婚約者に「ダンジョンで死んでくれ」と言われたので、23回死に戻りして最強になりました。今さら復縁を迫られても困りますし、私を唯一認識できる管理者様が離してくれません
また死んだ。
胸を貫く灼熱の痛みが一瞬だけ走り、次の瞬間には——私はダンジョンの入口に立っていた。
「……はい、リスタート」
呟いて、自分の胸に手を当てる。穴は開いていない。血も流れていない。さっきまで確かに心臓を貫いていた魔物の爪の感触だけが、幽霊のように残っている。
(これで二十三回目。私の人生、マジでクソゲーの周回プレイだな)
三ヶ月前、婚約者だった公爵家嫡男——クロード・ヴァン・エーデルシュタインは、完璧な笑顔でこう言った。
『君のような落ちこぼれと結婚するくらいなら、ダンジョンで死んでくれた方がマシだ』
魔力量が平均以下。それだけで、私リーナ・フォルトゥーナは十五年間蔑まれ続けてきた。
でも、婚約者に殺されかけるとは思わなかったな。さすがに。
「……ふふ」
乾いた笑いが漏れる。
最初の数回は泣いた。絶望した。なんで私がこんな目に、と神様を恨んだ。
でも、十回を超えたあたりから悟った。
泣いても状況は変わらない。恨んでも魔物は倒せない。
ならば——
「今回こそ最適ルートを見つける」
ダンジョンの冷たい空気を肺いっぱいに吸い込む。
死に戻りで得た知識。二十三周分の経験値。それが今の私の武器だ。
「そして——」
脳裏に浮かぶのは、あの冷ややかな翡翠色の瞳。
「あなたを、見返す」
◇
第一階層の入口は、相変わらず薄暗い。苔むした石壁に、申し訳程度の魔法灯が揺れている。
(さて、今回の『ガチャ』は何が出るかな)
このダンジョンには奇妙な法則がある。
階層ごとに出会える冒険者が『ランダム生成』されるのだ。同じ人物でも、周回によって出現する階層が違う。性格や態度まで微妙に変わることもある。
二十三回の周回で、私は学んだ。
『最適パーティ』を組めるかどうかで、攻略難易度は天と地ほど変わる。
「お嬢さん、一人かい?」
声をかけてきたのは、赤茶色の短髪の男だった。日焼けした肌に無数の戦傷。片耳に銀のピアス。
——ギル・バロウズ。
(当たりだ)
内心でガッツポーズを決める。この人は第一階層で出会えれば『大当たり』の前衛剣士。素直で義理堅く、指示をきちんと聞いてくれる。
「ええ、一人です。ご一緒してもらえますか?」
「へえ、貴族のお嬢さんが単独攻略? 珍しいな」
「訳ありなんです」
「……ま、詮索はしねえよ。俺はギル。よろしくな」
「リーナです。よろしくお願いします」
握手を交わす。ギルの手は剣ダコで硬い。
(よし、第一関門クリア)
次は第三階層でマーレを拾う。彼女は周回によって出現位置がブレやすいけど、今回は——
「あの」
ギルが怪訝そうな顔をしている。
「なんでそんな嬉しそうなんだ? ダンジョンだぞ?」
「……いえ、なんでもないです」
(危ない危ない。周回プレイヤーの余裕が出すぎた)
表情を引き締める。
まだ始まったばかり。油断は禁物。
そして——この周回で、私はまた『彼』に会うことになる。
漆黒の仮面で顔を隠した、正体不明の剣士。
ダンジョンの管理者——ノクス。
(今回は何階層で出てくるかな……)
敵か、味方か。それすらもランダム。
でも、一つだけ確かなことがある。
彼だけが、周回を超えて——私のことを『覚えている』。
◇
第三階層。予想通り、彼女はいた。
「あなた、さっきから私を見ていますね」
銀縁眼鏡の奥の紫紺の瞳が、警戒心を隠さずに私を射抜く。
