第2話 イー・ビット・エンド・オンの謎
「イー・ビット・エンド・オン、ありマせンか」
たどたどしい標準語をあやつりながら、プリスカ人のお客が言った。
プリスカ人は一応ヒューマノイドで、成体でも身長はサンディ並と小柄、全身を短めの白い体毛に覆われていて、長い耳のようなものが5本ある。わかりやすく言えば、
「わー、5本耳のウサギさんだー」
「こらサンディ。お客様に失礼でしょ」
目を輝かせてつぶやくサンディをクリスがたしなめた。
「イー・ビット・エンド・オン? って?」とトール。
「ヤマトのタベモノだと」
「ヤマトの?」
「ハイ」
「聞いたことないなあ……タカアキ、知ってるか?」
うちの連中はヤマト星系出身で、トールが14歳までハカタ星にいた以外は、全員センダイ星の育ちだ。
「……うーん、僕も知らない……マリアわかる?」
僕は、レジのサブ画面に映し出されているマリアに訊ねてみた。
『かたっぱしから検索したけど、ひっかからないよ』
辞書を片手に(『検索中』を表現してるつもりらしい)マリアが首をひねる。
「マリアでもわかんないのかぁ……。どんなものなんですか?」
僕は5本耳ウサギのお客に向き直って問いかけたが、彼(たぶん彼……だと思う)も首をかしげながら答えた。
「ヤマトのタベモノとしカ……。いま、プリスカで話題ソウゼンなんでス」
☆
プリスカ人の語ったところによると、事の成り行きはこうである。
3年ほど前、プリスカにある小さな遺跡で、古びた1隻の小型宇宙艇が見つかった。
数百年前の機体で、まだプリスカが連邦に加盟する以前に飛来したものらしい。外装がかなり壊れていて、不時着したものと思われる。
内部の計器類もほとんど解析不可能だったが、乗組員の日記と思われる書物が発見された。
かなりボロボロだったが、一部は判読可能だったそうだ。
「そこに書いてあったのが、イー・ビット・エンド・オン?」
「ハイ」
簡単に言えば「ヤマトでイー・ビット・エンド・オンを食べた。あんなに美味いものは食べたことがない」というような内容だったらしい。
「ソレ以来ずっとイー・ビット・エンド・オンを追い求めテいるんでスが……なにしろド田舎なもノで、ケータリングシップもなかなか来なくテ」
と、プリスカ人。
「たまたまヤマトのフネだったので、もしやと思ッテ来てみたのデスが……」
「はあ……。お力になれず――」
申し訳なさそうにトールが頭を下げたその時、
『あ』
ノート型端末を前にした(やっぱり『検索中』の表現のつもりらしい)マリアが、唐突につぶやいた。
「どしたマリア?」
『プリスカの地方ネットを検索してたら、その時のニュースの記事が出てきた』
「見せて見せてー」
店舗室のスクリーンに、そのニュースが映し出される。
「……プリスカ文字じゃない。読めないよ」とクリス。
『翻訳しまっす。ちょっと待ってね』
記事が標準語に置き換えられていく。
内容は、先ほどプリスカ人が語ったのとほぼ同じだった。
『画像があるよ。映すね』
古びた日記のページが映し出された。
「これ標準語じゃないね……文法がちょっと古くさいけど、英語じゃない?」
高校で中世地球学を専攻していたクリスが言う。
英語だったら中学で僕も習った。中世英語ではなく、現代のものだけど。
あまり上手いとは言えないがクセのない読みやすい筆跡で、確かにアルファベットが書かれていた。
『問題の綴りはこれ』
マリアが、画像の上の1部分を抜き出した。
"E bit end on" is very tasty!!
僕は、その綴りに何かひっかかるものを感じた。
E bit end on ……
『あ、写真ついてるじゃん』
と、マリアが日記の隅にへばりついていた、ボロボロの写真をズームアップした。
セピアに変色しているが、深い容器に何かが盛られているのが判る。
E bit end on ……
Ebitendon ……
え び て ん ど ん ?
