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第1話 ちっぽけな夢の家の日常

「サンディ、おそうじ済んだ?」

「ん、だいたいおわったー。あとモップ洗うだけ」

 2人の少女の声が響く。


 コンビニエンスストア「トライフルドリーム」店内。

 モップ片手に走りまわっていた小さい方の女の子はサンディ――アレクサンドラ・マース。先月11歳になったばかりだ。年上の少女、クリスティーナ・イリーンの方は僕と同い年で、18歳になる。

 彼女達は僕の幼なじみというか……妹分というか。


 ちなみに僕の名前はタカアキという。

 正式に漢字表記すると伊藤高明となる――が、今時ヤマトでも漢字を使うことはほとんどないので、結構どうでもよかったりする。


「洗っといたげるよ。そろそろ学校の時間でしょ?」

 クリスがサンディのモップを取り上げながら言う。

「んー……」

 浮かない顔をしたサンディに気が付いて、クリスが顔を(のぞ)き込んだ。

「どしたの?」

「休んじゃダメ?」

 上目づかいにクリスを見上げ、サンディが問う。


 僕やトールは、結構この瞳に弱い。が――


「だーめ」

 もちろん、クリスには通用しない。

「うにゅ〜。やだやだー。お店のほうがいいー」

 むくれた顔でサンディが駄々をこねる。

「遊びじゃないのよ? お店は」

「遊ばないもんっ。お店手伝うんだもんっ」

「そういって先週も休んだじゃない。遅れても知らないよー」

「大丈夫だもんっ。サンディほかの子より進んでるんだもんっ」

「それでもだーめ。コドモは勉強するのが仕事ですー」

 サンディの鼻をひとさし指で弾いて、クリスの勝ち。


 ……と思いきや、

「じゃーあ、今日の授業、午前中で終わらせる。そしたら昼から手伝っていい?」

 などと、サンディが強気な反撃に出た。

「え、でも今日は6教科でしょ? 終わるの?」

「終わるもーん。カンタンカンタン。サンディさんにまかせなさーい」

「大きく出たわね。いいわよ、終わるならね」

 にやりとわらって、クリスが言った。

「ホント!? 絶対だよ!! 約束だよ!!」

 瞳を輝かせてサンディが言うのに、クリスが鼻で笑って答える。

「ただし、お昼ごはんまでに終わらなかったらダメだからね」

「えー!?」

「約束でしょ?」

 意地悪な笑顔を浮かべてクリスが言うと、むー、と唸ってしばらく沈黙し……やがてサンディは決断を下した。

「……わかった。オンナに二言はないわ。ほえづらかくなよ!」

「こら! なんてコトバ使ってるのよ!」

「へっへーんだ。マリアー、マリア回線つないでー。学校の時間だよー」


 (つか)まえようとするクリスの腕をかいくぐって逃げながら、サンディが壁に向かって声をかけた。

 その声に反応するように、廊下に設置されたスクリーンがぼわんと明るくなり――これまた別の少女の顔が浮かび上がる。

『はあい、勉強はお部屋でやってね』


 スクリーンに現れたこの少女の名は、マリア。

「トライフルドリーム」のメインコンピュータに付与された、擬似人格。

 10代後半という年齢設定で、サンディの姉貴分、クリスの大親友だ。


『……いいの? あんな約束して』

 店舗室のスクリーンの方に現れたマリアが、戻ってきたクリスに話しかける。

「いいのよ。実際あの子は勉強ちゃんと出来る子だし、それに……正直、あの子がいると売り上げいいのよね♪」

『わぁ、現金〜』

「仕事も勉強も楽しいのが一番、ってコトよ。あの子は立派な看板娘だわ」

『あなたも、ね。クリス』

「ありがと♪」


「クリス、マリア。そろそろお店開けるよ」

 楽しそうにおしゃべりをしている彼女たちに近づき、僕は声をかけた。

「おっけー、タカアキ。マリア、準備いい?」

『ラジャ。ウィンドウオープン。店外宣伝放送開始』


 店舗室のウィンドウのシャッターが、次々と開けられていく。

 外に広がるのは――漆黒の宇宙。


 眼下には、(さび)色に輝く惑星。


『トール、BGMは?』


 僕の後ろから近づいてきた青年に、マリアが声をかけた。

 この店の店長であり、この船の船長でもあるトール――これまた漢字だと鳥居透と書く――は、今年で20歳。

