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降雷の魔術師  作者: 刹那END
II.称号十人選抜決定戦篇
22/57

α―XVII. 雷vs.炎

「はぁ……はぁ……」

 肩で息をしている敬治(けいじ)は自らの体に電撃を纏い、目の前の男の炎の魔術を破壊する事によって、炎を回避する。だが、敬治はそんな自分に疑問を抱いた。

(なんで……俺は今、Arai(アライ)も唱えていないのに、電撃の魔術が使えた……?)

 その現象は何度もあったが、当の本人がそれに気づいたのは今だった。

「“Araiの破棄”……少しはやるようじゃねえか」

「Araiの……破棄……?」

 敬治がその単語を繰り返すのと同時に、紅炎(こうえん)の魔術師は自らの首を傾げるが、その後、失望するように溜息を吐いた。

「無意識かよ。やっぱ、電撃の最強は“あいつ”か……」

 愛沙(あいさ)の姿を思い浮かべながら言った紅炎の魔術師だったが、敬治は愛沙のことなど知らないため、真っ先に思い浮かんだのは谷崎の姿であった。

「戦った事があるのか!? 谷崎と!」

「はぁ? 何勘違いしてんだ? 俺が言ってるのは雷鳴の魔術師の事だぜ? それにしても、同じ電撃の魔術の使い手だってのに、こうも違ってくるとはな」

 その言葉を聞いた瞬間に敬治は自らの顔をムッとさせそうになるが、あと一歩のところで耐えた。

「どう言う意味だよ……?」

「お前が弱くて、雷鳴が強いって事だ。

 クソ生意気な野郎だぜ、雷鳴は。適当にこの俺をあしらいやがる……考えるだけでムカついてきちまった」

 眉間にしわを寄せる紅炎の魔術師に対して、敬治も拳を握り締め、Araiを唱える。

(Araiの破棄なんてのは後だ! まずは、目の前の敵を倒す事だけに集中しないと!)

Denthurデンサー!」

Sundob(サンドゥブ) of(オブ) a() cserad(クセレッド) lapec(ラペック)

 敬治が体から電撃を発するのと同時に紅炎の魔術師は自らの周りに大きな円が一つとその中に小さな円が八つ、展開される。

 九円陣結界を張った紅炎の魔術師は訝しげな表情を浮かべながら、右手に電撃の刃を形成する敬治を見る。

「お前……“光速移動”できねえのか?」

 その尋ねかけに敬治も訝しげな表情をして、応える。その態度を見た紅炎の魔術師は自らの口元を歪め、九円陣結界を解いた。

「なら――余裕じゃねえかよ。Carnuel(カーンヌエル) bmbo(ブボ)

 手袋の付けた両手の掌を合わせ、掌を離しながら自らの目の前に炎の球を形成していく紅炎の魔術師。

 その炎の球がやばいものだと直感する敬治は地面を勢いよく蹴り上げ、紅炎の魔術師の方へと走った。しかし次の瞬間、紅炎の魔術師は自らの両手の掌を敬治の方へと向け、炎の球を敬治へと飛ばす。

 そして、紅炎の魔術師はAraiを唱えた。

Sundob(サンドゥブ) of(オブ) a() cserad(クセレッド) lapec(ラペック)

 大きな円と八つの小さな円が紅炎の魔術師の周りに展開される中、敬治は迫り来る炎の球に電撃の刃を向けながら、自らの体に電撃を纏うように体の周りに放電させる。

 そして、敬治の持った電撃の刃と炎の球が触れるのと同時に、炎の球は光を発し、轟音と共に辺り一面を激しい炎で包み込んだ。その炎は公園内だけに止められ、公園から外に出ようとすると、“見えない壁”――“結界”に阻まれた。

 すると、激しい炎はすぐにその姿を消し、空の青は黒煙に包まれ、公園内の木は尚も、炎と黒煙を発している。

 それらは爆発に近い現象だった。

 そんな中、結界によってその身を守った紅炎の魔術師は悠然と公園の地に足の裏を着いて、目の前の光景を嘲笑う。

「電撃を体に纏って炎は破壊したようだが、爆発の衝撃までは電撃でも破壊できなかった。俺の勝ちだ」

 紅炎の魔術師の目の前でうつ伏せに倒れている敬治は辛うじて、意識があった。

(痛い……体中が痛い……交通事故に遭ったら、こんな感じなんだろうか……?)

