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降雷の魔術師  作者: 刹那END
I. 魔術部入部篇
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α―II. 魔術部見学

 ――“魔術”――


 それは一時期、世間の注目を浴びたものであった。

 しかし、魔術は自分の頭の中で原理を理解していなければ、使う事のできない代物であった。

 例えば、火の魔術を使おうとしたら、空気中のどのくらいの酸素を消費すればいいのか、その酸素の消費量でその程度の熱量を生み出すのか、などの事を頭の中で理解していなければ、魔術を使う事はできない。


 つまりは、扱いが容易ではない。


 そして日本は、魔術が世間の注目を浴びた際に、政府は魔術抑制の為に魔術に関する法律を制定した。

 その法によって科学の威厳が保たれる事となり、魔術はその扱いの難しさと法律の厳しさから衰退の一歩を辿っていった――――





「――――というわけで! この魔術部は将来、何の役にも立たない事を研究する部活なのである!」

 蛍光灯の光を反射して輝く銀色の縁の眼鏡を掛け、細い眼と細い顔立ちをした身長一七八センチの東坂高校魔術部部長――藤井(ふじい)(りょう)は、そう言いながら、両手を脇腹に置いて、仰け反り返る様な姿勢をとる。

 それはとても偉そうな態度であった。

 そんな部長を前にした、ポカンとした表情を浮かべている少年は魔術部を見学しに来た新入生であった。

 東坂高校、魔術部部室に来た少年は中学の時も魔術部に所属していた為、高校の魔術部ともなると、研究室でしてるんじゃないかという期待のようなものもあったが、その期待は大きく外れている。

 彼がいる場所は何の変哲も無いただの部室。研究室などというものを連想させるものすらない。

 十二畳程の部屋の大きさで、大きな机ともう一つ小さな机も置いてある。小さい方はたぶん部長の席なのだろう。そして、本棚くらいしかそこにはなかった。

 本棚には魔術の本ばかりが並んでいるかと思えば、一般的に読まれている小説が三分の一ほど混ざっている。そして、漫画も。

 そんな部室を少年は見回すと、

(な、何なんだ……? 何がしたいんだ、この人たちは!?)

 眼が丸く、身長一七二センチの少年は頭から生えた一本のアンテナを揺らしながら、今の自分が置かれている状況に困惑する。

 今の状況というのは、見学しようと魔術部の部室に入った途端、部長の掛け声と共にその部室にいたもう一人の人物によって縄で拘束された状況である。

 そして、その状態のまま、彼は部長の話を聞かされる事となり、今に至る。

「な、なんで縄で縛るんですか……? どういう事ですか!?」

 状況を飲み込めないようで、身を震わせる。

「部長。見学しに来てくれた新入生が、ガチでひいてますよ。それに他の部活も大して、将来に何の役にも立たないですね」

 未だに自身の体を堂々とした態度で仰け反らせている男に対して、その横にいた人物――江藤(えとう)清二(せいじ)は溜息を吐いてみせた。

 丸い顔立ちに穏やかな目つきのその顔は好印象を抱かせるが、その中身はとてもどす黒いと言われている。

 身長は一七三センチで、この魔術部の副部長を務めおり、先程、部長の指示に従って、敬治を拘束したのはこの人。

「……と言うか、魔術の説明よりもまずは、自分の“腐った名前”を言うのが先だと思うんですけど、違いますか? 部長?」

「腐った!? ちょ、今絶対『腐った名前』って言ったよねっ!?

 ……清二君ってさぁ。ちゃんと部長って呼んで、敬語も使ってるんだけどー……ホントは俺の事、敬う気なんてさらさらないよね……?」

 声のトーンを段々と落として、恐る恐る尋ねる眼鏡の男に対して、副部長は吹き出した。

「え? 今頃気付いたの?」

 小声で聞こえないように呟いたつもりだったのだが、真横にいる部長には丸聞こえ。

 副部長の本音を聞いてしまった彼は床に膝を着き、四つん這いの状態で項垂れるが、それに構う事無く、江藤は自らが縛った男子生徒に対して、話を進めていく。

「今日は見学しに来てくれてありがとうございます。じゃあ、まずは僕たちの方から自己紹介していきますね。床で項垂れてるこの人が魔術部の“一応”部長の藤井(ふじい)さん。三年生はこの人だけなので、二年生である僕、江藤清二が副部長を務める破目になってます。