 船長といっても、基本的には航行管理はメインコンピュータがほぼ全自動でやってるから、緊急時以外はお飾りみたいな肩書きだけど。


 トール。タカアキ。クリス。サンディ。マリア。

 そう、この船は5人の少年少女が営むケータリングシップなのだ。


    ☆


 ヤマト星系、センダイ星の児童福祉施設。

 僕とクリス、サンディ、トールの4人は、ここで兄弟のように寄り添って育った。


 孤児の就職率は、正直、かなり低い。

 能力の問題ではなく、住む部屋を確保出来ないから――というのが、一番の理由だったりする。

 人口増加の波は片田舎であるヤマト星系にまで押し寄せていて、施設の院長が保証人になっても安アパートすら借りられない、という事態にまで陥っている。

 そのため、僕らのような施設育ちの子どもたちは、奨学金や飛び級(スキップ)等あらゆる優遇措置を駆使して高学歴を手に納め、寮のあるような大企業に勤めるか……もしくは「公宙域移動商店」――通称「ケータリングシップ」――で商売を始める、というパターンが多い。


 「公宙域」という言葉は、地上に住んでる人たちには馴染(なじ)みが薄いかもしれない。

 要するに、各惑星の領宙域の外側の宇宙空間のことだ。

 宇宙時代も初期の(ころ)は連邦管制局が管理していたが、人口増加による難民問題が深刻化してきた頃、惑星移民・宇宙コロニー建設に続く新しい人類の生活の場として「公宙域」を活用することが決定され、管理が連邦移民局に移った。

 まだ、個人用の小型船舶はレジャー目的に制限されていた頃の話だ。

 連邦移民局は宇宙空間で自活生活が出来るように「公宙域移動商店構想」を立ち上げ、宇宙船メーカーと共同で、店舗室と倉庫室、居住区画を備えた専用の小型船舶を開発。

 そして同時に「公宙域植民法」が制定され、地上や各惑星の宙域での営業許可は認めないことを条件に、公宙域での商店営業は、原則「公宙域移住者」に限られることになった。


 僕たちも、この制度を利用して「公宙域永住権」を取得し、僕らの「家」と「家族」を手に入れた。

 もう、2年近く前のことだ。


    ☆


「そうだなー。近くのラジオでよさげなのがあったらかけて」

 マリアにBGMについて()かれたトールは、ちょっと考えてからそう答えた。

『ラジャ。店内BGMオン』

 マリアが答え、店内のスピーカーから音が流れ出す。が――


 ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃんげしょがしょげしょがしょ


「うげ! なんだこれ」

 耳をふさぎながら、僕は思わず叫んでしまった。


 ごんごんごんごんどかばきぐしゃぴぽー


『マキナのヒーリングミュージック……らしいよ』

「どこが音楽よ! 工場の騒音にしか聞こえないじゃない!」

 同じく耳を覆いながら、クリスが叫ぶ。


 げれげれげれげれみゅみゅみゅみゅどんがらがっしゃん


「しまった、マキナか……機械の星だ。客層違いすぎ。場所代えたほうが良くない?」

 隣りでやっぱり耳を押さえているトールに、僕は(たず)ねた。

「いや、少数だけどヒューマノイドが居るんだって。ケータリングシップもなかなかこないから、休憩時間になるとすぐ上がってくる……らしい。穴場だって言ってた」

「誰の情報よソレ!? (つか)まされたんじゃないの!?」

 なんだか頼りないことを言うトールに、クリスが()ってかかる。


 げしょがしょげしょがしょばきべきぼきぱぽー


「とりあえずBGM変更!! 同じヒーリングならヤマトのにしてくれ!!」

 (らち)があかないので、この騒音をなんとかすべく、僕はマリアに向かって叫んだ。


    ☆


「……いいんだけどさあ……」

 聞き慣れた旋律に身をゆだねながら、僕はぼんやりつぶやいた。

「……ヤマトのヒーリングミュージックって……」と、トール。

「……効き過ぎるのよね……」と、クリス。

店内のイートインブースでだらけてしまっているところへ、サンディがスキップしながらやってきた。

「おわったーっ……って、何みんなだらけてんの?」

「……(いや)されてんの」と、僕。

「もー、いいトシして昼間っから(いや)されてんじゃなーいっ」

 腰に手をあてて、元気にサンディが言い放つ。

 ……いいトシって……その言い方はないんじゃない?