マーレ・シュトルム。没落男爵家出身の天才魔術師。
「すみません。お一人ですか?」
「……ええ」
「私たちとパーティを組みませんか」
「断ります」
即答。
(まあ、そうだよね)
最初の周回でも、彼女は同じ反応だった。貴族社会への不信感が強く、簡単には心を開かない。
でも、私には二十三周分の『攻略情報』がある。
「第五階層の中ボス、炎獄のサラマンダー。弱点は喉元の逆鱗。でも、普通に攻撃しても届かない」
マーレの眉がぴくりと動く。
「……続けて」
「前衛が足を狙って体勢を崩させている間に、後衛が氷結魔法で逆鱗を凍らせる。脆くなったところを一気に叩く。これが最適解」
「……なぜ、そんなことを知っているんですか」
「私にも事情があるんです」
マーレは眼鏡を押し上げ、しばらく私を観察した。
「……いいでしょう。ただし、足手まといになるなら容赦なく切り捨てます」
「ええ、構いません」
(よし、二人目確保)
◇
「お嬢、あんたすげえな」
ギルが感嘆の声を上げたのは、第五階層のボスを撃破した直後だった。
「俺、前のパーティでここまで来たとき、三人死んだんだぜ。なのにノーダメージとか」
「情報があれば、誰でもできます」
「いや、情報だけじゃねえよ。判断力と指揮力がなきゃ、こうはいかねえ」
マーレも珍しく同意するように頷いた。
「確かに。あなたの指示は的確でした。まるで……何度もこのダンジョンを攻略したことがあるかのように」
(鋭い)
冷や汗が背中を伝う。
「た、単なる事前調査ですよ。図書館で文献を漁って——」
「嘘ですね」
マーレは淡々と言い切った。
「このダンジョンの詳細な攻略情報は、どの文献にも載っていません。私が調べましたから」
「……」
「何か秘密がありますね?」
逃げ場がない。正直に言うべきか?
——いや。『死に戻り』なんて言っても、信じてもらえるわけがない。
「……ごめんなさい。言えないんです」
「そうですか」
マーレは意外にもあっさり引いた。
「いえ、聞きません。結果が全てです。あなたの情報のおかげで、私たちは生き延びている。それで十分」
「マーレさん……」
「ただ、一つだけ」
眼鏡の奥の瞳が、不思議な光を帯びる。
「あなた、何か……大きなものを背負っているように見えます。もし辛くなったら、言ってください。私は——あなたの味方でいたいと思っています」
(……やば)
目頭が熱くなる。
二十三回の周回で、こんなことを言われたのは初めてだった。
「ちょ、マーレ! お嬢泣きそうじゃねえか!」
「事実を述べただけです」
「お前、そういうとこだぞ!」
ギルとマーレがいつもの調子で言い合いを始める。
(……ああ、この二人、最高だな)
このパーティを、守り抜きたい。
そのためにも——最深部まで辿り着く。
◇
第七階層。
異変は突然だった。
「——止まって」
私の声に、ギルとマーレが即座に足を止める。
「どうした、お嬢」
「……来る」
空気が変わった。温度が下がった。
この感覚は、何度も味わった。
「お前は——」
闇の中から、一人の男が姿を現す。
漆黒の仮面。銀灰色の長髪。夜闘の外套。
亡霊のような佇まいで、彼は——私を見た。
「また会ったな、『愚か者』」
ノクス。
ダンジョンの管理者。そして——私の死に戻りの、発生源。
「……お久しぶりです」
「久しぶり? ふ、そうだな。お前にとっては『久しぶり』なのだろう」
仮面の下から覗く唇が、かすかに歪む。
「今回で何度目だ? 二十三回か? いや、二十四回か」
「……覚えているんですね」
