第7話 日常の断片――それすらも幸福な日々
その1 勇者トーナスの冒険
南瓜王トーナス・パンプキンI世は立志伝中の人物である。
彼が生まれたとされる岩壁要塞都市リフリージの最下層、ヤサ・イシツと呼ばれる貧民街では、持ち前の正義感と天賦の才能で数々の奇跡を成し遂げた英雄として、数々の逸話が語り次がれている。
細かい英雄譚は割愛するが、一番有名なのが、リフリージ王国の住民を救ったとされるパンプキン王朝建国の話だろう。
ある年、リフリージ王国は原因不明の異常熱波に見舞われた。
最下層のヤサ・イシツはおろか、下層のレイ・ゾーシツ、中層のパー・シャール、辺境のドアポ・ケット自治区までもが、最大で20度近くの気温上昇を記録したのだった。
もともとリフリージは気温変化が少なく、年中涼しい気候の都市だったため、高温に不慣れな住民は弱き者からバタバタと倒れ、多数の死者が出る有様だった。
貧民街で兄弟のように育ったトーナスの親友ピメントの妹パプリカが、熱気にやられて亡くなった頃――トーナスは、ある噂を聞き込んだ。
王国の最上層、王都フリージャ。
王城パレス・フリージャに君臨するキング・フローズンフードⅩⅢ世と、彼に連なる王族・貴族達が、冷気を放つ伝説の秘石ブルーシールを秘密裏に所有し、その恩恵を独占している――。
そういう噂だ。
民を護るべき王族が、民を見捨てて自分たちのみの保身に走っていることに憤るトーナス。
ただ1人の妹に先立たれ、噂が本当ならば王族どもに復讐することも辞さないと決意するピメント。
親友たちは、噂を確かめるべく旅に出た。
下層で武術の達人トー・フーに教えを請い、中層でパプリカに生き写しの少女戦士に命を狙われ、絶壁から落ちたところを辺境の少年剣士団タマゴーズに助けられ、匿われた辺境の地で出会った漂泊の白騎士ミルクと愛馬パスチャライズが仲間に加わり……。
数々の仲間を得ながら、ついにたどり着いた、最上層フリージャ。
場末の小さな宿に隠れ、いかにして王城を攻略するか策を練っていたその時――仲間の一人の裏切りによって、一同は捕らえられてしまったのだった。
嗚呼、勇者たちの運命や、如何に!?
☆
「……で、これがそのトーナス君たちの成れの果てって?」
クリスが訊ねる。
「それじゃパンプキン王朝建国前に話が終わっちゃうじゃーん」
ぷーっとふくれたポーズでサンディが返した。
目の前には、出来上がったばかりのパンプキンプディング。
ご丁寧にも、セレス特産の直径10センチのミニカボチャをくり抜いて器にしているという念の入れようだ。
「いや〜、カボチャに卵、牛乳ったら、まんまだなぁと思って」
「違うのっ。これから勇者トーナスと仲間たちは、いろいろウヨキョクセツを乗り越えて、フローズンフード王朝を倒してリフリージを救うんだからー」
このパンプキンプディングは、トールが作った試作品だ。
来週末また屋台村に出店するんだけど、ランチだけじゃなくて喫茶メニューもあるといいよねーという話になって、先日セレスで仕入れて来た新鮮な野菜や果実などを使っていろいろ試作している最中なのだ。
そのデザートの宣伝文句をサンディが一所懸命考えてたわけだが……勢い余って冒険ファンタジー小説っぽいものを書きはじめてしまったらしい(しかも本人ノリノリなので誰も止められない)。
「……まあ……うまく書けたら、ペーパーにして添えたら面白いんじゃない?」
苦笑しながらトールが言った。
なんだかんだ言って、トールはサンディに甘いと思う。
「ドコのファンタジー喫茶よ……」
クリスが、呆れ口調で的確なツッコミを入れた。
誤解のないように言っておくが、僕的にはこーゆーノリも嫌いではない。
「同一世界観でもう二、三アイテム作って、サンディとクリスとマリアがコスプレすれば結構ウケると思うよ」
ようは売れれば無問題なのだ(笑)。
「あんたねえ……ヒトゴトのように言わないでよ。そうなったらタカアキもコスプレだからね」
「カボチャパンツに白タイツとかじゃなければ、参加するのもやぶさかではない」
「言ったわね。タマゴーズの着ぐるみ作ってやる」
『……それは多分ウケないから、やめた方がいいと思うよ』
ある意味冷静に、マリアがツッコんだ。
☆
『ところで、パンプキンプディングにピーマンは入れられない件』
「しまった――――っっ!!」
「えーとえーと、このピメントとパプリカっての、名前入れ替えたら? パプリカだったら苦くないから、どーにか……」
「そーゆー問題?」
*:.。.:*:.。.:*
その2 運動会
「保護者とか家族がたくさんくるから、お店出してもらえないかって」
