表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
降雷の魔術師  作者: 刹那END
II.称号十人選抜決定戦篇
15/57

α―XV. 魔術ではない

 地面にできた大きなクレーターのような穴に佇む敬治(けいじ)を王水の魔術師の少年はただ、呆然と見つめる。そして、敬治の発言を嘲笑う。

「“僕の魔術を理解した”? 何言ってるんですか、先輩?

 ……いや。本当は僕の動揺を誘う為に嘘を()いたんですね? でも、残念でしたね。もう、僕に気づかれてしまった」

 少年は堂々と両手を広げて、笑う。その姿は自らの意見に絶対的な自信を持っている者の姿であった。しかし、その姿も敬治の一言によって崩される事となる。

「……お前、さっき自分で『俺の性格が真面目』って言ってたけど、その中に『嘘を吐かない』ってのは含まれなかったんだな。お前の重要視する情報って奴も底が知れてる」

「フン……一度、僕の魔術から“偶然”抜け出せたからっていい気にならないでくださいよ。僕にはまだ、とっておきの魔術が残っているんですから」

 にやりと笑みを浮かべる少年の表情を見て、敬治は笑う。

「ハハハッ……そのとっておきの魔術って言うのは、どうせ左右の壁を溶かして……いや、“分解”して俺を潰す魔術だろ? そして、その壁を防いだ隙に俺を攻撃する気?」

「――!? ……嘘を吐いていたわけではなかったようですね。僕のどんな行動で気が付きました?」

「お前が左手で電撃を溶かした時に分かった。その時は俺も電撃を溶かしたと思ったんだけど……実際には砕け散って、水に流れ込んだって感じってのが分かったから、お前が分解して、空気中の水分と分解した物質を混ぜる奴だってのが理解できた。だから、電撃の熱で水を蒸発させれば、ただの粉だろ?」

 敬治のその答えはあながち間違ったものではなかったのだが、一つ足りない部分があった。

(別に教えなくても……いいよね?)

 と自分自身に尋ねかける王水の魔術師である少年は自らが重要視している情報を提供しても尚、にやりとその口元を歪めている。

「一つ。僕は先輩に忠告しといてあげるよ。今、この状況で電撃の魔術は使わないほうがいい」

「……勝てないと分かった途端に、はったりか?」

「いえ。ただ、電撃の魔術をこんな状況で使ってしまうと、先輩諸共死んでしまうことになりますよ?」

 その少年の言葉に敬治は訝しげな表情を浮かべるのと同時に、自らの周りに漂っているものから理解に辿り着いた。

「“粉塵爆発”……だけど、コンクリートは可燃性の粉塵じゃない」

 敬治の口にした粉塵爆発とは大気中に一定の量、浮遊した粉塵に引火して爆発を起こすものである。そして、その粉塵は敬治の言ったとおり、可燃性のもの。しかし――

「でも、先輩。コンクリートなんて言うのは殆どが鉄筋を軸にする鉄筋コンクリートが一般的。そして、粉塵爆発は金属の粉が酸化する事によっても起こりうる。

 賭けをしてみてもいいですよ? 金属の粉が少なければ、爆発はしないだろうしね。だけれど、この粉が晴れるのを待つ賭けにはのらないことをお勧めしますよ。今日は全く風の無い状況ですから、粉が晴れるのには時間が掛かるはず。花粉症の人は喜びそうですけど」

 先程から、にやりと少年が口元を歪め続けていた理由がそれであった。敬治に釘を刺す事により、少年は、自分は魔術が使え、敬治が魔術の使えない状況を作り出し、この状況は彼の言葉通り、情報の点を結んでできたものだった。

「さて。下手に先輩の口にした大技を使ったら、煙が晴れちゃうからね。また、コンクリートの沼攻めといこうかな? でも、コンクリートの刃で攻めるのもいいなぁ」

 楽しそうに敬治への攻め方を考える少年に対して、敬治はこの状況を打破する方法を必死に考えていた。

(粉塵が充満している此処じゃ、魔術は使えない……なら、この場所から離れれば、問題ないんじゃないか? ルールにも対戦場所から離れちゃいけないなんて、一言も書かれていなかったしー……けど……)

 目の前の充満している粉塵の奥に佇んでいる少年を見る敬治。そう。粉塵によって視界が悪くとも、少年の姿は見え、少年からは敬治の姿が見える。つまりは、少年に見つからずにこの粉塵の中から抜けることは不可能。

 そして、敬治は少年の攻撃により右腕と左足に掠り傷を負っているため、粉塵の中から抜ける場合には障害となり得る。だが、そんな事を構っている暇など、敬治は持ち合わせてなどいなかった。

(今は、この粉塵の中から抜けることだけを考えろ!)

 そう、自分に言い聞かせる敬治は少年に背を向け、粉塵の中から逃げ出すべく、地面を勢いよく蹴り上げた。

「無駄な抵抗を……Teml(テムル)!」

 左手をコンクリートの地面に着いて、少年がArai(アライ)を唱えた瞬間に先と同様のコンクリートの刃が何本も形成され、敬治の足下、目掛けて発射される。

(くそ……追いつかれる……!?)

