらゆる方向から押しつぶされてしまいそうなほどの圧力を感じ取った。


 魔術委員会会長の魔術は東坂高校の魔術部部長である藤井亮と同じ、空気の魔術である。

 空気を魔力で圧縮し、放出するのが特徴であり、自分を素早く移動させる事も可能だ。

 だが、会長の使える魔術はこれだけでなく、殆どのAraiと仕組みを憶えており、孫と同様、魔術同士合わせる事もできる。

 バリエーションが多い上に魔力も少年ほどではないが、大量に有している。

 そして、絶対防御結界も展開できる。

 これらが最強たる所以なのだろう。


 このままでは押しつぶされると思い、降下しながらギロリと老人を睨みつける。

 その動きから何かが来ると分かった老人は握り締めていない左手を目の前に翳す。

 するとその瞬間、目の前で黒い炎が上がった。

『若いモンがようやりおるわい。じゃが、お前さんの攻撃は効かんぞ』

 降下していた少年は着地しようにもあらゆる方向からの圧力によってできずに、地面に頭から落ちた。

『いッてーなぁ……かしわオニギリィ……俺の炎に何しやがった?』

 頭から血を流しながら立ち上がる少年は銃口を向ける男の方へと尋ねかけると、男は嘲笑うように答えた。

『僕は君を創り出した。だから、君の弱点も分かってる。この銃に搭載されてる銃弾は君の魔力を吸収する、君にだけ効く銃弾だ――』

 銃の引き金を引く。回転しながら直進する銃弾は少年に魔術を使う時間など与えないと思われたが、少年は怪物だった。

 黒い炎が少年の周りから発生し、少年を包み込む。

 その中に銃弾が入っていくと、さっきと同様に黒い炎は消えてなくなり、銃弾も粉々に飛散した。その後、さっきと同様に会長は魔術を唱えようとしたが、目の前に少年の姿はない。

