α―XVI. 紅炎の魔術師
「ちょっと……それって……?」
「言葉通りだ。このトーナメントが終わったら、速やかに降雷の魔術師である斉藤敬治を殺せ」
目の前に存在する男子生徒を大きく目を見開いて、見つめる雪乃の顔は段々と血色を失くしていく。
「で、できないよ! わたしには……できない……」
「谷崎様に逆らうのか?」
その単語を聞いた瞬間にまたもや、雪乃は反応を見せた。そして、雪乃はその単語によって折られてしまう。
「……分かり、ました……」
その返事を聞いた男子生徒は誰かを探すように辺りを見回しながら、告げる。
「おい。この二つの死体を隠せ。俺の魔術では灰にできん」
『へっへっへっ……さっきからオイラの扱い方が酷いんじゃないかい?』
何も無い、誰もいないところから聞こえてくる声に雪乃は動揺するが、男子生徒は当たり前のように淡々と会話する。
「つべこべ言わずに働いてくれないか?」
『はいはい』
見えない何者かがそう返事をしたその瞬間に地面に血だらけで倒れた二人の死体が独りでに動き出す。その一部始終を目の前で見ていた雪乃は恐怖を覚え、背筋に悪寒が走る。
そんな雪乃などを気遣う様子も無く、男子生徒は二人の死体が動いていく方向へと歩き出す。
「殺らなければ……分かっているな?」
そう雪乃に言い残して、男子生徒は去っていった。そして、路地裏の地面にはさっきまで在った二つの死体は無く、血痕、髪の毛の一本すらありはしなかった。
何事も無かったかのように全ての証拠が消されていたのだった。
◇
「へっくしょい!! あー……」
白いワゴン車の中に用意されていた東坂高校の学ランとカッターシャツとズボンを着替えている最中にくしゃみをする敬治の怪我していた腕と足には包帯が巻かれていた。
その横で、白衣だけを着替えていた王水の魔術師の少年が敬治の体調を気遣う。
「風邪ですか? 早めに手を打っておいた方がいいですよ」
「いや。多分、俺の噂を誰かが……」
鼻を啜る敬治に対して、少年は冷たい視線を三秒くらいの間、浴びせ、白衣を着終えた少年は白いワゴン車から外へと出る。
少し遅れて、敬治も白いワゴン車からその身を外へと投じ、その暗さに驚く。
「もう、こんな時間だったんだ……」
「ですね。そう言えば、本屋には漫画を買いに立ち寄ったのでは? 僕もまだ、買ってませんし、一緒に行きましょうよ」
少年の提案に頷く敬治は白いワゴン車に乗ってきた人物を見ながら、鞄を手に取り、この場を少年と去っていく。すると、少年は白いワゴン車の方へと視線を向けている敬治の制服の裾をクイッと掴んで自分の方へと視線を向けるようにする。
「あまり関わらない方がいいです。早く行きましょう」
そう言って、速い速度で歩き出す少年につられ、敬治の足も自然と速くなり、白いワゴン車が見えなくなったところで少年は安堵の息を吐いて、速度を緩めた。
「関わらない方がいいって、どういう事? あの人って魔術委員会の人間なんだから、別に警戒しなくてもいいんじゃないのか?」
「情報が無いと言うのは本当に怖いものですね。けど、知らない方が良いと言う情報も時にはあります。今回のはそれですから、理由は気にしないでください。ただ、魔術委員会を信用しない方が良いと言う事だけを僕の方からは伝えときますよ」
あからさまに何かの事実を隠す少年を訝しげな表情で見る敬治はふと、気付いて尋ねる。
「そう言えば、お前の名前、まだ、知らないんだけど?」
「そうでしたね。僕は西井譲って言います。母が外国人、父が日本人の所謂、ハーフと言う奴です。東坂中に通う、“ごく普通”の中学二年生」
「ごく普通」を強調してみせる西井少年をスルーしながら、敬治は口を開く。
「東坂中ってすぐ、隣にある中学校か……って事は学校帰りに寄り道しようとしてたんかよ。禁止とかされてない?」
「禁止ですよ。でも、家に帰ってから買いに行くのって面倒じゃないですか」
西井の言う事に賛同できる敬治は彼に何も言う事ができない。
それでも、学校帰りの寄り道はいけない事だと伝えたい敬治は口を開こうとする。しかし、敬治の隣には西井の姿は無く、敬治が後ろを振り返ると、そこに西井の姿があった。いつの間にか、本屋へと向かう足を止めていたらしかった。
