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婚約者に「ダンジョンで死んでくれ」と言われたので、23回死に戻りして最強になりました。今さら復縁を迫られても困りますし、私を唯一認識できる管理者様が離してくれません

作者: マイコ
掲載日:2026/01/21

また死んだ。


胸を貫く灼熱の痛みが一瞬だけ走り、次の瞬間には——私はダンジョンの入口に立っていた。


「……はい、リスタート」


呟いて、自分の胸に手を当てる。穴は開いていない。血も流れていない。さっきまで確かに心臓を貫いていた魔物の爪の感触だけが、幽霊のように残っている。


(これで二十三回目。私の人生、マジでクソゲーの周回プレイだな)


三ヶ月前、婚約者だった公爵家嫡男——クロード・ヴァン・エーデルシュタインは、完璧な笑顔でこう言った。


『君のような落ちこぼれと結婚するくらいなら、ダンジョンで死んでくれた方がマシだ』


魔力量が平均以下。それだけで、私リーナ・フォルトゥーナは十五年間蔑まれ続けてきた。


でも、婚約者に殺されかけるとは思わなかったな。さすがに。


「……ふふ」


乾いた笑いが漏れる。


最初の数回は泣いた。絶望した。なんで私がこんな目に、と神様を恨んだ。


でも、十回を超えたあたりから悟った。


泣いても状況は変わらない。恨んでも魔物は倒せない。


ならば——


「今回こそ最適ルートを見つける」


ダンジョンの冷たい空気を肺いっぱいに吸い込む。


死に戻りで得た知識。二十三周分の経験値。それが今の私の武器だ。


「そして——」


脳裏に浮かぶのは、あの冷ややかな翡翠色の瞳。


「あなたを、見返す」



第一階層の入口は、相変わらず薄暗い。苔むした石壁に、申し訳程度の魔法灯が揺れている。


(さて、今回の『ガチャ』は何が出るかな)


このダンジョンには奇妙な法則がある。


階層ごとに出会える冒険者が『ランダム生成』されるのだ。同じ人物でも、周回によって出現する階層が違う。性格や態度まで微妙に変わることもある。


二十三回の周回で、私は学んだ。


『最適パーティ』を組めるかどうかで、攻略難易度は天と地ほど変わる。


「お嬢さん、一人かい?」


声をかけてきたのは、赤茶色の短髪の男だった。日焼けした肌に無数の戦傷。片耳に銀のピアス。


——ギル・バロウズ。


(当たりだ)


内心でガッツポーズを決める。この人は第一階層で出会えれば『大当たり』の前衛剣士。素直で義理堅く、指示をきちんと聞いてくれる。


「ええ、一人です。ご一緒してもらえますか?」


「へえ、貴族のお嬢さんが単独攻略? 珍しいな」


「訳ありなんです」


「……ま、詮索はしねえよ。俺はギル。よろしくな」


「リーナです。よろしくお願いします」


握手を交わす。ギルの手は剣ダコで硬い。


(よし、第一関門クリア)


次は第三階層でマーレを拾う。彼女は周回によって出現位置がブレやすいけど、今回は——


「あの」


ギルが怪訝そうな顔をしている。


「なんでそんな嬉しそうなんだ? ダンジョンだぞ?」


「……いえ、なんでもないです」


(危ない危ない。周回プレイヤーの余裕が出すぎた)


表情を引き締める。


まだ始まったばかり。油断は禁物。


そして——この周回で、私はまた『彼』に会うことになる。


漆黒の仮面で顔を隠した、正体不明の剣士。


ダンジョンの管理者——ノクス。


(今回は何階層で出てくるかな……)


敵か、味方か。それすらもランダム。


でも、一つだけ確かなことがある。


彼だけが、周回を超えて——私のことを『覚えている』。



第三階層。予想通り、彼女はいた。


「あなた、さっきから私を見ていますね」


銀縁眼鏡の奥の紫紺の瞳が、警戒心を隠さずに私を射抜く。


マーレ・シュトルム。没落男爵家出身の天才魔術師。


「すみません。お一人ですか?」


「……ええ」


「私たちとパーティを組みませんか」


「断ります」


即答。


(まあ、そうだよね)


