-始まり-
「そうだ。君の能力が、人類を滅ぼすのさ」
俺の目の前に立つ彼女が俺に言った。
俺には、彼女の言っている言葉の意味がわからなかった。
いや……わかろうしなかっただけかもしれない。
俺は、自分の腕から生えた刃を彼に突き刺したまま、彼女の目を見つめた。
「人類の為に、君は死ぬべきなんだ」
子供の頃、ヒーローごっこが嫌いだった。いや、正確に言えば、架空の物全てが嫌いだった。俺は、物心ついたときから、そう言った想像上の物をまったく信じない性格だった。
テレビで見るヒーローやアニメ、怪奇現象に至るまで、自分の目で確認できない全ての物を信じていなかった。嫌いだった。
架空の物を見たり話したりする事が、一体なんの為になるのか不思議だった。だから、俺にとって架空の物は、無意味な物だった。
特に俺が嫌いだったもの。それは、未確認飛行物体や宇宙人と呼ばれる物だった。
そんな俺が、非現実的なモノに出会うのは、今思えば必然的だったのかもしれない。
今朝のニュースでアナウンサーが、驚いたように言っていた。
『未確認飛行物体……UFOが現れました』
そんな言葉、俺が信じるはずはなかった。
■始まり■
学校が終わった。クラスメイトは、元気良く教室から出て行く。
「え!? あのゲーム買ったの!? 今日やりにいていい!?」
ゲームか……くだらない。俺にとってゲームも、ただの架空の話で興味の対象外だった。きっと、こんな高校生は、世界中探しても俺だけだ。現代に生きる高校生にとって、ゲームという遊びは、多分一般的だった。俺だけは例外なんだろう。
「おい……有森、お前も来るか?」
そのクラスメイトの一人が俺を誘ってきた。
「ごめん。俺、図書室寄って行くから。また誘ってくれ」
俺が言うと、友人はため息をついた。
「そっか……じゃあ、またな!」
そう言って、クラスメイトの二人は帰っていった。
俺はたまに、何故こんなにも、非現実的な物を嫌うのか、自分でもよくわからなくなることがある。しかし、物心ついた頃からそうなのだから、きっと、一生このままなのではないかと、半ば諦めかけてる。
教室を後にし、昇降口まで来た時、さっきのクラスメイトの声が聞こえた。誘いを断った手前、ばつが悪く、俺は靴箱の後ろに隠れて、友人が出て行くのを待つ事にした。
「お前さ、有森誘うなよな~」
「何でだよ」
「あいつ、有名だぜ? ゲームもアニメも興味が無いつまらない奴だって。仇名知ってるか? 誰が付けたんだか知らないが『現実主義者』って呼ばれてるんだよあいつ」
俺は、クラスメイト達の会話を聞いても、何も驚かなかった。だってあいつらの言っている事は、何も間違えじゃ無いから。
そう、俺に付けられた仇名は『現実主義者』だった。本来、政治的な意味で使われているらしいが、俺に名付けられた意味としては、現実しか信じないから……だそうだ。
別にこの性格で困った事は無い。強いて言うなら友人とそういった遊びが出来ないだけだ。結果的に、心の底から友人と言える人間は限りなく0に近いが、それでも、誰かに苛められる訳でもなく、今までやってこれた。
クラスメイト達があんな会話をしていても、まぁ、しゃあない。俺はクラスメイト達が出て行くのを確認すると、時間をおいて帰路に着いた。
ぼーっと、空を見ながら歩く。俺は空に流れる雲を見ながら考える。俺は空の存在を信じている。雲も、空を飛ぶ鳥も、あの飛行機も、その飛行機から出る飛行機雲も。ただ、それより上の世界はどうだろう。宇宙。宇宙は……多分信じてる。自分の目では見ていないが、人が何人もあそこへ行っている。でも、その先の世界は信じられない。宇宙に別の生物が住んでいるなんて信じていないし、未確認生物などいるはずがない。何よりその言葉自体あやふやだ。未確認って言っている時点で、それはただの空想だろ? 俺はそう思えてしかたがない。
……何を今更考えているのだろう。そう思いながら歩いているうちに自分の家の前に来た。ドアを開けると、キッチンから、母が姿を現した。
「有ちゃんお帰り。友達が来ているわよ」
母親はそう言って、キッチンへ戻っていった。俺は、靴を脱ぎ、家に上がるなり、首を傾げた。誰だろうか? 今日は誰とも遊ぶ約束はない。そもそも、友人が俺の家に遊びに来る事自体稀有である。それはそうだ。俺の家にはゲームといった類がないからな。そんな友人の家に来たがる高校生は少ないだろう。
「誰が来てるの?」
キッチンに向かった俺は、母に質問した。母は、お皿に切り分けたケーキを置いている。母の名は有森夜詩乃。専業主婦。結婚前は仕事をしていたが、結婚し、俺を身篭ってすぐ仕事を辞めたそうだ。趣味はお菓子作りと家庭菜園。性格はおっとり系でいつもボーっとしている。俺とは正反対のタイプで、人の言葉を疑う事を知らない危険な人間だ。俺は何故この母親から産まれた俺が、こんな疑い深い性格なのかと疑心に思うことすらある。ただ言える事は、血縁上、正真正銘の母親である。
「誰だったかしら? 名前は忘れたけれど、可愛らしいお友達だったわ」
可愛らしい? 女の子か? そう言われても見当がつかない。それに、俺の家に来る女の子なんて、未だかつていた事が無い……。一体誰が来ているのだろうか?