「マリア、音楽変えてよ。アニソンね♪」

 テーブル脇のパネルに映ったマリアに向かって、サンディが言った。

「ええー、アニソン〜?」

「文句いわなーい。今日のお客はアニソンなの。絶対なの♪」

 思いっきり不満そうな声をあげるクリスに、クスクス笑いながらサンディが言う。


『あ、そのお客さんだわ』

 店外をモニタしていたマリアが、来客を告げた。

『1番ゲート接続。認証OK。スキャンOK。ハッチ開きます』

 マリアのオペレーションでお客の船がドッキングし、本日最初のお客がやって来た。


    ☆


「うおぉぉぉ。久しぶりのアニソンだー。あぁあ(いや)されるぅぅぅ」

 ツナギを着た青年が数人入ってきて、感動の声をあげる。


(うへ。オタクか?)

 僕はつい小声でつぶやいた。

(まあ……機械の星で働くくらいだからねえ)

 クリスも小声で返す。多分に偏見の強い発言ではあるが、あながち間違ってない気もする……この場合。


「いらっしゃいませー」

 語尾にハートマークが付きそうな笑顔で、サンディがごあいさつしている。

 ちなみに今日の服装はアリス風ワンピ(クリスお手製)だ。

「うおぉぉぉ。久しぶりのプリティちゃんだー。あぁあ(いや)されるぅぅぅ」

 うわぁ、ホントにオタクだよこの人たち。

「こんにちわぁお兄ちゃん達。ロリゲー通信の新刊と月刊マニアックのダウンロードキー入荷してますよー」


(……サンディの客あしらいって、天才的だよな)

 極上の笑みを浮かべながら営業活動を展開しているサンディに気付かれないように、僕はクリスの耳元でささやいた。

(……てゆーか小悪魔よねえ。あれ、毎晩ちゃんと翌日の客層チェックして準備してるのよ)

(うへ)


 首をすくめる僕らを余所に、サンディの営業活動は続く。

「お嬢ちゃんかわいいねえ。お兄ちゃん達とお話しない?」

「いいよぉ。サンディ今からお昼ごはんなのー。お兄ちゃん達も一緒にどお?」

「おっ。この船、メシも食えるの?」

「店長、調理師免許もってるの。今日のオススメはイタリアンランチとハカタ風とんこつラーメンだよ♪」

「うおぉぉぉ。オレランチ! ミネストローネ付きで!」

「オレも!」

「オレラーメン! 大盛りバリカタで!」

「お兄ちゃん男前だねぇ♪ じゃ、サンディもラーメン。やわ麺でね♪」


(……やっぱ小悪魔だわ……)

 と、クリスがつぶやいた。

(行く末が思いやられるな)

 僕とクリスは、同時に深い溜息をついた。


『またお客さんだよー。2番ゲート接続。ハッチ開きます』

 マリアの声が響き、別の入り口から何かが顔をのぞかせた。

 がしょん。

「わぁぁ、お客さんダメー! 大きすぎ!」

 入ってきたのはマキナの機械人らしい。あわててクリスが飛んでいく。

 がしょ?