最初の周回でも、彼女は同じ反応だった。貴族社会への不信感が強く、簡単には心を開かない。


でも、私には二十三周分の『攻略情報』がある。


「第五階層の中ボス、炎獄のサラマンダー。弱点は喉元の逆鱗。でも、普通に攻撃しても届かない」


マーレの眉がぴくりと動く。


「……続けて」


「前衛が足を狙って体勢を崩させている間に、後衛が氷結魔法で逆鱗を凍らせる。脆くなったところを一気に叩く。これが最適解」


「……なぜ、そんなことを知っているんですか」


「私にも事情があるんです」


マーレは眼鏡を押し上げ、しばらく私を観察した。


「……いいでしょう。ただし、足手まといになるなら容赦なく切り捨てます」


「ええ、構いません」


(よし、二人目確保)



「お嬢、あんたすげえな」


ギルが感嘆の声を上げたのは、第五階層のボスを撃破した直後だった。


「俺、前のパーティでここまで来たとき、三人死んだんだぜ。なのにノーダメージとか」


「情報があれば、誰でもできます」


「いや、情報だけじゃねえよ。判断力と指揮力がなきゃ、こうはいかねえ」


マーレも珍しく同意するように頷いた。


「確かに。あなたの指示は的確でした。まるで……何度もこのダンジョンを攻略したことがあるかのように」


(鋭い)


冷や汗が背中を伝う。


「た、単なる事前調査ですよ。図書館で文献を漁って——」


「嘘ですね」


マーレは淡々と言い切った。


「このダンジョンの詳細な攻略情報は、どの文献にも載っていません。私が調べましたから」


「……」


「何か秘密がありますね?」


逃げ場がない。正直に言うべきか?


——いや。『死に戻り』なんて言っても、信じてもらえるわけがない。


「……ごめんなさい。言えないんです」


「そうですか」


マーレは意外にもあっさり引いた。


「いえ、聞きません。結果が全てです。あなたの情報のおかげで、私たちは生き延びている。それで十分」


「マーレさん……」


「ただ、一つだけ」


眼鏡の奥の瞳が、不思議な光を帯びる。


「あなた、何か……大きなものを背負っているように見えます。もし辛くなったら、言ってください。私は——あなたの味方でいたいと思っています」


(……やば)


目頭が熱くなる。


二十三回の周回で、こんなことを言われたのは初めてだった。


「ちょ、マーレ! お嬢泣きそうじゃねえか!」


「事実を述べただけです」


「お前、そういうとこだぞ!」


ギルとマーレがいつもの調子で言い合いを始める。


(……ああ、この二人、最高だな)


