-宇宙人-
「宇宙人って知っているか?」
「知っている」
驚いた顔の神一が、俺の隣に立っていた。……しまった。つい口に出てしまった。俺は今、宇宙人と同棲している。神一が驚くのは無理もない。しかし一番驚いているのは自分自身だった。イヴが家の居候になって、もう三ヶ月経つ。そんな生活が続いているからなのか、俺の中で宇宙人という非現実的な存在を信じ始めているのだろうか……。
「意外な事を言うな? どうした?」
神一が俺の顔色を窺いながら俺に質問した。
「何でもない……噂話で聞く程度だよ」
まさか、宇宙人が家にいるからなど口が裂けても言えない。俺は神一に目を合わせることをせず帰り支度を続けた。
「変なの。まぁいいや。それでな、七不思議の一つがその宇宙人なんだ」
お決まりの流れだ。神一はその七不思議って産物に侵されているらしい。何か新しい七不思議の話があるたび、決まって俺に言ってくる。花子さんしかり、人面犬しかり。
「何でも、夜中の4時に学校の屋上で宇宙人を見た人がいるらしいんだ。人がいると思ったら、光の柱みたいな物が出来て、あっという間に空に上がって行ったんだってさ。そんで空に浮かぶ光源体が凄いスピードでどこかへ行ったのを見た奴がいるらしいよ」
何か、今回の犯人わかったかも。俺、正直そんな感じの見たことあるもん。俺の部屋で。
「そうか、大変だな。俺用事があるから帰るわぁ」
そう言って、俺は夢見る神一を教室に残し、犯人を殴るため家に帰っていった。
「ミィじゃありません」
土下座をしたイヴが、泣きそうな声で言った。部屋に入ってきた俺を見た瞬間、俺の憤怒の形相に気が付いたらしくこの有様だ。
「まだ俺何も言っていないだろ」
「はい。でも君のこのパターンは知ってます。ミィが理不尽に暴行される王道パターンです」
そんな王道が存在したのか……。
「じゃあお前、心当たり無いか? 学校の屋上で宇宙人がいたって言う噂があるんだけど」
その話を聞きイヴがゆっくり顔を上げた。表情が硬く、冷や汗が出ている。
「……知ってるな?」
イヴの胸倉を掴み、顔を近づける。目を逸らすイヴ。こいつ何か知ってる。
「それ、僕だよ」
背後から男の声が聞こえた。振り返ると、そこに男が立っていた。そして、イヴが初めて家に来た時に感じたあの感覚の再来を覚えた。その男性の服装を一言で表現すると。ホスト。白いスーツとワイシャツを身に付け、ポケットにはお決まりの薔薇。髪色は金髪で、右目が隠れるほどの前髪が長く、襟足も長い。イケメン。まぁそんな言葉がお似合いだろう。年齢は装いを考えなければ、俺と同い年位だろうか。きっとクラスにいたらもてる。そんな気がする。問題は頭部。イヴと同じく、摩訶不思議なアンテナを付けていらっしゃる。
「アダム! 何しに来た」
イヴが言った。アダム? 彼の名前だろうか。
「ちょっとユウを見に来ただけだよ。別にいいだろ。お兄ちゃんも彼に興味があるんでね。」
お・兄・ちゃ・ん!? じゃ……じゃあ、イヴの兄!? 驚いた俺はイヴとその男を交互に見た。
「良くない。アダムは来る計画じゃないだろ?」
どうしたのだろうか? さっきから、イヴは俺の影に隠れて、まるで子犬が威嚇するかのように、兄・アダムに対して敵意を剥き出しにしている。
「はぁ……もうしょうがないな。自分で紹介するよ。イブの兄、アダムと言います」
アダムが溜息混じりに自己紹介をした。
「は……初めまして」
「始めまして。そうか。ユウってこんな人間なんだ」
そう言って、アダムは俺をいろいろな角度から観察した。イヴの兄とはいえ、こんなにもジロジロ見られるには正直恥ずかしい。
「へぇ~、思っていたよりはダサくないね。でも格好良くもないな。僕に劣る」
胸を抉るような発言を聞いた俺は、眉間に皺を寄せ、鋭い目つきで睨んだ。イヴを。
「……アダムは口が悪いの。アダムは幼い頃から星の英才教育で、地球人の文化の一つである『毒舌』を学んでいたから」
毒舌って……学ぶ事なのか? まぁ所謂芸能界でも、毒舌でヒットした芸能人がいるが、学ぶ利点が俺には理解できない。
「どうしたユウ。何か問題でもあるかい」
俺の顔をじっと見ながら、アダムが訊いた。問題って……。
「返しも悪いな。もっと楽しい人間だと思ったけどな」
小さな溜息を吐きながら、アダムは腕を組んだ。そして少し不機嫌な表情で、俺を睨んだ。
「なんなら僕がこの物語の主人公になってあげようか?」
「物語!? これが物語りだって言うのか!?」
俺は慌てて叫んだ。この男は一体何を言い出すのか。
「もしもの話だ……。冴えない高校生、有森有の前に突如現れた宇宙人アダム。有は様々な非現実的な存在と出会っていき、自分自信が知らなかった能力に気が付いている。ほら、その辺の小説にありそうな話しだろ。そんな物語なら、僕のような可憐な主人公は必要不可欠だろ?」
俺の人生は小説かよ! それにさり気無く酷い事言いやがった。冴えない高校生? ほっとけ! それに自分を可憐って。逆にすげぇよ!