「海老天丼!?」
おもわず素っ頓狂な声が出てしまったのは、仕方がないと思う。
僕の言葉に反応して、すかさずマリアがスクリーンに海老天丼の画像(検索結果)を映し出す。
プリスカ人達から、どよめきと歓声が巻き起こった。
「海老天丼かぁ。たしかにヤマトの料理だ」と、トール。
「おいしそーう」ぴょんぴょん跳びはねながら、サンディ。
僕はトールにささやいた。
「トール、作れる?」
「多分大丈夫と思うけど……材料がなー」
トールが言う。
「海老や油はともかくとして、出汁と醤油と味醂が要るな。仕入れてこないと」
「ミリンってなあに? キリンさんのおともだちー?」
「んなわけないだろ。ヤマトの伝統的発酵調味料だよ」
レジ横では、クリスがちゃっかり金額交渉と予約受付に取りかかっていた。
☆
翌日からは大変な騒ぎだった。
前日のうちに仕入れと仕込みを済ませ、戻って来てみると、クチコミで集まった連中が行列をなして待っていたのだ。
狭い厨房に2人体制で、朝から晩まで海老天丼を作り続けた。
ランチメニューも出してるとはいえ、丼の用意なんてそんなにないから、常にフル回転状態。洗い物も大変。途中からは、行きつけの資材屋から送ってもらったテイクアウト用の使い捨て丼で凌ぐ有様だった。
1週間ほどすると、騒ぎを聞きつけた日本食ケータリングシップがわんさか押し寄せてきたため、僕らはようやく解放された。
「もうしばらく揚げ物はいいわ……」
ぐったりしながら、クリスがつぶやいた。
「お店が油っぽくなっちゃった感じがする。掃除しなきゃ……」
「でもこの1週間で、かなり稼いだねー♪」
ニンマリとわらって、サンディが言う。
「慈善事業じゃないから、ちゃんと利益出る金額取ったしね。でも、かなり良心価格だったのよ? 後から来た連中の方がぼったくってんじゃないかしら、今頃」
「仕方がないね。ウチは専門店じゃないから」
トールが、凝った肩をぐるぐるまわしながら言った。
「ま、あとはウチの出番はないさ。そのうちブームも去るだろうし、最初のとこで一番オイシイ思いさせてもらったんじゃないか? 面白かったし」
「そーねー」
クリスも、満更でもなさそうな笑みを浮かべた。
☆
ところが、そう簡単には解放されなかったのだ。
数日後、プリスカの経済産業局から通信が入った。
どうやらプリスカ人というのは、かなりインプリンティングされやすい種族らしい。最初の1週間でウチの味を覚えてしまった連中が、後から来たケータリングシップの味が気に入らない、ニセモノだと言い張って暴動を起こし、すべて追い払ってしまったというのだ。
『どーもスみまセん、お手数をおかけしまス』
やはりプリスカなまりの強い標準語で、経済産業局の役人は頭をさげた。
暴動の責任を取れというのなら、おかど違いだ――と思ったら、どうやらそういう話ではないらしい。
「いえいえ……つまり、ウチの海老天丼のレシピをお教えして、手順をレクチャーすればいいんですね」
と、トールが答えた。
『そゆことデス。もちろん技術提供料として相応の金額をお支払い致しまス』
この騒ぎに目をつけたプリスカ政府は、国を代表する産業になると踏んで、政府主導でプリスカ名物として浸透させることにしたのだそうだ。
「いやいや、かまいませんよ。どうせ特許が取れるようなシロモノでもないですし」
苦笑しながら、トールが答える。
今回作った海老天丼のレシピは、トールの母直伝のものだ。
僕やクリス、サンディみたいな捨て子と違って、トールは交通遺児だ。14歳で死に別れるまでの両親の記憶と、施設に入る時に持ってきた母親直筆の料理ノートが、彼の宝物なのだ。
「だって、成功したらプリスカ名物になるんでしょ? タダで教えるなんて勿体なくない?」
憮然とした表情でクリスは言ったものだが、
「うーん……どうだろね。プリスカ人のあの気質なら、俺の教えたレシピを忠実に守り通してくれそうな感じじゃないか?」
「そうねえ。もう寸分違わず再現するでしょうね」
「そーゆーこと。つまり、母さんの味が、あの星で永遠に受け継がれて行くってことだ。俺はそれだけで満足だよ」
微笑んだトールをみて、貴方らしいわね、とクリスも笑った。
☆
さて、トールの海老天丼はその後、見事にプリスカ名物として定着した。
トールと僕たちは海老天丼親善大使としてプリスカ名誉市民の称号を与えられ、毎年盛大に開催されるプリスカ海老天丼祭に招かれて、変わらない味をチェックする役目を負わされてしまったのだった。
今年の祭の目玉は、海老天丼大食い大会――だ、そうだ。
「ちょっと行きたくないかも……」
真剣な顔でクリスがつぶやいた。
【次回予告】
「お帰りサンディ……あれ、カリーは?」「それどころじゃなーいっ、トール来てっ」「え、な、何だぁ!?」
次回、第3話「おつかいサンディちゃん」 8月5日更新予定です。