「有ちゃんの部屋で待ってるから、早く行ってあげなさい。すぐにケーキとジュース持って行ってあげるから」
そう言って母は、冷蔵庫からオレンジジュースを出し、コップに注ぎ始めた。仕方なく俺は、二階にある自分の部屋に行く事にした。二階には俺の部屋と妹の部屋があり、父親の書斎と、両親の寝室がある。あとはトイレと物置か。
誰が来ているのか謎のまま、俺は部屋の前までやってきた。少し緊張しながら部屋に入ると、俺は愕然とした。俺のベッドに、見知らぬ女の子が腰をかけているではないか。
その女の子は、僕と同い年位だろうか。黒髪ツインテールの可愛い女の子だった。アイドルグループにでも所属していそうな満面な笑顔を見せ、瞳は煌く星のように輝いている。前髪は目の上で真っ直ぐ整えられ、肌は透明かと思えるほど白い。とても可愛い。……可愛いのだが。俺は彼女の服装に驚いた。漆黒色のスクール水着のような服の上に白色の革ジャンのような服を羽織り、同じく白色のロングブーツを穿いているのだ! 手にはバイクを乗る人が身に付けるような白い手袋をしている。腕に時計のような物を付けているが時計にしては大きい。そんな出で立ちの中で、一際目を引くのは、頭部にアンテナのような物を付けている。頭に装着しているようにも見えるし、頭から直に生えているようにも見える。とにかく、先端に丸い物が付いた、白いアンテナが二本立っているのだ。
「……あ、あの」
俺がそう呟くと、その女の子は僕を見るなり、笑顔を見せた。ただ、何故だろう。その表情がやけに憎たらしく感じるのは。
「君が噂の有森有くんだね?」
「噂かどうわかんないけど、そう。君は誰?」
俺が言うと、その子は立ち上がって俺に近づいてきた。何だか、危険な臭いがする。こいつは一体誰なのだ? 身長は俺よりも数十センチ低い。俺の身長が170くらいだから、多分150くらいだろうか。そいつは嬉しそうに俺の肩に両手を馴れ馴れしく置いた。
「ミィの名前はイヴ。君達の言葉で言う『宇宙人』だ。知っているね?」
目の前の変人が、そう言った。あまりにも唐突な言葉に、俺は言葉を失った。この子は何を言っているのだろうか? 冗談にしては痛すぎる。しかも何だろう、この偉そうな立ち居振る舞いと言動は……。
「有ちゃん。おやつ持って来たわよ」
母の声が聞こえた。俺は思わず、部屋から出て、ドアを閉めた。今、見たものは錯覚だったのだ。俺は自分に言い聞かせた。
「どうしたの? 部屋の前に突っ立って」
階段を上がってきた母が、僕にそう言った。
「な……何か変なものを見た気がして」
「有ちゃん!!」
母がいきなり怒鳴った。
「お友達の事を、変だ何て言っちゃだめでしょ!!」
何か俺、怒られているんだけど……。初めて見た彼女の事を友達と思えるはずない。それにおかしい。母が彼女を俺の友達だと信じている理由がわからない。ただ、俺の母なら、あいつに俺の友達だって言われたら信じてしまうだろう。そう。俺の母はまさにそんなタイプの人間なんだ。
「ごめん」
とりあえず謝った。すると母は、笑顔に戻り、俺にケーキとオレンジジュースが乗ったお盆を渡し、階段を降りていった。暫く停止していた俺だが、どうする事も出来ないので、俺は部屋に戻った。イヴと名乗った、自称宇宙人の男は、また、ベッドに腰を下ろしていた。