……落ち着け。自分を乱すんじゃない。落ち着け。
「よし、いいだろう。仮に俺のこの人生が小説か何かだとしよう! お前が主人公だったとしたら、出現が遅すぎるんじゃないか!? 俺のこの不可解なこの生活が始まったのは、イヴが俺の家に来てからだ。俺は小説を読まないし興味は無いが、この生活が小説だったとすると、すでにお前の出現は数話たった後だろう。そんな小説きっと無いだろ?」
我ながら何を言っているのだろうと思った。俺の隣でイヴは静かに正座をしていた。俺の言葉を聞いたアダムはは、ニヤリと笑うと。俺の顔に自分の顔を近づけて続けた。
「大丈夫。その点はちゃんと考えてある」
何だろう。凄く自慢げな表情が何だかムカつく。
「これが小説の世界だったら…………」
「だったら?」
「表紙に僕の可憐な横顔を中央に載せる。読者が誰だこいつは? という疑問を忘れ始めたその瞬間、遅れてきた本当の主人公が登場だ」
それ詐欺だろ!? 全然出てこないキャラクターが表紙を飾るなんて、過大広告だろ!!
「そうすれば個性の薄いユウでは売れない小説が売れるようになるのさ」
どんだけ王様気質だよ!
「アダム……いい加減にしてよ。一体何をしに来たの!?」
イヴが話しに割る形で入ってきた。アダムは表情を変えずに、イヴを見た。
「お兄ちゃんが地球に来たのは、イヴがしっかり仕事してないからだろ? お兄ちゃんが手伝いに来たんじゃないか」
顔は笑顔なのだが、何か威圧を感じる表情でイヴを威嚇した。アダムのいう仕事とは、きっとイヴが俺に言った、俺に宇宙人の存在を認識させるという事だろうか。仕事の出来はわからないが、少なくとも、イヴが来て、今までまったく信じたことが無い宇宙人の存在を信じるようになってきたと思う。いや、正確には信じるしかなかった。その事を考えると、イヴは満更仕事が出来ていないとは言えないのではと正直俺は思う。
「まぁ今日は挨拶に来ただけだからもう帰るさ。それまで僕達を消すんじゃないぞ。もしそうなりそうだったら、僕は君を消す」
アダムは恐ろしい捨て台詞を吐き、ゆっくりベランダに近付いていく。次の瞬間、俺の部屋は光に包まれた。それは、イヴと初めて会った、あの日と同じ現象だった。眩い光は瞼を閉じても感じられるほどだった。
暫くして目を開けると、アダムはいなくなっていた。横を見ると、イヴはくらい表情で窓の方向を見ていた。
次の日、俺の悲劇は続いている事に気が付いた。
「今日は転校生を紹介する」
担任の教師がそう言って、廊下に向かって手招きした。ゆっくりと教室に入ってくる男子生徒に、クラスメイト達はざわめいた。
「では、簡単な自己紹介をしてくれ」
そう言われた男子生徒は、教壇の中央に立ち、一礼した。
「初めまして。僕はエデン・アダムと申します。転校してきて不安な事がいっぱいなので、皆さん仲良くしてくださいね」
そう言って、アダムが微笑んだ。
……奴は何をやってるんだ……。しかも、あんな真面目そうな性格だったか? というか、アダムを見る周りのクラスメイトの表情が恍惚としている。男も女も。何というか、アイドルでも見るかのような視線だ。おい、みんな騙されるな。見ろ。頭部のアンテナを。気が付け。あいつの異様なアンテナを。
「アダム君はフランスからの留学生です。みんな仲良くするように。じゃあアダム君は有森の隣の席が空いてるからそこに座るように」
何で席空いてるんだよ!? あれ? 昨日まで俺の隣の席にいた田中君は!? 何で一番後ろの席に移動してるの!? うちのクラスって25人だから昨日まで5×5の並びでいい感じだったのに、なんで田中君一番後ろで出っ張ってるんだよ! しかも何か表情哀しげだし! あれ? 涙目だよ? 先生、うちのクラスでいじめが起きてますよ! 何か陰謀が犇いてますよ!
