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「おはよう彰くん」
僕は目を開ける。可愛い女子が僕を覗き込んでいた。
「おわあ! ……二葉か」
僕は少し照れ臭くなり目線を横に逸らして、ベッドから起き上がる。
「さ、緋奈を止めないとな」
「うん」
僕は制服に着替えて、朝食を食べる。母は二葉の分の食事も作っていた。二葉は何となしにそれを食べた。本当に食事が出来るんだな……。僕は驚きと感動、半々の気持ちになった。
二葉と一緒に登校する。今日は数学の小テストがあるので、僕は勉強しながら通学した。学校に着いて、教室に入ると二葉は右端の前から二番目の席に座った。僕は左端の一番後ろ。本当に同じクラスだった。僕はもっと周りに関心持った方が良いかななど少し反省した。
昼休み。食事を終えラノベを読んでいる最中、ふと二葉の方を見ると、二葉は僕の方を見つめていた。もしかして今までずっとこうだったのか、と考えると身震いした。
放課後、二葉と一緒に文芸部へ行く。まずは緋奈が文章生成AIを使うのを止めないと。
「おおー、仲直りしたんだね」
部室のドアを開けると緋奈が僕を見て笑顔を見せた。一年生ふたりがこちらを見る。
「まあな」
僕はソファにカバンを置いて座る。向かいには緋奈が座っている。
「なあ緋奈。最近も文章生成AI使ってる?」
緋奈は目をしばたたかせ頷く。
「うん。プロンプトって言うのかな? 聞き方によって同じ内容でもAIから帰ってくる文章が違うくて、それが面白いの。例えば」
「もうAI使うの辞めないか」
「え? 何で?」
僕は髪をポリポリと掻く。
「自分の頭で考えなくなるだろ。脳が退化するぞ」
「そんなわけないじゃん。AIはそんな単純じゃないし、使うのに結構頭捻るよ。それに、彰が教えてくれたんじゃん、AIのこと。『これ凄い』って」
緋奈は微かに眉根を寄せた。
「いやそれは気の迷いっていうか」
僕は言葉に詰まる。場に沈黙が流れた。
「変なの。まあAI使うのほどほどにするよ」
「ほどほどじゃ駄目だ! 使うな!」
緋奈の肩がピクリと震えた。
「何? 何で? 理由は?」
僕は手をギュッと握りしめる。
「それは、危ないから……」
「どういうこと? AIを使うと危ない?」
緋奈に、未来のことを教えるべきか? いや、信じてもらえないだろう。未来で殺されるだとか、なんてひどいことを言うんだと嫌悪されるかもしれない。
「うーん、とりあえず彰が私の頭脳を心配してくれてるのは分かったよ。私、日本史以外は成績中の上だから安心して。ね? AIにテスト解かしているわけじゃないし」
「……ああ」
僕はこめかみを指でトントン叩く。
「彰、何で怒ってるの?」
「ん。怒ってないけど」
「嘘。彰はイライラするとこめかみを指で叩く癖あるからね」
僕は思わず指の動きを止める。
「だってよ、僕の忠告をまともに取り合わないから」
「だって突拍子ないんだもん。理由もよくわからないし」
「あのなあ……!僕がどれだけお前を心配してると……!」
「何それ。別に心配される謂われは無いけど」
緋奈は手をひらひらさせてかぶりを振った。
「とにかく、AIを使うのは辞めてくれ」
「彰に私の行動を制限する権利なんてない。ほらまたこめかみトントンしてる」
「っ……!」
これ以上は言っても駄目か。逆効果だ。僕は軽く息を吐き肩を落とす。
「緋奈。部誌ってどこかにある?」
緊張した空気を二葉が突き破る。
「え? ああ、こっち」
緋奈は立ち上がり部屋の端の棚へ、二葉を案内する。
「これが前回の部誌。部員で書いた短編小説載ってるからよかったら読んでみてね」
二葉は両手で部誌を受け取る。
「うん、ありがとう」
「そうだ!」
緋奈が手をポンと叩く。
「皆ー。年明けに部誌、発行します! 最低一作! 短編でいいから小説書いてきてね!」
一年生が返事をする。二葉がなにやら感嘆したような声色で言う。
「それって、私も……?」
「うん。二葉ちゃんもだよ! どんなの書くのか楽しみにしてるね」
アンドロイドに小説が書けるのか? 今回は口に出さずに思考で留まった。
「……文章生成AIに小説書かせたら駄目だぞ」
先ほどのことを蒸し返すようなこと言ってしまったか?