「当然だ。俺だけが、お前のループを『認識』している」
ギルとマーレが警戒態勢を取る。
「お嬢、こいつ知り合いか?」
「……ある意味では」
「敵ですか、味方ですか」
マーレの問いに、私は——答えられなかった。
ノクスは周回ごとに態度が変わる。ある時は敵として襲いかかり、ある時は無言で見逃し、稀に——ヒントをくれることもある。
「今回はどっちですか」
私の問いに、ノクスは首を傾げた。
「さあな。俺にもわからん」
「……は?」
「お前を見ていると——」
仮面の奥の瞳が、異様な光を放つ。
「——わからなくなる」
その言葉の意味を、私はまだ理解できていなかった。
◇
「お前は何故、諦めない」
ノクスの問いは、純粋な疑問のようだった。
感情のない声。けれど、その奥に——かすかな何かが混じっている気がした。
「諦める理由がないからです」
「二十三回死んだ。普通なら心が壊れる」
「壊れかけましたよ。最初の十回くらいは」
正直に答える。
「でも、気づいたんです。泣いても、恨んでも、何も変わらないって」
「……」
「だったら、この『死に戻り』を武器にした方がいい。私には魔力がない。才能もない。でも——」
胸を張る。
「——経験値だけは、誰にも負けない」
ノクスは黙って私を見つめていた。
仮面のせいで表情は読めない。けれど——その沈黙には、何か別の感情が滲んでいるような気がした。
「……お前は、変わった」
「え?」
「最初に会った時は、怯えていた。十回目までは、憎しみに満ちていた。けれど今は——」
一歩、近づいてくる。
ギルが剣を構え、マーレが詠唱を始めようとする。
「待って」
私は二人を止めた。
「大丈夫。……多分」
「多分って何だよ、お嬢」
「私を信じて」
ギルは渋々剣を下ろす。マーレも詠唱を中断した。
ノクスはさらに近づき——私の目の前で立ち止まった。
「お前だけが、俺を『見ている』」
「……どういう意味ですか」
「千年以上、このダンジョンに縛られてきた。無数の冒険者を見送った。殺した。あるいは、見殺しにした」
その声は、まるで錆びた機械のように平坦だった。
「誰も俺を認識しない。ループが終われば、全員が俺のことを忘れる。俺は——存在しないも同然だった」
「……」
「けれど、お前だけが違う。お前だけが、ループを超えて俺を覚えている」
仮面の下から覗く唇が、かすかに震えた。
「それが——どういう意味か、お前にわかるか」
(……ああ)
理解した。
この人は——ずっと、一人だったのだ。
千年以上。誰にも認識されず。誰にも覚えられず。
永遠の孤独の中で、心を摩耗させてきた。
「わかります」
私は、彼の目を真っ直ぐに見つめた。
「私も——ずっと一人だったから」
『落ちこぼれ』として蔑まれ。家族にすら疎まれ。婚約者には殺されかけた。
孤独の痛みなら、私も知っている。
「……」
ノクスは何も言わなかった。
けれど、彼の纏う空気が——ほんの少しだけ、和らいだ気がした。
「今回は、見逃してやる」
「……ありがとうございます」
「礼を言うな。気まぐれだ」
踵を返し、闇の中に溶けていく。
その背中に、私は思わず声をかけていた。
「また会えますか」
「……」
足が止まる。
「お前が望むなら」
それだけを残して——ノクスは姿を消した。
◇
「お嬢」
ギルが重々しく口を開いた。
「あいつ、何者だ?」
「……ダンジョンの管理者、らしいです」
「管理者? そんなの聞いたことねえぞ」
「私も、ここに来るまで知りませんでした」
マーレが眼鏡を押し上げる。
