α―I. Prologue
黒い服を着た人々が広い空間に座っている。
外は雨が降っており、その音を掻き消すようにお経が読まれている。
皆、様々な表情をしているが、一様に悲しい雰囲気を醸し出していた。
その空間は死者を送り出す為の場。葬儀の会場。
身に纏っている黒い服は喪服で、亡くなられたのは享年80歳(満78歳)の男性だった。
そして、斉藤敬治はその男性の孫であり、祖父との思い出を噛み締めながら、自らの拳を握り締めていた。
祖母が去年に亡くなって、寂しい思いをしていたに違いない祖父の事を思うと、その目から熱いものが溢れ出した。
葬儀が終わった翌日。
敬治の家族はもう誰も住んでいない祖父の家を訪れて、その整理をする事となり、敬治は父親の言われた通りに本棚の整理に勤しんでいた。
(たくさんあるなぁ……)
一冊一冊を手にとって、興味深そうにしていた少年はある書物を見つける事となった。
『“魔術”……? そう言えば、うちの学校にも魔術部って……』
題名の中の単語を読み上げると本をパラパラとめくって中身を見ていく。
『円陣……結界……電撃……』
その書物は魔術について噛み砕いた状態で書かれていたため、中学一年生の敬治でも読む事ができた。しかし、その書物を読んだ事により、違う世界へと足を突っ込む結果となってしまった。
その年の夏に書物を読んだ事をきっかけに魔術部に入部した。
『敬治。お前は魔術が好きか?』
『人を楽しませるような魔術は好きです……けど、人を傷つけるような魔術は嫌いです』
去年この中学を卒業した、この魔術部のOBである男は答えを聞いて微笑んだ。
『だから、「自分の魔術が嫌い」か……』
『……はい』
男は一息置いて、部室の窓からの夕暮れかかった空を眺めながら言う。
『魔術ってのは使いようによっては人を傷つけてしまうのかもしれない。だけど、助ける事も可能なはずだ。人を助ける目的で自分の魔術を使っていけば、人を傷つけずに済むんじゃないか?』
その言葉をきっかけに、自らの魔術を人の役に立つ、人を助けられるような事に使おうと心に決めた。
そして、受験勉強に身を投じるために塾に通い始めた中学三年の夏。
その時に起こったある事件は彼に衝撃を与えるには十分すぎるものだった。
――魔術委員会会長の暗殺未遂事件。
しかし、問題は魔術委員会会長が暗殺されそうになった事ではない。
『な、なんで……? なんで!? “谷崎先輩”が!?』
その者の名前は彼が慕っていた魔術部OBの男の名前。そしてその男は魔術委員会会長の暗殺未遂事件の首謀者であり、逃亡していた。
中学一年の時に言われた言葉を思い出すのと同時に目の前の現実を見て、首を横に振る。
頬をつねっても痛く、夢が覚めるわけでもない。
(三年間……一体、谷崎先輩に何が……!?)
信じられないとばかりに目を大きく見開いて、その後、彼は決心した。三年間で谷崎に何があったのかを探るべく、彼が通っていた東坂高校に進学する事を……――――
(――夢……かぁ……)
何やら悪い夢を見ていたようで、気分が悪い。
しかし、肝心の内容を思い出せないまま、体をベッドの上から起こして、棚に綺麗に並んだコミックを欠伸をしながら眺めた。
(そう言えば、来週発売だったような……?)
うろ覚えな事柄を頭の中に浮上させながら、両手をめいっぱい天井に向けて身体を伸ばし、その視線を窓の外へと向ける。
(……魔術部でも見学しに行こうかな……)
今日、敬治は無事、東坂高校の一生徒となっていた。