α―X. 降雷・具現vs.白雨
「“創り出した”? どう言う事じゃ?」
「説明してもあんたには意味が分かんないだろうぜ? ってことで説明しても無意味だから、言わねえよ。これ以上、此処にいたって得られる情報はないぜ、会長さんよぉ?」
その言葉を聞いて、会長は最下層の一室を後にしようと、男に背を向けた。すると、もう何も言わないと言っていた男は急にその口を開く。
「俺が何故、大量の人を殺したって質問。少しだけ答えてやるよ。俺は人類に痛みを伴った教訓を与えてやった。それだけだぜ?」
「教訓……じゃと?」
疑問に思った単語を繰り返す会長であったが、それ以降、男は反応を見せない。
会長は男に背を向け、部屋から出ていった。
部屋に残ったのは一人の髪の伸びた男と、灰と、拘束魔術と結界だけであった。
「あんたさえ殺せれば、俺は此処から出られる……」
男は髪の間から覗かせる口元をにやりと歪めてみせた。
◇
翌日
朝起きた敬治は窓の外の生憎な天気を見て、溜息を吐いてみせた。
(今日、どこでやるんだろ……やっぱ、外だろうな……)
春先の冷たい雨に打たれ、風邪を拗らせるかもしれないと言う心配をしながら、敬治は学校へと行く準備をし、レインコートを着て、自転車で学校へと向かった。
(負けたらどうなるんだ……? 東京の魔術委員会に連れて行かれるのか……?)
自転車のペダルを漕ぎながら、負けた時の事を考えていた敬治は信号に引っかかって立ち止まったところで、頭を左右に振り、そんな考えを払おうとする。
学校に着いた敬治は自転車置き場の二階に自転車を置き、体育館横の道を通ってU字の縦の二本の左の校舎の中へと入った敬治はそこで偶然、魔術部部長である藤井と会った。
「部長!?」
「敬治君……!? えっと……今日はホントに頑張ってね! 『絶対に負けられない戦いが、そこにはある』よ!」
「いや、サッカーじゃないですし、そんな簡単に済ませて良い話でもないんですけど……」
苦笑いする部長のそんな表情を見て、敬治はある事を思い出した。
「そう言えば、部長たちが言ってる“あの人”について教えてくれるって言う約束でしたよね?」
意表を突かれたような表情をする部長に顔を詰め寄らせる敬治であったが、部長はそんな敬治から目を逸らす。
「ごめん……あの時はああ言ったけど、本当は話すことができないんだ……」
「……部長の嘘つき」
そう言って、部長の横を通って、教室へ向かおうとする敬治は部長の横で立ち止まる。
「一つだけ尋ねさせてください……“あの人”って言うのは谷崎って人の事ですか?」
沈黙する部長。それは敬治に対して、「Yes」と答えているのと同等の行動であった。
「分かりました……」
敬治が足を前に進め始めるのを皮切りに部長は口を開く。
「敬治君! ちゃんと時期が来たら、話すから!」
(「時期が来たら」って……その時期っていつなんだよ……)
拳をぎゅっと握り締めながら、敬治は答える事無く、教室へと向かった。
教室に入った敬治は桐島がちゃんと学校に来ている事に安堵しながら、自分の籍の机に鞄を置き、椅子にその腰を下ろした。
するとその瞬間にタイミングを見計らっていたかのように一人の男が教室に入ってきて、敬治を見つけるなり、敬治に近づいてきた。
「斉藤敬治ぃ。今日の放課後、人工芝グラウンドに来い。来なかったら、即、てめえら二人は豚箱行きだぜ?」
敬治の目の前に立って、そう告げる人物は白雨の魔術師である棚木淳だった。
その髪はこの前のようにワックスでツンツンに立っており、学ランの第二ボタンまでを開け、そこから覗かせているのは黄色いTシャツ。耳には金色のリングのピアスをはめている。
その姿に圧倒される一年八組のクラスメイトたちに対して、敬治はそんな姿の棚木を睨んでいる。
「はっ! そんな眼ができるって事は逃げる気はねえようだな? クソ野郎。ああ、それと忘れてたが、傘なんてモンはいらねえからな?」
「風邪引いた場合の責任はとってくれるんですか?」
「いちいちうるせえ奴だなぁ。心配しなくても、雨に濡れたりなんかしねえよ」
(雨に濡れない……? どう言う事だ?)
面倒くさそうに教室から去っていった棚木を確認した後、その目を外の風景へと移す敬治。その目に映ったのは、来た時と何ら変わっていない土砂降りの風景だった。
(雨に濡れさせない……そんな魔術が使えるって事か……?)
