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降雷の魔術師  作者: 刹那END
II.称号十人選抜決定戦篇
24/57

β―VI. 亀裂

「そんな筈はないわ。強い悪が正義になるなんて事はないでしょ?」

「悪と正義。その境界線自体が曖昧なんだからよぉ。入れ替わっても、何ら違和感はねえ」

 言葉を詰まらせる疾風の魔術師は、反論する言葉が思いつかない。

 もう何の言葉も得られないと察した棚木(たなぎ)は部屋のドアを開けて、外へと出て行った。

「変な人ねぇ……」

 溜息を吐いてみせる疾風の魔術師はそう言って、愛沙(あいさ)の方へと微笑んでから部屋を後にし、愛沙も部屋から出た。


 ◆


「あれ? 意外とすぐ終わるんだ……」

 部屋から出た愛沙を待ち受けていたのは普段着姿の柏原(かしわばら)哲郎(たくろう)の姿であり、その姿は愛沙にとっては普通であった。

 だがしかし、他の者達にとってはその光景は異様であり、疾風の魔術師は愛沙の耳元で尋ねかける。

「ちょっと! この人誰よ!?」

 愛沙は少しばかりの間、思考し、哲郎の左腕に抱きつきながら答える。

「私の彼氏」

「「え!?」」

 哲郎と疾風の魔術師が同時にそう声を出した事によって、愛沙の言った事が疾風の魔術師に嘘だとバレてしまった。

 嘘を吐いた愛沙の頭を一発叩いた疾風の魔術師はにこりと微笑んで哲郎に向けて挨拶をする。

「私は井土(いづち)美春(みはる)って言います。称号は疾風で……って称号についてはご存知なんですか?」

「あ、はい……知ってます。

 僕は柏原哲郎って言います。愛沙さんとはその……」

(なんでこんな実家に行った時の挨拶みたいになってるんだ……? それに君は笑うな!)

 と心中で愛沙を睨みながら言う哲郎はぎこちない笑顔を井土に向ける。

「まあ、愛沙がこやつを見張っとるようなもんじゃよ」

 その言葉は哲郎の横から聞こえ、哲郎が横を振り向くとそこにはいつの間にか魔術委員会会長の姿が存在していた。

 驚きのあまり危うくこけそうになる哲郎を愛沙が支え、その二人の姿を見てにこりと微笑んでみせる会長。

 そんな会長の言葉では納得のいかない井土は訝しげな表情で尋ねかける。

「見張りってどういう事ですか、会長?」

(この人が谷崎って人に殺されそうになった魔術委員会会長……?)

 隣の老人を見ながら何となく納得してしまう哲郎。そんな本人は井土の尋ねかけに答える。

「彼にはちょっとした才能があってじゃな。それを谷崎側に奪われない、行かないようにする為の見張り役じゃ。さて、そんなお前さんらにちとやってもらいたい事があるんじゃが、よいかのう?」

