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降雷の魔術師  作者: 刹那END
II.称号十人選抜決定戦篇
20/57

β―IV. 雷鳴の魔術師

「なら、今度は――――逃げ切れる事のできない速さで君を貫けば、いいだけです!」

Denthur(デンサー)

 男が手を振るう動作をするのに呼応して、黒く鋭いものが愛沙(あいさ)目掛けて放たれる。それと同時に愛沙もArai(アライ)を唱えながら、右手を前に突き出した。

 瞬間、彼女のその身は大量の電撃に包まれ、暗闇だった廃ビルのその空間を照らし出し、男の放ったものをより鮮明にする。

 そして、その黒く鋭いものが愛沙の放つ電撃に触れた時、その鮮明な黒は崩壊し、空気の中に溶け込んだ。

「電撃による魔術破壊……これは厄介です。がしかし、それだけの事です」

 そう言って、余裕の笑みを男が浮かべてみせ、視線を前方へと向けると、そこに愛沙の姿は無く、哲郎(たくろう)だけが存在していた。

 「どこへ!?」と心中で呟きながら、辺りを見回そうとしたその男の首はに一本の電撃の刃が突きつけられていた。男が視線を自らの足元を向けると、そこには愛沙が存在していた。

 しかし、男は目を見開かせていたその表情を不敵な笑みへと舞い戻す。

「今ので私を殺さなかった事をあなたは後悔する事となるでしょう」

 瞬間、男の足元の地面から黒く鋭いものが愛沙へと放たれ、愛沙を貫いたと思われた。が、しかし――雷のような轟音が鳴り響くのと同時に、愛沙の姿はそこには既に無く、男は後ろから聞こえるその声によって、愛沙が自分の背後にいると確信する。

「そんな速さじゃ、私を貫くことはできない。それにしても……私はいつ、後悔するの?」

 額に滲む汗が水滴となって頬に垂れ落ちるのを男は感じ取る。

 そう。彼は恐怖していたのだった。音と同時に目の前から消え、背後にいるその存在に。

「電撃の魔術……き、君は“雷鳴”の魔術師……?」

「そーゆーこと。だから、あなたが意識を保てるのはここまで」

 愛沙はそう言って、電流を男の身体へと流して気絶させる。そして、地面に倒れる男に向けてポケットから取り出したスマートフォンを向けて、フラッシュを浴びせる。

 何事も無かったかのようにスマートフォンを扱い始める愛沙に対し、哲郎はしびれを切らして口を開いた。

「ちょっと、待ってくれないか!? いろいろと、説明して欲しいんだけど……?」

「いろいろと説明することが多いので、とてもめんどくさい。だから、あとでで良い?」

 男の持っていた懐中電灯を手にとって、哲郎へと投げつける愛沙は哲郎の頷く動作を見る事無く、スマートフォンを耳に押し当てた。

「もしもし……はい……やっぱり……それでこの男とキューブは……――」

 と電話をしている愛沙の足元の男を懐中電灯で照らしてみる哲郎は胸が上下運動をしている事を確認すると、安堵の息を吐いた。この男と同じ行為を愛沙がしなかったから。

 すると、愛沙はスマートフォンをポケットにしまって、男の向かっていた方向へと足を進め始める。

「ついて来て」

 言われるがまま、彼女の後ろへと小走りで向かった哲郎は懐中電灯で地面を照らしながら、進んでいく。そして、その道は一つの部屋へと繋がっており、そこで二人が目にしたものは光る物質であった。

 部屋の入り口の前で止まって、哲郎をそれ以上、部屋へと踏み込ませないようにする愛沙はその物質の事について語り始める。

「あの金色に光り輝いてるルービックキューブみたいなのが“キューブ”って呼ばれる物質。そして、さっきの男が欲していたもの。キューブは日本に複数個あって、その全てを手にしようとしてるのがあの男の親玉なの」

「……なんで、そのキューブっていうのを狙うんだ……?」

 哲郎の尋ねかけに答えようと、後ろへと振り返った愛沙は自らの目を大きく見開かせた。

 愛沙のその驚きようを見て、懐中電灯も一緒に向けながら振り返る哲郎が見たのは一人の身長一八○センチほどの男だった。

 懐中電灯を向けられて、目を細める男を見ながら哲郎は愛沙へと尋ねる。

「この男も、キューブを……?」

 しかし、呆然と目の前の男を見つめ続ける愛沙の耳には哲郎のその声など聞こえてはいなかった。

「愛沙!」

 哲郎のその呼びかけでやっと、哲郎が自分へと話しかけていた事に気付き、愛沙は口を開く。

「タクローは早く此処からどうにかして離れて……この男が相手じゃ――哲郎の身まで気にしてられない」

 鋭い眼光で睨みつける愛沙の表情を見て、今の状況が深刻であると察した哲郎はどこへ逃げればいいのか辺りを見回すが、逃げ道が見つからない。

(この男の人が通してくれないと、逃げられない……)