そう疑問に思う敬治の頭に過ぎったのは棚木が白雨の魔術師だと言う事であった。それだけで全ての疑問が解消された。
(称号を貰ってるんだ……何をやったとしても、おかしくはない……)
「斉藤くん……傘いらないって……?」
敬治の席へと近づきながら、そう尋ねかける雪乃。それに対して、敬治は昨日のきつく当たってしまった事を反省しながら、表情を綻ばせながら答える。
「理由は分からないけど、そうみたい。俺たちは黙って、あいつに従おう」
「うん……」
◇
放課後
朝から降り続いている雨はその強さを増しても劣らせてもおらず、未だ土砂降りの状態が継続していた。
敬治は自分の鞄を教室に置いて、雪乃と一緒に教室を出て、人工芝グラウンドへと向かう。そんな二人の後には魔術部の戦いを見ようとしているギャラリーたちがついてきていた。
U字の縦の左の校舎から出るのと同時に、二人は目の前の光景に目を大きく見開かせた。
「な、なんだよ……これ!? 水の屋根……?」
校舎横の屋根がついていて、雨に濡れない道をゆっくりと歩きながら、疑問を口にする。
敬治の眼のその眼に映る光景は、地上から五メートルくらい離れた一線で雨が溜まっている光景。まるで、その一線が地面だとでも言うように雨はその一線よりも下には行かず、溜まっていき、人工芝グラウンドには一滴たりとも降り注がない。
そんな水の屋根は人工芝グラウンド全体に広がっており、その人工芝グラウンドの中心には棚木一人が座って、存在していた。そう。棚木一人だけで、ギャラリーは人工芝グラウンドの中には一歩も立ち入っていない。
(結界か……)
そう思って、雪乃の方へと目を向ける敬治。雪乃も敬治の方へと目を向けて、頷いてみせ、左目に付けた白い眼帯を外して、七つの円の紋章が刻まれた左眼を露にする。そして、右手に刀を具現化させ、人工芝グラウンドに張られた結界を刀でなぎ払った。
「Sundob of a cserad lapec」
二人が人工芝グラウンドへと入った瞬間にAraiを唱え、再度、人工芝グラウンドにギャラリーが入ってこないようにした棚木は立ち上がる。
「そこで止まれ。犯罪者二人」
雪乃と敬治がゆっくりと棚木へと近づき、二人と棚木との距離が八メートルくらいになったところで棚木は二人を止まらせる。
「ルールは簡単。俺が倒れたら、てめえらの勝ちで魔術委員会には連れていかねえ。てめえら二人が倒れたら、俺の勝ちで魔術委員会に身柄を引き渡す。いいな?」
頷かない二人を睨みつける棚木は淡々と話を進めていく。
「じゃあ、俺が三つ数え終えたら、始めるぜぇ? ひとーつ」
右手を突き出す敬治。
「ふたーつ」
右手に持った刀を両手で持ち、構える雪乃。
「みぃーつ」
構える事無く、突っ立ったままの状態の棚木に対して、敬治と雪乃はすぐさま、Araiを唱える。
「Ricelect chosk」
「Lamef」
激しい電撃が棚木に向けて蛇行していく。その電撃が棚木へと当たりそうになった時、やっと、棚木はAraiを唱えてみせる。
「Niar」
その瞬間、空を覆いつくす水の屋根から多量の水が棚木の前に落ちていき、棚木の代わりに電撃を受けた。雪乃はこの機を狙ってAraiを唱えた事によって炎を帯びた刀を棚木に向けて振るい、刀身を放れた炎は棚木を襲うべく突き進む。
「Niar」
再度、そのAraiを唱えてみせる棚木の前に今度は炎を包むように大量の水が水の屋根より落ちていき、炎を沈下させた。
「あークソがぁ。見ててイライラすんだよなぁ……てめえの電撃の魔術はよぉ!!」
声を荒げる棚木に対して、敬治はもう一度、唱えようとしていたAraiを呑みこんだ。
(ちょっと待て……? “電撃の魔術を見てて、イライラする”だと……?)
棚木の言葉に引っかかりを覚えた敬治は棚木に尋ねる。
「どう言う事ですか? 電撃の魔術がイライラするって……」
「あぁん? まだ、気づいてねえのか? 去年の夏。会長を殺そうとした奴はこの学校の魔術部の部長で、しかも、電撃の魔術で殺そうとしやがった! 俺は悪を許さねぇ……根絶やしにしてやる!