このパーティを、守り抜きたい。


そのためにも——最深部まで辿り着く。



第七階層。


異変は突然だった。


「——止まって」


私の声に、ギルとマーレが即座に足を止める。


「どうした、お嬢」


「……来る」


空気が変わった。温度が下がった。


この感覚は、何度も味わった。


「お前は——」


闇の中から、一人の男が姿を現す。


漆黒の仮面。銀灰色の長髪。夜闘の外套。


亡霊のような佇まいで、彼は——私を見た。


「また会ったな、『愚か者』」


ノクス。


ダンジョンの管理者。そして——私の死に戻りの、発生源。


「……お久しぶりです」


「久しぶり? ふ、そうだな。お前にとっては『久しぶり』なのだろう」


仮面の下から覗く唇が、かすかに歪む。


「今回で何度目だ? 二十三回か? いや、二十四回か」


「……覚えているんですね」


「当然だ。俺だけが、お前のループを『認識』している」


ギルとマーレが警戒態勢を取る。


「お嬢、こいつ知り合いか?」


「……ある意味では」


「敵ですか、味方ですか」


マーレの問いに、私は——答えられなかった。


ノクスは周回ごとに態度が変わる。ある時は敵として襲いかかり、ある時は無言で見逃し、稀に——ヒントをくれることもある。


「今回はどっちですか」


私の問いに、ノクスは首を傾げた。


「さあな。俺にもわからん」


「……は?」


「お前を見ていると——」


仮面の奥の瞳が、異様な光を放つ。


「——わからなくなる」


その言葉の意味を、私はまだ理解できていなかった。



「お前は何故、諦めない」


ノクスの問いは、純粋な疑問のようだった。


感情のない声。けれど、その奥に——かすかな何かが混じっている気がした。


「諦める理由がないからです」


「二十三回死んだ。普通なら心が壊れる」


「壊れかけましたよ。最初の十回くらいは」


正直に答える。


「でも、気づいたんです。泣いても、恨んでも、何も変わらないって」


「……」


「だったら、この『死に戻り』を武器にした方がいい。私には魔力がない。才能もない。でも——」


胸を張る。


「——経験値だけは、誰にも負けない」


ノクスは黙って私を見つめていた。


仮面のせいで表情は読めない。けれど——その沈黙には、何か別の感情が滲んでいるような気がした。


「……お前は、変わった」


「え?」


「最初に会った時は、怯えていた。十回目までは、憎しみに満ちていた。けれど今は——」


一歩、近づいてくる。


ギルが剣を構え、マーレが詠唱を始めようとする。


「待って」


私は二人を止めた。


「大丈夫。……多分」


「多分って何だよ、お嬢」


「私を信じて」


ギルは渋々剣を下ろす。マーレも詠唱を中断した。


ノクスはさらに近づき——私の目の前で立ち止まった。


「お前だけが、俺を『見ている』」


「……どういう意味ですか」


「千年以上、このダンジョンに縛られてきた。無数の冒険者を見送った。殺した。あるいは、見殺しにした」


その声は、まるで錆びた機械のように平坦だった。


「誰も俺を認識しない。ループが終われば、全員が俺のことを忘れる。俺は——存在しないも同然だった」


「……」


「けれど、お前だけが違う。お前だけが、ループを超えて俺を覚えている」


仮面の下から覗く唇が、かすかに震えた。


「それが——どういう意味か、お前にわかるか」


(……ああ)


理解した。


この人は——ずっと、一人だったのだ。


千年以上。誰にも認識されず。誰にも覚えられず。


永遠の孤独の中で、心を摩耗させてきた。


「わかります」


私は、彼の目を真っ直ぐに見つめた。


「私も——ずっと一人だったから」


『落ちこぼれ』として蔑まれ。家族にすら疎まれ。婚約者には殺されかけた。


孤独の痛みなら、私も知っている。


「……」


ノクスは何も言わなかった。


けれど、彼の纏う空気が——ほんの少しだけ、和らいだ気がした。


「今回は、見逃してやる」


「……ありがとうございます」


「礼を言うな。気まぐれだ」


踵を返し、闇の中に溶けていく。


その背中に、私は思わず声をかけていた。


「また会えますか」


「……」


足が止まる。


「お前が望むなら」


それだけを残して——ノクスは姿を消した。



「お嬢」


ギルが重々しく口を開いた。


「あいつ、何者だ?」


「……ダンジョンの管理者、らしいです」


「管理者? そんなの聞いたことねえぞ」


「私も、ここに来るまで知りませんでした」


マーレが眼鏡を押し上げる。


「あの男、危険です。常人ではない。あなたに対して、異常な執着を見せていました」


「執着……」


「気をつけてください。あの手の存在は——」


「わかってます」


マーレの言葉を遮る。


「でも、彼は敵じゃない。……多分」


「また『多分』ですか」


「ごめんなさい。でも、感覚的に——そう思うんです」


二十三回の周回で、ノクスは何度も私を殺した。


けれど、何度か——助けられたこともある。


彼は単純な敵じゃない。もっと複雑な——


(……いや、今は考えるな)


首を振る。


今は攻略に集中すべきだ。ノクスのことは、後で考えればいい。


「行きましょう。最深部まで、あと少しです」



その夜、野営をしながら——私は一人で考えていた。


(彼を、救えないだろうか)


