α―XIX. サボり部員(三人目)
ゴールデンウィーク終わりを告げたこの日。病院を退院できた敬治は自転車ではまだ、学校に行くことは困難である為、母親に頭を下げて車で学校まで送って貰う事にした。
そして、助手席に乗っていた敬治に向けて母親は
「あんた。次、怪我するような事あったら――――殺すわよ?」
と明確な殺意を込めて言葉を放つ。それに対して、敬治は何度も頷くしか返答のしようは無かった。
淡々と過ぎていく窓の景色を見ながら、横目で運転している母親の顔を窺う敬治だったが、その表情が元通りになっているのを確認するのと同時に安堵の息を吐いた。
そして、再度、窓の外の景色を眺め始める敬治は何かに目を止める事も無く、紅炎の魔術師との戦いを思い出す。
『雷鳴とは比にならねえ弱さだよ、お前』
(雷鳴の魔術師……俺なんか比べ物にならないくらいの強さなのかな……)
その瞬間、車は急に停止し、前を向く敬治はそれが赤信号で止まったのではない事を確認した。
「着いたわよ」
「……ありがとう」
そう言ってシートベルトを外して車を出て行こうとすると、
「いってらっしゃい」
とにこりと笑っている母親の顔を見て、敬治も微笑んで答える。
「いってきます」
去っていく車が消えるまで道路の端で立ち止まっていた敬治は、車の姿が消えるのと同時に学校の中へと入っていった。
人工芝グラウンドの緑を横にゆっくりとした足取りで校舎へと向かう敬治は何事も無く、自らの教室に行き着き、自分の席に腰を下ろした。
真面目に授業を受けていき、昼休みになった時、敬治の鼓膜をスピーカーからの声が揺らした。
『今から緊急の部長会議を開きますので、各部の部長は至急、会議室Bに来てください』
(部長って……やっぱり江藤先輩じゃなくて、あの人が行くのか……)
会議をぶち壊しそうな男の腰に両手を当てて笑う姿を思い浮かべながら、敬治は溜息を吐いた。
(問題とか起こさないといいんだけど……)
“時既に遅し”であった。
◇
昼休み 東坂高校職員室横の会議室B
昼休みに入るのと同時にスピーカーから流れ出る先生の声によって会議室Bに各部活動の部長が集められた。そして、各部活の部長が集まったその場所に最後に赴いたのは銀縁の眼鏡を掛けた魔術部部長――藤井亮であった。
その場にいた全員が入ってきた藤井の姿を睨みつける中、本人は笑顔で言葉を発する。
「ちょっとー……皆して俺を見ないでくれよ! 照れるじゃないか!」
「もう全部バレてんぞー藤井ー」
左腕に生徒会の証である緑の腕章を付けた男子生徒は両手を後頭部にもっていったリラックスの姿勢を崩さぬまま、今回の会議の内容を淡々と話す。
「今日の緊急会議は、俺が言ったように藤井が“またもや”やらかしたんでやる事になったわけなんだけどー……実際、俺にはどーでもいいことなんだよねー」
自らの本音を言うその男子生徒はこの学校の生徒会長であった。髪の毛は寝起きのようにボサボサで制服もダラダラとした感じに着こなしている。
そんな生徒会長にはやはり、威厳が無く皆、その発言にイラつき始めたところで隣にいた髪を肩口まで伸ばした清楚系の副会長の女子生徒が耳元で何かを囁いた。
「皆……これはとても大事な問題だ。真剣に考えよう」
瞬間、生徒会長はさっきまでの態度を一変させる。体を飛び上がらせ、背筋を伸ばした後、机に両腕の肘を乗せて、いかにも真剣に考えているような態度をみせる生徒会長の横で女子生徒はにこりと微笑んだ。
その微笑みは天使的でもあり、悪魔的でもあった。
「で、その問題なんだけど……今年の部活動予算分布のデータが跡形も無く消されたので……また、作り直したいと……」
溜息と、「えー」や「はぁ?」などの音が入り混じる中、藤井だけが楽しそうであった。
「じゃあ、話し合いを始めるから各部活の希望の金額書いてー……え?」
首を傾げる生徒会長の耳元でまたもや何かを言い始める副会長。すると、生徒会長は副会長の言葉をそのまま復唱しているかのようなぎこちなさで言葉を紡ぐ。
「えと、単に……決めるだけじゃ面白くないので……げ、ゲームをしましょう……?」