だから――電撃の魔術を使うてめえは、俺の中じゃあ凶悪犯罪者なんだよ、クソ野郎!!」
「そんな……電撃の魔術を使うからって……」
「てめえら二人は存在してるだけで罪なんだよ! なぁ? 桐島雪乃?」
敬治の隣にいる雪乃を睨みつける棚木と同時に敬治も雪乃の方へと目を向ける。すると、雪乃の刀を持った両手は震えていた。
「桐島……どうした……?」
雪乃を心配する敬治の言葉も今の雪乃には届いていなかった。
そんな雪乃の様子を見て、にやりと口元を歪める棚木。
「おいおい。そんな反応見せることもねえだろうがよぉ!? どうせ、“五年前から”相応の扱い受けてきたんだろ?」
「やめて……それ以上、言わないで……」
「大変だったなぁ? 兄貴が犯罪者だとよぉ!」
「……やめて」
「しかも、その犯した罪は――――」
「――やめて!!」
棚木の言葉を遮るようにそう叫んだ雪乃は炎を纏った刀の切っ先を右下に向けて、棚木の方へと走り出す。そして、刀の届く間合いに差し掛かったとき、雪乃は刀を右下から左上に振り上げた。
しかし、その刃を簡単に避ける棚木は彼女の両手に打撃を与え、刀を落としたところでその首を右手で掴んだ。そんな右手に力を段々と入れていく棚木。
「兄が兄なら、妹も妹だなぁ? 仲良く犯罪者に成り下がっちまってよぉ!?」
「どう言う……意味だ……?」
大きく目を見開いた敬治は棚木に問いかける。敬治には自分の頭の中に雪乃を助けに行くという考えを浮かばせる余裕などなかった。
ただ、敬治は“五年前”と言う単語に驚愕するしかなかった。
「あぁ? そのまんまの意味だぜ、降雷? 五年前。野球を見に来ていた観客三万人の内の彼の周りにいた五千人もの人々を消した人物――桐島尚紀の実の妹が、こいつなんだよ!!」
「――――!? 嘘……だろ……?」
「嘘吐く意味があんのか? クソ野郎。正真正銘、こいつはあの大量殺人犯の妹だぜ?」
首を絞めていた右手を放し、雪乃を敬治の方へと突き飛ばした棚木。咳き込む雪乃へと視線を移す敬治を一瞬見た雪乃はすぐさま、その目を逸らした。
水の屋根に落ちていく雨の音が、ギャラリーたちの言葉をかき消していく。
「桐島……あいつが言ってる事は……本当なのか?」
その質問に答える事無く、ただ、雪乃は押し黙ったまま動かない。
「降参するか? それとも、あそこで見てるギャラリーたち全てを兄貴と同じように消すかぁ?」
棚木のその言葉を聞いた瞬間に一斉に三人の戦いを見に来ていたギャラリーたちが騒ぎ始め、殆どの生徒たちが人工芝グラウンドから離れ始めた。
「皆、てめえって言う存在に恐怖してんだよ、桐島ぁ? 五年前からこんな仕打ち受けて生きてきたんだろ? “犯罪者の妹だ”ってなあ! 高校に入って、やっとそれも薄れてきたと思ってたら、思わぬ誤算だったなぁ? はっはっはっはっ――!!」
笑い声を続けていく棚木に対して、敬治は段々と拳を握る力を強めていく。
「大勢の前で……言う事ないだろうが」
(そうだ……こんな大勢の前で打ち明けていい真実じゃない……!)
自らの奥歯を「ギリッ」と鳴らす敬治の拳の周りに小さな稲妻が発せられる。
「あぁん? なんか言ったか?」
「こんなとこで言っていい話じゃねえだろって言ってんだ!!」
叫ぶ敬治を睨みつける棚木と俯けていた顔を上げて、敬治を見る雪乃。
「……犯罪者が調子に乗ってんなよ!! Niar!」
棚木がそのAraiを唱えた瞬間に敬治の真上から、大量の水が落ちていき、敬治はびしょ濡れになった。
「これでてめえは電撃の魔術を使えねえだろ? 情報は簡単に教室なんかでしゃべるモンじゃねえなあ! 降雷!」
苦しい表情を浮かべる敬治がAraiを唱えようとした時、雪乃は敬治のその手を掴んだ。
「わたしが戦うから、大丈夫……ちょっと下がってて」
Araiを呑みこみ、後ろに下がった敬治を確認した雪乃はもう一度、両手に刀を具現化させる。そして、唱えた事のないAraiを唱えた。
「Felliher」
瞬間、さっきよりも激しい炎が刀身を包み込み、その炎は空にある水の屋根にまで迫っていた。
「ふーん……“業火”まで使えるとはなぁ」
にやりと口元を歪めている棚木は余裕の表情でそう呟いた。