 首を傾げる愛沙。井土は自分が関わって良い事では無いと察したのか、自ら三人から離れてどこかへと行ってしまった。

「お前さんらは神隠しと言うのを知っておるか?」

「えっと……子供がいなくなるって事としか……」

 一度頭を下げてからそう答える哲郎に「よいよい」と笑顔で答える会長。

「それくらい知っておけば十分じゃよ。

 ここ一ヶ月。その神隠しが起こる一定の場所があるんじゃが、なんともその原因が魔術臭い」

「結界で子供を隠してる可能性があり、その結界をタクローに壊させて犯人を突き止めろってこと?」

 愛沙の発言は的を射ており、会長も首を縦に振った。

「場所はここら辺じゃから適当に犯人突き止めて魔術委員会に連れて来てくれんかのう?」

 手書きの地図を手渡しされる愛沙は不機嫌な表情をした後にしぶしぶ頷いて、会長に背を向けた。

「タクロー行くよ」

 そう言って歩き出す愛沙に早歩きで追いつく哲郎はもう既に愛沙に手懐けられているような感じであった。

 そんな三人の会話をこっそりと盗み聞きしていた棚木。何か悪い事を考えているように口元を歪め、哲郎と愛沙の後をつけた。


 ◇


「あのクソジジイ、私たちに仕事押し付けて……」

「なんでそんなに怒ってるんだ、き……愛沙?」

 「君」と言いそうになった哲郎に睨みを利かせながら答える。

「哲郎に服を買ってもらえ――…………私のお父さんが探せないからだよ。勿論、そう。決して、服が買ってもらえないとかそんな理由じゃないんだからねっ」

「ツンデレ気味に言っても、最初の言葉は消せないよ、愛沙」

 溜息を吐く哲郎は愛沙の歩調に合わせて淡々と東京の街中を進んで行き、あの時のような違和感を覚え、その足を止めた。あの時と言うのは勿論、愛沙とであった時のことだ。

「何か感じるの?」

「……うん。そこのビルとビルの間の道……」

 背筋に走る悪寒を感じた哲郎はビルとビルの間の道を指で指し示す。それに対して、愛沙は立ち止まっている哲郎をその道の方へと押した。

「早く、結界破壊して」

「分かってるよ……」

 重い足取りでその道の方へと歩き、自らの右手を伸ばす哲郎が見えない何かに触れた瞬間、その見えない何かはガラスのように砕け散った。

 その瞬間、さっきまで見えてなかったものが露になり、すぐさま愛沙は哲郎を押して、その道の中へと入り、ビルの壁に手を触れながらArai(アライ)を唱える。

Sundob(サンドゥブ) of(オブ) a() cserad(クセレッド) lapec(ラペック)

 瞬間、道の通路に見えない壁、結界を作るのと同時に「ほっ」と安堵の息を吐く愛沙であったが、すぐにその目を目の前の光景に向ける。

 そこにはビルの壁やアスファルトの地面に大量の血の跡が至る所に付いている光景が存在していた。

 哲郎はその光景から目を背けながら顔を俯ける。

「これが……神隠しの正体……?」

 愛沙に尋ねかける哲郎だったが、愛沙は首を横に振る。

「まだ、子供の死体が見つかったわけじゃないし、これが子供の血とも限らない。けど、魔術を利用して人を傷つけたって事は確か」

「魔術を利用して……」

 哲郎は、魔術が使いようによっては人を傷つける事もできるのを知り、その魔術を愛沙が使える。そう思うと、哲郎の中に二度目の愛沙に対する恐怖が芽生える。

「この先に子供の死体があるかもしれない……?」

「多分そう。

 ……進むの怖い?」

 愛沙の尋ねかけに哲郎は頷きたかったが、それだと自分は臆病者。顔を俯けて葛藤した結果、哲郎は重い足を前に踏み出した。

「進もう……」

 そう言って愛沙の手を取る哲郎だったが、愛沙が立ち止まったまま動かなかった為に後ろへと体を仰け反らせる哲郎。

 すぐさま、後ろを向いて愛沙へと眉をひそめながら視線を向けるが、そんな愛沙は目の前をじっと睨み続けていた。

 哲郎は訝しげな表情を浮かべながら愛沙の視線を向ける方向を見る哲郎だが、その目が特に何かを捕らえる事は無い。

「どうしたんだ、愛沙?」

「……誰か来る」

 その瞬間に哲郎の耳は「こつこつ」と言う足音をとらえ始め、その音が段々と近づいてきているのを知る。

「神隠しの犯人……?」

「分からないけど、可能性は高い」

 冷静に答える愛沙も身構え、哲郎はすぐさま、そんな愛沙の後ろにつく事しかできない。そして、一人のスーツを着た男が二人の目の前に姿を現し、口を開いた。

「こんな所に人が来ていたとは。失敬失敬。気が付かなかった。

 それにしても君は何処かで見た事のあるような顔をしているが、会った事でもあるかな?」

「あなたとは一度も会った事無い。

 それで、幾つか質問したいんだけどいい?」

 魔術委員会の生命の樹の描かれた手帳を取り出す愛沙は言葉を続ける。

「此処にいるって事は何らかの形で結界を潜り抜けて入ったか、結界を張った張本人かのどちらかでしかない。なら、この手帳の事は知ってるはずでしょ?」

「ふむ。君の言っている事は的を射ている。私はその手帳を知っており、それを見せたことによって君が魔術委員会の人間であるとすぐに理解できた。

 私はただ、神隠し犯を殺しに来た者だ。君もその口なんだろう?」

 男は額に当てていた指を愛沙へと向けて尋ねかける。だが、愛沙はそれに対して反応はしない。

(この男……不気味……)

 苦い薬を無理やり飲まされたような顔をする愛沙はその男が苦手なようであった。

「まあ、君の理由なんて私のとってはミジンコほどの価値しかないので構わないが、足止めされるのは御免被る。

 それで、君たちが今のデートの事を隠したい事は十分に理解できた。私は口が堅い。誰にも口外しないと誓わせて貰おう」

「デート……? そんな訳無い」

 否定的な愛沙の言葉を聞いて、思案し始める男は口を開く。

「失敬失敬。私は勘違いしていたようだ。本当に私は勘違いと物忘れが激しくて、困る。薬をもらいたいものだが、そんな薬を売ってる場所でも知らないか?」

(この人……話をわざと逸らしてる……?)