 後ろを気にしながら走る敬治の足下に迫るコンクリートの刃。遥かに敬治の走る速度よりも速い刃は敬治の右足へと襲いかかろうとした。その瞬間に敬治は空中へと飛んで、刃を回避したが、着地の際にバランスを崩した敬治は地面を転がり、粉塵の中から抜けた数メートル先でその動きを止めた。

 そして、敬治はすぐさま血の付いた右腕を粉塵の方向へと向けて、Araiを唱える。

「Riyelectictライヤレクティクト!」

 右手の掌から放たれる電撃は蛇行しながら粉塵の方へと向かい、粉塵と触れ合ったところで小規模ではあったが、激しい爆発を起こし、少年を炎の渦の中へと巻き込んだ。

 轟音と爆発の衝撃から後方へと吹き飛ばされそうになる体をうつ伏せになって、飛ばされないようにする敬治。

(やったか……? 

 ……いや、違う……今からやりに行くんだ!)

 煙が蔓延しているところへとうつ伏せの体を起こして、飛び込む敬治。その先には魔術で作り上げた壁によって、自らの身を守っていた少年の姿があった。

Denthur(デンサー)

 身体から大量の電撃と光を発する敬治は右手に電撃の刃を形成し、少年を守っているコンクリートの壁を壊し、少年の首元に電撃の刃の切っ先を突きつけた。

「……僕の負けです……」

 お尻を地面に着け、それと同時に両手も地面に着けて、膝を立てた姿勢の少年はそう呟いた。しかし、少年のその言動に少し納得のいかない敬治は尋ねかける。

「いいのか……?」

「なんでそんな顔をするのです? 本当に頭の良い人は成功より失敗する確率のほうが高いので、何もしないんです。僕はそんな頭の良い人と同じような行動を取ったまでですよ」

 そう答える少年の言葉を聞いた後、敬治は右手に持った電撃の刃を空気中に飛散させた。少年は敬治の手を借りながらゆっくりと立ち上がって、大きく伸びをしてみせる。

「えっと……まず、この服の有様はどうすればいいのかな……?」

 少年の魔術、地面に叩きつけられた事によって所々、破れたりしている学ランを眺めながら、敬治は溜息を吐いてみせる。

(これはひどい……母さんに怒られる……)

 自らの母親の起こっている姿を思い浮かべる敬治の背に悪寒が走る。

 そんな敬治を安心させるように少年は口を開いた。

「多分、もうすぐ魔術委員会の車が来るんじゃないですかね? さっきの爆発で誰一人として此処に集まっていないわけですから、魔術委員の誰かが結界を張っていた筈ですよ。ほら」

 そう言って後ろを向くように促した少年に従って、敬治は後ろを振り返る。すると、そこには一台の白いワゴン車と、一人の男が立っていた。

 そして、いつの間にか空はオレンジが消え失せ、青から闇に侵食されつつあった。


 ◇


 未だ、空がオレンジ色の時刻。

 彼女は学校の帰り道で敬治と同じ内容のメールを受け、その次に届いたメールで指定された場所へと向かう。そして、十分後に着いたその場所は敬治と少年が戦ったような路地裏で、人気の全く無いところであった。

 そこには既に一人の制服を来た人物が立っており、彼女は恐る恐る足を進め、一定の距離を保ったところでその足を止めた。

 そんな二人の様子をビルの屋上から一人の人物が監視していた。

「お前が“具現”の魔術師か?」

 彼女へと問いかける男に対して、彼女――桐島雪乃はゆっくりと頷いてみせる。

「へへ……あの具現の魔術師って、どんな奴が来るのかと思えば、普通に可愛い女子高生じゃん。ラッキー!」

「じゃあ、あなたが硝子(しょうし)の魔術師なの……?」

「そーいうこと。じゃあ、お互いの称号も知ったんだし、始めてもいいかな?」

 硝子の魔術師と名乗った男は雪乃を目前にして、大きく手を広げてみせる。すると、屋上で二人の様子を窺っていた男は携帯電話を取り出して、魔術委員会へと電話を掛けた。

「今から、桐島の妹と硝子の試合が始まります。未だ、接触はありません」

『了解した。引き続き、桐島の妹が不審な行動をしないか、様子を窺え』

「了解」

 そうして、男は携帯電話を閉じて、引き続き屋上から下にいる二人の様子を窺う。だが、次の瞬間、男は自らの腹に何か鋭いものが突き刺さったような痛みを感じ、人の肌に鋭いものが突き刺さるような鈍い音も同時に聞いた。