ノクスは『ダンジョンに縛られている』と言った。


千年以上も、あの暗闇の中で——一人で。


(私の死に戻りは、彼が発生源。なら、彼を救えば——)


まだ何もわからない。


でも、一つだけ確かなことがある。


私は——彼を、見捨てたくない。



第十五階層を突破したあたりで、私の名前は『外』に轟き始めていた。


らしい。


「お嬢、聞いたか? あんた、今ダンジョン攻略者の中で一番の注目株だぜ」


「はあ……」


ギルが興奮気味に言うのを、私は半分上の空で聞いていた。


「単独攻略者が三ヶ月で第十五階層突破って、歴代最速記録らしいぜ!」


「単独じゃないです。二人がいたからこそ——」


「いや、指揮してたのはお嬢だろ。俺らは剣と魔法振ってただけだ」


マーレも珍しく同意した。


「ギルの言う通りです。あなたの情報と判断がなければ、私たちはとっくに死んでいました」


「……」


(まあ、二十三回死んだ経験値だけどね)


内心でツッコミを入れつつ、複雑な気持ちになる。


名声を得ること自体は、計画通りだ。クロードを見返すためには、『実績』が必要だった。


でも——


(こんなに早く注目されるとは思わなかった)



第十八階層で、私たちは一度ダンジョンを出た。


補給と休息のため。そして——貴族社会への『帰還』のため。


「リーナ様! リーナ・フォルトゥーナ様ですね!?」


ダンジョンの出口で待ち構えていたのは、複数の記者と——貴族たちだった。


「第十八階層単独攻略、おめでとうございます!」


「ダンジョン攻略者協会から、正式な表彰を——」


「我が家との取引を——」


人混みに囲まれる。カメラのフラッシュが瞬く。


(うわ、すご……)


三ヶ月前、『落ちこぼれ』として追放された私が、今や英雄扱い。


(人生って、わからないものだな)


皮肉な笑みが浮かびそうになるのを、必死でこらえた。



「——リーナ」


その声で、空気が凍った。


人混みが割れる。


現れたのは——蜂蜜色の髪と翡翠色の瞳を持つ、完璧な貴公子。


クロード・ヴァン・エーデルシュタイン。


元婚約者にして、私をダンジョンに送り込んだ張本人。


「久しぶりだな」


「……ええ」


平静を装う。心臓がバクバクしているのを、悟られたくない。


「まさか、君が第十八階層まで行くとは思わなかった」


「それはどうも」


「素晴らしい成果だ。さすが——俺の婚約者だ」


(は?)


思わず眉が跳ね上がった。


「何を言っているんですか」


「婚約は破棄されていない。君は今でも俺の婚約者だ。だから——」


クロードは完璧な笑顔を浮かべた。


「——改めて、俺と共に歩んでくれないか」


(ふざけるな)


怒りが込み上げる。


この男は——私に死ねと言った。ダンジョンで野垂れ死ねと。


それが、名声を得た途端に手のひら返し?


「お断りします」


私の声は、自分でも驚くほど冷静だった。


「え……?」


「聞こえませんでしたか? お・こ・と・わ・り・し・ま・す」


クロードの顔が歪んだ。完璧な仮面が、一瞬だけ剥がれる。


「待て、リーナ。考え直してくれ。俺は——」


「三ヶ月前、あなたは私に何と言いましたか」


周囲が静まり返る。


「『君のような落ちこぼれと結婚するくらいなら、ダンジョンで死んでくれた方がマシだ』」


その言葉を復唱すると、ざわめきが広がった。


「クロード様、それは……」


「公爵家の嫡男が、婚約者にそんな言葉を……」


「違う! それは誤解だ!」


クロードが慌てて否定する。けれど、もう遅い。


「私は、自分の力で生き延びました。あなたの助けなど、一切受けずに」


振り返らずに歩き出す。


「もう二度と、私に近づかないでください——『元』婚約者様」



人混みを抜けた後、ギルが呆然と言った。


「お嬢……あれ、公爵家の嫡男だろ? 大丈夫なのか?」


「大丈夫です」


「でも、貴族社会で——」


「私には実績がある。彼にあるのは、名前だけ」


マーレが珍しく笑った。


「いい啖呵でした。スッキリしたでしょう」


「……ええ、まあ」


(最高に、スッキリした)


