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「何だその荷物?」


 土曜日の朝、家に宅配物が届いた。


「通販で服を買ったの。今日の彰くんの尾行用に」


「……へえ」


 二葉は僕の部屋に入り、段ボールを開けて服を取り出し早速着替えだした。


「お、おい! 僕の存在を忘れてないか?」


「あ、そうだった。健全な高校生に女子の下着姿は刺激的だよね。じゃあほら、部屋から出て」


 僕はやれやれと額に手をつき部屋を出て、階段を下りリビングのソファに座った。

 現在午前九時三十二分。緋奈との待ち合わせ時間は十一時だ。僕も準備しないと。といっても髪の毛を整髪料などでセットするわけでもなく、ジャケットを羽織るだけなのでさほど準備に時間はかからない。


「着替えたよ」


 二葉がリビングにやってきた。僕は二葉の方を見る。その風貌に口がポカンと開いた。


 上はベージュ色の革ジャンに、下はジーンズ。キャップを被り髪はポニーテールにしている。


 これまでの清楚なイメージとは対照的な、クールな印象だ。


「まあまあまあ。素敵ね二葉ちゃん!」


 いつの間にかこちらを見ていた母が口元に手をやり感嘆する。僕も不覚ながら見とれてしまった。アンドロイドだとか、そういった様々な事情が混み込みでなければ惚れていたかもしれない。


「これなら、もし緋奈に見つかっても、私だって気づかないでしょ」


「あ、ああ、そうだな」


 僕は目を伏せ頷く。


「じゃあ彰くんが準備できたらいこっか」


「え? まだ早いんじゃ」


「万が一にも、女の子を待たせるようなことしちゃいけないから。先に着いとかないと、ね」


 二葉は顔の横でブイサインを作りウィンクする。本当に、アンドロイドとは思えない豊かな感情表現だ。


「じゃあ私は近くで見てるから」


 映画館前に着き、二葉と別れ緋奈を待つ。時刻は十時半。早すぎやしないかと思いながら、スマートフォンをいじって時間を潰す。



「彰」



顔を上げると緋奈がいた。時刻は十時三十五分。早く来て良かったと心中で安堵した。二葉に感謝。


 緋奈は風でなびく白のロングスカートにデニム生地のジャケットを羽織っている。私服を見るのは中学以来だったからか、大人びた姿に何故か胸が熱くなった。


「二人だけで遊ぶなんて中一以来だね~。相変わらずテキトーな格好ね」


「……悪かったな」


「いや悪くは無いよ。行こっか」


 緋奈は微笑み映画館の方へ歩き出す。傍目から見たら変な組み合わせだと思われるだろうな、と思った。幼馴染の関係じゃなかったら、緋奈は(おそらく)自他ともに認める陰キャの僕にとっては関わることのなかった存在だ。


 券売機で映画のチケットをそれぞれ買い、僕は上映中に離席するのを防ぐべくお手洗いを済ましに行く。

 用を足していると、隣に白髪交じりの初老の男性が立つ。見た目の年齢の割にやけに姿勢が良いのがなんとなく気になった。

 手を洗って、素の髪型の僕には特段意味があるわけではないのだが髪が乱れてないか鏡でチェックする。


「え」


 さっきの初老の男性がすぐ後ろに立って何かを振りかざしている。ナイフだ。


「う、うわ!」


 僕は反射的に頭を手でかばう。


 ドガァ!


 トイレ中に響く破壊音。何なんだ? 僕はゆっくりと目を開ける。


「……二葉!」


 二葉が何かを思い切り殴ったようなポーズを取っている。二葉の視線の先に目を見遣る。初老の男性がひび割れた壁の前で座り込んでいた。


「ここ男性トイレだぞっ?」


 二葉はそんなことまるでどうでもいいといった感じだ。羞恥心あるんじゃなかったのか。状況を整理するに、あの初老の男性は僕を狙うアンドロイドなのだろう。二葉が間一髪で殴り飛ばした。


「彰くん。ここは私に任せて退出を」


「あ、ああ」


 僕は駆け気味にトイレから出た。


 椅子に緋奈が座っている。僕は向かい合わせに座る。


「待たせたな。ポップコーンでも買うか」


「どうしたの彰。顔真っ赤だよ? 熱あるの?」


「え?」


 どうやら先ほどの出来事で心臓が目まぐるしく動いたらしい。僕は胸に手を当て深呼吸する。


「別に。大丈夫。ちょっと興奮しただけだ」


「お手洗いに行って興奮~? ちょっとヤダ」


 緋奈は訝しげな表情をしたあと微かに笑う。こうしているとさっきのは幻だったんじゃないかと思うくらい、健やかな時間。


「……ポップコーン買いに行こう。緋奈は?」


「あ、私も買うよ」


 それぞれポップコーンを買ってシアタールームに入る。座席は三分の二ほど埋まっていた。


「彰。私、上映中に話しかけられるの無理な性質(たち)だから」


「僕もだ」


「イエ~イッ」


 緋奈はこちらを見て手を上げる。


「何?」


「ノリ悪いなあ。ハイタッチだよ、ハイタッチ」


 僕がやれやれと手を上げると緋奈は手を引っ込める。


「はい、時間切れ~」


 僕は何故だか笑いがこみあげてきた。肩を震わせ笑いをこらえる。


「どうしたの彰?」


「いや、なんだか穏やかだなって。緋奈がいてくれて良かったよ」


「何それ、変なの」


 緋奈は口をすぼめて前方へ向き直る。


 映画が始まった。


 Aiが人類に反抗するストーリー。可もなく不可もなくと言った内容だが、それでもクライマックスのAIの親玉、マザーコンピューターがある拠点に人類側の精鋭チームが乗り込むところは手に汗握る。映像に合わせ爆音が響く。と、唐突に僕と緋奈の椅子の間に人間の頭が割り込んできた。人間? ……いやこれはアンドロイドだ、きっと。 

 僕と緋奈が驚いていると後ろから声がかかる。


「ごめんなさ~い。彼氏が酔っ払っちゃってー」


 この声は二葉だ。またアンドロイドを撃破したんだな。二葉は座席に挟まった男の首を掴み座席の間から引っこ抜く。暗がりで分かりにくかったが、男の目は破砕していた。映画の音響で気づかなかったが、おそらくまた二葉が目に指を突っ込んで男アンドロイドの電源部位を破壊したのだろう。緋奈は二葉だと気づいていないようだった。良かった。



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