 ……あと、部員は他に四人いるんだけど……今日はサボりみたいですね」

「えっと……サボりって……?」

 不安の色と共に尋ねてくる男子生徒に手を振る。

「ああ。気にしなくていいよ。この高校の魔術部ではザラだから大丈夫です」

「ザラって……この部活、そんなのでちゃんと成り立っているんでしょうか……?」

 江藤の事を少し睨めながら疑問に思った事を紡ぐ彼の心のベクトルは魔術部には入らない方へと進み始めている。

 それが行動となって現れようとしたのだが、手足が椅子に拘束されているため、ただ、ばたつかせただけで肝心の行動に移せない。

 そんな足に掴みかかったのは床で項垂れていた部長。彼は笑いながら、四つん這いの状態で敬治を見上げた。

「ハハハッ! 計六人しかいない上に四人がサボり……崩壊寸前のこの部にのこのことやってきた獲物を簡単に取り逃がしたりはしないさっ!」

(崩壊寸前の魔術部……谷崎先輩の情報を得る為とは言え、入る気になれない……)

 気が進まないような表情を浮かべると、目の前の部長は何かを企んでいるような笑みを浮かべ、隣の江藤は爽やかな笑みを浮かべる。

 それは正に対照的な笑みだった。

「まあ、そういうことで。君の名前は?」

 尋ねかけてくる江藤と同時に立ち上がる部長の二人を眺めながら、少年は自らの名前を告げる。

斉藤(さいとう)敬治(けいじ)です……」

「斉藤敬治君ね。まず、今日は無理やり拘束しちゃったことを謝らせてもらうよ。ごめん」

 江藤は深々と頭を下げ、その横で悪びれた様子を少しも見せない部長を敬治は睨みつける。

「ところで、敬治君は魔術初心者?」

「いえ。魔術は使えます」

 淡々とそう応えた彼に対して、二人は目を大きく見開くと同時にキラキラと輝かせて喜んだ。

「ホント!? 経験者は大歓迎だよー! けど、今日は体育館使えないし……特にやる事も無いんだよねぇ……」

(『やる事ない』って……ホントに崩壊寸前なんだな、この部活……)

 儚く消え入りそうなもの対して、哀れみの目を向ける。

「明日! 明日また、この部室に来てくれるかなー?」

 「いいとも!」と言うことはなく、頷いてみせる。

 しかし、それは表向きの態度で本心では明日この部室に来ようなどとはあまり思ってはいない。

「よし! じゃあ、明日まだここで!!」

 そう言って、何やら紙が張られている机の椅子に座る部長と何かしらの作業をし始める江藤。

 その紙には大きく「部長の席」と書かれており、破られたり、落書きされた跡もある。

 二人の行動を数秒眺めていたが、縛られている事に痺れを切らして、言葉を放った。

「この縄……早く、外してください!!」

「あれ? ごめん、忘れてたよー」

 そう言って縄を解きに近寄ってきた眼鏡の男は縄を解くのにかなり苦戦している。

「あの……早くしてもらえません?」

 もたついている男を急かすように言うと、「ギロリ」と鋭い視線で此方を睨む。

「いや、俺だって早くしようとしてるんだって! でもほどき辛いんだよ!!」

(ぎゃ、逆ギレ……!? キレたいのはこっちなんですけど……)

 段々と不満が溜まっていく中、二人の様子を見ていた江藤は漸くはさみを取り出して、縄を切る。

 解放されたと同時に立ち上がった敬治は眉をひそめる。

「あるなら早く使ってください!」

「いや、二人が段々とイライラした表情になってくのが面白くって……つい、ね?」

「そんな『つい』はありません! 帰らせてもらいます!」

 足音を「どすどす」と立てながら勢い良く扉を開け、これまた勢い良く閉めて、魔術部部室を後にした。


 ◇


 翌日


(魔術部……)

 放課後の賑わいをみせている廊下を淡々と歩く新入生――斉藤敬治は溜息を吐く。

 その理由は紛れもなく、魔術部についてのこと。

 魔術部の部室に行こうとする足取りも段々と、重くなってきており、それは止まってしまった。

 再度、大きな溜息を吐く。

 中学では魔術部に所属していたが、高校でも入ろうか入るまいか悩む。

 悩む原因は主に昨日の出来事にあると言っても過言ではない。

 部室に入った途端に拘束された挙句に一方的に説明され、部に入るよう強要され、部は部員六名中四人がサボりの崩壊寸前。そして、(しま)いには逆ギレされてしまった。

 しかし、入らなければ谷崎の有力な情報を得る事は難しい。

 そう考えると自ずと答えは入る方になってしまった。

 決意するように拳を強く握り締め、歩みを進めて魔術部の部室前に辿り着く。

 一息置いてからその扉を四回ノックしたが向こうからの応答は無い。

(まさか……誰もいない……?)

 再度ノックをしても応答が無かったため、ゆっくりと目の前の扉を開けて、中を窺う。だが、その目に映るものは昨日見た部室の風景だけで、人は一人も映らない。

(まさか、全員サボり……ってことはないよね……?)

