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降雷の魔術師  作者: 刹那END
II.称号十人選抜決定戦篇
26/57

α―XX. 衝撃と痛み

(目の前から……消えた!?)

 敬治には目の前の光景がスローに見えていた。それは死ぬ寸前に体験するようなものであり、敬治自身も死ぬと思っていた。

 自分の後ろへと回る愛沙の動きにもっとスローな自分はついていく事ができない。

 圧倒的な力の差を感じた時、敬治は紅炎の魔術師との戦いを思い出す。

(あいつの攻撃を受けたあの時、無意識に電撃を出してた……状況も変わらない……なら、今度は――意識して出せるかもしれない……?)

 確信は無く、しかし何かやらなければ()られる。敬治の決断は早かった。

 後ろから迫り来る愛沙の電撃を纏った手刀が自分の首を刎ねる前に敬治は電撃を出そうと力を入れる。その刹那、敬治の体から電撃は発せられ、愛沙の電撃とぶつかり合った。

 その衝撃で敬治は前へ、愛沙は後ろへと吹き飛ばされる事となり、二人はバランスを取って倒れることは無く、五メートルほどの距離を作り出す。

『俺が言ってるのは雷鳴の魔術師の事だぜ?』

 紅炎の魔術師の言葉が思い出され、後ろを振り返る敬治は愛沙に尋ねかける。

「あなたが雷鳴の魔術師ですか……?」

「……そう」

 敬治を睨みながら、頷く愛沙を見てまだ次の攻撃をしてこないのを吉と思い、敬治は先の質問の答えを紡ぐ。

「谷崎“先輩”の仲間になる気はありません……ただ、知りたいだけなんです。何故、谷崎“先輩”が魔術委員会の会長を暗殺未遂をする事になったのか」

 その言葉に偽りは無く、敬治の眼差しからも真剣さを感じ取った愛沙。しかし、その偽りの無さが逆にいけなかった。

「犯罪者に“先輩”付けるとか……あなたはもう、何を言っても黒にしか見えない」

 構える愛沙に紅炎の魔術師の言葉が再度、思い出される。

『お前……“光速移動”できねえのか?』

(“光速移動”……電撃の魔術で速く移動してるって事か。けど、俺にそんな技はまだ使えない……だったら――――)

 敬治は構える事無く、Arai(アライ)を唱えた。

Denthur(デンサー)

 体の周りから大量の電撃を発する敬治に愛沙は納得する。

(いくら速くても、さっきみたいに弾き返せばいいってわけね……けど――)

 にやりと口を歪める愛沙はAraiを唱える事無く、ただ構えているだけのままで、

(――その状態。何十分持つかな?)

 そう考えながら、敬治の魔力が尽きるのを待つために動かない。

 愛沙の考えに気付いた敬治は愛沙の方へと走り、勢い良く拳を振るった。がしかし、敬治の拳が捕らえたのは空気であり、目の前にいた愛沙は敬治の後ろに存在していた。

 険しい表情を浮かべる敬治は次の瞬間にはその表情を一変させる。口を歪めて笑ったのだった。

「何がおかしいの? この状況で」

「いや……谷崎“先輩”の事、考えてたら忘れてた事思い出しちゃって……」

 「クククッ」と肩を上下に動かす敬治をまた、睨みつけ始める愛沙はその笑いに底知れぬ怖さを覚えた。そして、その瞬間、敬治は体に纏っていた電撃を消し去った。

「なんで?」

 訝しげな表情で敬治を見る愛沙はそう尋ね、それに敬治は答える。

「魔術は人を傷つけるためのものじゃない……そんな大切な事を忘れそうになってた。そして、谷崎“先輩”は教えてくれた。その魔術で人を助ける事もできるんじゃないかって。だから、知りたいんです……理由を」

(『魔術は人を傷つけるためのものじゃない』か……)

 去年の事を思い出す愛沙は再度、質問を投げかける。

「それで、あなたは谷崎の仲間になりたいの?」

 敬治は自らの拳を硬く握り締めて、愛沙の眼を一心に見つめながら答える。

「魔術で人を傷つけた人の仲間には――なりたくありません」

 安堵の息を吐く愛沙は敬治に向けて、微笑みの表情を向け、敬治との距離を縮めていく。そして、握手できるくらいの距離にまで来たところで自らの手を敬治に差し出す。

「合格」

「……?」

 訝しげな表情で愛沙を見る敬治は彼女の手を取って、握手をする。敬治のその様子から愛沙は合格の意味を説明する事にした。

「今日、メール来たでしょ? 『屋上で敗者復活戦する』って」

「え?」

 その説明だけでは足りなかったのか、敬治はますます首を傾げた。

 握手していた手を放す愛沙も何を疑問に思っているのか分からないため、説明の仕様がない。

「なんで……合格なんです……?」

「戦力になるって私が判断したから」

(戦力……? そう言えば、この十人を決めるトーナメントの意義は何だったんだ? 戦力にする? 何の?)