「あの男、危険です。常人ではない。あなたに対して、異常な執着を見せていました」
「執着……」
「気をつけてください。あの手の存在は——」
「わかってます」
マーレの言葉を遮る。
「でも、彼は敵じゃない。……多分」
「また『多分』ですか」
「ごめんなさい。でも、感覚的に——そう思うんです」
二十三回の周回で、ノクスは何度も私を殺した。
けれど、何度か——助けられたこともある。
彼は単純な敵じゃない。もっと複雑な——
(……いや、今は考えるな)
首を振る。
今は攻略に集中すべきだ。ノクスのことは、後で考えればいい。
「行きましょう。最深部まで、あと少しです」
◇
その夜、野営をしながら——私は一人で考えていた。
(彼を、救えないだろうか)
ノクスは『ダンジョンに縛られている』と言った。
千年以上も、あの暗闇の中で——一人で。
(私の死に戻りは、彼が発生源。なら、彼を救えば——)
まだ何もわからない。
でも、一つだけ確かなことがある。
私は——彼を、見捨てたくない。
◇
第十五階層を突破したあたりで、私の名前は『外』に轟き始めていた。
らしい。
「お嬢、聞いたか? あんた、今ダンジョン攻略者の中で一番の注目株だぜ」
「はあ……」
ギルが興奮気味に言うのを、私は半分上の空で聞いていた。
「単独攻略者が三ヶ月で第十五階層突破って、歴代最速記録らしいぜ!」
「単独じゃないです。二人がいたからこそ——」
「いや、指揮してたのはお嬢だろ。俺らは剣と魔法振ってただけだ」
マーレも珍しく同意した。
「ギルの言う通りです。あなたの情報と判断がなければ、私たちはとっくに死んでいました」
「……」
(まあ、二十三回死んだ経験値だけどね)
内心でツッコミを入れつつ、複雑な気持ちになる。
名声を得ること自体は、計画通りだ。クロードを見返すためには、『実績』が必要だった。
でも——
(こんなに早く注目されるとは思わなかった)
◇
第十八階層で、私たちは一度ダンジョンを出た。
補給と休息のため。そして——貴族社会への『帰還』のため。
「リーナ様! リーナ・フォルトゥーナ様ですね!?」
ダンジョンの出口で待ち構えていたのは、複数の記者と——貴族たちだった。
「第十八階層単独攻略、おめでとうございます!」
「ダンジョン攻略者協会から、正式な表彰を——」
「我が家との取引を——」
人混みに囲まれる。カメラのフラッシュが瞬く。
(うわ、すご……)
三ヶ月前、『落ちこぼれ』として追放された私が、今や英雄扱い。
(人生って、わからないものだな)
皮肉な笑みが浮かびそうになるのを、必死でこらえた。
◇
「——リーナ」
その声で、空気が凍った。
人混みが割れる。
現れたのは——蜂蜜色の髪と翡翠色の瞳を持つ、完璧な貴公子。
クロード・ヴァン・エーデルシュタイン。
元婚約者にして、私をダンジョンに送り込んだ張本人。
「久しぶりだな」
「……ええ」
平静を装う。心臓がバクバクしているのを、悟られたくない。
「まさか、君が第十八階層まで行くとは思わなかった」
「それはどうも」
「素晴らしい成果だ。さすが——俺の婚約者だ」
(は?)
思わず眉が跳ね上がった。
「何を言っているんですか」
「婚約は破棄されていない。君は今でも俺の婚約者だ。だから——」
クロードは完璧な笑顔を浮かべた。
「——改めて、俺と共に歩んでくれないか」
(ふざけるな)
怒りが込み上げる。
この男は——私に死ねと言った。ダンジョンで野垂れ死ねと。
それが、名声を得た途端に手のひら返し?