「……誰?」
俺がまた質問すると、イヴは笑顔で僕を見つめた。
「そんな硬くならないで。楽にしていい。それに、君とミィとの仲じゃないか。敬語なんて使う必要ない」
ここ俺の家なんだけど。それに、君とそんな仲になった覚えないし。
「……誰? っていうか何?」
「だから言っているだろ? ミィは『宇宙人』さ。正式には『エデン』という星に住むエデン星人だけどね」
え? 本気で言っているの? 俺は目の前の変人の言っている事が信じられなかった。いや、俺じゃなくても信じないだろ。普通に考えて。
「疑ってるよね? 明らかに疑っている目だよね? いいわ。ニィが宇宙人だって証拠を見せてあげるさ」
そう言うと、イヴは立ち上がった。そして、目を瞑り、両手の人差し指と中指を、こめかみに当てると、何かを念じるような素振りを見せた。
「な、何やってるの?」
「今から、君の身近な人に、超能力を使う。そうしたなら、君は必然的に、ミィを信じるだろ」
何を言い出すのだろうか? ありえない。そんな事出来るはずがない。しかし、いや、まさか……。俺はどうしたらいいのかわからなかった。
「ほら……今! 今使った!」
イヴが叫んだ。信じていないはずなのに、俺は慌てた。俺の身近な人……。母さん!?
俺は、急いで下の階に降りて行った。もし、イヴが何かしたのなら……母が危ない!
「母さん!」
僕はそう叫びながら、キッチンを覗いた。
「どうしたの有ちゃん……そんなに慌てて」
母は無事だった。何も起こっていなかった。急に笑いが込み上げてきた。馬鹿だ俺は。何を慌てていたんだ。そんなはずないだろ。そんな事出来るはずがない。
『ピンポーン』
急にチャイムが鳴った。誰だろうか。俺は玄関に向かった。ドアを開けると、隣の家に住む、山田のお婆ちゃんが立っていた。山田のお婆ちゃん。正式名称山田美耶子さん。昔から隣の家という事もあり親切にしてもらっている、俺にとって実のお婆ちゃんの様な存在だ。昔から病弱だったが、俺が中学の頃、旦那さんを亡くしてから、一段と元気が無いように思える。
「あ、お婆ちゃん。こんにちは。どうしたんですか?」
俺が言うと、お婆ちゃんが泣き出しそうな顔で、俺に言った。
「有ちゃん……大変な事になった……助けておくれ」
「どうしたんですか?」
「これを見てくれよぉ」
そう言うと、山田のお婆ちゃんが、俺に背中を向けた。お婆ちゃんの背中には『くそババァ』と書かれた紙が張られていた。
「鏡を見たらよぉ、これが張ってあってのぉ、取ろうとしたんだがよぉ、届かなくてのぉ~」
一体誰がこんな事を? 俺は、すぐにその紙を剥がしてあげた。
「これ、何なんですか?」
「それがわからんのだよ。気が付いたら付いておったんじゃ。誰に付けられたのじゃか……ありがとよぉ」
そう言って、山田のお婆ちゃんは、家に帰っていった。
こんな悪戯をする奴がいるなんて。俺はため息をつきながら、部屋に戻った。ドアを開けると、勝ち誇ったように腕組みをするイヴが立っていた。またも見せる満面な笑み。可愛い。やっぱり可愛いのだが、何だかムカつくのは何故だろう?