 顔を引きつらせながらゆっくりと部室に入ると、本棚に置かれたある物に目が入った。

(……部室に漫画なんて置いてもいいの?)

 本棚に近寄って魔術関連の本と一緒に置かれたコミックを見ながら苦笑い。

 すると、その横にあった物に視線を奪われる事となる。

「……? なにこれ……ルービックキューブ?」

 敬治の目線の先には、ガラスボックスに入れられたルービックキューブのように二十六個の小さな正方形が集まって、一つの正方形を作っているキューブがあった。しかし、ルービックキューブのようにと表現したのには何かしらの相違があるためであり、それは“色”だった。

 彼の目の前のルービックキューブは全ての面が金色で輝きを放っていた。

 綺麗だと思って見とれていると、横にはいつの間にか一人の人間が存在しており、不審そうにじっと敬治の事を見つめて立ち尽くしていた。

「……君……誰?」

 横から唐突に聞こえてきたその声に即座に振り向いた彼の目に映るは女子生徒。その女子が、自分が気付かないうちにこの部室に入ってきていた事に驚きすぎて、部室の床に尻餅を着いた。

 痛みを伴っているはずだが、それでも尚、彼の心中は驚愕に支配されている。

(い、いつの間にこの人は!? 部屋に入ってきたんだ……!?)

「いや、びっくりするのはこっちなんだけど……部室に入ったら、見知らぬ男子が“部長のキューブ”見つめててさぁ……」

 肩よりも少し伸びた髪でいつも手入れをしているのか、さらさらとしている女子生徒はそんな髪の毛を揺らしながら頭を掻いて、困った表情をしている。

 顔の形はスッとしていて、眼は細くもないし、大きくもない。可愛いというよりはむしろ、綺麗という言葉の方が似合う女子生徒の身長が一六一センチなのだが、尻餅を着いている敬治にとってはとても巨大に見えた。

(部長のキューブ……? いや、それよりも誤解を解かないと……)

「えっ……と、俺はその……昨日、部を見学に来て、今日、部室に来いって言われたので……部室に来ただけであって……」

「ああ、なるほど! そういう事だったの! 魔術部に入ろうとしてるってわけね。

 私は昨日いなかったけど、この部に入ってる二年の神津(こうず)沙智(さち)。入るんなら、よろしくね」

 そう言って、神津によって差し出される右手を手にとって、敬治は立ち上がると頭を下げる。

「ありがとうございます。と宜しくお願いします……俺は、斉藤敬治って言います……あの、『部長のキューブ』ってどういう事ですか……?」

「ん? ああ。部長は変なものを集めてくるのが趣味なの。だから、時々、あんな物をどこからか持ってきては、部室に飾ったりするの」

「そうなんですか」

 納得した表情を神津に見せたその瞬間、部室の扉が勢い良く開かれ、最もうるさい人物が部室に顔を見せた。

「敬治君! お待たせしてしまって、すまないね! っと沙智ちゃんは昨日、来なかった分をちゃんと、今日の仕事で返してもらうからそのつもりでー」

 銀縁の眼鏡をかけた藤井亮、魔術部の部長は部室に入ってきて早々、大きな声を張り上げて、敬治の手を掴んだ。

「さて! 今日は君の魔術の実力を見せてもらうとしようか!」

 敬治の手を引いたまま、部室を後にしようとした部長だったが、敬治はその場から動こうとはせず、物理的に手を引いていた部長も止まる破目になる。

「なんだよー……出鼻を挫かないでくれよ」

「すみません。ちょっと、質問したい事があるんですけど……」

 彼の言葉に耳を傾けようとする部長の様子を確認してから、その質問を紡ぎ出す。

「この部活って……毎日、何やってるんですか? 中学の時の魔術部では、魔術の勉強とかしかしなかったんですけど?」

「中学の時、魔術部入ってたんだ! へぇー……でも、この高校の魔術部は勉強がメインではないね……僕らは毎日――」

 と答えようとした時、それを遮るように神津は口を開いた。

「――遊んでる」

「えっ!?」

 神津の衝撃的な発言に敬治は思わず声を漏らし、部長は頬を膨らませながら神津を睨んだ。

「『遊んでる』とは失礼な!」

「いや、遊んでるでしょ……だから、皆、サボるんだよ。斉藤君も今日、やる事を見てたら何となく、分かるよ」

(遊んでる……こんな部活が谷崎先輩に影響を……?)

 呆れた顔でそう言った神津の言葉を聞きながら、敬治は表面では笑顔を浮かべたつもりだったが、それはぎこちないものだった。

「じゃあ、体育館に行こうか!」

 部長のその声に呼応して、三人は部室を後にしていった。

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