「お断りします」
私の声は、自分でも驚くほど冷静だった。
「え……?」
「聞こえませんでしたか? お・こ・と・わ・り・し・ま・す」
クロードの顔が歪んだ。完璧な仮面が、一瞬だけ剥がれる。
「待て、リーナ。考え直してくれ。俺は——」
「三ヶ月前、あなたは私に何と言いましたか」
周囲が静まり返る。
「『君のような落ちこぼれと結婚するくらいなら、ダンジョンで死んでくれた方がマシだ』」
その言葉を復唱すると、ざわめきが広がった。
「クロード様、それは……」
「公爵家の嫡男が、婚約者にそんな言葉を……」
「違う! それは誤解だ!」
クロードが慌てて否定する。けれど、もう遅い。
「私は、自分の力で生き延びました。あなたの助けなど、一切受けずに」
振り返らずに歩き出す。
「もう二度と、私に近づかないでください——『元』婚約者様」
◇
人混みを抜けた後、ギルが呆然と言った。
「お嬢……あれ、公爵家の嫡男だろ? 大丈夫なのか?」
「大丈夫です」
「でも、貴族社会で——」
「私には実績がある。彼にあるのは、名前だけ」
マーレが珍しく笑った。
「いい啖呵でした。スッキリしたでしょう」
「……ええ、まあ」
(最高に、スッキリした)
内心では、ガッツポーズを決めていた。
でも、これで終わりじゃない。
クロードの背後には——妹の、セリーヌがいる。
全ての黒幕である彼女を、まだ追い詰めていない。
「さて」
前を向く。
「補給を済ませたら、ダンジョンに戻りましょう。最深部を攻略するまで——終わりじゃない」
◇
帰還から数日後。
予想通り、セリーヌが動いた。
「お姉様!」
社交パーティーの会場で、彼女は涙ぐみながら駆け寄ってきた。
「お姉様が無事で、本当に良かった……!」
豊かな金髪。清楚な白いドレス。無垢を装った翠眼。
完璧な『心配する妹』を演じている。
(うわ、白々しい)
内心で思いつつ、私は微笑んだ。
「ありがとう、セリーヌ」
「でも、クロード様とのこと……大丈夫ですか? 私、心配で……」
「大丈夫よ。むしろスッキリしたくらい」
「そう……ですか」
セリーヌの笑顔が、一瞬だけ引きつった。
(気づいてないと思った?)
二十三回の周回で、私は真実を知った。
セリーヌこそが、全ての黒幕。
私をダンジョンに送り込むよう、クロードを唆したのは彼女だ。
『お姉様のことが心配なの。でも、お姉様なら乗り越えられるわ。それで、クロード様も目が覚めるかもしれないし——』
甘い言葉でクロードを操り、私を排除しようとした。
でも、証拠がなかった。彼女は慎重で、尻尾を出さない。
——二十三回目の周回までは。
◇
「セリーヌ」
私は穏やかに言った。
「一つ、聞いていい?」
「何ですか、お姉様」
「『死亡届』って、誰が出したの?」
セリーヌの顔から血の気が引いた。
「え……?」
「私がダンジョンに入ってから一ヶ月後、フォルトゥーナ家から『死亡届』が出されていたの。知ってた?」
「そ、それは——」
「でも、私は死んでいない。ということは——偽の死亡届を出した誰かがいる」
周囲の貴族たちが、興味深そうにこちらを見ている。
「お父様は海外出張中だった。お母様は入院中。じゃあ、一体誰が出したのかしら」
「わ、私じゃ——」
「私も、最初はわからなかった」
鞄から、一枚の紙を取り出す。
「でも、調べたら出てきたの。『死亡届』の申請書。そこに書かれた筆跡は——」
紙をセリーヌに見せる。
「——あなたのものと、完全に一致していた」
「っ!」
「偽の死亡届を出すのは重罪よ、セリーヌ。特に貴族家ならね」
ざわめきが広がる。
「まさか、フォルトゥーナ家の次女が……」
「姉を殺そうとしたのか?」
「違う! 違うわ!」
セリーヌは叫んだ。
「お姉様が悪いのよ! 魔力もない落ちこぼれのくせに、公爵家の婚約者なんて——私の方がふさわしいのに——!」
(……あ、自爆した)
思わぬ展開に、私は呆然とした。
追い詰められて、本性を曝け出すとは。
