α―XXIV. 破壊
本日の二十二時に決戦は開始される。
屋上で一人携帯電話を片手に佇んでいる病人は何度も自分に「落ち着け」と言い聞かせた。
(罠を張ってる可能性が高いんだ……慎重に行かないと……!)
だがしかし、感情は抑えられない。それは二階堂が谷崎の上であるという事実を聞いた事が主な原因だった。
敬治の中で谷崎という存在は優しい先輩のままで、それが魔術委員会会長を殺そうとしたのには理由がある、誰かに唆された、と言うの知ることが今現在の彼の目的である。
つまりは、先の二階堂の発言により、「谷崎を唆したのは二階堂だ」と言う回答が敬治の中で形成されてしまったのだ。
しかし、それを予想した上で、二階堂はそんな嘘をついた。“ど”の付く勘違い男は何も考えていないようで実はちゃんと考えていた。
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魔術図書館
魔術の文献の他にも普通の本も置いてある事から、国内でも最大級の本の数を有しているのではないかという魔術委員会の隣に位置している魔術図書館。
そこに「T-0002471」という文字が書かれた紙切れを片手に一人の柄の悪い男子高校生が入っていく。
彼はその片手に持った紙切れに書かれた番号の本を探すかと思いきや、すぐさま、本の検索ができるコンピュータへと向い、検索をかける。
そして、画面に表示された棚の場所を頭に入れてから動き始めた。
(あんなのありえねえ! 俺がビビるほどの魔力なんて、絶対裏があるはずだ! それに“あの円”……つまり、あのクソ野郎の能力は……)
本棚へと辿り着く男はその本棚から目的の本を取り出して、その内容を食い入るように見た。
「……やっぱりな。“あれ”はあのクソ女の魔術と同じ仕組みって事かぁ……?」
そう言って、本を閉じる男はすぐさま、「T-0002471」の本を探しにその場を離れた。
男の見ていた本の内容は“魔眼”に関する本で、その中で彼が眼に留めていた項目は“破壊魔眼”であった。
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(母さん……ごめん)
心中でそう謝りながら、病人の服装のまま病室を出て、そっと扉を閉めた斉藤敬治。
時刻は二十一時。病院の消灯時間で、廊下には床を照らす少量の光しかない。
そんな廊下を歩いていく途中、一人の人物とすれ違う事となる。
「本当に行くのかい?」
何も言わずに通り過ぎようとしたところで、眼鏡の位置をクイッと直す男、藤井亮は口を開いた。
自らの足を止める敬治。
「……俺は雪乃を信じてますから」
そう言って、止まっていた自らの足を前に踏み出していく。そんな降雷の魔術師の姿が病院の階段の場所で消えた瞬間に、藤井は病院での使用は禁止されているにもかかわらず、携帯電話を取り出して、東京の魔術委員会へと電話をかける。
「もしもし。藤井亮ですが」
『斉藤敬治についての報告か?』
「はい。斉藤敬治は桐島雪乃を追いました。多分、そこには――二階堂壱もいます……」
部長は雪乃と二階堂が一緒にいることなど知らないはずなのだが、彼はどこからかその情報を得ており、その正体も知っていた。
『なるほど……“亡霊”もついに動き出したということか』
「斉藤敬治の性格上、“ファンタズマ”に入る可能性は高いですね……どうしますか? これで、“三つの勢力に一人ずつ電撃がいる”状況になってしまいますが……?」
電話の相手は何かを考えるように間を空けてから、紡ぐ。
『予定通り、彼には表からいなくなって貰うとしようか?』
「そう……ですか……」
納得のいっていないような言葉を発する藤井を不審に思いながらも、余計な詮索はせずに相手は速やかに電話を切った。
(やっぱり、俺は何時間考えようとも、君の意見には賛同できなかったよ……だけど、最後に少しだけ――)
申し訳なさそうな表情をした後、すぐにその口を綻ばす。
◆
その頃、敬治は第一の関門である病院のエントランスにまで来ていた。
(どうやって通過するべきか……裏口……とかあったりするのかな?)
目の前にある自動ドアが消灯の時間にまで至った今に開くはずも無く、自らの頭を悩ませていた。そんな時、自動ドアの上にあるセンサーが動き出し、自動ドアが開かれる。
首を傾げながら、外へと出て行くが、すぐに自動ドアを開けた人物の見当がつき、自らの口をその人物と同様に綻ばせた。
(ありがとうございます……部長)
心中で頭を下げる敬治は病人の服装のまま、夜の世界に身を投じ、二階堂から指定された場所へと向かう。
そこは敬治にとって、馴染みのある場所であり、この病院からそんなに遠く無い、歩いて三十分以内のところに存在する。
東坂高校。彼の通う高校が指定の場所であった。
そして、幽霊屋敷にも見える夜の学校に着いた彼の目に、開かれている門が映る。
(学校から嫌な感じがする……学校全体に結界を張ってる……?)