リビングの端末で、PTAから送られてきたメール――スクーリングと保護者面談を兼ねたセンダイ第六小学校通信部の運動会が、1ヶ月ほど先の日曜に行われる旨のお知らせ――を見ながら、トールが言った。
「え? 運動会って地上だろ? 僕ら地上の営業免許ないけど」
僕は首をかしげた。
「いや、そんな本格的なものじゃなくて、PTAのバザーの一環らしい」
「あー、甘栗とかラムネとか、オトーサン達の作るヤキソバとか、そーゆーアレ?」
と、クリス。
「そそ。仕入れルート持ってるだろうから、協力して欲しいって」
「なるほど。そういうことなら問題もないだろうね」と僕。
「売り上げでスクーリング用の備品とか購入するんだって。あ、もちろん仕入れ手数料と人件費で1割くらい抜いていいって言ってるけど」
と、トールが続ける。
「つったって、他の保護者はボランティアなんでしょ? いいわよ原価で。サンディがまだまだお世話になるんだし」とクリスが言うので、
「あれ、めずらしく太っぱら?」
と、ついうっかり言ったら、クリスに睨まれた。
「何よ。人を守銭奴みたいに言わないでくれる?」
「ご、ごめん」
「原価で計上しといて、仕入れの方を値切ればいいじゃない。スクーリングってセンダイでしょ? 現地で仕入れるんだから、ヤオマン(行きつけの食品卸問屋)のおやっさんにサンディが『バザーなの、お・ね・が・い♡』ってすればイチコロよ♪」
「イチコロよー♪」
「……うわー」
女ってしたたかな生物だなあ、とは賢明にも口に出さなかった。(言ってたら今頃死んでる)
「しかし、運動会となると……」と、クリスがサンディの方を見やって、言った。
「モンダイはサンディの運動不足よねー」
「あー……まーねー。ウチ狭いからねー」と僕。
「毎日なわとびとか腹筋とかやってるよー?」と、サンディ。
『あと毎日おっかけっこしてまーす』と、マリア。
「おっかけっこっつーかアスレチックだろ、アレじゃ。まあ障害物競走は得意かも知れないけど」呆れ顔でトールが言う。
主に宿題が嫌で倉庫室に逃げ込むサンディを追いまわすのは、最近ではもっぱらマリアの役目だ。走り回れる体があるのが嬉しいのか、あまりにも2人が楽しそうなので、止めないのが暗黙のルールになっている――商品を壊さない限りは。
それはともかく。
「基礎体力がねー。去年の競技も散々だったよね」
「うにゅ〜〜〜」
そんなクリスとサンディのやりとりを聞いていたマリアが、人差し指を立てて得意そうに言った。
『ふっふっふ。そんなこともあろうかと、実は去年の運動会のあと船内の重力を0.2Gあげてたりするんだなー』
「な、何だってぇ!?」
「道理で地上の移動が妙に楽だと思った……」
『みんな基礎体力あがってると思うよ』
ニンマリと笑うマリア。最近、こういう表情が板に付いてきた気がする。
☆
さて、当日。
サンディのクラスは飲食関連の保護者がほとんどいなかったようで、仕入れも運営もウチが主になって行うことになった。
テントは本部すぐ真横。おかげで場所取りするまでもなく絶好の位置で観戦できた。
まあ運動会のバザーだから、最初のうちこそラムネやお菓子類が売れてバタバタしたものの、昼食のヤキソバ提供の時間まではそこまで忙しくなかった。マリアなど『ちょっと忘れ物したから、船まで戻ってくるねー』と抜けてしまったぐらいだ。
アクシデントは、昼休みに起こった。
休憩時間になって、テントに戻ってきたサンディが「あれ、お弁当は?」と訊くまで、全員、昼食のことをすっかり忘れてたのだ。
「なんで!? なんでお弁当ないの!? 約束したじゃないっ!!」
「す、すまんサンディ。ほらヤキソバ作ってやるから」
「ラムネもあるわよ。おいしーよーほらほら」
「やーだーっ!!」
すっかり機嫌をそこねてしまったサンディが、駄々を捏ねる。こうなると、どんなになだめすかしても無駄だ。
小さなワガママは言うが、基本的にサンディは聞き分けが良い。
愛情が等分にしか得られない「施設」という環境で育ったせいもあるのか、「いい子にしてないと置いて行かれる」という先天的な恐怖を持っているようなのだ。
(サンディだけじゃない。僕も、クリスもそうだった)
だからこそ……サンディが本気でキレる、ということは、実は滅多にない。一番のマジギレは一緒に連れて行けと迫ったあの時だが、あれほどの迫力はないにしても、本気で腹を立てているサンディは久しぶりに見た。
「みんなで――マリアも一緒に、みんなでお弁当食べるの、すっごい楽しみにしてたのに――――!!」
そうだ、去年の運動会の時は、マリアはまだ2次元の住人で――1人、船で留守番だったんだ。
サンディの気持ちは痛いくらいにわかる。わかりすぎるくらいにわかるが、放置するわけにもいかず……悲痛な気持ちを押し殺してクリスが「いい加減にしなさいっっ」と一喝しようとした――その時、