「私がどれだけ努力したと思ってるの!? 魔力を鍛えて、礼儀作法を学んで、クロード様に気に入られようとして——なのにお姉様は、何もしなくても婚約者の座にいた!」
涙が頬を伝う。けれど、その目には憎悪しか映っていない。
「許せなかった。許せるわけがない。だから——」
「だから、私を殺そうとした?」
「……っ」
「ひどいね、セリーヌ」
私は、悲しげに微笑んだ。
「私、あなたのこと——本当の妹だと思ってたのに」
「っ、お姉様……」
「でも、もう終わりよ」
騎士団が駆けつける。
「セリーヌ・フォルトゥーナ。偽造文書の作成および提出の容疑で、連行します」
「嫌、嫌よ! 放して!」
連行されていくセリーヌの悲鳴が、会場に響く。
そして——
「クロード・ヴァン・エーデルシュタイン」
騎士団長が、蒼白になったクロードに向き直った。
「あなたにも、共謀の疑いがかけられています。ご同行願います」
「ま、待て! 俺は何も——」
「セリーヌ嬢が証言しました。『クロード様と一緒に計画した』と」
(あらら)
共倒れか。まあ、自業自得だ。
「リーナ! 助けてくれ! 俺は悪くない、全部セリーヌが——」
「さようなら、クロード」
振り返らずに、手を振った。
「もう二度と、会うこともないでしょう」
◇
会場を出て、私は大きく息を吐いた。
「……終わった」
隣にいたギルが、口笛を吹いた。
「いやあ、お嬢、すげえな。完璧な『ざまぁ』ってやつだ」
「ギル、品がないです」
マーレが眉をひそめつつも、満足げに頷いた。
「でも、確かに見事でした。証拠を揃え、追い詰め、自白させる。完璧な作戦でした」
「……ありがとう。二人のおかげよ」
(これで、復讐は終わり)
クロードとセリーヌは没落する。私を殺そうとした報いを、受けることになる。
でも——
(まだ、終わりじゃない)
最深部で待つ、もう一人の存在。
ノクス。
彼を——救いたい。
「さあ」
私は前を向いた。
「ダンジョンに戻りましょう。最終決戦が、待っている」
◇
第二十階層。
最深部への道は、想像以上に過酷だった。
「——っ!」
巨大な魔物の爪が、私の頬を掠める。
「お嬢!」
「大丈夫、かすり傷!」
剣を振り抜く。魔物の腕が落ちる。
「今だ、マーレ!」
「『凍結領域』!」
氷の魔法が魔物を包み込む。動きが止まった瞬間を狙い——
「ギル!」
「おう!」
ギルの大剣が、魔物の心臓を貫いた。
断末魔を上げて、魔物が崩れ落ちる。
「……ふう」
剣を収め、額の汗を拭う。
「あと少しだ。最深部は目の前——」
「——待て」
空気が変わる。
振り返ると——そこにノクスがいた。
「ノクス……」
「ここから先は、お前一人で行け」
「え?」
「最深部にいる『ボス』は、管理者である俺と同等の存在だ。お前の仲間では——死ぬ」
ギルとマーレが身構える。
「お嬢を一人で行かせるわけにはいかねえ」
「私も同意見です」
「……そうか」
ノクスが一歩踏み出す。
瞬間——ギルとマーレの体が、宙に浮いた。
「な——っ!?」
「悪いな。お前たちには、ここで待っていてもらう」
二人の体が、転移魔法の光に包まれる。
「ギル! マーレ!」
「お嬢——っ!」
光が消え、二人の姿も消えた。
「……どこに飛ばしたの」
「安全な場所だ。心配するな」
ノクスが近づいてくる。
仮面の奥の瞳が、真っ直ぐに私を見つめていた。
「お前に——話しておくことがある」
◇
「俺は、千年以上前に——人間だった」
ノクスは淡々と語り始めた。
「ある王国の騎士だった。守りたいものがあった。けれど——守れなかった」
「……」
「その代償として、俺はこのダンジョンに縛られた。『管理者』として、永遠に」
「なぜ、私に死に戻りの力が——」
「お前が最初に死んだとき、俺が——」
ノクスは言葉を切った。
「……見ていた」
「え?」
「お前が、婚約者に裏切られてダンジョンに送り込まれ、絶望しながらも剣を振るい、それでも魔物に殺されるところを」