緊張が一気に高まり、唾をごくりと呑む音が鮮明に鼓膜を振動させる。
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斉藤敬治が桐島雪乃に刺される四日前
「俺に……――“光速移動”を教えてくれませんか?」
振り返る少女、山田愛沙に向かって敬治は頼んだ。
重い頼みをしたと思い込んでいた彼だったが、それはとんだ見当違いで、彼女は軽く首を縦に振る。
「いいよ。三つの事教えるだけでいいなら」
体ごと向き直り、目の前の男に人差し指を立てながら、一つ目から順に言っていく。
「まずは気合! 『○○が好きだー!』とか『○○を倒すぞー!』って言う気合を思い浮かべる。次にその気合を口に出す。最後に自分なりの決めポーズをする。
さあ、やってみて!」
何に繋がるのかも分からないことをやれと言われたが、教えてくれるように頼んだのは自分であり、態々、教えて貰った事をやらないという選択肢は初めから無い。
「た、谷崎先輩を唆した人を倒すぞ……ぉ」
日曜の朝にあっている特撮ヒーロー物がするような決めポーズを愛沙の目の前でする敬治の表情は真剣と羞恥の狭間で揺れていたが、
「ぷぷっぷふふ……アーハッハッハッハッハッ! ホントにやった! 冗談で、言ったのにホントにやったよ、この人ー!」
彼女のそんな行動が敬治の表情を赤面にする。
「だ、騙したんですか! ちゃんと、教えてください!」
止めなければいつまでも笑っていそうな彼女の笑いに終止符を打つべく、発した言葉は彼女の耳に届き、彼女は涙を拭いながら謝罪する。
「ごめん。本当にやるとは思わなかった……ふふ」
まだ、笑いが収まらないようで口元に手を当てて顔を俯かせること二分。
笑いが収まった愛沙は光速移動についての説明をし始める。
「これから言うのが本当のこと。
光速移動の仕方ははっきり言って簡単。ただ、自分の体を電撃で放出するイメージでやれば良いだけ。でも、一つだけ気をつけなきゃいけないのが反作用があるってこと。高速移動のときの速さで地面に足を着いたなら、その速さ分の衝撃が足にも伝わるってこと」
「……じゃあ、どうやって止まれば……?」
「電撃をその速さの向きと逆方向に放出する。そうすれば、力は相殺するでしょう?」
頭では何となく、理解できたものの不可解な点はまだある。しかし、愛沙はそれらを「実践でカバー」と言う言葉で全て片付けてしまった。
「ところで、電撃を刀とかに変化できる?」
「できますけど……?」
訝しげな表情を浮かべる電撃少年の目の前で、ケチャップ少女は思案するように空を見上げ、「やっぱやーめた」と言って、手を振りながら屋上を後にしようとする。
「ちょっと待ってくださいよ! 何言おうとしてたんですか!?」
「……魔術は自分の魔力を使って、どんな形にも変える事ができる。この事は覚えておいたほうがいいと思う」
↓
いらぬ事まで思い出してしまった敬治だったが、その表情は真剣そのもので、彼でも解けるような目の前に張られた結界に自らの手を翳す。そして、久々にAraiを唱えた。
「Riyelectict」
右手から走る少量の放電は深い闇を一瞬だけ、照らし出す。そして、見えない壁に突き当たると同時に弾け、その見えない壁諸共目の前から存在を消した。
一瞬目の前が光った事により、その直後、敬治は目の前の光景がはっきりと見えなかったが、段々と闇を映し出していく。
そして、闇に紛れてそこに存在していたのは、敬治が怒りを覚えている存在――二階堂壱。
「遅いから来ないと思ったよ。君なら、九時半くらいには来るだろうと思っていたんだがね。私の見当違いだったようだ。
ところで、君のその格好……君はコスプレというものに興味があるのかね? 私はそんなものに興味は無いのだがね」
と言う男自身が東坂高校の制服を着ており、病人の格好をしている男と同時に存在する事で、ここが仮装の舞台上では無いのかと言う錯覚を覚えさせる。しかし、二人の間にはそんな錯覚など無く、敬治は目の前の男の格好など目に入っていなかった。
「雪乃はどこだ?」
「彼女は此処にはいないよ。何か不都合な事でもあるかね? 彼女がいない事を負けた言い訳にできるのなら、きみにとっては都合の良い事この上ないのではないか?」
その言葉を無視する自らの拳を握り締める。
「あんたの言葉は俺を逆撫でする……だから、もう話すな」
「失敬失敬。君の言うとおり、ちょうどいい緊張感を私の言葉で崩すのは勿体無い。
ところで、君は何故、校門を踏み越えて此方に近づかない?」
尚も言葉を続けようと質問を投げかける二階堂に対し、Araiを唱える事無く自らの周りに電撃を発する敬治。
次の瞬間、その姿は男の目の前から消え、校門を踏み越え、男の背後にまで回っていた。
同時に振るわれる電撃を纏った拳。
それが男の背中を貫こうかと言う距離にまで至った時には、纏っていた電撃は姿を消し、その拳からは血が溢れ出していた。
自らの手から血が溢れ出している事に敬治が気付いたのは、電撃が消えてから校舎に向かって数歩下がった時のことであった。
(何が……起きた……?)