「ごめんなさいね、ウチ狭いから重機の人は入れないんですー。アタマだけ、いい?」

 がしょん。

 肯定の返事らしきものを受けて、クリスがスポッと機械人の感覚器集合部(ようするに頭部だ)を引っこ抜いた。

「よいしょっと。で、何しましょ? 天然オイル? えーとこっちの棚ですね……」


(……クリスの度胸だって大したもんだと思うけどな……)

 機械人のアタマをかかえて棚の間を歩いていくクリスを見ながら、僕は2度目の溜息(ためいき)をついた。


「にーちゃんにーちゃん、野菜とかある?」

 急に背後から声をかけられ、あやうく飛び上がってしまうところだった。

「え、あ、いらっしゃいませ。調理用ですか?」

「いやウチのペットによ……火星ウサギなんだけど」

「ああなるほど。ちょうどよかった、火星ニンジンの新物ありますよ」

「お、そいつぁいいや。大好物だ。ひと山おくれ」


 うちの店の品揃(しなぞろ)えは、わりと特殊だ。

 地上常駐型の大手量販チェーン店に負けないためには、大手に出来ない隙間(すきま)部分を攻めるのが一番。それぞれの星によって、手に入りにくいものや、いろいろな事情で持ち込めない食品などがあるから、そこを狙う戦法だ(ちなみにマキナは塩分の多い汁物が御法度という話で、今日のランチにラーメンを入れたのはそのためだったりする)。

 仕入れはその場のカンだけで行うけれど、たまにピッタリあたると結構(うれ)しい。

 火星ニンジンを袋に移してお客さんのかごに入れてやりながら、ふと思い出して言ってみた。

「あと、もしよかったらナガノ星産キャベツの外葉があるんですけど、お持ちになります? タダでいいですよ」

「いいの? 悪いねえ」

 嬉しそうに笑うお客に、こっちの顔もほころぶ。

「いいんですよー。調理に使った残りですから。捨てるのももったいないんで……小分けにして密封してますから、ちょっとかさばりますけど」

「いやいやー、助かるよ。まだチビなもんだから」

「じゃ、ちょっと取ってきますんでー」

 僕はバックヤードに向かって走った。


    ☆


「ふう。今日はこんなもんかな?」

 トールがつぶやいた。

 やっと客足が途絶えた店内。もうすぐ夜の8時(現地標準時)になろうとしている。

『もうすぐマキナは門限だからね。閉める?』と、マリア。

「門限?」

 首をかしげながら、サンディが問い返す。

 マキナ政府発行のパンフレットを見ながら、僕はサンディに答えてやった。

「現地標準時で夜の8時間は、安息時間で外出禁止、宙港も閉めちゃうんだって」

「機械の星なのに、安息時間があるの?」

「宗教上の理由らしいけど……」

「宗教……」

 機械にも宗教なんてあるの? という顔で僕を見るサンディ。

 僕に()かれても(こま)るんだけどなあ……。

『デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)って言葉あるけど、これって意味違うよね?』

「……違うと思う」

 いや違わないかも……デウス・エクス・マキナ(御都合主義)か……うーん。


    ☆


「いつまで起きてるの。もう寝る時間よ?」

 リビングのソファに陣取って、ノート型端末で入荷したばかりの少女マンガ雑誌を読んでいるサンディを、クリスが小突(こづ)く。

「はあーい。あ、ちょっとまって……トール、明日どこ行くんだっけ?」

 大人しくぱたんと端末を閉じ、トールに問いかけるサンディ。

「せっかくだから、この星系の他の星も回ろうかと。マキナのとなりが食肉プラントだから、仕入れも兼ねてね」

「ディアナね。……って、プラントってことは、ここもほとんど機械人?」と、クリス。

「労働層は機械ばっかだね。研究都市があって、そこにヒューマノイドがいるらしい」

「学者さんかぁ。じゃあ明日は小学生らしく行こっかなー♪」

『サンディ……自由研究の宿題にちょうどいい、とか思ってるでしょ』

 ソファの正面に置かれた大画面スクリーンが切り替わって、マリアが(あき)れ声で言った。

「あはは、バーレーたー♪」

「もうっ、寝なさい!!」


    ☆


 たまに、思いもしないようなことが起こることもあるけど――たいていは平和な、でも退屈しない日常。

 こうして、ちっぽけな夢の家の1日が過ぎていく。


【次回予告】

「イー・ビット・エンド・オン、ありマせンか」たどたどしい標準語をあやつりながら、プリスカ人のお客が言った。

次回、第2話「イー・ビット・エンド・オンの謎」 8月3日更新予定です。


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