尚も首を傾げる生徒会長と同じように会議室に集まった部長たちも首を傾げた。
「名札取り合いゲームで…………部活動に入ってる人は全員参加…………名札を多く奪った部活動から予算を決める!?」
目を大きく見開いて隣にいる副会長の顔を見る生徒会長に倣って、部長たちも目を向けた。しかし、副会長は微笑むだけで自分からは何も言おうとはしない。
東坂高校の名札はダブルクリップのようなが付いており、それで胸のポケットに挟むようになっている。
その為、取ろうと思えばすぐに取る事ができるのである。
そして、また生徒会長の耳元へとその顔を持っていく。
「逆らったら、生徒会長の権限で……その部活動を潰します……」
隣からの殺気に冷や汗を垂れ流す生徒会長の表情を見て、本気だという事を察する部長たち。
「来週の……水曜日の放課後に行いますので、準備しておいてください、以上。会議を終わります……」
殆どが副会長によって進められた会議はその一言で終わりを告げた。
◇
放課後 魔術部部室
「ってことで来週の水曜日の放課後、学校の全部活で名札取りゲームをする事になった!」
魔術部部員たちの前で「えっへん」と言わんばかりに胸を張る部長は、くいっと自らの人差し指で眼鏡を上げる。
「あの……どこからツッコめばいいんですかね?」
江藤が首を傾げて尋ねるのと同時に敬治と石川も首を傾げた。その様子を見ながら、部長は口を開く。
「眩しいんだよ、石川」
「ちょっ! なんでそんなに僕の扱いだけぞんざいなんですか!? 髪が無いからですか!? どうなんですか、部長!!」
石川の頭を見ないように手を前に出す部長を見て、石川はその身を部長の机へと乗り出した。そんな興奮気味の石川を部長は適当に宥め、更なる傷を与える。
「まあまあ、そんなに怒らなくていいじゃないか。それよりも清二君が質問したそうだから、君は後でいいかな? 邪魔だよ」
「……辞めていいですか?」
目に涙を浮かべながら尋ねる石川だったが、部長は「喜んで!」と言わんばかりに微笑みながら頷いた。その瞬間、「うわぁあああん!」と言う泣き声を発しながら、勢い良く部室を後にした。
「いいんですか? ホントに辞めるかもしれませんよ?」
「この部活辞めたら、石川には何も残らないから、辞めないよ。それより、名札取りゲームについての質問は、清二君と敬治君?」
部室には石川がいなくなった為、敬治と江藤と藤井の三人しかいなかった。神津はサボりで、雪乃は用事があるようだった。
「まず、なんでそれをする事になったんですか?」
「部活動予算の振り分けのデータが消失したらしくて、また予算を一から振り分けなくちゃならなくなっちゃったから、名札取りゲームで決めようって決定した!
名札取りゲームってのはその名の通りのゲームだよ!」
楽しそうに話す部長を質問した江藤が眉をひそめながら見る。そして、ぼそりと呟く。
「どうせ(クソ)部長が消したんでしょ……」
「ちょっと、失礼な! 俺がそんな事、するわけ無いでしょ!」
「一度、やりましたよね? 去年の九月くらいに」
「ギクッ」と言う音がなるくらいに分かりやすい態度を見せる部長は椅子から腰を上げて、目の前の机を両手でバンバンと叩きながら、言葉を発する。
「そうだとしても、今回のはホントに俺じゃないって! 敬治君も信じてくれるよね?」
急に振られて驚く敬治は自らの首を傾げさせた。
(今回やって無くても、一回はやったんだ……)
呆れるように苦笑いしながら、敬治は自らの目的を忘れそうになる。
(部長はいつになったら……谷崎先輩の事について教えてくれるんだろうか……?)
◇
四日後 土曜日
この日は普段どおり授業があるが、二時くらいまでには終わる。
この四日間、魔術部部室で行ったのはボードゲームだけで敬治にとって時間の無駄だった。今日もそんな事で時間を無駄にするのかと思うと、敬治の足も自然と重くなる。
そんな敬治の重い足を覆っている制服のズボンの中の携帯電話がバイブ音を響かせた。慌てて携帯電話を手に取る敬治は画面に指を走らせ、メールの内容を確認する。
(敗者復活戦か……!?)