速さに応じて何かをしてきたと言うところまでは分かった。しかし、その“何か”が分からない。
手に纏っていた電撃が突然と消え、血だらけ。
背中を向けている二階堂を睨みつける。そして、睨まれている男は振り返ると同時に口を開いた。
「『驚愕』という言葉の似合う顔をしているが、何か驚く事でもあったのかね? はっきり言って、私の方が驚愕しているよ。尋ねた瞬間に、君が私の背後に高速で移動していくるのだからね。驚きすぎて心臓が止まりそうだった」
半分、聞き流しながら思考する敬治だが、一向にその答えは見つけ出せない。しかし、これだけは分かった。
(直接的な攻撃はダメだ……)
すぐさま、二階堂の方に血だらけで無い左手を翳し、Araiを唱えた。
「Ricelect chosk」
暗闇を照らしながら、光の龍がコンマ数秒の世界の中で蛇行しながら制服を着た男へと進む。しかし、その龍は男の目の前で跡形も無く消え去った。
そして、敬治は見た。
男の眼が暗闇の中で不気味に、猫の様に発光している事を。
男の眼の瞳孔が一つの大きな円と小さな四つの円で構成されている事を。
(これは……雪乃と同じ――)
「――魔眼……!?」
「そう。私のこの眼は魔眼だ。しかし、君の知っているであろう桐島雪乃の魔眼などとは異なる。言うなれば、彼女のは偽物で私のは本物だ」
その言葉の意味が分からず、首を傾げて、頭の上のアンテナを揺らした。
そんな彼に説明するように目を光らせている男が言葉を続ける。
「彼女の具現の魔眼は生まれつきのものではなく、人工的に作られたものだ。目玉を刳り貫き、魔力の篭った目玉を入れたのだよ。だから、彼女は左眼だけが魔眼で、常時その眼に光を宿している。しかし、私のように生まれつきに魔眼を持っているものは両方の眼が魔眼であり、常時この眼を光らせているわけではない。
そして、君にとっては此処からが重要だろう。彼女は自分の肉親である兄に左眼を抉られ、谷崎に眼を与えられた。救われたのだよ。だから、彼女は谷崎の命令ならば聞く」
にやりと笑みを浮かべてみせる。
「それを利用しないで、何に使うというのかね? 歪んだ繋がりを断ち切れない彼女を、“駒として”使わない手はない」
その単語を聞いた瞬間に歯を噛み締める音が鳴り響く。そして、その音を鳴らした本人である敬治が足を一歩前に踏み出そうとした瞬間、鈍い痛みが彼を襲った。
(――ッ!? なんだ……この痛み……)
知らないうちに膝を着き、額からはダラダラと汗が地面に垂れ落ちる。
(いつの間に、こんなに汗を……掻いてたんだ……?)
「電撃の魔術で急に体を酷使するからそうなってしまった。つまりは、さっきの攻撃が今の君の限界だということだ」
(……限界? そんなはず無い……!)
膝を地面から離して、ゆらゆらと体を揺らしながらも立ち上がる。
「ほう? まだ、立つのかね? 面白い。そんな君の根性を称えて、私の魔眼の能力を君に公表しよう。私の魔眼の能力は君の魔術と同じ――――破壊だ」
目を見開きながら、肩で息をする病人の格好をした敬治と余裕の笑みを浮かべて、東坂高校の制服を着た二階堂。
「私と君。どちらの破壊が強いのか、試してみようではないか?」