 疑問が湧き上がってくる敬治の頭は一つの単語が浮かび上がるのと同時に、いくつもの疑問は一瞬にして消え去った。

「谷崎先輩を倒す……戦力ですか?」

「厳密に言うと違う。谷崎を取り巻く奴らを倒す十人を決めるのが、このトーナメントの目的。そして、後の五人の内の一人を決めていい権限を私はもらってる」

「そんな簡単に決めちゃってもいいんですか……?」

 愛沙は敬治に背を向けながら、その質問に答える。

「別にいいよ。早く決めて下に行かないとタクローが怒るから」

 自らの足を屋上の出入り口へと動かし始める愛沙は敬治へと手を振りながら屋上を後にしようとしたのだが、敬治はその足を止めさせる。

「待ってください!」

 敬治の方へと振り返る愛沙。

「俺に……――“光速移動”を教えてくれませんか?」


 ↑


 五日前 ゴールデンウィーク最終日


 生徒会副会長である小野原(おのはら)聖花(せいか)は小野原財閥のご令嬢だった。そんな彼女が何故、東坂高校のような普通の学校に進学したのかは、彼女の性格を知らなければ分からない。

 彼女は“普通”が嫌いだった。

 ご令嬢が通うような学校に進学したとしても、それは彼女にとっては普通であり、普通の学校に行くことこそが、彼女にとっての普通ではない事であった。

 今、ゴールデンウィーク最終日の為、学校がないのにも拘らず、彼女は制服をその身に纏って屋上にいた。しかし、それは生徒会の仕事があるからではなく、ある人物と待ち合わせをしていたからだった。

 小野原が屋上からの景色を眺めていた時、唐突に屋上の出入り口のドアが開き、一人の男が姿を現す。その男は東坂高校の学ランを着て、上靴も学校指定の赤のものを履いていた。赤と言う色から二年生と割り出せる男子生徒は現在、学校には通っておらず、ここで棚木(たなぎ)にでも見つかってしまったら否応無しに捕まえられる人物。

 そう。男子生徒は先日、棚木との体育館での戦いから逃れ、雪乃に谷崎の指令を伝えた男子生徒だった。

「随分と来るのが早いんだな。お嬢様と言うのは遅れてくるモンじゃないのか?」

「あら。それは単なるあなたのお考えでしょう? 時間に遅れないように余裕を持って、来るのは万人に共通した(たしな)みですわ」

 にっこりと微笑む小野原を男子生徒は溜息を吐きながら見ている。

「それで“犯罪者”がわたくしに何の用ですの?」

「その犯罪者に向かって口を利いてるんだ。言葉の選択を慎重にしたほうがいい」

「これは失礼致しました」

 自分を睨みつける男子生徒へ笑顔を振りまく小野原。そんな彼女に男子生徒は思いもよらない事を口にする。

「それで俺の用って言うのは、部活動の予算の割り振りデータを削除して欲しい。勿論、受け入れてくれるよな?」

「いいですわ」

 小野原はそう即答した。すると、男子生徒はそんな小野原の事を鼻で笑った。

「やっぱり、普通じゃないのが好きなようだな」

「はい。わたくしは普通が嫌いですわ。だから、生徒会長としての権威のないあの方が好きで、ついていく為に副会長になったんですよ?」

 「うふふ」と笑う小野原を変人を見るような目で見る男子生徒は「用はそれだけだ」と言って、屋上を後にしようとしたのだが、小野原はそんな男子生徒の腕を掴んで引き止めた。