 するとその瞬間に哲郎は愛沙の手によって廊下の壁に背中を強く叩きつけられ、尻餅を着いた。

「急に何をするんだ、君は――――!?」

 と言葉を紡ごうとした哲郎は暗闇の中に愛沙の見た事の無い表情を見出した。

「ちょっと黙ってて」

 哲郎の手から離れた懐中電灯が床を転がりながら、愛沙の足元を照らす。すると、さっきから黙ったまま動かない男がその口を開く。

「悲しいな、後輩にそんな目を向けられる事ってのは。それにしても、お前がこんなとこにいるなんて……今日は学校と部活サボったのか?」

「谷崎一也(いちや)……」

 そう。その男は紛れも無く、魔術委員会の会長を殺そうとした人物――谷崎一也であった。しかし、その単語を聞いた時、哲郎はそれが誰なのか一瞬分からなかったがそんな事など、愛沙が気にするわけも無く話を続ける。

「S級犯罪者のあなたには関係の無いこと。そして、あなたはすぐに――――私の手で葬ってあげる」

 その刹那、暗闇の中一瞬だけ光を漏らした愛沙は目では到底、捉えきれない速さで谷崎の目の前へと迫り、電撃の刃を振るおうとした。だがしかし、彼女の電撃の刃を持っていた腕は谷崎の左手によって防がれ、谷崎はそのまま愛沙へと自らの顔を近づけた。

「見ない間にこんなにもスピードを上げていようとは思わなかったが、所詮はこの程度だって事なんだよ、お前の電撃は」

 にやりと笑みを浮かべる谷崎に対して、愛沙は左手に電撃の刃を作り出し、谷崎の腹に突き刺そうとするが、その手も谷崎の右手によって止められる。

「無駄だというのが分からないほど、お前は莫迦じゃないだろ? だから、何事にも正しい選択をする事ができる。だったら、俺に協力するのが正しい選択なんじゃないか、山田?」

「……誰が会長を殺そうとした奴の協力なんて……

 ……それに、私はお前を正しいなんて思わない!」

「先輩を『お前』呼ばわりするなんて、そんなに俺の事を毛嫌いしなくてもいいだろ?」

 段々とその顔を愛沙へと近づけていく谷崎に対して、愛沙はその目を逸らす。

「そう言えば、お前はまだ、魔術委員会がどんな悪い事をしようとしているのか分かっていないんだったな。それなら、正しい選択をできないのは仕方が無い。だが、それを知った時、お前は必ずそちら側の人間ではいられなくなる。だから、キューブはもらうよ」

 愛沙が瞬きをした瞬間、目の前に存在していた谷崎と谷崎に掴まれていた手の感触は一瞬の内に消え失せ、愛沙はすぐさま、後ろを振り返ってキューブのある部屋の方へと高速で移動する。すると、そこには既にキューブを手にしている谷崎の姿があった。

「お前の慕っている老人は教訓なんてものをしないようだな。俺に破壊されると分かっておきながら、こんな結界を難儀にも張ってくれるなんて」

「そのキューブを使って、一体何をする気?」

 焦りの表情を浮かべながら尋ねかける愛沙に谷崎は答える。

「まずは魔術委員会を潰すさ。その後、俺は――――この世界を変える」

 話のスケールの大きさに唖然とした表情で尻餅を着いた状態で聞いている哲郎に対して、愛沙は尚も焦りの色を見せ、

(話に気を逸らせた隙に、キューブを……)

 と心中で企みながら握り締めていた右拳を開く。

「それにしても、俺はあの老人を堂々と()ろうとしたのに『暗殺』って言ってくれたマスメディアをどうにかしてくれないか? 俺が卑怯者みたいじゃないか」

「あなたが卑怯でも卑怯じゃなくても、そんな事どうでもいい。あなたはなんで、今こうして私と対峙しているの?」

「難しい質問だな。一つはお前が俺に協力しなかったから。一つは俺がお前たちを裏切るかたちとなってしまったから。一つは……」

 顎に手を当てて考え始める谷崎。すると、他の事を思い出したようで口を開く。

「お前と一緒にいる男は俺と同じく、結界を破壊できるようだな。俺の仲間に引き入れたいが……交渉してくれないか?」

「そんな事するわけない」

 完全に自分を敵としか見ていない愛沙に谷崎は溜息を吐きながら、他の話題を持ち出す。

「魔術部に新入部員は入っていないのか? 確か、“あいつ”は今年のはずなんだが……」

 その単語に疑問を覚える愛沙は首を傾げながら思い出そうとするが、サボってばかりで稀にしか部活に顔を出さない為、心当たりなどあるわけが無かった。

(と言うか私、部長の顔すら忘れてる……? 眼鏡掛けてた事は覚えてるんだけど……)

