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映画が終わり、僕と緋奈は近場のカフェに入った。二人とも昼食がまだなのでサンドイッチとコーヒーを注文する。
「面白かったねー! あ、先に言っとくけど私、六時には帰らないとだめだから」
「ん、何で?」
「最近、女子高生連続殺人事件が起きてるでしょ、それでお母さんが早く帰るようにって」
緋奈は小さくため息を吐く。
「わかった」
「AIが人類に反逆とかあり得ないよねえ」
「どうかな。最近のAIの発展は凄まじいからな。AIが人知を超えるのはそう遠くない未来のことかも」
「ないない。AIはなにかしら人が入力しないと動かないじゃん」
「自分で考える、意識を持ったAIが現れるかもしれない」
僕は真っ直ぐ緋奈を見据えて喋る。緋奈は目をしばたたかせ苦笑した。
「なんか彰、真剣だね。そんなにさっきの映画に影響されちゃった?」
「緋奈、まだ文章生成AIは使ってるか?」
「え、何。また使うのやめろって言うの? やめないよ。面白いもん」
緋奈はコーヒーを一口飲む。
「その軽薄な考えが、身を危険にさらすことになるかもしれないぞ」
「やだもー、何言ってんの……本当に何言ってんの?」
緋奈は手をパタパタさせて顔に風をあてる。
「彰に教えてもらって、初めて文章生成AIを使ったとき、ビビビッてきたの。これ凄いな、面白いなって。代わり映えしない日常に熱中できるものが見つかったっていうか……このAIを利用してロボットを開発できないかなってことも考えたりしてるの」
「……! それはやめろ!」
図らずも大きい声が出た。周りの人がこちらをチラリと見る。
「なんなの彰。ちょっとおかしいよ。……お手洗い行ってくる」
緋奈が席を離れる。なかなか思い通りにいかない。でもなんとか止めないと。僕はふうと息を吐き、コーヒーをぐっと一気に飲み干す。周りを見ると、カウンター席に二葉がいた。
「彰、いつの間にこんな綺麗な人と知り合ったの?」
緋奈が席の前に立っている。
「なんか、彰と話したいんだって」
緋奈が手を指した先には、スーツ姿のゆるふわショートヘアの女性がいる。
「工藤彰くんだよね?」
溌溂とした声で女性は僕に問いかける。
「はい……そうですが……?」
知り合いにこんな人いたっけと思考を巡らしていると突然、女性は緋奈を抱き寄せた。
「この子、殺されたくないよね?」
女性は緋奈の側頭部に人差し指を向ける。僕は歩いていて赤信号にかかわらず車が突っ込んできた時のように血の気がサーッと引く。
緋奈は眉をハの字に曲げ目を潤ませて視線を僕と女性に往復させている。明らかに動揺していた。
「お、おい。お前らは緋奈を殺せないはずだろ!?」
「どうかしら」
女性は妖艶な笑みを浮かべ人差し指を緋奈のこめかみに押し当てる。二葉と同じ人差し指の先に小型銃口があるタイプのアンドロイドか。
ハッタリだ。と思いつつも万が一を考え僕は焦燥する。緋奈に押し当てているのが拳銃なら、周りが気づいて騒ぎ立てて、警察が来るかもしれないのに。僕は周りを見渡す。気づいている人はいなさそうだ。二葉は、気づいているが動けないような様相だった。
「何が目的だ?」
僕は自分でも分かるくらい声色が焦っていた。情けない。
「この子を殺されたくなかったら、自害して」
女性はテーブルにナイフを放る。非現実的な出来事に眩暈がして僕はゴクリと唾を飲み込む。
「まず、緋奈を放せ」
「あなたが死んだら放してあげる」
「……ッ!なんだってこんなまわりくどいことをするんだ。僕を直接殺しにくればいいじゃないか」
「んー、あなたを殺そうとした仲間はことごとく失敗して破壊されちゃってるからね。解決策としては、あなたに自ら死んでもらうのが良いんじゃないかなって」
女性は小さく舌なめずりをする。
「彰……言うこと聞いちゃ駄目……。どうせ彰が死んだら私も殺される……」
おそらく緋奈が殺されることはない。おそらく。そう、おそらく。相手は殺人を許可されたアンドロイドだ。何をしでかすか分かったものじゃない。とりあえず緋奈に、殺されることはおそらくないということを説明して安心させるべき? いや、余計に混乱するだろう。
困った。何も打つ手がない。
「はよ死ね」
女性が平板な声色で、だが少しイラついたように眉根を寄せて言う。
僕はゆっくりとナイフを手に取る。
「彰! 駄目だよ!」
「うるさいな」
女性は緋奈の頭を小突く。緋奈は意識を失い膝から崩れ落ちた。
「ああ、加減ミスっちゃった。立て、立てよおい」
バリィン!
女性は後頭部を地面に叩きつけ、動きを止めた。左目が破砕している。二葉か!? 僕はカウンター席の方を見る。二葉が親指を立てて人差し指をこちらに向けていた。狙撃したんだな。沈黙したアンドロイドを見て僕はホッとする。
「彰くんを殺すのが最優先事項だから、こいつらは周りなんてお構いなしだけど、こっちは周囲に気を張らないといけないから大変だよ」
二葉がいつの間にか僕の横に立っていた。停止した女性アンドロイドに椅子に座った態勢を取らせる。
「緋奈! 大丈夫か?」
僕は緋奈の肩を持って揺さぶる。緋奈が目を開ける。良かった大したことなくて……。
緋奈は目をしばたたかせた。
「緋奈?」
「あなた、誰?」
「え」
店内は和気あいあいとしているのに、僕は宇宙に放り出されたかのように、静寂に襲われた。