「それだけでは時間稼ぎが足りないのではないでしょうか?」

「……どういう意味だ?」

 訝しげな表情で小野原を見る男子生徒は小野原の悪魔的な笑みを見る事となった。

「“キューブ”――それを奪いたいのでしょう?」

「――――ッ!? ……俺はそんな事、一言も言った覚えはないが……?」

 大きく眼を見開く男子生徒は小野原の手を振り解いた。そして、尚も笑顔のままの小野原に向けて、右手を翳し、地面から生やした黒く細長いものをその首に突きつける。

「一般人が知ってて良い情報じゃない。返答次第でその首刎ねるが?」

「まあ、怖いお方ですわ。わたくしはただ、あなたに協力しようと、申しているだけですのに」

 刃を向けられようとその表情に微塵の乱れも無く、ただ笑っていた。それが、男子生徒の恐怖心を(あお)ぐ。

「消した予算データをもう一度決めるためにゲームをさせます。その際にあなたはキューブを奪えばいいのです」

「お前……何が目的だ……?」

「わたくしは普通が好きじゃないだけです。予算をゲームで決めるなんて、普通じゃないでしょう? それに……わたくし、魔術に少しだけ興味がありますの」

 キューブについて知っている理由を聞き出すことはできなかったが、男子生徒は黒く細長いものを壊し、屋上の出入り口のドアの方へと向かい、そのドアノブを持って回す。

「また、お会いする日が来るといいですね」

 小野原のその一言に答える事無く、男子生徒は屋上を後にした。

 一人、屋上に取り残された小野原は風に揺られる髪を押さえながら、遠くを仰ぎ見て独り言を呟いた。

「きっと、またお会いしますわ。桐島尚紀(なおき)と共に」


 ↓


 四日後 名札取りゲーム当日


 ゴールデンウィーク最終日に屋上で小野原と話していた男子生徒は今日も屋上に来ていた。時刻は午後の六時。完全に放課後であり、運動部の威勢のいい声が鳴り響いている。しかし、彼らは部活動の練習をしているのではなく、名札を取る練習をしていた。

 その真剣な姿を見下ろし、笑っていた男子生徒は瞬間、その表情を真剣なものへと変えた。

「こんな日常も今日で……終わりだ」

 そう呟く男子生徒はゆっくりと屋上を後にし、魔術部部室へと向かうのだった。


 ◇


 体育館


 午後六時半に東坂高校の全部活動の人間が集められた。運動部はやる気に満ちている顔をしているが、文化部は殆どの生徒がやる気のない顔をしている。

 それも当たり前だろう。生徒会と部長たちによって決められた遊びにつき合わされなければならないのだから。

 そして、魔術部一行も後者のやる気のない顔をしていた。ただ一人を除いては。

「さあ! 頑張っていくよ!」

 声を張り上げる魔術部部長はいつもどおり、魔術部の中で一人だけ浮いていた。今、魔術部部員でここにいるのは部長と江藤と神津。そして、敬治であった。

 敬治の傷は八割ほど治っており、走るのもあまり支障はない。

 雪乃はHR(ホームルーム)が終わった後、敬治が知らぬまに教室から姿を消していたのだった。

「それで……これって魔術は使ってもいいんですか?」

 テンションの上がっている部長にテンションの下がり気味の敬治が尋ねかけると、部長は楽しそうに答えた。

「それが、使ってもいいんだよー! 俺の風の魔術でスカートも名札も全部飛ばしてあげるよー?」

「遠慮しときます……」

 敬治がそう言った瞬間に体育館の壇上に生徒会長が立ち、ざわざわしていた体育館も少しだけ静かになる。そして、生徒会長の「あー、静かにしてくださーい」と言う声を繰り返す事によって、静まり返る。

「えっと、じゃあ今から三十分の七時五分までに名札を多く取った部活から予算を決めて良いってことにします。勿論、自分の部員の名札の数は含みません。学校から出ないようにお願いします……えー……じゃあ、適当に始めちゃってください」

 体育館から続々と外に出て行く部活もあれば、体育館で名札を奪っている部活もある中、魔術部は神津の結界によって難を逃れていた。

(早く終わらせてしまおう……)

 そう思った敬治はAraiを唱える事無く、電撃を体から発し、一瞬にして部長たちの目の前から姿を消した。

「あれ? 敬治君? それって、愛沙ちゃんの……?」

 と言葉を発する部長の身に数十個の名札の雨が降りかかった。

 そんな時、敬治はもう東坂高校の校舎の三階にまで来ており、着々と名札を集めていっていた。

(屋上に逃げ込んだりしてるんだろうな……)

 そう思いながら、階段を上っていくと、屋上の前の階である五階で足を止めた。そこには一人の女子生徒がいた。その女子生徒の姿を見た途端に敬治は光速移動をやめて、女子生徒に近づいていく。

「雪乃!? 帰ってたと思ったけど……まだいたんだ」

「……うん」

 雪乃は顔を俯けたまま、敬治を見ようとはしない。そんな雪乃の様子を訝しげな表情で見ていた敬治が段々と、雪乃に近づいていた瞬間、雪乃は敬治の方へと小走りし、そして、抱きついた。

「え――――?」

 そう言葉を発して固まり、顔を赤くしていく敬治に対して、雪乃は涙を流していた。その涙を見た瞬間に、ただ事ではないと察した敬治は尋ねかける。

「どうしたの……?」

 雪乃は泣きながら、答えた。

「お願い……わたしを助けて……」

 その刹那――敬治の腹部に鈍い痛みと、「グサリ」と言う音が鳴り響いた。

 言葉を失う敬治は恐る恐る自分の腹部へと目を向ける。すると、そこには――刀が刺さっていた。

「……どう……して……?」

 痛みで雪乃の顔が歪んで見えた敬治は床に倒れ、雪乃は具現化した刀を消す。その瞬間、どっと腹部から血液があふれ出した。

 仰向けに腹部を抑えた状態の敬治にそれを見下ろす雪乃。

(なんだこれ……? 夢か……?)

 思考が追いつかない敬治に対して、雪乃は涙を流したままその場から走って逃げ出した。

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