 自分の記憶力の無さに溜息を吐かざるを得ない愛沙のその様子から、何も知らない事を察した谷崎は言葉を紡ぐ。

「そうか、知らないんだな。まあ、お前や俺と同じ学校に言ってるとも限らないし……

 “斉藤敬治”って奴なんだが、俺たちと同じように電撃の魔術を使える。そいつも俺の仲間になって貰うつもりなんだ。ちゃんと、育てて貰ってなくちゃ、困るんだよ」

 谷崎の話を軽く受け流す愛沙であったが、それを部屋の外で聞いていた哲郎はその名前に聞き覚えがあった。

(どこかで聞いた事のある名前……けど、どこでだ?)

 すると、哲郎の頭に今いる廃ビルの風景が過ぎった。

(僕はここで……その名前の少年に会ったのか……?)

 自らに問いかけるが、答えは出てこない。

「と言うかお前は部活をサボったりしてるんだっけ? なら、聞いたところで意味はなかった――」

 「やれやれ」と両手を上げて首を横に振る谷崎。

 その隙を狙って愛沙は電撃の魔術による高速移動で自らの右手を谷崎の持っているキューブへと伸ばした。しかし、その手がキューブに触れることは無く、逆にその手を谷崎に掴まれてしまい、その背を壁に叩きつけられる。

「ふーん……案外良いタイミングだったけど、電撃による加速が遅いから、タイミングも台無しだ」

 壁を背にしている愛沙へと右手を握ったまま詰め寄る谷崎は右手に持ったキューブを愛沙の腹に押し付けた。

「そんなんじゃ、いつまで経っても俺を超える事なんて叶わない」

 谷崎の手によって拘束されていない左手を振り上げようとした愛沙だったが、既にそこには谷崎の姿は無く、部屋には愛沙だけが取り残されていた。そして、緊張の糸が切れたように膝を着き、悔しそうな表情を浮かべた。

「私の魔術が……通用しなかった……」

 声を掠れさせながら呟き、子供と戯れているような素振りだった谷崎の様子を思い出す愛沙は目の前の闇を見つめ続ける。すると、その闇から眩しい光が自らを照らし出し、眩しいとばかりに目を瞑った。

「だ、大丈夫……?」

 愛沙の視線のその先には心配している表情で自分の事を見ている哲郎の姿があった。その瞬間、哲郎に抱きつく愛沙は哲郎のスーツの中に顔を埋める。

「ちょっ!? きゅ、急にど、どうしたの!!」

「……あの男は去年、魔術委員会の会長を殺そうとした“谷崎一也”。タクローもテレビで聞いた事あるでしょ……?」

 愛沙にそう言われた事によって、自らの頭の中にもその名がちゃんと、刻まれていた事を確信する哲郎。そんな犯罪者とさっきまで争っていた事を考えると、どれだけ愛沙が不安だったかを知る哲郎は今の行動が少し、分かる気がした。

 すると、愛沙は自らが抱きついていた哲郎を引き離して、幻滅するような目で哲郎を見る。

「……タクローはロリコンか。高校生の可愛い女の子に抱きつかれて、顔を赤くするなんて」

「もう、つっこみを断念してもいいかな……」

 呆れるようにため息を吐き、部屋から出て、鞄を拾う哲郎の背中を見ながら、愛沙は微笑んだ。そして、すぐに顔を引き締めて懐中電灯で地面を照らしながら歩き始める哲郎についていきながら考えをめぐらせる。

(斉藤敬治……私と一緒で電撃の魔術が使える奴で、谷崎が仲間にしたい奴でもある……つまりは危険人物)

 愛沙は何も無い闇を鋭い眼光で睨みつけ、

(見つけ出して、谷崎に協力するような態度を見せれば、容赦はしない!)

 そう決意すると同時に哲郎がその足を止めて、愛沙の方へと振り返った。

「ちょっと、質問したい事があるんだけど……君とあの谷崎って人は同じ高校?」

「そう。同じ高校で同じ部活の先輩だった。けど、去年の出来事で犯罪者になった」

「ふーん……それで、その人が言っていた『斉藤敬治』って少年に、僕は会った事があるかもしれないんだ」

 その事実を聞いた愛沙は自らの首を傾げながら呟くのだった。

「え?」

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