内心では、ガッツポーズを決めていた。


でも、これで終わりじゃない。


クロードの背後には——妹の、セリーヌがいる。


全ての黒幕である彼女を、まだ追い詰めていない。


「さて」


前を向く。


「補給を済ませたら、ダンジョンに戻りましょう。最深部を攻略するまで——終わりじゃない」



帰還から数日後。


予想通り、セリーヌが動いた。


「お姉様!」


社交パーティーの会場で、彼女は涙ぐみながら駆け寄ってきた。


「お姉様が無事で、本当に良かった……!」


豊かな金髪。清楚な白いドレス。無垢を装った翠眼。


完璧な『心配する妹』を演じている。


(うわ、白々しい)


内心で思いつつ、私は微笑んだ。


「ありがとう、セリーヌ」


「でも、クロード様とのこと……大丈夫ですか? 私、心配で……」


「大丈夫よ。むしろスッキリしたくらい」


「そう……ですか」


セリーヌの笑顔が、一瞬だけ引きつった。


(気づいてないと思った?)


二十三回の周回で、私は真実を知った。


セリーヌこそが、全ての黒幕。


私をダンジョンに送り込むよう、クロードを唆したのは彼女だ。


『お姉様のことが心配なの。でも、お姉様なら乗り越えられるわ。それで、クロード様も目が覚めるかもしれないし——』


甘い言葉でクロードを操り、私を排除しようとした。


でも、証拠がなかった。彼女は慎重で、尻尾を出さない。


——二十三回目の周回までは。



「セリーヌ」


私は穏やかに言った。


「一つ、聞いていい?」


「何ですか、お姉様」


「『死亡届』って、誰が出したの?」


セリーヌの顔から血の気が引いた。


「え……?」


「私がダンジョンに入ってから一ヶ月後、フォルトゥーナ家から『死亡届』が出されていたの。知ってた?」


「そ、それは——」


「でも、私は死んでいない。ということは——偽の死亡届を出した誰かがいる」


周囲の貴族たちが、興味深そうにこちらを見ている。


「お父様は海外出張中だった。お母様は入院中。じゃあ、一体誰が出したのかしら」


「わ、私じゃ——」


「私も、最初はわからなかった」


鞄から、一枚の紙を取り出す。


「でも、調べたら出てきたの。『死亡届』の申請書。そこに書かれた筆跡は——」


紙をセリーヌに見せる。


「——あなたのものと、完全に一致していた」


「っ!」


「偽の死亡届を出すのは重罪よ、セリーヌ。特に貴族家ならね」


ざわめきが広がる。


「まさか、フォルトゥーナ家の次女が……」


「姉を殺そうとしたのか?」


「違う! 違うわ!」


セリーヌは叫んだ。


「お姉様が悪いのよ! 魔力もない落ちこぼれのくせに、公爵家の婚約者なんて——私の方がふさわしいのに——!」


(……あ、自爆した)


思わぬ展開に、私は呆然とした。


追い詰められて、本性を曝け出すとは。


「私がどれだけ努力したと思ってるの!? 魔力を鍛えて、礼儀作法を学んで、クロード様に気に入られようとして——なのにお姉様は、何もしなくても婚約者の座にいた!」


涙が頬を伝う。けれど、その目には憎悪しか映っていない。


「許せなかった。許せるわけがない。だから——」


「だから、私を殺そうとした?」


「……っ」


「ひどいね、セリーヌ」


私は、悲しげに微笑んだ。


「私、あなたのこと——本当の妹だと思ってたのに」


「っ、お姉様……」


「でも、もう終わりよ」


騎士団が駆けつける。


「セリーヌ・フォルトゥーナ。偽造文書の作成および提出の容疑で、連行します」


「嫌、嫌よ! 放して!」


連行されていくセリーヌの悲鳴が、会場に響く。


そして——


「クロード・ヴァン・エーデルシュタイン」


騎士団長が、蒼白になったクロードに向き直った。


「あなたにも、共謀の疑いがかけられています。ご同行願います」


「ま、待て! 俺は何も——」


「セリーヌ嬢が証言しました。『クロード様と一緒に計画した』と」


(あらら)