敬治のその予想は的を射ており、メールは魔術委員会からで、その内容は、
本日、学校の屋上にて敗者復活戦を行う。
と言う一文のみであった。
「これだけ……?」
拍子抜けしてしまった敬治は思わず声を発してしまう。その後、携帯電話を何十秒か凝視した敬治だったが、内容は変わらない。
諦めて携帯電話をポケットに入れて屋上へ行こうか迷っていると、その足は自然と魔術部部室に向かっていた。
(今日は来れないって、報告だけでもしとこうかな……)
そう心中で呟く敬治が部室へと足を踏み入れると、見知らぬ女子生徒が『部長の席』と書かれているであろう席に座っており、目の前の机に足を置いていた。
「……誰……ですか?」
敬治が恐る恐る尋ねるのに対して、その女子生徒は淡々と答え、尋ねかける。
「私は魔術部部員の山田愛沙。上靴の色見る限り、一年生……って事は、あなたが新入部員?」
(この人がサボってる部員の三人目の人か……)
尚も同じの姿勢のままの愛沙の質問に、そう思いながら頷く敬治。
愛沙は「ふうん」と言いながら、机から足を下ろした。
「あなたが斉藤敬治ってわけね……」
(なんで……俺の名前を……? 江藤先輩とかに聞いたのか?)
疑問に思う敬治が首を傾げると、愛沙は椅子から立ち上がって敬治の右手を左手で握手するように掴んだ。
「屋上行くよ」
「……え?」
呆けた声を上げた瞬間に愛沙は敬治の腕を引っ張って、部室を後にする。すると、部室へと向かう途中だった部長と一階から二階への階段で鉢合わせになった。
「え? 愛沙ちゃん?」
驚きの表情を浮かべる部長に対して、愛沙は自らの首を傾げて足を止めた。そして、一言。
「……誰?」
部長はその一言によって言葉を失い、愛沙はただ目の前の人物を首を傾げながら眺めるだけである。敬治も同様に言葉を失い、溜息を吐いた。
(部長の発言で敵じゃないってのは分かったけど……本当に信用できる人なのか……?)
疑問を浮かび上がらせる敬治がその眼を部長へと向けた直後、部長は声を張り上げる。
「もしかして、俺のことを忘れたの!? 魔術部部長の藤井だよ! 藤井!」
必死に自分の名前を伝えた部長だったが、その言葉は軽く受け流された。
「ああー……じゃあ、私たち急いでるので」
「そんな簡単に済ませていい問題じゃないよ! 部長の名前が分からないって、愛沙ちゃん重症だよ!!」
「……そんなに声を上げないでくれますか? 私、部長のそーゆーとこ――嫌いです」
「嫌い」の一言が部長の心に突き刺さり、そのまま階段をゆらりゆらりと降りていく部長は一階と二階の真ん中に着いた時にその身を四つん這いに項垂れる。
「嫌い……嫌い……」
ぶつぶつと呟く部長の姿を見て、「チッ」と舌打ちする愛沙は敬治の手を引いて階段を再度、上り始める。
「……ほっといていいんですか?」
「いいよ」
敬治の問いに淡々と答え、愛沙と敬治は学校の屋上へと辿り着いた。そして、風の吹き荒れる屋上からの俯瞰風景を眺める敬治に愛沙は真剣な眼差しで尋ねかける。
「あなたは斉藤敬治で降雷の魔術師、間違いない?」
その尋ねかけに敬治は風景から愛沙へと目を移して頷いた。
「そう……」
愛沙は谷崎の言葉を思い返す。
『“斉藤敬治”って奴なんだが、俺たちと同じように電撃の魔術を使える。そいつも俺の仲間になって貰うつもりなんだ。ちゃんと、育てて貰ってなくちゃ、困るんだよ』
(谷崎の仲間になるかもしれない電撃の魔術を使える者……私の質問の返答次第では――)
敬治を睨む愛沙は敬治に尋ねかけた。
「あなた……“谷崎”と知り合い?」
その単語を聞いた瞬間、敬治の眼の色が変わる。その変化を愛沙は見逃さなかった。
「それで、あなたと谷崎はどういう関係?」
「……ただの先輩と後輩の関係です」
敬治の眼を見て嘘は吐いていない事を察する愛沙は、答えを違えれば殺す覚悟の質問を投げかける。
「谷崎の仲間になる気は?」
その質問に答えるには、敬治は谷崎の目的を知らなければならない。しかし、敬治はその目的を知らないため、時間を要す。
その間、ずっと愛沙は敬治に殺気を向け続け、一分ほどの時間が経過したところで愛沙は自らの手を構える。
「もう、無理。あなたはここで――――殺すしかない」
「――ッ!?」
その瞬間、愛沙は激しい電撃と共に敬治の目の前から姿を消し去り、敬治の後ろから電撃を纏った手刀が迫っていた。