表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
能登より  作者: 秋月ニナ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/4

宮本編1

 避難所の体育館で食べたおせちの味を生涯忘れられないだろう。


 地震から三ヶ月が経った。四月になっても、まだ道が断絶されて通行止めのままだったり、急場しのぎの砂利道と波打った道路のアップダウンが多くて、車に乗っているだけでもガタガタと揺れる。

 高校に向かう道の悪さを心配した母は毎朝送ってくれるようになった。



(歩いて通える場所に高校があれば良いのに……)



 過疎化が進んだ能登町にある高校は一つだけだ。わたしが母と二人で暮らしている町営住宅から車で二十分くらいの距離にある高校は、今では車で三十分以上かかるようになった。

 道路には未だ県外のパトカーや消防車、自衛隊の車が走っていて、物々しい雰囲気だ。それを眺めているうちに高校に到着した。



「お母さん、ありがとう」


 短くお礼を言って、車から降りる。

 まだ時間は七時を過ぎたばかりで、人通りは少ない。

 ゆっくりと校門をくぐり抜けて、玄関に行けば、同級生の男子二人組と顔を合わせる。


「おはよ、遠藤君。今日も早いね」

「お、おはよ。野球部の朝練で……」


 もごもごと照れた様子で話した同級生に「がんばってね」と愛想よく声をかければ、彼らは分かりやすく、顔をにやけさせた。そしてわたしが通り去ったところで「やっぱり宮本さんって可愛いよなぁ」と呟く声が聞こえた。



(わたしが可愛い? なに当たり前のこと言ってるの?)


 自分の顔が人よりも優れていることは幼い頃から知っている。可愛いって得だ。ニコニコとしていれば、優しくしてもらえるんだから。そのための努力はしている。



(こっちは朝の五時からパックしてコンディションを整えてんのよ? そこら辺のモブ女とは違うんだから)


 前髪だって一ミリも妥協していない。毎朝鏡で可愛く見える笑顔の角度を研究している。努力しているわたしは今日も無敵に可愛い。それを自覚しながら、すれ違った人達に愛想を振りまく。


 もちろん愛想を振りまく相手は男子だけじゃない。女子にも同様……いや、下手をしたら女子に対してのほうが気を使っている。



(嫉妬されたら嫌だからね)


 ただでさえ人口の少ない町だ。地震があってからは尚更人が減っている。下手に敵を作るのは得策じゃない。狭い集落でいざこざを起こす大変さは中学時代に身に染みて知っている――もうあんな失敗はごめんだ。



(でも諸星は……)


 脳裏に過ったのは去年の六月に東京から引っ越してきた同級生。顔が綺麗なだけの不愛想な諸星一人で行動していてもなぜか「ミステリアスで格好良い」と許されている。

 きっと他の人が同じことをすれば「協調性がない」とか言われるのに。

 諸星を高嶺の花扱いするクラスメイトの態度が面白くなかった。

 けれど、それ以上に腑に落ちないのは……。



(なんで化粧水も使っていないのに、肌はピカピカで、髪も乾かしていないくせにツヤツヤなのよ)



 聞いたところによるとダイエットもしていないらしい。それなのにモデル体型だなんて不公平に思える。


 あげく、最近クラスの男子が「宮本さんはアイドル系だけど、諸星さんはモデル系だよなぁ」と話しているのを聞いてしまった。このわたしが意識低い女と同列に扱われたのである。

 ――気に入らない相手だ。けれどなんの因果か諸星は震災後にわたしと同じ美術部へ入ってきた。



(一体なんで……)


 三階の隅にある美術室は日当たりが良く、校庭が一望できた。窓際の一番奥の場所に今日も諸星はその場所を陣取って、キャンバスに筆を走らせている。


「諸星さん、おはよ」

「おはよ」


 諸星は小さくお辞儀をして、またキャンバスに向かう。

 彼女が美術部に入ってから三ヶ月。なぜか諸星は真っ暗な絵しか描いていない。

 今も太い筆を使っているが、時折諸星なりになにかこだわりがあるのかパレットナイフも使って、キャンバスを黒く塗りたくっていた。



(……ずっと黒一色だけ塗っているけど、病んでんの?)


 優しい三年生の先輩達がなにを描いているのか聞いていたけれど、答える気はないらしい。最初はその絵がなんなのか、興味深そうにしていた先輩達も日が経つにつれて、もうなにも聞かないようになった。



(大人しい先輩が多いからなぁ)


 困ったように笑った先輩達の顔を思い浮かべる。

 縦社会の運動部と違って美術部はどこか緩い空気があった。


 部活の内容自体も年二回ある絵画展に向けて油絵を描く以外は適当にイラストを描いたり、ジュースを飲みながら喋ったり……。参加も毎日ではなく、週に何度か自分の気の向いた時に活動すれば良いのだから気楽なものだ。


 そんな美術部の部員は三年生が三人。二年生はわたしと諸星。一年生はまだ入学式が終わったばかりで、来週くらいから部活見学が始まる予定だ。



(今年は誰か入るのかな?)


 できることなら、そんなに多く入らないでほしい。

 緩やかに活動していきたかった。そんなことを考えながら、諸星から机一つ離れた距離で、椅子に座る。


 イーゼルに置きっぱなしにしておいた絵は昨日の間に墨で下描きが終わっているから、今日は絵の具をのせる予定だった。

 キャンバスに描いていたのは桜の絵だ。今年は近所の公園の桜並木が綺麗だったのでそれを題材に選んだ。



 桜並木の『道路』の色を塗ろうと『黄色』を選ぶ。

 黄色と黄土色を混ぜて、少しずつ理想の色を作り上げていく。

 丁寧に色を作って、地面を描いた部分に色をのせる。

 公園の桜並木の絵。この絵の主役は桜ではない。()()()()()()だった。



(これはきっと今年限りの光景だから)


 忘れられないように絵に残して置きたかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