共倒れか。まあ、自業自得だ。


「リーナ! 助けてくれ! 俺は悪くない、全部セリーヌが——」


「さようなら、クロード」


振り返らずに、手を振った。


「もう二度と、会うこともないでしょう」



会場を出て、私は大きく息を吐いた。


「……終わった」


隣にいたギルが、口笛を吹いた。


「いやあ、お嬢、すげえな。完璧な『ざまぁ』ってやつだ」


「ギル、品がないです」


マーレが眉をひそめつつも、満足げに頷いた。


「でも、確かに見事でした。証拠を揃え、追い詰め、自白させる。完璧な作戦でした」


「……ありがとう。二人のおかげよ」


(これで、復讐は終わり)


クロードとセリーヌは没落する。私を殺そうとした報いを、受けることになる。


でも——


(まだ、終わりじゃない)


最深部で待つ、もう一人の存在。


ノクス。


彼を——救いたい。


「さあ」


私は前を向いた。


「ダンジョンに戻りましょう。最終決戦が、待っている」



第二十階層。


最深部への道は、想像以上に過酷だった。


「——っ!」


巨大な魔物の爪が、私の頬を掠める。


「お嬢!」


「大丈夫、かすり傷!」


剣を振り抜く。魔物の腕が落ちる。


「今だ、マーレ!」


「『凍結領域』!」


氷の魔法が魔物を包み込む。動きが止まった瞬間を狙い——


「ギル!」


「おう!」


ギルの大剣が、魔物の心臓を貫いた。


断末魔を上げて、魔物が崩れ落ちる。


「……ふう」


剣を収め、額の汗を拭う。


「あと少しだ。最深部は目の前——」


「——待て」


空気が変わる。


振り返ると——そこにノクスがいた。


「ノクス……」


「ここから先は、お前一人で行け」


「え?」


「最深部にいる『ボス』は、管理者である俺と同等の存在だ。お前の仲間では——死ぬ」


ギルとマーレが身構える。


「お嬢を一人で行かせるわけにはいかねえ」


「私も同意見です」


「……そうか」


ノクスが一歩踏み出す。


瞬間——ギルとマーレの体が、宙に浮いた。


「な——っ!?」


「悪いな。お前たちには、ここで待っていてもらう」


二人の体が、転移魔法の光に包まれる。


「ギル! マーレ!」


「お嬢——っ!」


光が消え、二人の姿も消えた。


「……どこに飛ばしたの」


「安全な場所だ。心配するな」


ノクスが近づいてくる。


仮面の奥の瞳が、真っ直ぐに私を見つめていた。


「お前に——話しておくことがある」



「俺は、千年以上前に——人間だった」


ノクスは淡々と語り始めた。


「ある王国の騎士だった。守りたいものがあった。けれど——守れなかった」


「……」


「その代償として、俺はこのダンジョンに縛られた。『管理者』として、永遠に」


「なぜ、私に死に戻りの力が——」


「お前が最初に死んだとき、俺が——」


ノクスは言葉を切った。


「……見ていた」


「え?」


「お前が、婚約者に裏切られてダンジョンに送り込まれ、絶望しながらも剣を振るい、それでも魔物に殺されるところを」


仮面の下から覗く唇が、かすかに震えた。


「その姿が——かつての自分に重なった」


「ノクス……」


「だから、力を与えた。お前だけに、死に戻りの能力を」


「……どうして?」


「わからない。自分でも」


ノクスは首を振った。


「ただ——お前に、生きてほしかった。諦めてほしくなかった」


(……この人は)