「凄いだろ?」
「え? 何が?」
母は無事だった。何もされていない。仮に100%、イヴの宇宙人だという言葉を信じたとしよう。でも、イヴの言う超能力とやらは、100%確認できていない。
「ミィの超能力だよ。これでミィが宇宙人だと信じてくれたでしょ?」
「えっと……何も変化ないけど?」
俺が言うと、イヴは不思議そうな顔をした。
「え? 間違いなくあったわよ?」
俺は首を傾げた。一体何が? ……まさか。
「あのお婆ちゃんの背中に紙を張ったのは、ミィさ!」
「は?」
何を自信満々に言っているんだろうか? あれが超能力とでも言うのだろうか? 山田のお婆ちゃんには悪いけど、あんな事で何の危害もない。
「どうだ? ミィの力を思い知っただろう?」
「いや……逆に唖然とした。何か馬鹿みたい。だいたい、宇宙人なんて信じられるわけ……」
俺は、そこまで言いかけて、呆然としてしまった。何故だろう? イヴが俺の顔を見て、泣いている。
「え? なんで泣いてる?」
イヴは、ポケットから取り出した白いハンカチで、涙を拭いながら、必死に何かを訴えるような目で、俺を見つめていた。
「な、何か?」
「君はどうして、そう現実主義なのだい? もっと、ミィ達のような異世界の人間を信じてみたらどうだい?」
どうやら一生懸命僕に説得をしているようだが、何を言いたいのかわからない。
「だいたい、君のその現実主義のせいで、大変な事になっているのだから、少しは自粛してだな……」
「え? 今何て言った?」
俺が言うと、イヴは首を傾げた。
「少しは自粛して……」
「そんなお決まりな答えはいいから、その前に言った事だよ。俺のせいでって……」
そこまで言うと、イヴは、驚いたような目つきで、俺を見た。何なんだ?
「き、君は自分の能力を知らないのか?」
「の、能力?」
何を言っているのだ? 俺の能力? 意味がわからん。
「そうか、なるほどな。君は自分の能力を知らずに生きてきたのか」
背中がぞくぞくして来た。何故だか背中の古傷が痛む。
「いやだから、能力って一体……」
「だからなのか、しかし、そうなるとどうしたらいいものか……」
「話し聞いてる? 教えろよ、能力って……」
「待てよ、って事は、この先まずわボグドブゥエガ!!」
気が付くと、俺はイヴの頬を思いっきり殴っていた。無意識のうちに。なんかムカついた。
「痛い!! 何すんの!? あ゛! 血が出てる! 口の中切れた!!」
「いい加減にしろよ! 一体何の話しているのか教えろよ!」
俺がそう叫ぶと、流石にイヴも反省したのか、涙をまた、ハンカチで拭い、ベッドの上で正座した。
「いい? 君が生まれながらの現実主義者で、自分が非現実的だと思うものを信じないというのは理解しているけど、今からミィが言う事は、全て現実なの。嘘は言わない。信じて欲しい。いい?」
今までのイヴとは別人ではないかと思えるほど、真剣な眼差しだった。俺は息を呑み、静かに頷いた。
「君は、人間の中で希少な能力の持ち主なの。君は現実主義者。それが君の能力なの」
「現実主義が能力? もっとわかりやすく言ってくれよ」
「簡単に言うと、君の能力は『非現実』だと認識したものを消してしまう能力。それが君の能力なのだ」
まさか。俺にそんな能力があるなんて。そんなはずはない。俺はいたって普通の人間だ。そんな馬鹿げた非現実的な能力を俺自身でも認識した事は無い。
「きっと君の性格上、今の話も信じられないかもしれないけど、本当の話なの。実際に、ミィは知っている。君の能力のせいで、他の星の種族が消えていった。信じられないかもしれないけど、君の能力は『現実』なのさ」
信じられない。むしろ、信じろというほうが無理だ。俺にそんな能力があるなんて、信じられるはずがない。
「ミィ達は、君がその能力の事を知っていると思っていたの。だから、君が意識的に能力を使い、ミィ達の様な、宇宙人と呼ばれる種族を根絶やしにしていると考えていわ。だから今回、ミィは君を説得しに来たの。会って話せば、わかってもらえると思って。でも違ったのね。ならすぐにとは言わない。ミィ達を信じて。本当にいるの。信じてくれれば、ミィ達は存在できの」