「……? どうかしたのか?」
「いえ。あと少しで本屋に着いてしまいますから、その前に忠告を、と思いまして。
このトーナメントでは『魔術で人を傷つけない』なんていう信念を持ち込まないことです。その信念が悪いというわけではありません。僕は立派だと思いますよ。ですが、僕みたいな弱い相手ではなく、強い相手に当たった時、その信念は先輩自身を傷つけます。今度は掠り傷だけじゃ、済まされませんよ」
西井の真剣な眼差しとその言葉に敬治は唾をごくりと呑みこみ、学ランで隠れた右腕の包帯の巻かれた部分を左手で触った。
「電撃の魔術は最強と言っても過言ではないです。けど、それも使いようによってはただの魔術と同等の力しか持たないものになってしまいます。
良く考えてください。その信念を持って大怪我するのが良いのか、信念を捨てて普段どおりの生活を送るのが良いのか」
敬治は西井の言葉に深く頷いた。その姿を見て、西井はにこりと微笑んで、敬治の元へと駆け寄りながら、ポケットから携帯電話を取り出す。
「メルアドと電話番号、交換しておきましょうよ。情報が欲しい時は学校のあっていない時間帯なら、いつでも、電話してきていいですよ?」
敬治も自らのポケットの中から携帯電話を取り出して、西井とメールアドレスと電話番号を交換した。そして、二人は本屋へと赴くべく、また、足を進め始めるのだった。
◇
翌日
金曜日のこの日で今週の学校も終わりを告げる事となり、明日からはゴールデンウィーク。しかし、敬治にとってはそれは憂鬱でしかなかった。
(宿題いっぱいだし……勝手に決定戦始まるし……)
溜息を吐いてみせる敬治は机の上に頬をくっつけた。そうした瞬間に雪乃が教室へと入ってくるのを見た敬治は自分の席から立ち上がって、雪乃の方へと向かう。
「おはよ」
と言って右手を上げる敬治の顔を見た途端に雪乃はすぐさま、目を逸らして、小声で応えた。
「おはよう……」
「……? なんか、元気ないけど、何かあったのか?」
その問いかけに首を振りながら、席について無理やり笑顔を作りながら、雪乃は敬治の顔を見る。
「何でもないよっ! 敬治くんこそ、どうかした?」
「いや。桐……雪乃も昨日、魔術委員会からメール来たのか? 対戦相手は? 勝敗は?」
小声で全てを一度に尋ねる敬治の質問に雪乃は一つずつ答えていく。
「メール来たよ。対戦相手は硝子の魔術師で、負けちゃった……」
「俺はギリギリで勝って、怪我もしちゃったよ……」
と苦笑いする敬治に雪乃はただ、笑っているだけだった。雪乃の様子がさっきからおかしい事に敬治も気付いていたが、その後、少しの会話の後、自らの席へと戻っていった。
自分の席へと戻っていく敬治を見る事無く、黒板を見つめる雪乃の頭にあの男子生徒の言葉が過ぎる。
(敬治くんを……わたしの手で殺さなきゃ……)
自らの拳をギュッと握り締める雪乃は気を紛らすように鞄の中から勉強道具を取り出し、やらなくても良い問題を解き始めるのであった。
◇
放課後
今日は用事があるという雪乃を置いて、二階にある魔術部部室へと赴いた敬治を迎えたのは魔術部部長である藤井の姿であった。
「敬治君! なんか魔術委員会でトーナメントがあってるらしいけど、どーだったの!? 可愛い女の子と当たった!?」
入るなり、最新の話題に飛びついてきた部長に溜息を吐く敬治は後ろを振り返って、再び魔術部部室のドアを開けようとする。
「えぇ!! なんで、出て行こうとしてんの、敬治君!! 俺のテンションについていけてなかったんなら、謝るから!! ホント、土下座するから!!」
とその言葉通り、本当に土下座をしだす部長の姿を見て、敬治は部室にあるパイプ椅子へとその腰を下ろした。
「それで……大丈夫だった? トーナメント?」
「勝ちましたけど、怪我しました。
……副部長はどこなんですか? 部室に来たときにはいつもいたのに……」