『お待たせー♪』
重そうな荷物を抱え、マリアが戻って来た。
その、荷物の中身は。
炊きたて栗ご飯のおにぎりと稲荷寿司、サンディの大好きな海老フライ、タコさんカニさんのウインナー、唐揚げ、野菜たっぷりポテトサラダ、その他諸々がたっぷり詰まった……大きな大きな、重箱だった。
マリア曰く、テントで仕込みをしてる最中に思い出したらしいのだが(ボディ内の記憶装置の容量に限界があるため、検索タグだけつけてランダムで圧縮する「うっかり忘却」機能がついてるんだそうだ。……困ったものだ)、みんなそれなりに急がしかったり懸命に応援したりしていたため、黙って一人で戻ったらしい。
『ひさしぶりに両手両足フル稼動で作っちゃった〜♪』
のほほんと笑うマリアに、とうとう涙腺が決壊してしまったサンディが飛びついた。
『昼からは応援に集中するから、あとよろしくね〜』
僕らがそれからしばらくマリアに頭があがらなかったのは……言うまでもない。
*:.。.:*:.。.:*
その3 ヤマカサ
夏は祭りの季節なのだ。
「ヤマカサ?」
「そう、ハカタ祇園山笠」
ハカタ星が1年で一番盛り上がるというその祭りは、簡単に言えば、ハカタ星の副都心から首都まで巨大な御神輿を人力で運ぶマッチレース――だ、そうだ。
「人力って、ヒトが担ぐの? こーんなでっかいのを?」
マリアが検索して表示したハカタ祇園山笠の映像を見ながら、サンディがハカタ星出身のトールに訊いた。
「競技の都合上、反重力装置付けて一定の重さに揃えてるから、見た目よりは軽いらしいけどね……慣性と空気抵抗は軽減されないから、結構大変っぽい」
「ふへー」
わかったようなわからないような顔をしているサンディを見やりながら、クリスがつぶやく。
「……見た目よりは軽い、まで理解した」
「結構大変っぽい、だけ理解しとけばいいんじゃない?」と、僕。
「やっぱ理系は苦手だわ……」
理系は苦手だが高校で中世地球学を専攻していたクリスによれば、もともとは地球時代、日本南方の博多地区(ヤマト星系ハカタ星のモデルになった地域だそうだ)に伝わっていた伝統行事らしい。
地球時代とはかなりルールが変わってるみたい、とはクリスの弁。
「走行距離も今より全然短かいし、女人禁制だし……期間中はキューリ食べちゃダメ、なんてのもあったみたい」
「何で?」
「何だったっけ……たしかそこの神様がキューリ嫌いだったとか……なんかそんなの」
「どんな神様だよ」
あとで調べたら、キューリの切り口がそこの宗教施設のマークに似てたから、らしい。
「ちょっと違ったかー。ま、似たよーなもんじゃない」
……違いすぎると思う。
☆
「さて、そこでだ」
トールが言った。
「丁度うちの両親の命日が近いこともあるし、墓参りがてら山笠見物にハカタに行こうと思うんだけど、どうだ?」
「あら、いいわね」と、クリス。
「おもしろそーう」と、サンディ。
『あれ、でも宿泊どーすんの? 山笠ってたしかすっごい早朝スタートよね』
と、マリアが首をかしげた。
『宙港は朝の六時以降じゃないと出入り出来ないから、船で待機ってのは無理だよ』
「ああ、それは大丈夫」と、トールが答えた。
「中学の同級生の親父さんが、どこだかの流の世話人やってて、そこの詰め所に――あ、女の子は母屋の方ね――泊めて貰えることになってる。……条件があるけどね」
「条件?」と、サンディ。
「まあアレだ、人口は多くても祭りそのものに参加する若者が年々減って来ててだな、ぶっちゃけ山笠の舁き手が不足して――ってこらタカアキ」
嫌〜な予感がして、そっと店舗室の方へ避難しようとした僕の首ねっこを、トールが掴まえた。
「逃げんな、タカアキ」
「僕は嫌だからなっ。ひ弱な理系だから体力勝負には向いてないんだっ」
「大丈夫、見た目よりは軽いって言ったろ」
「そのあと結構大変っぽいって言ったじゃないか――――っっ!!」
☆
結局、トール(と面白がる女性陣)には勝てるはずもなく。
僕はその夏、巨大な山笠を担いで水をぶっかけられながら早朝のハカタの街を疾走する――という、非常に貴重な体験をすることになったのだった。
……2度としたくない。
【次回予告】
「トライフルドリームって、どういう意味なんですか?」そんな時、一番張り切って説明するのが、マリアだったりする。
次回、第8話「トライフィリング・ドリーム」いちおう最終回。 8月15日更新予定です。
(追記)
運動会のバザーで甘栗が売ってあったのってウチの自治会内の小中学校だけだったことに、書いたあとかなり経ってから気がついたorz
(ご近所に甘栗工場がある)