「よろしく、有森有君」
先生、質問です。……何で転校生が僕のフルネーム知ってるんですか?
昼休み、何故か転校生のアダム君に校内を案内してあげるという命令を受けた俺は、アダムと共に廊下を歩いていた。擦れ違う生徒は全員、アダムに夢中のようで、廊下の左右は人が並んでアダムに歓声を送っている。男女入り混じって。
俺は溜息混じりに、校内の施設を説明していった。気乗りしなかったが命令の通り職員室や体育館、音楽室や理科室などを回った。
暫く黙っていたアダムが、静かに口を開いた。
「ユウ……屋上へ行こうか」
俺の隣で笑顔を振り撒くアダムが言った。
「何故だ? 理由を述べてくれ」
アダムは生徒達に手を振っている。さながら皇太子様のように。生徒達はアダムに向けて携帯電話のカメラを向けて写メを撮っている。
「こんなに人が多くては話せないから」
顔は崩さない。その辺のアイドルよりアイドルである。残念な事に、性格は途轍もなく悲惨だが。
「なら家で話せばいいだろ?」
俺が言うと、アダムは足を止めた。
「イヴにも聞かれたくないからだろ」
俺とアダムは屋上に上がってきた。アダムの表情は武装解除され、笑顔が消えていた。
「話って何だよ。それに、イヴにも聞かれたくないって……」
俺がアダムに問いかけた。アダムは柵に背中を預けると、俺の目を見た。真剣な眼差しが俺の心を不安にさせた。
「ユウ。君は自分の能力の事はどこまで理解している」
「何だよ急に……」
アダムから返答は無かった。暫くの沈黙の後、俺はイヴから教えてもらった自分の能力とやらを話した。アダムは終始無表情で俺の話を聞いていた。俺の説明を聞いた後、アダムは言った。
「そうか……そこまでは聞いているのか」
俺は『そこまで』という言葉が気になった。それ以上があると言うのだろうか。
「結論から言う。君は自分の危険性に気が付いていない」
俺は息を呑んだ。俺が危険? どういう意味だろうか?
「君の能力は『自分の信じない物を存在させなくする能力』じゃない。本当に危険なのは『信じるものを存在させる』能力だ」
「!?」
俺はアダムの言葉に驚いた。イヴの聞いていた俺の能力ってヤツとは内容が違う。……いや、同じなのか。逆転の発想ってやつか。俺が信じない物は存在しなくなる。でも、信じる物は存在する。それが何を意味するのか俺にはわからないが、何だか嫌な予感がした。
「イヴが君の元へ来た理由、それも聞いているな」
俺は頷いた。俺に存在を認めて貰う為。そうして、自分達宇宙人を存在させる為。そう聞いてる。
「そう……それが、僕達『エデン』が実行した最初のプラン」
最初の? 何でこんな回りくどい言い方するんだ。
「僕は、イヴが実施しているプランに支障が及んだ場合、第二のプランを実行する為に『エデン』より派遣されて来た」
アダムの顔が怖かった。俺は息を呑んだ。
「第二のプラン。それは『有森有を確保』する事。君を確保して、『エデン』に戻り、あなたを洗脳する事が第二のプラン……」
「待てよ!」
慌てた。恐怖すら感じた。俺を確保? 洗脳? こいつ、何を言っているのだ?。
「お前達にそんな事をさせる権利はないだろ! ……それに……ほら、お前だって存在しているだろ? 何が問題あるんだよ! 俺を洗脳って……そんな事する必要ないだろ? 何でそんな……」
アダムは俺の喉に手をやり、首を絞めた。そのまま押され背中をフェンスに押し付けられた。……い……息が出来ない。背中が熱い。古傷が痛み出した。
「そんな簡単な事じゃない。最後まで話を聞きなさい。このまま殺されたいのか」
アダムの腕を無理矢理放そうとしたが、力が強すぎてビクともしなかった。俺は自分の置かれた境遇を理解し、静かに手を下げ、無抵抗を表現した。それに気が付いたのか、アダムの腕の力が弱まり、開放された。俺はその場に腰を落とし、自分の首を摩った。酸素を一度に吸いすぎたせいか咳が止まらなかった。