「清二君は日直だから、遅れてるだけだよ。それよりも! ゴールデンウィークはどーしようか! 皆で旅行に行ってもいいよね! 合宿って言っとけば生徒会が経費出してくれるだろうし、お金の心配はしなくていいよ! それで行き先なんだけど――――」
と自分勝手に話を進めていく部長の話は今の敬治の耳には届いていなかった。
(そう言えば、魔術部ってあと一人いるんだよな……まあ、その人の気持ちも分からなくもない……ただ、遊んでるだけの部活じゃ、来る気にもなれないよなぁ……)
部長の顔をまじまじと見つめて、溜息を吐く敬治は部長に残り一人の部員について尋ねてみる事にする。
「あの……あと一人の部員の人っていつ部活しに来るんですかね……?」
「愛沙ちゃん? さあ……って言うか清二君によるとこの頃、学校に来てないって言うし、引きこもっちゃってるんじゃないかな? あと、お父さんが行方知れずだとかも言ってたなぁ……そう言えば、久美ちゃんが魔術使ってるとこって……見たこと……無い……?」
その事実に自分で驚く部長は、頭の中から記憶を探り出すように顎に手を当てて、思案に耽っているようだった。
そのまま、敬治は何もする事無く、家に帰宅し、土曜日と日曜日の二日間の休日を堪能した。そして、月曜日の昼。敬治の魔術委員専用の携帯電話に一通のメールが届いた。
◇
四月三十日 月曜日
称号十人選抜決定戦――第二回戦――
対戦相手:紅炎の魔術師
対戦場所:福岡県――――
敬治はその対戦相手の称号を見て、目を見開く。
(紅炎の魔術師……噂で聞いたことがある。めちゃくちゃ、手強い相手……そして――)
敬治は自らの携帯電話を右手に持って、電話帳を開き、西井と書かれた人物へと電話を掛ける。
『もしもし? 対戦相手、決まりました?』
「ああ。紅炎の魔術師っていう奴なんだけどさ。情報くれないかな?」
そう言って、西井の回答を待つ敬治はこの沈黙の時間を情報を調べている時間だと勘違いしていた。そして、二十秒程の時を要して、西井は口を開く。
『先輩……紅炎の魔術師とは、戦わないでください! 彼と戦えば、一生、不自由な生活を強いられる事態になるかもしれない……』
自分の魔術の正体がバレても冷静だった西井が「紅炎」と言う単語を聞いた瞬間から動揺を隠せないでいた。
「そんなに、強い相手ってことか?」
『はい。彼の魔術はその名の通り、太陽の紅炎に匹敵します……」
「炎の魔術って事だな。分かった」
『ホントに分か――――』
プツンと一方的に電話を切った敬治はその携帯電話をギュッと握り締める。
(そして――裏で魔術を使って、人を傷つけてる奴!)
敬治は服を着替えて、メールに記された住所を眺めながら、外に出て行った。
◇
対戦場所は一回戦が行われた場所ではなく、昼間なのにも拘らず、人気が全く無い小さな公園であった。
そこに一人ポツンと立ち尽くしている人物を見た敬治は自らの足を速める。
その人物は音楽機器を片手に、耳にイヤホンを付けて音楽を聴いている。身長は一七九センチと敬治よりも高く、年齢も敬治よりも上のようであった。前髪が目を覆い隠すように伸びており、その姿は桐島尚紀を彷彿させるものだった。
自分の目の前に立った敬治に気付いたその人物はイヤホンを外し、音楽機器をポケットの中へとしまいながら、二つのものをポケットの中から取り出す。一つは携帯電話であった。
「じゃあ、ルールに則って殺しちゃいけないって事だから、救急車呼んどいてやるよ。感謝しな」
そう言って、淡々と携帯電話のボタンを押して、本当に救急車を呼んだその人物は携帯電話を閉じるのと同時にその口元を歪め、携帯電話をしまい、ポケットから取り出したもう一つの物――分厚い手袋を自らの両手にはめる。
「俺が紅炎の魔術師だ」
「その手袋……証拠隠滅か何かか?」
「ぁあ? この手袋はただの自己防衛だ。この手袋してねえと、自分の魔術で大火傷しちまうからよ。それで早く称号名乗って始めねえか? 救急車来ちまうよ」
「……俺が――降雷の魔術師だ」
その瞬間、紅炎の魔術師は手袋をした両手を敬治の方へと突き出して、Araiを唱えた。
「Cremonpine」
その刹那――敬治にAraiを唱える隙など与えない程の速さで、敬治の身は激しい炎に包まれた。