仮面の下から覗く唇が、かすかに震えた。
「その姿が——かつての自分に重なった」
「ノクス……」
「だから、力を与えた。お前だけに、死に戻りの能力を」
「……どうして?」
「わからない。自分でも」
ノクスは首を振った。
「ただ——お前に、生きてほしかった。諦めてほしくなかった」
(……この人は)
千年以上の孤独の中で、心を摩耗させて。
感情を失って、機械のように生きてきて。
それでも——私のことを、助けようとしてくれた。
「ありがとう、ノクス」
「……礼を言うな」
「でも、言いたいの。あなたのおかげで、私は——」
「——だから、礼を言うな」
ノクスの声が、わずかに震えた。
「お前がこの先で待っているボスを倒せば、このダンジョンは崩壊する。そして——俺も、消える」
「え……?」
「俺はダンジョンの一部だ。ダンジョンが消えれば、俺も消える」
「そんな——」
「だから、行け。ボスを倒して、ダンジョンを攻略しろ。そうすれば、お前は英雄になれる。全てが——」
「嫌」
私は、はっきりと言った。
「……何?」
「あなたが消えるような攻略なんて、嫌」
「馬鹿なことを言うな。お前は——」
「私はもう、十分な英雄よ。クロードもセリーヌも没落した。復讐は終わった」
一歩、近づく。
「でも——あなたを見捨てることだけは、できない」
ノクスが息を呑む気配がした。
「なぜだ」
「決まってるでしょ」
私は、笑った。
「あなたが——私の命を、何度も救ってくれたから」
「……」
「だから今度は、私があなたを救う番」
◇
最深部。
そこは、想像していたよりも——静かだった。
巨大な空洞の中心に、一体の魔物がいる。
人型。けれど、人ではない。純粋な『魔力の塊』とでも呼ぶべき存在。
「お前が——最後の侵入者か」
ボスの声は、複数の声が重なったような、不気味な響きだった。
「そうよ」
剣を構える。
「——でも、あなたを倒しには来ていない」
「……何?」
「私は——このダンジョンと、管理者のノクスを、救いに来た」
ボスが嗤った。
「救う? 愚かな。このダンジョンは、俺が創った『牢獄』だ。千年以上、誰も脱出できなかった」
「知ってる」
「ノクスは俺の『看守』だ。永遠に、この場所に縛られる運命」
「それを——変える」
ボスの笑いが止まった。
「……面白い。どうやって?」
「二十三回、死に戻りを繰り返した。その間に——あなたの『弱点』を見つけた」
「弱点だと?」
「あなたは『魔力の塊』。でも——その核は、たった一つの『後悔』でできている」
瞬間、ボスの動きが止まった。
「……なぜ、それを」
「千年前、あなたは——ノクスの仲間だった。違う?」
沈黙。
「あなたたち二人は、一緒に戦い、一緒に敗れた。でも、あなたは——ノクスだけを見捨てて逃げた」
「黙れ!」
魔力が荒れ狂う。
「その罪悪感が、あなたを魔物に変えた。そして——ノクスを『看守』として縛ったのは、あなた自身」
「黙れと言っている!」
ボスが襲いかかってくる。
私は——剣を捨てた。
「何を——」
「戦わない」
ボスの攻撃が、私の目前で止まった。
「あなたが本当に欲しいのは、勝利じゃない。『赦し』でしょう?」
「……」
「ノクスを縛り続けているのは——あなたの罪悪感」
私は、一歩踏み出した。
「でも——ノクスは、あなたを恨んでいない」
「嘘だ」
「嘘じゃない。彼自身が言っていた。『守れなかった』と。自分を責めていた。あなたを責めてなんかいなかった」
ボスの体が——震えた。
「だから——もう、いいんだよ」
手を伸ばす。
「楽になって」
◇
光が溢れた。
ボスの体が、ゆっくりと——崩れていく。
「……千年、待った」
その声には、もう敵意はなかった。
「誰かが——俺を、赦してくれるのを」
「うん」
「ありがとう——」
光が消え、ボスの姿も消えた。
そして——ダンジョン全体が、揺れ始めた。
「崩壊が始まる——」
振り返ると、ノクスがいた。