 会長はすぐさま、後ろを振り向いて魔術を発動する。

 さっきよりも数倍近くの強さの魔術を発動したはずなのだが、少年は何もなかったかのように佇んでいて、おまけにドームの席も吹き飛んでいない。

 どういうことだ、と首を傾げていると、その目に一筋の黒い稲妻が映った。

『電撃の魔術破壊……厄介じゃな』

 自らの顎鬚を触っていると、少年はまた姿を消す。

 警戒を三六○度全てに注いで、どこからの攻撃でも対応できるようにしている。つもりだった。

 少年は会長の目の前に現れ、そして――黒の電撃を以ってして、その体を貫いた。

 会長が反撃する前に少年はまた姿を消した。その上、会長の影で男は銃の引き金を引けなかった。

 着物へと染みこんで行く赤い色は傷の深さを物語る。

『会長! 大丈夫ですか!』

『……年はとりたくないのう……あんな若造の攻撃も避けられんとは……』

 自嘲気味に話しながら腹部を押さえ、周りを見回す会長とその会長を支えながら、見回す男。

 次の瞬間、ドームの中にその声は響き渡った。

『あは……あはは……ッアハハハハハハハハッ……アッハッハハハアハッハッハッハハハハアアアアァ……最ッ高だァ』

 少年はドームの芝生の中心で口を歪める。

『やっと力の使い方が分かってきた……誰も俺を止めることなんてできねぇ!』

 中心で大きく手を広げて笑い始めるその姿を見て、会長は目の前のフェンスに手を翳し、フェンスに大きな穴を空ける。

 笑うのを止めて、そのまま芝生の上に降り立った二人に目を向けた。

『もう何もかもが遅い……五千人は消え、お前らもここで俺が殺す。俺に勝てる奴はどこにもいなくなる!』

 少年の周りで黒い電撃が激しい音を奏でた。

 彼の周りに強靭な壁が出来上がったと言えるだろう。

 そんな強靭な壁も男の手にした銃の前では無意味なのだが、発射された銃弾が彼の元に辿り着く前に、彼は光速移動で避けられる。

 そして、彼は守るだけでなく、攻撃も仕掛け始めた。

 会長と男の目の前に黒い炎が上がり、その煙が未だ消えてない時にもう一度、黒い炎が上がり、その繰り返し。

『どうしたぁ? ビビってんのかぁ! 会長さんよぉ!』

 さっきよりも黒い炎が激しくなったところで、会長は苦しい表情を浮かべ、自らの結界に力をこめる。そして、隣にいる男に話しかける。

『わしが合図を送る……結界を解くから、お前さんの銃で奴の炎を吸い込むんじゃ』

『会長はその傷で何をする気なんですか!? これ以上動いたら、死じゃいますよ!』

 心配の色を滲ませながら叫ぶ男に、にこりと微笑んで安心させる。

『大丈夫じゃ。一瞬で片をつける一、二、三で撃て。いいな』

 ゆっくりと頷いて、展開されている結界に銃口を向ける。

 尚も結界には黒い炎が上がっている。

『一』

 少年は勝利を確信して口を歪めている。

『二』

 男は手に汗を滲ませながら両手で銃を構える。

『三』

 瞬間、ドーム内に二発の銃声が響き渡った。

 二発の銃弾はそれぞれ、黒い炎を吸収して飛散し、男の目の前には煙だけが残る。

 辺りを見回す少年は誰も近づいてこないのを確認した後にドームの天井を仰ぎ見た。

『見つけたぁ!』

 宙に存在する着物姿の老人を目視した少年が自らの右手を上げるその前に、老人はAraiを唱えた。

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 その刹那、少年の腕は逆方向に折れ曲がり、その体は地面に叩きつけられる。

『ああああぁぁぁぁぁぁあぁああああぁあぁぁぁぁあああああ!!!』

 叫び声を上げながら、折れ曲がった腕を見ることもできずにただ、芝生に頬を擦りつける。

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 会長がそのAraiを唱えるのと同時に光の帯は少年を雁字搦めにしていき、最終的に直方体の形になったところで、光の帯が会長の手から離れた。

 空気の魔術でゆっくりと地面に降り立った会長に肩を貸す男。

 そんな男に『頼みごとがある……』と、耳元で会長は話し始めた。

『お前さんのその技術を応用して……こやつの魔力を断続的に吸収するモノ創ってはくれんか? そうせんと、こやつの魔力は永遠に膨大し続け、わしの結界では歯が立たんくなるかもしれんからのう……』

『……分かりました』


 その後、男の手によってそれは開発されたのだが、男は姿を消し、副会長がそれを管理する事となった。


 ↓


 敬治が目を覚ました次の日


 やあ。誰かと思えば、君だったか。

 誰も来ないと思っていたんだけど……そう言えば、君が来るって言伝してくれたのを忘れてた。

 ん? なんで、少し怒ってるんだ? え? そんな筈は無いだって?

 ハハハッ! 何を言ってるんだ。私の“魔眼”はそんなに勝手の良いものじゃない。おっと。これ以上は言えないな。弱点を教えるも同然だからね。

 ところで其方の可愛らしいお嬢さんは確か……私と同じで魔眼を持ってる……そうか。彼の妹さんか。

 目がとても似ているよ。

 すまない。目についての話をするべきじゃなかった。

 それで、君は彼女のお兄さんに用があるんだろ? そうじゃないと、危険を冒してまで此処に来る意味は無いしね。

 だけど、生憎、彼に会う準備はまだ整ってないし、彼をあそこから出す事も不可能だ。

 何故かって? 前にも話したはずだけどなぁ……しょうがない。

 あれがまだ、完成してないからだよ。完成しない限り、ここの地下の結界を破壊することはできない。

 完成したからって結界を破壊できるのか、だって?

 私的にはもはや、運任せと言ってもいいくらいの確立だと思ってるけど、彼が創り出したモノなんだ。成功確立は九割を軽く超えるよ。

 そう言えば、今の彼の行方を知らないか? めっきり、噂を聞かなくなったんだが……

 そうか。まだ記憶を取り戻してはいないのか。

 けど、記憶を取り戻す可能性は高い。彼自身が“自らの意思で記憶を失くした”のだから、それなりの意味があるにちがいない。

 そうだね。君の言うとおり、彼にはたとえ舞台に上がらなくとも、消えてもらうに越した事はない。

 今のまま順調にことが運べば、六月下旬には計画を実行できる。

 その時には君も――――を実行する気なんだろう?

 そう。君のご察しのとおり、魔眼を使ったんだ。

 計画は失敗なんてできない。だから、一人の邪魔者も出してはいけない。

 何? 一人だけ邪魔が入るかもしれない?

 待ってくれ。そんなの私は聞いてない。

 斉藤敬治……って私の話も聞かずに勝手に話を進めるのはやめてくれないか!

 あのね。ダメなものはダメだよ。それに彼、亡霊(ファンタズマ)にお誘いが入ってるんじゃないか? A級犯罪者になったようだし……

 分かったよ。そこまで言うなら、彼を処理するのはやめよう。だけど、あれの元を創った彼には消えてもらう。

 何? 彼ばかりで分かりにくい? はぁ……本当に注文が多いな。

 降雷の処理はやめる。だけど、かしわオニギリは処理させ貰う。これでいいね?

 何を驚いているんだい? 私は前からそう呼んでたよ。

 じゃあ、六月下旬に実行ってことで。

 楽しみだね。この計画で――戦争が始まるかもしれないんだから。

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