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第4話 らくがき

 ぐりぐりぐり。これなーんだ?

「ぞうさーん」

 そう、ぞうさん。ぞうさんはどこに住んでるのかなー?

「どうぶつえーん」

 ……ま、まあ動物園でもいいけど。確かに象の原生地は今はもうないしね……。

 まあいいや、ぐりぐり。(さく)かいてっと。動物園でーす。

 ぐりぐりぐり、これだーれだ?

「サンディ!」

 正解。サンディ動物園に来てますよー。

「にーちゃもー」

 僕も? はいはい。ぐりぐりぐりっとアレックスくんでーす。

「キャハハ♪」

 ご機嫌だねー。

 さてと、ぞうさんは何してるのかなー?

「んっとねー……ごはん!」

 ごはんね。首にエプロン巻いたげるね。ぐりぐり。

 ぞうさん何たべるのかなー?

「カレー!」

 カレー? ぞうさんカレー食べるのかなー? ぐりぐり。

 あ、ぷいってしたよー。

「じゃあねじゃあね……りんご!」

 りんごかぁ。ぐりぐり。りんごですよー。

 あ、ぞうさんりんご欲しいみたい。どうする?

「あげる!」

 はいはい。じゃサンディに持たせてっと……。

「ぞうさーん、りんごですよー」

 ぞうさんの鼻がのびてきたよ。りんご持って……食べちゃった。

「おいしい?」

 もぐもぐもぐ、おいしいよー。ぞうさん喜んでまーす。

「キャハハ♪」

 ん、また鼻が伸びてきたよ?

 あっ、こんどはサンディ持ってっちゃった。 

「やーんサンディりんごじゃなーい」

 サンディちゃん絶体絶命! ……と思ったら、あらら? 背中に乗せてくれましたー。

「わーい♪」

 いいないいなーサンディいいなー。兄ちゃんは?

「にーちゃもー!」

 わー僕も持ってかれたー……背中にとうちゃーく。

「キャハハ♪」

 ぞうさんとお散歩でーす。どこ行く?

「おはなばたけ!」

 はいはーい。ぐりぐりぐり。お花畑ですよー。

「キャハハ♪」


     ☆


「……あれサンディ、何だか懐かしいもの見てるね」

 と、僕はダイニングテーブルに広げたサンディのノート型端末を(のぞ)き込んで、言った。

「ん……捜し物してたら、見つけちゃったの」

 サンディが答える。

「何だい、それ?」

 トールも横から覗き込む。

 通信教育用端末に標準で入っているお絵かきソフトを使った、簡単なムービーだ。

 シンプルな線で描かれた、象と2人の子供のアニメーション。

「そっか、トールは見たことなかったね。

 あのね、お兄ちゃんがね……描いてくれたの」

「アレックス君?」

「ん」


     ☆


 まだ、トールが孤児になる、ずっと前の話だ。

 11年前の雪の朝、僕やクリスが暮らしていたセンダイ星のとある児童福祉施設に、生まれたばかりらしい赤ん坊と小さな男の子が連れられて来た。

 センダイ星はヤマト星系の7番目の惑星で、学校や研究所等の教育・文化関連施設が集中して発展した星だ。そのため児童福祉施設もセンダイ星に集中していて、ヤマト星系内で保護された孤児・捨て子は、特別なケースを除いてほとんどがセンダイ星のどこかの施設に入れられる。

 太陽系火星から来た星間連絡船内で保護され『この子達をお願いします』と走り書きされた紙片を握っていた以外には、身分を証明するものすら何も持たなかった彼らは、DNA鑑定で兄妹と確認された。

 当時5歳(推定)の兄はアレクサンダーと名乗り、妹は名前はまだないと告げた以外、何も語ろうとしなかった。

 ―――そう。じゃあまず名前をつけなきゃね

 院長先生は兄を抱き上げ、保育器に寝かされた妹の所に連れて行った。

 ―――この子の名前、何か考えてある?

 困ったように首を振る兄に、院長先生はちょっと考え、言った。

 ―――そうね、サンディ……アレクサンドラ、というのはどう?

 目を見開いた兄に、院長先生は微笑(ほほえ)んだ。

 ―――そう、あなたと同じ名前。あなたの大事な妹だもの

 ほっぺたを真っ赤にして目を輝かせた兄を抱きしめて、言う。

 ―――そしてあなたのことはアレックスと呼ぶわ。いいでしょ?