 痛みで全く違う方向へと、考えを及ばす敬治の動かない様子を見ながら、紅炎の魔術師は敬治へと近づいていき、敬治の体を蹴り飛ばした。

「ゲホッゲホッ!」

 咳き込みながら、地面を転がっていく敬治を見ながら、気絶していない事を確認した紅炎の魔術師。そして、紅炎の魔術師は敬治を挑発するように言葉を紡ぎ出す。

「魔術は使い方によって、こんなにも差がつくものなのか? 雷鳴とは比にならねえ弱さだよ、お前。“その弱さで誰かを傷つける”前に降参して、大人しく部活してな」

 その言葉に反応する敬治は自らの目を見開き、うつ伏せの状態から腕に力を入れて、立ち上がろうとする。

「……その事ならもう……いやと言うほど分かってる……だから俺は――……強くなろうと、してんだ!」

 痛みに歯を食いしばりながら、立ち上がった敬治は目の前に存在する紅炎の魔術師を睨みつける。

「だったら、俺を倒して強くなってみろよ!」

 瞬間、立っているだけで精一杯な敬治の顔面に向かって、紅炎の魔術師は自らの拳を振るった。地面に再度、体を叩きつけられる敬治は鼻から血を出しながらも、立ち上がろうとする。

(けど、こいつに勝つには……今までの俺じゃ、絶対に無理だ……)

 肩で息をしながら、服で鼻血を拭い、目の前の紅炎の魔術師を倒す策を考える敬治だが、そんな簡単に思いつくわけも無く、敬治と紅炎の魔術師は睨み合いを続けた。

 すると、紅炎の魔術師は何かに気が付いたように辺りを見回しながら、言葉を発する。

「そういやぁ、救急車まだ来ねえな……こんなに遅けりゃ救急もクソもねえ」

「救急車なんかじゃ役割不足だから、僕が止めたんだよ、紅炎の魔術師」

 公園の策を挟んだ向こう側にいる男の方へと視線を向ける二人。

「委員会の人間か?」

「ご名答。君の疑問の説明ができたところで、もう続けていただいて結構だよ」

 男の言葉通り、二人は同じタイミングで向き直った。そして、敬治はゆっくりと深呼吸をして、紅炎の魔術師を睨みつける。

(一撃で倒さないと、俺の負け……賭けに出るしかない!)

Denthurデンサー

 Araiを唱えた瞬間に敬治の体は電撃に包まれ、敬治はその電撃を自らの両手に集中させる。そして、その両手に少し刀身の長い電撃の刃を形成した。

「二刀流か? けど、そんなんでお前の強さが簡単に変わるわけねえ」

 紅炎の魔術師の言葉は的を射ており、敬治自身もその事はちゃんと分かっていた。しかし、敬治はその足を一歩一歩、紅炎の魔術師の方へと進めていく。

Carnuel(カーンヌエル) bmbo(ブボ)

 Araiを唱える紅炎の魔術師は祈るように両手を合わせ、開きながらその中心に炎の球体を形成していく。そして、その球体がバランスボールほどの大きさになった瞬間に、紅炎の魔術師は自らの両腕に力を入れ始め、炎の球を段々と小さくしていき、最終的に野球ボールほどの大きさにまで小さくされた。

 紅炎の魔術師はその野球ボールほどの大きさになった炎の球を近づいてくる敬治に向けて放つのと同時に九円陣結界を張る。

Sundob(サンドゥブ) of(オブ) a() cserad(クセレッド) lapec(ラペック)

(最大限にまで電撃を……!)

 敬治はそう心中で言いながら、自らの周りに電撃を纏い、「バチチチッ!」と言う音を繰り返し奏でた。そして、自らの電撃の刃を持った両手を合わせる。

 その刹那、二つの電撃の刃が交わる事によって、一つの大きな電撃の刃を生み出す。

(せめて相打ちになら、持っていける……!)

 敬治の振るった大きな電撃の刃は紅炎の魔術師の放った炎の球を無視し、紅炎の魔術師へと直接届いた。

 結界と電撃の刃が火花を散らせ、電撃の刃が結界を破ったその瞬間、炎の球が敬治の電撃に触れて爆発した。

 轟音と激しい炎、爆発の衝撃に包まれる公園の姿を委員会の男は、にやりと笑みを浮かべながら見ていた。

 黒煙が公園内を包むのに対して、男のいる公園の外は結界によって爆発の音すら聞こえなかった。メラメラと燃え続ける木が悲鳴を上げながら公園の外へとするが、それも結界によって防がれる。

 黒煙が晴れていく中、二つの影がその姿を露にしていく。一つの影は立っており、もう一つの影は倒れているものであった。そして、黒煙が完全に晴れると、公園内で一人だけ立っていたのは――――紅炎の魔術師だった。