「そんなことするわけないじゃん。皆もAIに文章書かせないようにねー」
それじゃあ私は書けないよ。と二葉が高度なギャグを言う可能性を考えたが、杞憂に終わった。
AIについてのことはそれ以上触れず、部活動は終わった。いつもは家の近い緋奈と一緒に帰るのだが、二葉も加えて三人で下校した。家は学校から電車で四駅の距離だ。
「二葉ちゃん私たちと近所なのに中学一緒じゃなかったんだね。引っ越してきたの?」
「うん」
「え、私ん家と彰の家より、二葉ちゃんの家って彰の家に近いんだ! じゃあまた明日ね」
緋奈と別れる。僕は今日の感想を吐いた。
「駄目だな……緋奈にAI使うのを辞めてもらうのは難しそうだ」
「生きがい……って言ってたもんね」
「え? そんなこと言ってたか?」
「あ、未来の話。緋奈はアンドロイド開発を生きがいだって言ってた」
二葉は郷愁にふけるような相好で髪を耳にかける。
生きがい、か。なんだってアンドロイド開発を生きがいなんかに。他に楽しいことはいっぱいあるだろうに……。僕はふうと息を吐く。
「こうなったら結婚してもらうしかないね」
僕は喉を鳴らす。背筋がピンと立つ。
「待て待て。時期尚早だろ」
「そうねまだ結婚出来る年齢じゃないものね。まずは付き合って、それから婚約」
「いやいや」
「好きじゃないの緋奈のこと」
僕はゴクリと唾を飲む。
「そもそも、緋奈が僕のことを好きかが分からないだろ?」
二葉は俯く。
「それはそうだね。気にしているとは思うけど……だって」
「だって?」
「いや、秘密」
「なんだよ気になるな」
「未来のことだもん。教えられない」
二葉は口元に指を当てる。
「なんだそれ。未来のこと、教えられることと教えられないことがあるのか?」
「そう。私の自己判断だけど」
「とにかく、そうだな、付き合う付き合わないっていうのは最終手段として、AIを使うのを止めるのを善処しよう」
「あと五年あるものね」
「ん?」
「緋奈と河瀬が出会うまであと五年。言ったと思うけど緋奈は二十二歳で河瀬と出会う。日記にそう書いてあったから」
「そうか。五年もありゃ何とかなるだろ」
僕はふうと息を吐き、鼻頭を掻く。
「先送りにしているとあっという間よ」
「……。とりあえず、緋奈にAI使うのを辞めさせる対策を練ろう」
家に着く。
「二葉、今日も僕を見張ってるんだよな」
二葉は頷く。
「うん。そうだけど」
「……家、入れよ」
「良いの?」
「二葉のためじゃない。僕が安眠するためだ」
「……ありがとう」
二葉が微笑む。
家に入り母に声をかける。
「お母さん、この子、親と喧嘩しちゃって帰るところがなくて。しばらくこの家においてやってもいいかな?」
母は何故か大層驚いていたが、難なく了承がとれた。今日は夕食を二葉も一緒に食べた。母が気を遣い、お風呂にも二葉は入る流れになる。
「水に浸かって大丈夫なのか?」
「私含む未来のアンドロイドは完全防水よ。破損した状態で水に浸かるのは駄目だけど。それにやっぱり汚れを洗い流さないと……臭うの私も」
覗いちゃ駄目よ。と妖しく微笑み、二葉は脱衣所のドアを閉める。母に服が無いだろうから貸してあげてと言われ、そういえばそうだなと思い、胸に英語で『メカニック』と書かれている白の長袖シャツと白の長ズボンを脱衣所に置いて「着替え置いといたから」とお風呂の扉越しに二葉に声をかけて自室に入る。
緋奈のAI使用を止めるための作戦を考えながら何となしにスマートフォンをいじっていると、今公開中の映画の広告に目が留まる。
「これ緋奈と観に行って話をすれば……!」
僕が呟くと同時に部屋のドアが開く。
「彰くん、着替えありがとう」
そうだとは思っていたがやはり服のサイズが大きかったようだ。自分の服を着た二葉に、思わずドキッとして目を奪われた。
「何?」
「あ、いや。そうだこの映画を緋奈と観に行こうと思うんだけどどうだろ?」
僕はスマートフォンの画面を二葉に向ける。
「AIが人類に反逆するストーリー……面白そうだね」
「二葉がこれを面白そうなんて言うと怖いな……。まさか二葉も人類に反旗を翻すのに興味があるとかじゃないよな……?」
「ふふふ」
「怖い怖い」
軽く血の気が引いた。
「冗談。今週の休日に観に行くの?」
「そのつもり。明日、緋奈に予定空いてるか聞いてみる」
「そう。楽しんできてね」
「二葉は一緒に行かないのか? 僕を見張るんだろ?」
「私は影から見守ってるよ。私がいたら真剣な話がしにくいだろうし」
「わかった。よし、頑張るか! 風呂入ってくる」
二葉が部屋にいる状況に少し慣れ、昨日よりはドキドキせずに、寝た。
翌日、緋奈に土曜日、映画を観に行こうと誘い承諾を得た。いたずらに刺激しないようにAIの話には触れずに、平日を過ごした。