イヴはそう言って、俺に頭を下げた。
「でも、無理だよ。ずっと信じていなかったものを信じるなんて。それに、君だって、どう見ても人間と変わらないじゃないか。普通に話せるし」
「これは地球人に変装しているだけなの。何故地球人の言葉が話せるか知りたいかい?」
イヴが、言いたそうな顔で俺を見た。そうか、もし仮に本当に宇宙人なら、この地球にはない技術が発展しているだろう。そんな高度技術を使って、日本語を話せるようになったに違いない。仮に宇宙人ならね。
「エデン星の技術をなめてもらっては困る」
やっぱりそうなのか。凄い。信じる事は出来ないが、俺の知らない星の技術は、この地球とは比べ物にならないほど進んでいるんだ。
「ミィは自分の星で通信教育により、日本語をマスターしたんだ」
「俺の感動返せ!!」
気が付くと俺は、イヴの襟を掴み、激しく揺さぶっていた。
「なんで!? 何かまずかった!? 不満?」
俺は自分を落ち着かせた。こんな事で怒っていたらきりがない。それに、もっと聞かなきゃいけない事がある。俺はイヴを手放し、一呼吸置くと、勉強机の椅子に腰を下ろした。
「どうして俺がそんな能力を持っているんだ?」
「それが、どうやって調べても、原因がわからないんだ。謎なのさ」
まだ、自分の能力を信じられたわけではないが、イヴの真剣な話を聞いていると、嘘だとも思えなくなっていた。
「でもおかしくないか? 俺にそんな能力があったとしたら、既に君も消えていてもおかしくないだろ?」
仮にそんな能力が俺にあったとしたら、異星人は存在しないはずだ。だって俺は異星人を昔から信じていないのだから。
「この地球に、能力者である君が産まれた事は、全世界……いや、全宇宙に知られている事実なのさ。十年ほど前、ある種族が宇宙で忽然と姿を消したわ。その原因を調べた結果、君の能力がわかったの。だからミィ達の様な宇宙人と呼ばれる者達は、地球にいろいろな細工をしたの。UFOで地球に接近したり、ミステリーサークルを作ったり。たまにテレビでも見るでしょ?」
確かにテレビの特別企画とか何とかで、そんな特集やっていることもある。でも、信じた事はなかった。あんなの視聴率が欲しいテレビ局の人間がでっち上げたただの作り物かなんかだと思っていた。
「きっとそんなの見ても信じないだろうけど、君はその話を聞いた時、心の奥底では、本当はいるのだろうか? と、微かに思っているのさ。君自信が気が付かないほどではあるけどね」
そう言って、イヴは、俺の胸に向かって人差し指を突き出した。
「君が少しでも、ミィの存在を認識してくれれば、ミィは生きていられる。消滅せずにいられる」
今でも信じられない。俺のこの現実主義が、彼女の言う宇宙人を消滅させているなんて。なんだか自分の能力が怖くなった。
「ほら、ミィの角を触って」
イヴはそう言うと、頭に刺さったアンテナを俺に向けてきた。何がしたいのかまったく意味がわからなかったが、俺は彼女の言うとおりそのアンテナをゆっくり掴んだ。
刹那。俺は宇宙を漂っていた。
……いや、そう感じているだけ? 違う、映像が……何かの映像が俺の頭の中に入ってきている。俺の周りに浮かぶ星が手を伸ばせば届きそうなほど近くに感じた。
暫くすると、宇宙の中を泳ぐように前進しているような感覚に陥った。そのまま進むと目の前に大きな惑星が現れた。地球のようだがどこか違う。大陸の形や海の広さなど地球とは違っていた。
「目の前にあるのがミィの星、『エデン星』だよ」
まるで頭の中で囁かれているような感じでイヴの声が聞こえた。
「今、君はミィの記憶の一部を映像として見せている。ミィ達はあの星で今も生きているんだ。君達地球人と同じ様にね」
イヴの声が無くなった瞬間、俺は自分の部屋に戻っていた。
「さぁ、少しはミィの言葉が信じられたかい?」
まだ実感は出来ないし、どうやっても信じられないけど、今体験した事は、紛れも無い事実。イヴの言っている事は現実のようだ。
「最初は少しずつでいいから。ミィを信じて欲しい。それだけでいいから」
そう言って、イヴはベッドの上で頭を下げた。