「あまり手荒な事はしたくない。黙っていてくれるか」
言われなくても、喉が痛くて声なんか出ない。座っている俺の目の前に屈んだアダムは、俺の目を見ながら話を続けた。
「最初は、第一のプランで大丈夫だった。僕も安心していた。でも、君の能力はそれではダメだった。さっき言っていた話覚えているな」
俺の能力。俺が信じない物を存在しなくさせる能力。俺が信じる物を存在させる能力。
「最近、イヴや僕の存在以外で、何か変わった事なかった?」
変わった事……。イヴが来てから変わった事ばかりだ。幽霊の花子さんに、人面犬になってしまった隣のお爺ちゃん。そんな非現実的なモノに出会うようになった。変わった事が多すぎる。
「イヴから報告は受けている。君の周りに、君が信じていないはずの存在が存在し始めている。それは、君が信じたから。君が存在を認めたから」
確かに……。少し前の俺なら、きっと信じていなかったんだろう。でも、俺の前に現れた。そして今は俺は、花子さんも、お爺ちゃんも、そしてイヴや目の前にいるアダムも少なからず認識している。だから存在出来ているんだ。変わった事……。一番変わったのは俺自身なのかもしれない。
「ただ、君が存在を認めるきっかけがあるはずだ。よく思い出してくれ。君が僕やイヴ以外の存在を認めるようになるきっかけがあるはずだ」
きっかけ……? そんなもの別に……。いや、ある。一つだけ。でも、それが今何の関係があると言うのだ?
「僕達『エデン』は、第一のプランと同時進行で、第二のプランを視野に入れた調査を行うために、僕が派遣された。それは、君の能力を利用する人間がこの地球に存在するかもしれないという情報が入ったからだ」
いや……待てよ。そんなはず無いだろ? だって……そんな事をして何の意味があるんだよ。
「僕はそんな存在を調査する為にここへ来た。この学校に転校生として潜入した。その意味がわかる?」
アダムの言いたい事は察しがつく。でも、そんなはずは無い。だってあいつは……あいつに限って……。
「まだまだ話をしたいことはあったけど、時間切れのようだ」
そう言って、アダムは立ち上がった。アダムは校庭の時計を見ていた。昼休みがもう少しで終わってしまう。
「まだ調査段階だから僕達は暫く様子を窺う。相手側がどんな理由で君を利用しようとしているかわからないから、今は何もしない」
俺は無気力になりながらも、どうにか立ち上がった。アダムは校舎の入り口に向かって歩いていた。暫く歩いた後、その場に立ち止まったアダムは、振り返らずそのままの姿勢で続けた。
「でも、もし僕達に何か支障が出る理由だった場合、第二プランは実行する。君も彼の行動に気をつけるべきだな」
多分アダムは本気なんだと思う。俺は何故かそう感じた。
「一つだけ教えてくれ……何故イヴに……自分の妹にそれを言わない?」
俺の問いに対して、アダムは暫く何も言わなかった。そして、小さな声で囁いた。
「あいつは優しすぎるから」
俺は何も言わず、アダムについて行く様に教室へ向かった。教室に戻ると、クラスメイトの視線が俺とアダムに集中した。いや、正確にはアダムだけなんだろうが。俺は自分の席に座ると、神一が俺の席までやって来た。
「おい、お前。今まで転校生とどこへ行って来たんだよ」
小声で話す神一の笑顔を見て、その笑顔の奥にある何かを疑っている自分自身が嫌いになりそうだった。
「ただ校内の案内だよ。席つけよ。授業始まるぞ」
「何だよ、冷たいな~。
そう言って神一は、やや不満そうな表情で自分の席に戻っていった。
ふぅ、と小さな溜息を吐き、隣の席に視線を送った。アダムが席に戻っていく神一を、まるで悪いヤツを見るかのような軽蔑した目で見ていた。