 ますます目の前の男が怪しく思えてくる愛沙は質問を続ける事にする。

「あなたが犯人ではないという証拠は?」

「証拠? それならこの先に進めばわかる事だ。私の目的は“捕獲”ではなく“殺し”だからな。君とはまだ、話したいが、君はそれを望んでいないようだから、私はさっさと退散させて貰うとするよ」

 愛沙に背を向けて歩き出す男を愛沙は呼び止めた。

「待って! その先は行き止まりのはず……どうやっても、あなたはこの道を通らない限り、ここからは出られない」

 立ち止まる男は愛沙に背を向けたまま答える。

「なら――破壊してしまえばいい」

 そう言ってまた歩き出す男を止める事無く、愛沙は安堵の息を吐いた。

「あの人が犯人だったかもしれないのに……捕まえなくても良かったの?」

「……あの人は犯人じゃなかった」

「どうして?」

「女のカン」

 説明になっていない答えに哲郎が頭を掻く。その瞬間、二人の横を一人の人物が走って通り過ぎた。

 その姿を見て愛沙は訝しげな表情で呟く。

「棚木? なんで、此処に?」


 ◇


 二階堂(にかいどう)(いち)が道を塞ぐ壁まで辿り着いた時、誰かが走ってくる足音が聞こえ、すぐに二階堂は後ろへと振り向く。

 そんな彼の目の前にまで辿り着いた人物は棚木(じゅん)であり、その手には愛沙と同様の生命の樹が描かれた手帳を手にしていた。

「その手帳は先程見たばかりだが、まだ何か用があるというのか? それなら、私の時間を奪わないように手短に済ませてはくれないだろうか? 私はすぐに福岡へと向かわなければならない」

「福岡ァ? てめえの行く場所は地獄だ、クソ野郎。俺は魔術委員会の委員(けん)、東坂高校二年“魔術部所属”棚木淳だ。てめえを殺す奴の名だ」

 にやりと笑みを浮かべる棚木に対して、二階堂はただ、棚木に視線を向けるだけで表情を変えようとはしない。

「ふむ。君はとても自己主張が強いようだ。それに失礼でもある。目上の者に殺すだのと言ってはいけない。まあ、君は私の言葉をただの五月蝿い説教だと感じているだろうが、君の行動も私にとっては蝿と同等のものでしかない。つまりは君は私の眼中にすらないと言うことだよ、棚木淳。

 おっと、失敬失敬。こちらも自己紹介をしていなかった失礼を詫びよう。私は二階堂壱と言う者だ。

 それで、何故君は私を殺そうと思う?」

 棚木は考える事もせずに淡々と答える。

「てめえが悪で俺が正義だからだ。理由はそれだけで十分」

「ほう? 私が悪……ここで悪について語りたいんだが、生憎、そんな時間を私は持ち合わせていないのでね。早く福岡へと行かなければならないんだ。だから、私の手で君の命を――破壊させて貰うとしよう」


 ◇


「これがあの人の言っていた神隠し犯の死体みたい」

 ビルによってできた影が愛沙たちの足元を侵食し、同時に血液も侵食しつつあった。流れ出る血液は二階堂がつい先程の殺した事を意味していた。

 その死体を見て顔を歪める哲郎はすぐさまその場から少し距離を置き、愛沙も口を塞ぐ。

(このにおい……慣れない)

 不快な顔をしながら携帯電話(スマートフォン)を取り出して、魔術委員会へと連絡した愛沙は哲郎と同じようにその死体から離れる。それと同時に目の前から足音が聞こえ始め、段々と近づいてくるのを鼓膜で感じ取った愛沙は身構える。だが、その必要は無く、現れたのは棚木であった。

「棚木!」

 近寄ろうとする愛沙であったが、棚木の様子が何処か変である事を感じ取り、首を傾げる。

「どうしたの?」

「何でもねえよ」

 そう言って、棚木は二人の前から姿を消した。


 ◇


 二日後


 ゴールデンウィークも終わり、哲郎はいつもどおり会社へと行かなければならないのだが、愛沙もそれについていかなければならず、愛沙は会社の目の前にある漫画喫茶で時間を持て余す事にした。

 好きでも無い漫画を淡々と読んでいた愛沙のポケットがバイブ音を発し、愛沙はすぐさま携帯電話(スマートフォン)を取り出して、メールの内容を確認する。

 すると、そこには『斉藤(さいとう)敬治(けいじ)』と言う名前が存在していた。

(この五人の中から一人を選ぶ……あれ? 斉藤敬治ってどこかで聞いた事があるような?)

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