千年以上の孤独の中で、心を摩耗させて。


感情を失って、機械のように生きてきて。


それでも——私のことを、助けようとしてくれた。


「ありがとう、ノクス」


「……礼を言うな」


「でも、言いたいの。あなたのおかげで、私は——」


「——だから、礼を言うな」


ノクスの声が、わずかに震えた。


「お前がこの先で待っているボスを倒せば、このダンジョンは崩壊する。そして——俺も、消える」


「え……?」


「俺はダンジョンの一部だ。ダンジョンが消えれば、俺も消える」


「そんな——」


「だから、行け。ボスを倒して、ダンジョンを攻略しろ。そうすれば、お前は英雄になれる。全てが——」


「嫌」


私は、はっきりと言った。


「……何?」


「あなたが消えるような攻略なんて、嫌」


「馬鹿なことを言うな。お前は——」


「私はもう、十分な英雄よ。クロードもセリーヌも没落した。復讐は終わった」


一歩、近づく。


「でも——あなたを見捨てることだけは、できない」


ノクスが息を呑む気配がした。


「なぜだ」


「決まってるでしょ」


私は、笑った。


「あなたが——私の命を、何度も救ってくれたから」


「……」


「だから今度は、私があなたを救う番」



最深部。


そこは、想像していたよりも——静かだった。


巨大な空洞の中心に、一体の魔物がいる。


人型。けれど、人ではない。純粋な『魔力の塊』とでも呼ぶべき存在。


「お前が——最後の侵入者か」


ボスの声は、複数の声が重なったような、不気味な響きだった。


「そうよ」


剣を構える。


「——でも、あなたを倒しには来ていない」


「……何?」


「私は——このダンジョンと、管理者のノクスを、救いに来た」


ボスが嗤った。


「救う? 愚かな。このダンジョンは、俺が創った『牢獄』だ。千年以上、誰も脱出できなかった」


「知ってる」


「ノクスは俺の『看守』だ。永遠に、この場所に縛られる運命」


「それを——変える」


ボスの笑いが止まった。


「……面白い。どうやって?」


「二十三回、死に戻りを繰り返した。その間に——あなたの『弱点』を見つけた」


「弱点だと?」


「あなたは『魔力の塊』。でも——その核は、たった一つの『後悔』でできている」


瞬間、ボスの動きが止まった。


「……なぜ、それを」


「千年前、あなたは——ノクスの仲間だった。違う?」


沈黙。


「あなたたち二人は、一緒に戦い、一緒に敗れた。でも、あなたは——ノクスだけを見捨てて逃げた」


「黙れ!」


魔力が荒れ狂う。


「その罪悪感が、あなたを魔物に変えた。そして——ノクスを『看守』として縛ったのは、あなた自身」


「黙れと言っている!」


ボスが襲いかかってくる。


私は——剣を捨てた。


「何を——」


「戦わない」


ボスの攻撃が、私の目前で止まった。


「あなたが本当に欲しいのは、勝利じゃない。『赦し』でしょう?」


「……」


「ノクスを縛り続けているのは——あなたの罪悪感」


私は、一歩踏み出した。


「でも——ノクスは、あなたを恨んでいない」


「嘘だ」


「嘘じゃない。彼自身が言っていた。『守れなかった』と。自分を責めていた。あなたを責めてなんかいなかった」


ボスの体が——震えた。


「だから——もう、いいんだよ」


手を伸ばす。


「楽になって」



光が溢れた。


ボスの体が、ゆっくりと——崩れていく。


「……千年、待った」


その声には、もう敵意はなかった。


「誰かが——俺を、赦してくれるのを」


「うん」


「ありがとう——」


光が消え、ボスの姿も消えた。


そして——ダンジョン全体が、揺れ始めた。


「崩壊が始まる——」


振り返ると、ノクスがいた。


「お前、何をした」


「ボスを——倒さずに、救った」


「馬鹿な。そんなことが——」


「でも、できた」


ノクスの体が——光に包まれていく。


「ノクス!」


「これは——何だ」


「あなたを縛っていた『呪い』が解けていくの。ダンジョンと一緒に」