 恐る恐る自らの腹の方へと目を向ける男。すると、その腹からは一本の長い刃が刺さっていた。

 口から大量の血を吐き出す男は自分を刺してきた人物を確かめるために、後ろへと振り返る。そこには敬治と同じ制服、東坂高校の学ランを来た人物が刀を握って、立っていた。

「お、お前……A級……犯罪者の……!?」

「残念だな。お前程度の魔術師の結界では、俺の進入は防げなかった」

 そう言って男に突き刺した刀を抜き取った東坂高校の男子生徒は雪乃を見張っていた魔術委員の男を屋上から雪乃たちのいる、下の地面に蹴り落とした。

 男は東坂高校の魔術部を尾行し、誰かと電話を交わしていた男であり、体育館での棚木(たなぎ)の攻撃から逃げた男子生徒であった。

「この刀。もう、要らん。元はと言えば、お前のものだろう? 刺した途端に俺に持たせて……」

 屋上に男子生徒以外の誰もいないのにも拘らず、(あたか)も誰かがいるような口調で話し出す男子生徒は血の付いた刀を後ろへと放り投げ、屋上から飛び降りた。

 すると、その放り投げられた刀は地面には落ちる事無く、宙に浮かび続け、次の瞬間に刀は消え去った。


 ◆


 上から腹を刃物で刺された人が落ちてきた事によって、硝子の魔術師と雪乃は茫然と立ち尽くしていた。

(この人……死んでる……?)

 地面に落ちたうつ伏せの姿勢のまま動かない男の体からはどこからともなく、血液が地面に広がっていく。そして、ビルの壁に黒い刃を突き刺して、速度を抑えながら、地上へと降り立った人物に雪乃は自らの目を大きく見開かせた。

「誰……? それにその黒い刀みたいな奴……それって、普通の物体じゃない……? 魔術?」

 淡々と自らが思ったことを口にしていく硝子の魔術師には目もくれずに東坂高校の制服を着た男子生徒は雪乃へと歩み寄る。

「見張り役は殺した。そいつは多分、この試合の監視役も勤めていた。これで、俺がこいつを殺せば、お前は失格となる」

「何……? 俺を殺す……?」

 男子生徒の言葉に疑問を口にする硝子の魔術師に対して、雪乃は息を呑む。そして、自らの視界の中に入った硝子の魔術師に対して、言葉を発した。

「お願い、逃げて! 早く!」

「遅い」

 そう言って、後ろを振り返る男子生徒は右手を硝子の魔術師に向けて(かざ)す。その瞬間、硝子の魔術師も自らの足を使って、結界を描いた。

 すると、硝子の魔術師の五メートル先の地面から、黒く鋭く細いものが飛び出し、硝子の魔術師へと襲い掛かった。

 しかし、黒く細長いものは硝子の魔術師の身体を貫く事無く、硝子の魔術師の半径一メートルのところで見えない壁に遮られた。そして、その見えない壁――結界もガラスが割れるような音を立てて、飛散した。

「硝子の魔術師……そうか、お前は“魔術委員会会長と同じ絶対防御結界”を使えるのか?」

 絶対防御結界とは十五、十四陣結界の呼称である。そして、硝子の魔術師が展開した結界も十四陣結界であった。だが、魔術委員会の会長が展開する十四陣結界とは天と地ほどの差があった。

「お前も……Araiを唱えずに俺の結界を一回で壊すなんて……お前のそれ。“魔術じゃない”だろ?」

 その言葉を聞いて、ピクリと眉を動かす男子生徒は硝子の魔術師に右手を(かざ)したまま、告げる。

「そう気付いた時点で、お前の命は既に無い」

「機密事項って事かよ! Sundob(サンドゥブ) of(オブ) a() cserad(クセレッド) lapec(ラペック)!」

 硝子の魔術師は結界のAraiを発するのと同時に足でも結界の陣を描く。しかし、それを見ても男子生徒は何も動じる事無く、右手を翳す。

 するとその瞬間、硝子の魔術師の五メートル先の地面から何本もの黒く細長い飛び出し、硝子の魔術師の方へと襲い掛かった。

「この結界なら、破られな――――」

 硝子の魔術師が言葉を止めるのと同時に自らの目の前に存在していた結界はガラスが割れる音と共に空中に飛散した。

(そんな……!? 俺の結界が――!?)

「うわあああぁぁぁぁぁあああああ――――!!!」

 硝子の魔術師が叫んだ瞬間に何十本もの黒く細長いものは硝子の魔術師を無残にも貫いた。そして、その黒く細長いものが消えるのと同時に硝子の魔術師の体は血を噴出すだけの人形と化していた。

 その姿を見て、雪乃は頭を糸で吊られていた人形の糸が切れたようにその場に座り込む。そんな雪乃の方へともう、学校には通ってはいない男子生徒は振り返る。

「谷崎様からお前に命令だ」

 「谷崎」と言う単語を聞いた瞬間に雪乃は硝子の魔術師から男子生徒へと視線を移す。

「もう一度、キューブを奪いに行く。今度は俺も一緒に、だ。このトーナメントが終わった後、すぐに決行する。だから、今日、失格にならなくても、お前は選抜の十人にはなるな。そして――――お前の手で降雷の魔術師を殺せ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