「お前、何をした」
「ボスを——倒さずに、救った」
「馬鹿な。そんなことが——」
「でも、できた」
ノクスの体が——光に包まれていく。
「ノクス!」
「これは——何だ」
「あなたを縛っていた『呪い』が解けていくの。ダンジョンと一緒に」
「そうすると——俺は」
「消えない。『人間』として、外に出られる」
ノクスの目が、大きく見開かれた。
「……嘘だろ」
「嘘じゃない」
私は、彼の手を取った。
「一緒に、出よう」
◇
ダンジョンの出口で——ギルとマーレが待っていた。
「お嬢!」
「リーナさん!」
二人が駆け寄ってくる。
「大丈夫か!? 何があった!?」
「説明は後で。とりあえず——」
振り返る。
そこには——仮面を外した、ノクスがいた。
銀灰色の髪。金と紫が混じる瞳。退廃的な美貌。
「……外、だ」
ノクスは、呆然と空を見上げた。
「太陽が——眩しい」
「千年ぶりでしょ。慣れるまで時間かかるかも」
「ああ……」
ノクスが、私を見た。
「お前のせいだ」
「何が?」
「俺は——永遠の孤独の中にいた。それで良かったはずだ」
「……」
「なのにお前は——俺を引きずり出した。望んでもいないのに」
「ごめ——」
「謝るな」
ノクスの手が、私の頬に触れた。
「お前のせいで——永遠の孤独から、抜け出せなくなった」
「……それ、ちょっと口説き文句みたいに聞こえるんだけど」
「口説いている」
「え」
「俺は——お前が欲しい」
その目に浮かぶのは——千年分の孤独と、そして。
「お前だけが、俺を見てくれた。認識してくれた。救おうとしてくれた」
「ノクス……」
「だから——離さない」
腕が私を抱きしめる。
「一生かけて——お前を溺愛する」
(……重い)
内心でツッコミを入れつつも——心臓がバクバクしているのを、止められなかった。
「……わかった」
私は、彼の胸に顔を埋めた。
「覚悟しなさい。私、結構チョロいから」
「知っている」
「知ってるんだ」
「二十三回も見ていれば、わかる」
「うわ、なんかそれ、ストーカーっぽい」
「ストーカーで何が悪い」
「いや、開き直らないで?」
思わず笑う。
後ろから、ギルの呆れた声が聞こえた。
「……おい、マーレ。俺たち、空気?」
「そのようですね」
「帰るか」
「帰りましょう」
「待って! 二人とも!」
慌てて追いかけようとして——ノクスに腕を掴まれた。
「離さないと言っただろう」
「ちょ、ノクス——」
「行かせない」
その目が、本気で怖かった。
(……あ、これ、マジでヤンデレ案件だ)
でも——嫌じゃなかった。
全然、嫌じゃなかった。
◇
そして——数ヶ月後。
私、リーナ・フォルトゥーナは——ダンジョン攻略の英雄として、貴族社会に完全復帰した。
隣には、元ダンジョン管理者で現在は騎士として活躍するノクスがいる。
「リーナ」
「何?」
「今日も、綺麗だ」
「……毎日言わなくていいから」
「言いたいから言う」
「はいはい」
(……相変わらず、重い)
でも、それが——心地よかった。
クロードは没落し、セリーヌは追放された。
私を虐げた人間は、全員、報いを受けた。
そして今——私は、愛する人と共に、幸せに生きている。
「ノクス」
「何だ」
「ありがとう」
「……何がだ」
「あの時、私に力をくれたこと。見守っていてくれたこと。全部」
ノクスが、珍しく言葉に詰まった。
「……礼を言うな」
「言いたいから言う」
「……」
「あれ、さっき自分が言ったことでしょ?」
「……黙れ」
耳が赤くなっているのが見えて、思わず笑った。
「かわいい」
「かわいくない」
「かわいい」
「……」
ノクスが、諦めたようにため息をついた。
「……お前には、敵わない」
「知ってる」
そう言って——私は、彼の手を握った。
二十三回の死を乗り越えて。
婚約者の裏切りを乗り越えて。
ようやく辿り着いた——私だけの、ハッピーエンド。
「これからも、よろしくね」
「ああ——永遠に」