「そうすると——俺は」


「消えない。『人間』として、外に出られる」


ノクスの目が、大きく見開かれた。


「……嘘だろ」


「嘘じゃない」


私は、彼の手を取った。


「一緒に、出よう」



ダンジョンの出口で——ギルとマーレが待っていた。


「お嬢!」


「リーナさん!」


二人が駆け寄ってくる。


「大丈夫か!? 何があった!?」


「説明は後で。とりあえず——」


振り返る。


そこには——仮面を外した、ノクスがいた。


銀灰色の髪。金と紫が混じる瞳。退廃的な美貌。


「……外、だ」


ノクスは、呆然と空を見上げた。


「太陽が——眩しい」


「千年ぶりでしょ。慣れるまで時間かかるかも」


「ああ……」


ノクスが、私を見た。


「お前のせいだ」


「何が?」


「俺は——永遠の孤独の中にいた。それで良かったはずだ」


「……」


「なのにお前は——俺を引きずり出した。望んでもいないのに」


「ごめ——」


「謝るな」


ノクスの手が、私の頬に触れた。


「お前のせいで——永遠の孤独から、抜け出せなくなった」


「……それ、ちょっと口説き文句みたいに聞こえるんだけど」


「口説いている」


「え」


「俺は——お前が欲しい」


その目に浮かぶのは——千年分の孤独と、そして。


「お前だけが、俺を見てくれた。認識してくれた。救おうとしてくれた」


「ノクス……」


「だから——離さない」


腕が私を抱きしめる。


「一生かけて——お前を溺愛する」


(……重い)


内心でツッコミを入れつつも——心臓がバクバクしているのを、止められなかった。


「……わかった」


私は、彼の胸に顔を埋めた。


「覚悟しなさい。私、結構チョロいから」


「知っている」


「知ってるんだ」


「二十三回も見ていれば、わかる」


「うわ、なんかそれ、ストーカーっぽい」


「ストーカーで何が悪い」


「いや、開き直らないで?」


思わず笑う。


後ろから、ギルの呆れた声が聞こえた。


「……おい、マーレ。俺たち、空気?」


「そのようですね」


「帰るか」


「帰りましょう」


「待って! 二人とも!」


慌てて追いかけようとして——ノクスに腕を掴まれた。


「離さないと言っただろう」


「ちょ、ノクス——」


「行かせない」


その目が、本気で怖かった。


(……あ、これ、マジでヤンデレ案件だ)


でも——嫌じゃなかった。


全然、嫌じゃなかった。



そして——数ヶ月後。


私、リーナ・フォルトゥーナは——ダンジョン攻略の英雄として、貴族社会に完全復帰した。


隣には、元ダンジョン管理者で現在は騎士として活躍するノクスがいる。


「リーナ」


「何?」


「今日も、綺麗だ」


「……毎日言わなくていいから」


「言いたいから言う」


「はいはい」


(……相変わらず、重い)


でも、それが——心地よかった。


クロードは没落し、セリーヌは追放された。


私を虐げた人間は、全員、報いを受けた。


そして今——私は、愛する人と共に、幸せに生きている。


「ノクス」


「何だ」


「ありがとう」


「……何がだ」


「あの時、私に力をくれたこと。見守っていてくれたこと。全部」


ノクスが、珍しく言葉に詰まった。


「……礼を言うな」


「言いたいから言う」


「……」


「あれ、さっき自分が言ったことでしょ?」


「……黙れ」


耳が赤くなっているのが見えて、思わず笑った。


「かわいい」


「かわいくない」


「かわいい」


「……」


ノクスが、諦めたようにため息をついた。


「……お前には、敵わない」


「知ってる」


そう言って——私は、彼の手を握った。


二十三回の死を乗り越えて。


婚約者の裏切りを乗り越えて。


ようやく辿り着いた——私だけの、ハッピーエンド。


「これからも、よろしくね」


「ああ——永遠に」

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