「まさか、結界を破壊させるとは思わなかったが、惜しかったな」

 自らの手の内を言う事無く、その場を立ち去ろうとする紅炎の魔術師。しかし、敬治はもう自らの意識を闇の中へと放り込んでしまっていた。


 降雷対紅炎の対戦は紅炎が制した。



 ◇


 翌日


 福岡の魔術委員会管理下の病院に敬治は入院する事となってしまった。お金は勿論、魔術委員会が払ってくれ、衣服などの弁償も委員会持ちである。

 敬治と紅炎の魔術師の対戦場所であった公園も地面が二十センチ近く沈んでいると言う酷い有様であったため、委員会のお金によって工事が行われていた。しかし、それは殆ど表向きの対処であって、本当にお金を使って工事を行っているというのは定かではない。本当は委員の人間の魔術によって工事を行っているのかもしれなかった。

(ちゃんと……反省しないとな……)

 白い空間に合う白いベッドの上で敬治は溜息混じりに心中でそう呟いた。それは今、自らのベッドの横に存在する西井(にしい)にこっ酷く叱りつけたからであった。

 その内容はやはり、西井の忠告を守る事無く、紅炎の魔術師と戦っておまけに怪我まで負った事。そして、西井に笑顔で対応した事だった。

「笑って済ませて良い問題じゃないんですよ! 五体不満足で戻ってきててもおかしくない対戦相手だったんですから!」

「うん。ホント、忠告破ってごめん……」

 申し訳なさそうに頭を下げる敬治に対して、西井は眉間にしわを寄せていた顔を溜息と同時に普通の表情に戻す。

「じゃあ、僕は用事がありますので帰ります! 今度、こんな事があったら、先輩の電話には絶対に出ませんから!」

 そう言って、西井は敬治の入院している病室のドアを勢い良くスライドさせて出て行った。

 こうして、敬治は病室で一人になり、昨日の事を思い出しながら、自らの包帯の巻かれた右腕を天井に向けて上げた。

(負けた……あいつとは比べものにならない強さだった……)

 棚木(たなぎ)の魔術を頭に過ぎらせながら、昨日の紅炎の魔術師の魔術を比較する敬治。しかし、二人とも本気を出しているとは到底、思えなかった。

(俺はまだ、弱い……)

 天井に上げた右手を握り締める敬治は、病室のドアをノックする音が聞こえるのと同時に自らの右手を下ろした。

(西井が戻ってきた……? いや、部長かも……)

 そう考えると、入ってもらうのを遠慮したいと少し思う敬治だが、そうは言っても無視するわけにはいかないため、応えた。

「……どうぞ」

 敬治のその言葉と同時に病室のドアをゆっくりとスライドさせて入ってきたのは、敬治の知らない男の姿であった。

 その男の年齢は二十代後半くらいで、身長は一八○センチほど、着物をその身に纏っており、敬治の姿を見る事無く、病室を見回しながら呟く。

「良い部屋だ……ベッドと窓。必要最低限のものしか取り揃えられていない部屋、実に良い。此処は君の部屋か?」

 と急に尋ねかけられた敬治は首を傾げながら、答える。

「いえ……此処はただの病室ですが……」

「失敬失敬。私は勘違いと物忘れが激しくてね。自分でも困っているのだよ」

 溜息を吐いてみせる男は「やれやれ」と両腕を上に上げて、首を傾げた。そして、前から居座っているような態度で窓の外を眺め始める男に敬治はその素性を尋ねた。

「あのー……あなたは誰なんでしょうか?」

「失敬失敬。自己紹介を忘れていたよ。私は二階堂(にかいどう)(いち)と言う者だ。一番最初に長男として生まれたからと言う理由で『壱』と言う名前を付けられたが、まあ悪くない。

 君は斉藤敬治と言うんだろう? 何故、そんな事を知っているのかは私の目的が君に会う事だからだ。ただ、私の目的は君に会う事であり、それ以上でもそれ以下でもない。だから、もう私は目的を達成してしまったという事になるが、君に会うだけで帰るのは少し、物足りない気もしてくる」

 語りだす二階堂により一層首を傾げていく敬治。

(この人は俺に会うためだけに此処に来たのか……? いや、そんな筈はない)

「あなたは何者なんです?」

「私の正体を教えるには言語では心許ない。つまりは教えられない。

 それにしても、私はただ、君の家が日本庭園のようなところだと聞いて、着物まで着てやってきたわけだが、病院だったとは驚きだ。病院はまあ、住みたい気持ちも分かる。こんなにも、居心地が良い」

「ただ、入院してるだけです……」

「……失敬失敬。また、私は勘違いをしてしまったようだ。

 そうそう。私はこれで帰るのはやはり、物足りない。私とメルアドと電話番号を交換しないか? 知り合ったばかりで私など信用できないかもしれないが……」

 と携帯電話を取り出す二階堂は、しぶしぶと連絡先を交換した敬治の病室から颯爽と姿を消した。

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