信じられるかわからない。でも、信じなければさっき俺が見た映像を説明できない。俺は頭が真っ白になった。まいった。
「……努力はする」
自信は無いが、俺はそう呟いた。その刹那、イヴは顔を上げた。薄っすら涙を浮かべたイヴは、またもや満面な笑みで俺を見つめてきた。俺は、急激に顔が熱くなるのがわかった。とにかく、イヴは可愛いのだ。それもまた、紛れも無い事実。俺は、イヴの目を直視できず目を逸らした。次の瞬間、俺の懐目掛けてイヴが抱き付いて来た。俺の胸の鼓動は爆発寸前で、体中のあらゆる毛穴から、尋常ではないほどの汗が雪崩落ちて来ている事に気が付いた。
言っておこう。俺は、女性退勢が皆無なのだ。
ほんのりと香る良い香りと、身体に密着させられた、お世辞にも大きいとは言えない胸の感触が、何故だかリアルだった。
このままでは、俺は失神する。そう身の危険を感じた刹那、イヴが俺の身体から離れた。薄っすらと目を開くと、窓の外がスポットライトで照らされたように眩しく、俺の部屋を照らした。
「迎えが来たみたいだ」
そう言って、イヴは窓を開けた。
「また遊びに来るからね。君が僕の存在をしっかりと認識してくれるまでは、何度でも」
イヴはゆっくりと光の中へ消えていった。そして気が付くと、光が消え、夕暮れの空が窓から見えた。
「有ちゃん、夕飯できたわよ~」
母が階段の下から俺を呼んだ。見ていた雑誌をベッドに放り投げると、俺はリビングに向かった。おいしそうなカレーの匂いがした。母のカレーは世界一おいしいと、俺は思っている。
食卓にはカレーライスが五皿並び、真ん中にはサラダが用意されていた。俺はテーブルに着くと、目の前に用意されたカレーライスの香りを嗅ぎ、笑顔になった。
キッチンからスープを持った母が席に着き、スープをテーブルに置く。それを妹が一人一人の目の前に並べていく。父は新聞を読みながら席に着くと「今日はカレーか」と嬉しそうにテーブルを見渡す。
「何だか久しぶりだね。家族揃って夕飯って」
妹が言った。正式名称は杏。俺より二つ下の中学二年生だ。
「最近はお前がいないから、今日は嬉しいな」
そう言って、父が杏の頭を撫でた。妹はある部活に入っていて、毎日部活動を遅くまでやっていたので、夕飯を一人で食べる事が多かった。杏の言う通り、家族四人で夕飯を食べるのは久しぶりの事だった。
父の正式名称は信明。彼の職業もまた、俺を悩ます一因だ。まぁ彼の紹介は、またそのうち。
「では、いただきますか」
父がそう言うと、みんな手を合わせた。
「いただきます」
みんなの声が一緒になった。俺はスプーンでカレーを口に入れる。思った通りの味が口の中に広がる。やっぱり母のカレーは世界一だ。
「ちょっと、それ取ってくれないか?」
父が福神漬けの入ったビンを指差して俺に言った。俺は目の前にあるそれを父に渡す。
「あ、私にも下さい」
そう言って、父から福神漬けを受け取る。
「お母さん、おかわりある?」
まだお皿半分も食べていない杏が母さんに確認する。
「はいはい。まだまだいっぱいありますよ」
母は笑顔でそう答える。
「こんなにおいしいカレーなら、何回でも食べれますよ」
もう、限界だった。自然を装う事が出来なくなった俺は、次の瞬間には叫んでいた。
「何でお前がいるんだよ!!」
俺の言葉に、イヴはキョトンとした顔で俺を見つめた。
「何勝手に有森家の団欒に潜入してんだよ!! お前帰ったんじゃねぇのかよ!!」
「また遊びに来るって言ったでしょ」
「早いよ!! 間隔が短いよ!!」
「有ちゃん、お行儀が悪いでしょ。イヴちゃんを見習いなさい」
母が当たり前のように言った。
「そうだぞ。イヴちゃんのこのテーブルマナーをしっかり見なさい」
父が言った。っていうか、カレーにテーブルマナーって……。
「お兄ちゃん、いいから食べよ。おいしい物は味わって食べないと……」
『ね~』
何俺の妹と『ね~』ってしてんだよ。何気が合ってんだよ。え? 俺だけ? 俺だけ空気読めてない感じなの? 何で?
「有ちゃん、今日からイヴちゃんも家族なんだから、仲良くしなさい」
か……家族?
こうして、俺に、宇宙人の家族が出来た。まいった。