 こうして、アレックスとサンディの兄妹は、僕たちの施設の一員になった。


     ☆


 警戒心が強く、誰ともなかなかうち解けようとしなかったアレックスだったが、サンディのことは超が付くほど溺愛(できあい)していた。

 勉強も苦手だった彼が、一時期学校で習ったお絵かきソフトにハマり、子供だましの機能を駆使して簡単な物語を描いては、サンディを喜ばせていたこともある。

 先ほどのアニメーションは、その(ころ)に作ったものだ。


「いまごろ、どうしてるかなあ……」

 サンディがぽつんとつぶやく。


     ☆


 サンディが5歳になった頃、アレックスは突然姿を消した。

 大人達はアレックスの出奔(しゅっぽん)の理由が判らず困惑していたが、努力と根性で(話せば長くなるので割愛するが)アレックスとの友情を確立していた僕とクリス、そしてサンディは、事の真相を知っていた。

 アレックスは、自分達の母親を(さが)しに言ったのだ――あの日、自分と妹を抱きしめて『必ず探して迎えに行くから』と泣いていた母親を。

 子供だったから細かいことは判らないが、母親は何かヤバイ組織に追われていたらしい。


 ―――あの時、母さんに言われてサンディを抱いて逃げるだけで精一杯だったんだ

 アレックスはぽつんとつぶやいた。

 ―――父さんが死ぬ前に、ぼくが母さんを守るって約束したのに……

 5歳(推定)の子供には、無理な話だ。

 ―――生きてるかどうかもわかんないけど、見つけて、サンディに会わせてやりたい

 ずっと思い詰めていた彼は、普通の男の子よりかなり早い思春期を迎えた夏の夜に、施設を抜け出した。


     ☆


 それが6年前の話だ。

 以来、アレックスからは連絡はないまま。

 どこに居るのかもわからない。


 それから半年ほどして、トールが加わった。

 彼は何故だか僕らと意気が合い(これも話せば長くなるので割愛)、4人でいることが多くなった。


 そして、トールが18歳を迎えて施設を出なければならなくなり、ケータリングシップでコンビニをやるから手伝わないか――と言い出した時に、一番に手を上げたのはなんとサンディだった。


「はいはいはいはいっ。サンディ一緒に行くっ!!」

「さ、サンディ!? だって、あんたはここでアレックスを――」

「行くったら行く!! ケータリングシップだったらどこでも行けるでしょ?

 お願い、お兄ちゃんを(さが)しに行きたいの!! もう待つのはイヤなのっ!!」


 あっけにとられる僕達を前に、サンディは力説した。


 アレックスは、何かあれば必ずここに連絡してくる。

 トールや自分たちの身元引受人は施設(ここ)の院長なのだから、自分たちは宇宙のどこにいても施設(ここ)頻繁(ひんぱん)に連絡をとる義務を負う。

 つまり、ずっと施設(ここ)にいなくても、アレックスから連絡が来ればすぐわかるし、アレックスが自分たちの居場所を(つか)むことも容易だ。


「だから、ここで待ってなくても大丈夫でしょ?

 今度はサンディがお兄ちゃんを捜すの!!」

 ほとんど叫ぶように、必死に訴えるサンディ。後半は涙声になっていた。


「……もう……置いてかれるのヤなの……サンディも一緒に行くぅ……」

 両手を握りしめ、ぽろぽろと涙を流しながら(うつむ)いたサンディを、クリスがぎゅっと抱きしめた。


「……決まりだな」

「……ああ」


 トールと僕は目を合わせ、(うなず)いた。

 僕たちにとっても、サンディは妹だ。僕らはすでに家族だった。


 未成年とはいえ就業可能年齢に達していた僕とクリスはともかく、義務教育も終えていないサンディを連れて行くのは、かなり困難だった。

 院長や、僕らが小さいころからお世話になっている市長さん、市の教育長さん達がずいぶん奔走(ほんそう)してくれた。

 結局、院長がトールとサンディ(アレックスも)を養子にして、書類上兄妹であるということにしたことで決着した。

 他の子ども達に悪いし、相続の問題とか、いろいろ面倒なことになってしまうのではないか……と最初は辞退しようとした2人だったが、「そんなのあとでどうとでもなるわ」と押し切られてしまったのだ。


     ☆


 そして、僕らは今、ここに居る。

 アレックスだけが居ない。


()いたいな……」

「逢えるよ」

「……ん。そうだね」


 ぽふ、とサンディがトールに抱きついた。

 抱きしめ返してやりながら、トールが頭をなでてやる。


微笑(ほほえ)ましい光景よねー』

 キッチンカウンターに置かれたパネルに映ったマリアが、そっと微笑んだ。

「アレックスが見たら嫉妬(しっと)しそうだな……」

 僕がつぶやく。

「一緒にいない方が悪いんだもの。自業自得だわ」

 クリスが悪戯(いたずら)っぽく笑う。

 「どこに居るのかもわからない」とは言ったが、アレックスについての情報――というより(うわさ)程度なのだが、時々入って来てはいるのだ。

 ただ、どれも結構あぶない話ばかりなので、サンディには黙っているんだけど。


「……ま、生きているんなら逢えるでしょ。だって私たちは、」

 クリスが力強く言った。


 そう、僕らは、家族だ。

 ここにいる者も、ここにいない者も。


【次回予告】

「内緒話がある」とトールが僕を連れ出したのは、「トライフルドリーム」が正式に営業を開始して最初に立ち寄った星の宙港でのことだった。

次回、第5話「同じ目線、同じ空気」 8月9日更新予定です。


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